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再会の春

公園の桜はもう満開を少し過ぎたころで、風が吹くたびに花びらがふわりと宙に舞う。ベンチに寝転がる一人の青年。彼の名前はミナト。就職に失敗して無職のまま、なんとなく日雇いバイトを転々としながら自由に生きている。


今日はバイトもない、予定もない、スマホもない――というか、なくしてから買ってない。


ミナト「はぁ~、いい天気……。このまま風になってどっか飛んでいけたらなぁ……いや、まずい、俺、風になったら多分木に引っかかる……」


春の陽気に誘われて、ベンチに体を横たえながらも、口から出てくるのは相変わらずのんきな言葉ばかり。


そんなときだった。


顔にかかる影。目を細めて上を見上げると――


???「……まったく、あいかわらず呑気ね。ほんとに一年ぶり?」


そこに立っていたのは、セミロングの髪が春風になびく女性。コンタクトをしているせいか、以前よりも目元がはっきりしていて、美人度が爆上がりしている。


けれど、その声はどこか聞き覚えがある。


ミナト「……あれ?え?ミコト……?」


ミコト「正解。ようやく正解できたわね。合格点、ギリギリ70点」


ミナト「なんだよその採点基準!つーか、めっちゃ美人になってない!?」


ミコト「うるさい。そっちは全然変わってないじゃない。相変わらずのクマとボサボサ頭。服、シワシワ。まるでホームレス」


ミナト「いや失礼な!? 一応、家あるし!ちゃんと風呂も入ってるし!あ、昨日は入ってないけど!」


ミコト「……訂正。限りなくホームレスに近い」


ミナト「ひどいなぁ、再会していきなりそれ……でも、久しぶりだな……」


ミコト「……うん、久しぶり」


少しだけ声が柔らかくなった。それがなんだか懐かしくて、ミナトは笑った。


ミナト「あのさ、他のみんなは元気?ツバサとか、サクラとか、カナデとか……」


ミコト「それがね、今日、みんなで集まる予定だったの。たまたま。私が最初に来ただけ」


ミナト「え、マジで!? それって運命的ってやつじゃん!」


ミコト「……バカ」


ミナトの目がきょろきょろと動く。どこかにその「運命」が転がってないか探しているようだ。


と、その時――


???「あーーっ!いたいた!ミコトー!てか、それ……ミナト!?」


ひときわ高い声が響き、公園の入り口から手を振りながら走ってきたのは、サクラだった。ゆるふわの髪に、花柄ワンピース。どう見ても春の妖精。


ミナト「おおっ!サクラじゃん!元気してた!?」


サクラ「うん!元気すぎて昨日、朝ごはん三回食べた!」


ミナト「……あいかわらずすごいな、お前」


ミコト「それ朝ごはんじゃなくて昼ごはんと夜ごはんでしょ、絶対」


サクラ「えっ!? そうなの!?」


ミナト「え!? 本気で驚いてる!?」


そんなドタバタしてると、今度は落ち着いた足取りで、二人の女性が歩いてきた。


???①「ミコト、サクラ……あ、ミナト……?ほんとに!?」


???②「わ、これはまた……興味深いタイミングですね」


ミナト「おお!ツバサ!カナデ!お久しぶりですな!」


ツバサ「お前……どこ行ってたんだよ、この一年。連絡とれないし、スマホも応答なし。死んだかと思ったんだからな……!」


カナデ「生存確認の確率が5%以下だったので、今日のこの場面はかなりのレアケースですね。再会確率、計算しておけばよかったです」


ミナト「や、スマホなくしてさ……買う金もないし……そのままフェードアウト的な?」


ツバサ「はあぁ!? 何それ、意味わかんない……バカじゃないの?」


ミナト「バカなんですよ、これが……」


サクラ「うんうん、ミナトは昔からバカだったよ!」


ミナト「今、みんなに順番に罵られてる気がするんだけど!?」


カナデ「それは気のせいではありません。客観的にも明らかにツッコミどころが多すぎます。」


ミコト「一年ぶりに会った無職に、全員が本音で話す空間って、平和だと思うわ」


ミナト「あれ、これって友情ってやつなのでは……?」


ツバサ「……どうだか」


そのとき、ツバサがほんの少しだけ視線を逸らす。その顔がほんのり赤いのを、ミナトは気づかない。


ミコト(……こいつ、ほんとに鈍感すぎる)




みんなでベンチに座って、それぞれが近況を話し始めた。


カナデ「私は今、外資系の企業でビジネスアナリストをしてます。プロジェクトベースのデータ分析がメインですね」


ツバサ「私は某IT企業でエンジニア。フロントエンド寄りだけど、最近はAI系のバックエンドも触ってる」


サクラ「わたしは~、絵描いたり、個展ひらいたり~。この間、猫の個展やったの!猫だけ!」


ミナト「おおー、みんなめっちゃちゃんとしてる……俺だけ無職のバイト野郎じゃん……!」


ミコト「探偵やってる。依頼は地味なのが多いけど、たまに浮気調査とか」


ミナト「探偵ってほんとにいるんだなぁ……なんか感動……。てか、俺だけ『まとも』から外れてない!?」


カナデ「『まとも』の定義とは……。そもそもあなたに『まとも』を求める方が間違っているのでは」


ツバサ「そうそう。……って、違う、ちがっ、いや、そうじゃなくて!」


ミナト「なんでちょっと焦ってるんだよ!?」


ミコト「ふーん……」


ミナト「え、なにそのふーん!? 怖い怖い!」




そして日が傾きはじめても、会話は止まらない。


サクラ「ねぇ、久しぶりにみんなで旅行とか行きたくない?」


ミコト「……賛成。情報が漏洩しない場所で、静かにのんびりできるなら」


カナデ「ちょうど連休が近いですし、いいアイデアですね。予算配分と交通手段は後でシミュレーションしましょう」


ツバサ「べ、別に……いいけど?そんなんでアイツ(ミナト)がまた失踪しなきゃ、ね?」


ミナト「えっ、なんで俺が失踪前提なの!? 信頼なさすぎじゃない!?」


サクラ「だって、ミナトってば、いっつも突然どっか行っちゃうじゃん。中学の遠足のときもさ、集合時間にいなかったよね?」


ミナト「あれは違う!道に迷っただけだって!」


カナデ「現代において、集合場所で迷うというのは極めて低確率の挙動です。記録によれば、あなたは過去に7回、集合場所に正しく到達していません」


ミナト「それ、統計で出さないで!?」


ツバサ「ま、でも。旅行……悪くないかもね。なんだかんだで、こうやって集まるのも一年ぶりだし」


ミコト「それに、次いつ集まれるかもわからないしね。……ミナトがまたどっか行かなきゃ、の話だけど」


ミナト「いやだから!俺そんなすぐ消えないってば!……たぶん」


サクラ「うふふ、じゃあ仮で予定立てちゃおうよ~。どこ行きたい?温泉?山?海?それとも……秘境とか?」


カナデ「秘境は交通コストと安全性の観点から除外したほうが……」


ツバサ「カナデはいつも現実的すぎる……」


ミナト「でもなんか……いいな、こういうの。学生時代みたいで。あの頃は時間だけはあったもんなぁ」


ミコト「でも今のほうが、ちゃんと再会を噛みしめられる気がする。少なくとも、私はね」


ツバサ「……あたしも」


サクラ「うん!わたしもわたしも~!」


カナデ「意見が一致している……珍しい現象です」


ミナト「おーい、そこまで言う!? でも……ありがとな、みんな。ちょっと泣きそう……」


サクラ「泣くな~、泣くとミナトの顔がもっとホームレスになる~」


ミナト「それはもうやめてぇえええ……!」



やがて日が落ち、公園に夜の気配が満ち始める。


けれど、彼らの笑い声はまだ止まらない。


その輪の中心にいるミナトは、何も持っていない。ただの無職の青年だ。でも――その無職が、いま一番幸せそうな顔をしていた。


ミナト「なんか、こうしてると……また会えそうな気がするな」


ミコト「そのためには、ちゃんと連絡手段くらい持っておきなさいよね」


ミナト「はーい……スマホ買います……」


ツバサ「ちゃんと番号教えなさいよ。もう既読スルーもされないなんて寂しすぎるから」


ミナト「了解っす、先輩」


カナデ「そして旅行のプランは明日までに立てておきます。条件と選定候補はメッセージで共有しますので」


サクラ「メッセージもないよね、ミナト……?」


ミナト「そっからか……!」


ミコト「まったく……でも、まあいいか」


ミナトがベンチから立ち上がると、花びらがふわりと舞い、彼の肩にひとひらだけ落ちた。


ミナト「……春って、いいな」


サクラ「ミナト、ちょっと詩人っぽい~!」


ツバサ「それ、たぶん天然ボケだと思う」


ミナト「どっちにしても、これが俺の『再会の春』ってことで、いいじゃん?」


誰も答えなかった。


でも、その笑顔がすべてを物語っていた。


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