フォニィ 2話
最近の事だった。
いやずっと前からだったかも知れない。視界の端に靄が見えるのだ。それは動いていて夜の暗闇の中ですら感じとれる、いつも近くにいて何故か見える。得体の知れないものだった。
眠るときでも目を開けると自分の目の前にその靄が来ている時があってそう言う日はフォニィはぞっとする。15歳の自分も怖がっているように見えた。30歳の自分はその靄に対しては興味深そうにしていた。
「おう、フォニィ! ちっとこっちへ来てもらっていいか? 背中がかゆぃんだ。」
瞑想呼吸法を実践していると
おっかない顔をしたクミ爺が隣の路地から顔を出して声をかけてきた。おっかない顔というのは元々そういう作りという事であって。別に爺は怒ってるわけじゃない。要は悪人、悪役専門の役者になる為に生まれてきたような顔なのである。
うん。とだけ返事して爺の所へ行って背中をかいてやる。爺がすまんな、といってその後にお礼に俺の集めた本を読んでもいいぞ? と言ってきたので此方も礼を言った。こうやって爺は偶に本を読ませてくれる。知っていることを教えてくれるだけでなく、情報元まで明かしてくれる奴は世界広しと言えども俺だけだからな? 感謝しろよ? といつも言われる。だから爺には感謝する。
ホームレスのくせに本なんて持っている爺は俺くらいだぞ、とも言う。でも他のホームレスで本をよく読んでいる人は見た事あるけど。そういう事はいうな。と昔爺に言われたのでもう言わない。
爺が言うには活字中毒という病気にかかっているとか。
「本なら何でも良いんだ、兎に角」
爺が咳き込みながら言った。
「そんな病気あるんだ… 気を付けないと」
爺の病気が移ったりしないか心配だった。健康には気を付けているから。クミ爺の咳の射線上に入らないようにしておこう。
クミ爺のボロボロのテントには仕切りで作られたスペースがあって……
そこには大量の本!
「うわぁ、いっぱいあるね。また増えた?」
「ああ、ちっと売ったりしたがまた色々仕入れた。でもこんなもんでねぇぞ? 俺がここに来る前はな。この100倍以上は軽くあったんだからな」
テントの中にあった本は40冊以上!
意味不明な言語で書かれているものもあれば英語もあった。ここは元居た世界と何か違うけど。暗黒街は大体英語が通じる。人種のるつぼでもあり白人も黒人もヒスパニックやアジア人も。娼婦にジャンキー、人攫いから殺人鬼。ボランティアの詐欺師。何でもござれだ。
読めそうな中から気になったのは
*心の中の悪魔
*ドベの魔法使い
*首無しの騎士の冒険譚
*ボーイミーツグール
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全く読めない謎の本が一冊あった。
フォニィはその本に興味が湧いた。殆どの本は30歳の自分が読める。ただこの本は無理らしい。
表紙は綺麗でかなり古い本のようだった。
辞書ほど分厚い。15歳の自分はフォニィと同じようにその本に惹かれているようだった。30歳の自分は野心に満ちたような表情で『それだぞ、それを取れ』と言ってるようだった。
その本を手に取ると結構ぼろぼろだ。優しく扱わないとページがとれちゃうかも。そしたら爺に怒られるかな。などと少年は思った。
どうしようか迷っていると。
爺が『一つじゃなくてもいいし。読めねぇ古いやつがこれ以上損傷するのを心配してても仕方ねぇ。気にしないで持ってけ!』と言ってくれた。『くれるの!?』 と言うと『ああ、それならいいぞ!』
結局読めない本だけもらって行こうとすると爺が読み書きの本をもってけと
1冊くれた。
読み書きの本を読んでも読めない本は読めないままであったが読めない本は少し可笑しな本で。中に書いてあることも全て意味不明、そもそもどんな文字なのかもすぐに忘れてしまうのだ。
それでもフォニィはその本を気に入って、そのうち本を夜眠る前に毎日パラパラとめくってから寝るという習慣が付き始めた。それから不思議な本はフォニイの夢の中に頻繁に出て来るようになった。
夢の中ではいつもこの本は【XXXPHOENIXXX】というタイトルが書かれている。
その本をぱらぱらとめくる半透明の手。時たま場面が変わっていきなりおしゃれなカフェの中にいて。半透明な手がウェイトレスの頬をパチンとビンタしたりするのだが。決まって被害者は驚きはするものの手に気づかない。
XXXPHOENIXXX。フォニィは自分の名と似ていると思って
特に愛着が増していった。
それからだった。
日に日に視界の端の靄が【手】に見えるようになっていった。
見えない透明の腕が見える。これは幽霊? あの靄がそう見えるようになった? それとも最初からアレは手だった? わからない。
最初は幽霊かと思ったがどうもそうではないらしい。
意識するといつも近くにその腕はあって…
此方が気づくと手を振ってきそうで怖かった。その内に本と同様に頻繁に夢に出てくるように。夢の中ではフォニィが念じるとその他の人には見えない腕がフォニィの願い通りに動くのだが。
日に日に視界の端で存在感を増し続けるそれに恐怖したフォニィは出来るだけ腕を無視して過ごすようになった。しかもその手はフォニィの肩にいつの間にかいて、肩をさするように触ってくる時があってそれに気づいた時は悲鳴を上げそうになった。
呪われているんじゃないか、恐ろしくて仕方ない。とてもじゃないが夢の中の様に動かそうなどとは到底思えなかった。動かそうとしたら最後いきなり首を締めに来て圧倒言う間に殺されてしまう気がした。
フォニィは靄だったときと同じく極力見えない手が見えていないフリをして過ごした。それと並行してたまに空気中に気泡のようなものを見るようにもなって。気泡の方はよくわからなかった。
そんなフォニィが読み書きが多少できるようになった。クミ爺がくれた鍛錬の本を実践し続けていると、いつの間にか近所で【鍛錬狂い】と呼ばれていた。
フォニィは何でも実践して修行するのでクミ爺は面白がって新しい本を仕入れると自分に持ってきてくれたりした。
そんな爺がフォニイを12歳くらいだと認定してくれた頃。
クミ爺が死んだ。
普段から住処としていた路上で殺されたのだ。
フォニィはその現場を見ることはなかった、警察がすばやくクミ爺の遺体を持って行ってしまったから。フォニィはすぐそばの路上で生活してたクミ爺の最後はフォニィにとってあまりに呆気なく、現実味のないものだった。