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フォニィ 1話 悪魔の街


Phony《フォニィ》  ep1


PHONY----悪魔の街


フィッシュ&チップスの店に母に引かれながら入ったのは覚えている。

もしかしたら母では無くて祖母だったかもしれない。


そこまで。それからいつの間にかこの街にいたんだ。


重要なことのようにも思えるが当時の記憶は多くない。


多くは無いが不自然な記憶がいくつかある。

他の人間の記憶が少し。いや記憶だけじゃない。まるで生きているように2人の自分が自分の中にいる。それが一層に自分を混乱させるのであまり考えないようにしている。


自分の他に二人。15歳の自分。そして30歳の自分。

これは一体なんだろう。そもそも自分なのか? 家族の事も思い出せない。家族が思い出せたら自分と他二人が同じ人物のモノか分かるかもしれなかったけれど。


兎に角その時多分5歳だった。


よく家の中を駆け回ったりする、何処にでもいるような子で。良くダイニングテーブルの下を駆け抜けようとしては

屈み方が不十分でしたたかに額をぶつけていたのは覚えている。


学校をさぼりがちな15歳だったかも知れない。狂人と差し支えなさそうな30歳だったかもしれない。


どうでもいいような事は何故か覚えていたりするのに。重要なことは思い出せない。自分の名前も。


ここに来て直ぐ「フォニィ」と誰かがつけてくれた気がする。



「PHONY 偽物、紛い物」



***


帝都 暗黒街 ノーホープ



フォニーはボロボロの衣服に身を包み

路地裏で夜空を見上げながら思い返していた。


何故こんな世界に来てしまったのだろう。

もう元の世界には戻れないのだろうか。この国の名前だって分からない。

ただ帝都、とだけ近くの路地で暮らすクミ爺は言っていた。




帝都、暗黒街ノーホープの街。治安は悪いし裕福な人間は少ない。



この街に住み着くようになってからもう何年も経った。フォニィの身体は小さな子供から段々と思春期の少年へ。自身の年齢すらまともに分かっていない。


自分と同じ路上生活者で近くの路地裏に住む赤っ鼻のクミ爺は体つきから見るに今お前は10歳くらいじゃないかと言っていた。フォニィはそうなんだ。と思って15歳の自分は「そんなに若いわけないだろ!」と不機嫌そうになり、30歳の自分は考え事をしているようだった。


この街に来てからフォニイは何となく住民や大人たちに助けを求めてみたが特に助けてくれる人は居なかった。正確には居たのだがろくでもない人間だったので逃げ出した。


少なくとも路上生活の方がましだと思ったのだ。


今のフォニイはノーホープの街、ロウグラントと呼ばれる地区の暗がりに住んでいる。多くの時を太陽の光が当たらないゴミ溜めのような場所で過ごし。食は店の前で物乞いをして何とかしている。


一応縄張りのようなものがあり、フォニィは週に2回までしかそこには行けない。


意外とこの辺りは治安のわりに物乞いに温かい。いい場所にさえ行けばどんどん食や飲み物をくれるスポットもあるのだ。だからフォニィはたった週2回の物乞いでも空腹で死にそうという事は無かった。


そのような日々はあの日フィッシュ&チップスの店で突然神隠しにあってから。この街にやって来て日が浅い時に十分すぎる程経験した。週に残飯2食分ほどしか食べられない日々だった。



まぁ、何にせよ。今の彼はそこまで食事を心配していない。

正しそれはフォニィの健康状態を維持するには些か不十分な質の食べ物ということを除けば、である。ここ暗黒街には食事はある。ただし健康にいいようなまともな(・・・)食品というのは少々値が張る。


明らかに体に悪いもの。

何が入っているのか表記のないジャンクフードやお菓子。特に保存が効き大量生産しやすそうな物ほど安く、全て原材料の表記が無いものばかりだ、そしてフォニィが貰えるような食べ物はそのようなものばかりだった。


湯を沸かしたり、火をつけても何も言われない場所。あるにはあるが…… 火をつけても大丈夫な暖を好きにとれる路地などは限られている。そしてそこも仕切っている人間次第ではフォニィにとっては危険に変わる。


この路地で勝手に火を起こせればなぁ。

電子レンジでもあればなぁ。レンジは教会にはあるから使わせてもらえる時もある。そういうときはオーツ麦をレンジでチンして粥が食べられる。塩と胡椒を振って食べると上手い。栄養も満点。腹持ちもいい。


しかしフォニィの環境では毎日は難しい。教会へ行けるのは精々週に1回だ。


昔コンロを手に入れた時があったが、知らない大人に殴られ持ち去られた。抵抗はしなかった。相手は武器を持っていたから。


この街では逆らうことにもいちいち危険が伴う。市民の女性がキラキラしたピアスをして路上を歩いていた時ピアスを無理やり歩行者が耳たぶが千切れる事などお構いなしに無理やり盗っていったのも見たことがある。


その盗人は後で殺されたけれど。

フォニィからしてみればそのような街の光景はトラウマものだった。30歳の自分は特段驚いてなかった。当時5歳のフォニィと15歳の自分は恐怖で震えた。


その時から人に目を付けられるような財産を持つのは怖くなったし、ここは昔自分がいたような安全な町などでは決してないことを理解した。


路上生活と不健康な食事で自身の肉体が恐ろしく弱って来ているのに気づいてからはフォニィは健康やまともな環境を自然と望むようになっていった。


昔、ここに来て2年目くらい。


日課の散歩や水浴びも疲れて息が上がってしまうほどに弱った時。階段を一階分上がるだけで数十秒は休まないといけないくらい。その時はもうだめかと思った、死ぬんじゃないかとか。栄養失調。体が随分衰弱していた。路上で寝たきりになっていった。


やっぱり凄く意地悪な人達だったとしても保護してくれるって人達の所にいるべきだったのか。過去のことを後悔はしてなかったが、それでも考えざるを得なかった。


そんな時。

近所の路地に住むクミ爺が助けてくれた。筋トレや健康術を良く知っていて…… クミ爺のいう事を聞くと体は少しずつ良くなっていった。オーツや卵を食べる事も教えてくれた。歯磨きの重要性も。以来健康や修行には気を使っているのだ。



夜の路地裏。

建物と建物の隙間から星のない空を見上げる。わずかに寒いが、このくらいなら暑いよりは良い。フォニィは昔何処かで見たシャーロックホームズのようなカーキ色のコートに身を包み自身の身体を痩せぎすな両腕で抱きしめる。


ホームズ風コート=インバネスコートというらしい。


昔誰かがくれたコートだ。明らかに上質なもので大人が寄越せと言ってきたことが何度かあったのだが、どうしても嫌だ! と泣きそうになりながら首を横にふると何故か皆見逃してくれた。そして今だに盗られていない。運が良かった。


コートの下には部屋着のようなジャージのズボン。ボロボロでナイロンの混じったような素材。ちょこちょこ毛玉が出来ている。靴は穴の開いたぶかぶかの革靴。ちょっと前まではビーチサンダルだった。鼻緒が切れて片足だけぎゅっと足で掴みながら歩いていて、不便だった。見かねた爺が一緒に靴を探してくれた。


夜寝るまでの時間。


そろそろ日課の時間だ。


少年は日課を始めるために動き出す。

まずはスクワット。そして懸垂。近くで営業している店のゴミ出しを任せてもらう。3店舗だけ今は手伝っている。その後は路地に腰を降ろし座禅を組み呼吸を整え始める。クミ爺が教えてくれた瞑想と呼吸法を合わせたものだった。


続けていくと心が整ってくる。


視界の端にちらつく(もや)が気にならなくなるくらいには。





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