スマホと旅と友情と、ちょっとの恋と
4月某日、午後3時。
東京都内のとあるカフェ。窓際の席にて、ミナトは缶コーヒーを片手に座っていた。
ミナト(脳天気・23歳):「ふふふ…やっと、やっと手に入れた…俺のスマホぉぉぉ!」
声が思ったよりも大きく、周囲の目線が集まる。だが、そんなことはお構いなし。
ミナト:「20日間!毎日汗水流して!一日で3件掛け持ちして!コンビニ、引越し、警備、全部やった!そして!やっと…スマホに到達…!」
彼の手には最新ではないがそこそこ性能の良い中古スマホ。手帳型カバーも装着済み。
ミナト:「さーてと、メモ帳どこだっけ……あったあった。よし、この番号に…」
そこに書かれていたのは、高校時代からの大事な4人の友人の電話番号とメッセージID。
ミナト:「まずは…ツバサ、っと」
【メッセージグループ:「死ぬまで友達(仮)」】
ミナト:
《やっほー!スマホ買った!!ようやく文明の利器ゲットだぜぇぇぇ!》
数秒も経たないうちに既読がつく。まず返してきたのは……
ツバサ(論理的・エンジニア):
《ミナトやっとね!》
《てかこの時間、まだ仕事してないの?》
ミナト:
《今日はオフなのだ。無職だから》
ツバサ:
《……はあ。やっぱりあんたって、ほんとバカだよね》
次に来たのは、ピンクの髪が印象的な芸術家──
サクラ(天然・アーティスト):
《みなとくん!スマホって…ふわふわしててすてきだよねっ!》
ツバサ:
《ふわふわしてるのはあんたの頭だけ》
続いて、きっちりとした文章で──
カナデ(分析派・ビジネスアナリスト):
《了解。スマホ購入、おめでとう。これで連絡手段が増えるわね》
《ところで今週末の旅行、日程表を送るね》
ミナト:
《え、旅行?》
最後に──
ミコト(冷静・探偵):
《やっとスマホ買ったか。遅すぎてこっちが心配になったわ》
ミナト:
《ミコトぉ〜!俺頑張ったよおぉ〜!》
ミコト:
《バイトで過労死してると思った》
ーーーー
数時間後、カナデから送られてきた日程表は、まさに圧巻だった。
【旅行スケジュール:箱根2泊3日】
Day1
09:00 新宿駅集合
09:30 小田急ロマンスカー乗車(特急券予約済)
11:10 箱根湯本着→バス移動
12:00 箱根神社参拝
13:00 ランチ(湯葉定食予約済)
14:00 彫刻の森美術館見学
17:00 旅館チェックイン(露天風呂付)
18:30 夕食(和懐石)
20:00 宴会(カラオケ可)
──以下略。
ミナト:「……え、なにこれ……超本格的じゃん……」
財布を確認。残金、62,380円。
ミナト:「……足りる……?てか、旅行って……」
ミナトはメッセージを開き、急いで聞く。
ミナト:
《みんな!旅行の旅費って、いくらぐらいかかるの!?》
カナデ:
《交通費+宿泊+食費でざっくり40,000円。+オプションでプラス1〜2万》
ミナト:「……」
ミナト:
《……オプションって何?》
サクラ:
《ふわふわのお菓子屋さん行きたい〜》
ミコト:
《マッサージ。温泉街の、良さげなやつ》
ツバサ:
《あたしはあんたが金持ってるとは思ってないから、最悪置いてく》
ミナト:
《ちょ、ひどくね!?》
ミナト:
《よし、わかった、足りる!ギリ!いや、足りないかもだけど……なんとかなる!》
ミコト:
《脳天気にも程がある》
ツバサ:
《ほんと、それ》
サクラ:
《ミナトがいないと、ちょっとさみしいな〜》
カナデ:
《つまり、来る前提で進めます》
ミナト:「え、あれ?いや、行きたいけどさ!?まじで金ヤバいかもなんだけど!!」
ーーーー
そして当日。新宿駅。朝9時。
ツバサ:「……ほんとに来たんだ」
ミナト:「当たり前じゃん!」
サクラ:「おはよ〜!あれ、ミナト、靴、片方逆だよ?」
ミナト:「うそ!?」
カナデ:「……出発前からすでにカオスね。はい、切符配るから整列して」
ミコト:「……(ミナトの首元に手を伸ばし)タグ出てる。直す」
ミナト:「あ、ありがとうミコト〜。やっぱお母さんみたいに面倒見いいよね〜」
ミコト:「お母さんじゃない」
ツバサ(小声):「そういうとこだよ、バカ……」
ミナト:「ん?」
ツバサ:「なんでもない」
ーーーー
ロマンスカーにて。
サクラ:「あ!見てみて〜富士山!」
ミナト:「うおー!でっか!すげー!テンション上がる〜!」
ツバサ:「うるさい。車内マナー守れ」
カナデ:「まあまあ、旅行の始まりってことで、テンション上がるのもわかるわ」
ミナト:「カナデはやっぱ大人だな〜。俺と違って社会人っぽい!」
ミコト:「それ、全員社会人だから」
ーーーー
箱根神社前。
ツバサ:「……で、あんた、結局いくら残ってんの?」
ミナト:「えっと……28,000円……くらい?」
ツバサ:「……1日目で半分以上飛んでるじゃん。バカ?」
ミナト:「えっへへ〜、まあ、なるようになるさ〜」
カナデ:「後半の支払い、わたしが一時的に立て替えとくわ。返してね?」
ミナト:「感謝感激!ちょっとずつ返してく!」
ミコト:「一括で返すべき」
ーーーー
夜、旅館。
サクラ:「露天風呂きもちい〜〜〜」
ミナト:「おお〜〜男湯も最高〜〜〜!!」
(壁越しの会話)
ツバサ:「……まさかミナト、ひとりではしゃいでる?」
ミコト:「まあ、想定内」
サクラ:「ミナトって、声がまるで温泉の妖精みたいだね〜」
ミコト:「どんな妖精よ」
カナデ:「……ねえ、ミナト。ほんとに働くつもりあるの?」
ミナト:「え、バイト?」
ツバサ:「じゃあずっと無職じゃん」
ミナト:「ひどい!」
ーーーー
宴会。
ツバサ(酔って):「……あんたさぁ……なんで、そんなにいつも……脳天気でさ……」
ミナト:「ん〜?なんかあった?」
ツバサ:「……いーや、なんにも」
ミナト:「?」
ミコト(小声):「……バカ」
サクラ(お猪口片手に):
「ねえねえ、みんなで昔の話しようよ〜。高校のときの、文化祭の話とか〜」
カナデ:「……ああ、あのとき、ミナトが教室の電球全部割ったやつね」
ミナト:「えっ、それ今言う!?しかも事故だったし!」
ツバサ:「事故っていうか、ただのドジ。あんた天井に向かってモップ突っ込んでたじゃん」
ミナト:「高いとこに届かなかったんだよ〜!」
カナデ:「そもそも、あの掃除係、私の担当だったんだけど」
ミナト:「あ、え?……マジで?あれ、そうだっけ?」
ツバサ:「やっぱバカだわ」
サクラ:「でもさ〜、あのときの写真、まだ持ってるよ?ほらほら〜(スマホを見せる)」
(写真:電球まみれの床の上で、焦りながらモップを抱きしめているミナト)
全員:「あーーーあったわコレ!!」
ミナト:「やめてええぇぇぇぇぇ!!」
笑い声が夜空に響く。
ーーーー
翌朝、旅館のロビー。
カナデ:「……ミナト、財布、落としてない?」
ミナト:「え?……あ、ない」
ミナト:「……ない!?!?!?」
ミコト:「落ち着け。昨日の移動経路を全部思い出して。私が確認してくる」
ツバサ:「朝から騒がしい……ったく」
サクラ:「ミナトくん、これからどうするの〜?」
ミナト:「……終わったかもしれない……俺の箱根旅……」
そこへ、フロントから声がかかる。
旅館スタッフ:「あの、お客様……こちら、お財布のお忘れ物でして……」
ミナト:「それえぇぇぇぇぇ!!!」
小走りで財布を受け取りに行くミナト。
カナデ:「……なんだかんだ、運だけはいいのよね、ほんと」
ミコト:「それ、長所なのか短所なのか微妙」
ツバサ:「……てか、あんたさ、何かあっても、誰かに助けてもらえるって思ってるでしょ」
ミナト:「……え?」
ツバサ(少し赤面して):
「だから……ちゃんと、返してよね。全部。借りた分も、手間も、心配も」
ミナト:「……うん。わかった。……ありがと」
ミナトの目が、少しだけ大人びて見えた。
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最終日、帰りのロマンスカー。
サクラ:「……なんだか、あっという間だったね〜」
カナデ:「今回のスケジュールは、まあ95点ね。次回はもっと余裕もたせるわ」
ミコト:「移動のタイムロスはゼロだったし、カナデにしては上出来」
ツバサ:「あんたは次回までに、せめて3ヶ月分はバイトしとけよ?」
ミナト:「うっ……はい、わかりました……」
車窓に富士山が見える。誰かが、写真を撮った。
静かに流れる時間の中で、スマホの中のグループに、新しい通知が届く。
【メッセージグループ:「死ぬまで友達(仮)」】
サクラ:
《次は夏かな〜?海とか行きたい!》
ツバサ:
《日焼け無理》
ミコト:
《場所選び、私がやる》
カナデ:
《予算計画は事前に提出。ミナト含めて》
ミナト:
《次こそ……バッチリ準備してみせる!!たぶん!いや、きっと!!》
また旅が始まる。
そして、友情と、スマホと、ちょっとの恋も──少しずつ、続いていく。