女子柔道部始動編 第2章 嵐を呼ぶ女 2 本庄の困惑
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
東鬼の言う通り、あれからキッカリ30分後、騒ぎは収まった。
確かに、言う通りではあったが・・・
単に、東鬼の妻である家政婦のイトが、桐生を追い掛け回していただけなのだが、何処の紛争地域だと言いたくなるような、惨状である。
収まった今、桐生邸に常駐している警備員や、警察官が邸内の破損した箇所を確認、後片付けをしているが・・・騒動の最中には、誰一人として出て来る事は無かった。
確かに、迂闊に仲裁にでも入ろうものなら、命が幾つあっても足りないだろうというのは、容易に想像出来るが・・・
平和な邸宅を、紛争地域へと変えた戦犯2人は、1人は朝の身支度に、1人は朝食の準備にと、それぞれ台所と自室に引き籠っている。
色々と突っ込みたいところはあるのだが・・・「触らぬ神に祟りなし」である。
東鬼が用意してくれた軽食・・・というより、朝食であるサンドイッチとコーヒーを楽しんで、時間を潰す事にするのだった。
同時刻。
高嶺市高嶺学園の近くにあるファミリーレストランの駐車場に、本庄慈警視は自家用車を駐車させた。
本庄の服装は、警察官の正装である。
早朝のファミレスは、人影も疎らではあるが、それだけに目立つ。
「・・・・・・」
恐らくは、モーニングを食べに来たであろう一般人たちは、物珍しそうに見ている。
制帽を被り直すと、本庄はファミレスの扉を潜った。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
ウエイトレスが、声をかけてきた。
「いや・・・人と、待ち合わせをしている」
「それでしたら・・・」
と・・・振り返るウエイトレスの視線を追うと、観葉植物が壁となっている一角の席で、手を振っている女性の姿が見えた。
制帽を脱いで脇に挟み、本庄は、その席に歩み寄る。
そこには、自分と同じ様に警察官の正装姿の、遠藤美登里警視正がいた。
「早朝に、お呼び立てして申し訳ありませんでした」
自分の対面の席に座る様にジェスチャーをしながら、遠藤は話す。
「・・・・・・」
本庄は、15度の敬礼をしてから、席に着いた。
「ご注文は?」
水の入ったコップと、おしぼりを本庄の前に並べながら、先ほどのウエイトレスが聞く。
「コーヒーを」
表情を崩さず、本庄は注文する。
「ここのモーニングは絶品ですよ」
「いえ」
遠藤の勧めを断って、本庄は遠藤に向き直る。
「それで、話・・・と、いうのは?」
「明美さんについて・・・です。彼女の近況は、聞いていますか?」
「先週の日曜日にあった、警察の柔道の鍛錬に特別参加した時に、会っています。それ以後は、入学式の準備で忙しかったでしょうから・・・」
「そうですか。では、一昨日に高嶺市で起こった殺人事件について・・・何か、聞いています?」
「事件については、聞いています。それと、明美に何か関係が?」
いくら、同じ警察官といえども、勤務する場所が違えば、情報は、ほとんどと言っていい程入って来ない。
「一昨日の事件で、唯一の生存者である少年を救出したのは、明美さんです。もちろん、これは単なる偶然ですが・・・その後、ちょっとした問題を起こしましたが、これは置いておきます。昨日、彼女は私を訪ねて来ましたが・・・その時、一緒に昼食に出かけましたが、不審な車に追跡されました。詳しい事は、わかりませんが・・・明美さんが、何だかの手段を使って、自分の情報を流したそうなのです」
「何て事を!!?」
本庄は、頭を抱えた。
本庄としては、桐生には普通の民間人として、平凡で幸せな生活をして欲しいと望んでいるが、彼女の特殊な境遇が、それを許さない。
日本の政府関係者やら、果てはアメリカの政府機関の人間やらが、やたらと桐生に絡んで来ているらしい。
極めつけは、警察庁の上層部までもが、桐生に極秘裏に働きかけているらしい。
本庄が探りを入れても、警視という現在の階級では得られる情報は限定的であり、詳細に付いては完全には掴めていない。
警察庁と防衛庁によって、極秘裏に新設された特殊警察機関。
[国家治安維持局]という機関に、警部補待遇で配属された・・・というのは、掴んでいるが。
その機関が、どういった活動しているのかに付いては、まったく判らない。
(一度、ゆっくりと明美と、話さなくてはならないな・・・)
話をして、どうなるか・・・というところだが。
桐生は、素直な性格の娘だが、同時に同年齢の少年少女と比べて、遥かに冷徹な思考の持主でもある。
自分たち成人と比べても、大人・・・というか、上手く言葉に言い表せないが、深謀遠慮とでも言うべきか・・・とにかく、考え方がリアリスト的なところがある。
多分、ストレートに聞いても、本庄にとって良くないと判断すれば、決して話してはくれないだろう。
「・・・それは、そうと・・・」
考え込んでしまった本庄の気持ちを、完全に無視して遠藤は、別の話題を振ってきた。
「本庄君。貴方には、恋人はいないのですか?」
「は?」
突然のプライベートな話題に、本庄はポカンとなる。
「・・・明美さんが・・・」
「明美が何か?」
「うちの婦警たちの、お尻を触りまくっていたのですよ」
「はぁぁぁぁ~!!?」
思わず大声を出し、本庄は口を慌てて押さえた。
「話を聞いてみますと、『お兄様のお嫁さんにする、形の良い尻の女性を探している』と・・・もちろん、私も触られました。婦警たちからも、苦情が寄せられています」
「そ・・・それは、申し訳ありません。明美には、よく言って聞かせておきます」
「そうして下さい。明美さんに、お尻を触られない婦警たちが、傷つきますので・・・苦情も、彼女たちから寄せられていますので・・・」
それは・・・婦警たちは、お尻を触られたいのか、触られたくないのか・・・どっちなのだろう?
「・・・一応、付き合っている女性は、いるのですが・・・もちろん、明美も知っています」
桐生が本庄家に滞在していた時に、彼女の護衛に付いていた女性警部補と、その後、本庄は色々とあって、付き合う事にはなったのだが・・・まだ、進展はない。
「プロポーズとかは?」
「・・・まだです・・・」
「それでは、明美さんがヤキモキするのも、仕方が無いですね」
「・・・面目無いです」
遠藤は、顔を赤くして小さな声で答えている本庄に、ため息を付いた。
そんな2人の様子を、離れた席から見ている8つの目がある。
「・・・あの人って、アケミンと一緒にいた人だよね・・・確か、お兄ちゃんが警視って言っていた・・・」
「そうだねぇ・・・一緒にいる女の人って、誰だろう?彼女かな?」
「・・・美男、美女・・・」
「ちょ・・・ちょっと、3人共・・・ジロジロ盗み見るのは、失礼だよ」
興味津々で、ガン見している3人。
飛梅佳奈と、工藤静流、成田圭子。
それを、やはりチラチラと見ながらも、一応は窘めている草鹿美沙という面々である。
「早朝デートってヤツ?」
「早朝デートって、何よ?」
適当な事を言い出す飛梅に、工藤がバシッと突っ込みを入れる。
「わっ!!?」
「あっ!!?」
「・・・!!?」
「きゃっ!!?」
ドッテン!!!!!
突っ込みの勢いが強かったのか、突っ込みを受けた飛梅が、他の3人を巻き込んで盛大にひっくり返った。
「・・・・・・」
「・・・君たちは?」
いきなり自分たちの目前で、ひっくり返った4人を見て、本庄は思わず声を上げた。
「え・・・えへへへへ・・・おはようございます・・・」
バツが悪そうに、飛梅は愛想笑いを浮かべて、倒れたまま本庄を見上げる。
「お知り合い?」
「ええ。先日、警視庁武道館で行われた、柔道の強化練習を見学に来ていました。明美と同じ高嶺学園に入学する娘たちです」
「そうなの。貴女たち、早く立ち上がらないと、せっかくの制服が、汚れてしまうわよ」
「そうでした」
4人は、慌てて立ち上がる。
「ええと・・・警視さん?」
「本庄だ」
「本庄さん。今日は、どうしたんです?」
飛梅が、興味津々といった感じで、質問してくる。
「ああ・・・高嶺学園の入学式に、警視総監が来賓として出席するんだ。まぁ、自分は・・・その、お供といったところかな」
「えぇ!!警視総監って、警察で一番偉い人ですよね!!!何か、凄い!!」
一番偉いのは、警察庁長官なのだが・・・
「佳奈!一番偉いのは、警察庁長官だよ!!」
即座に、工藤の突っ込みが入る。
「は・・・ははは・・・」
何とも賑やかになってしまって、悪目立ちしてしまっている。
周囲の人々の、視線が痛い・・・
本庄は、苦笑するしかない。
「それより貴女たち。そろそろ行かないと、入学式に遅刻するのではないかしら?」
遠藤が、腕時計を見ながら告げた。
「あっ、本当だ!」
「君たち。良かったら、一緒に行くかい?送って行くよ」
「えっ!?そんな、申し訳無いです」
「いいんだよ。どうせ行く場所は、同じだからね」
4人のうちで、一番常識人らしい草鹿が、断りを入れようとするのを、軽く流す。
正直、遠藤との会話は、ある種の緊張感を伴うものがあり、少し疲れる。
『魔女』と、警察上層部で警戒感を持って噂されている人物であり、人当たりの良い外見と裏腹に、腹の内が読めない人物でもある。
偶然とはいえ、飛梅たちの乱入は、会話を終わらせるのには、良いタイミングではあった(別に、本庄が遠藤を苦手としているという訳では無い)。
「そうですね。私たちも、そろそろ高嶺学園へ向かわないと・・・」
遠藤は、自分たちの伝票と、飛梅たちの伝票を持って、立ち上がった。
「あっ、私の分は私が、支払います」
その、素早さに一瞬遅れた本庄が、慌てて声をかけた。
「いいの、いいの。私の方が年上だし、何より階級は、私の方が上なのだから」
「・・・・・・」
まあ、事実は事実だが、少し複雑だ。
「お姉さんって、本庄さんより偉いんですか?」
「佳奈・・・失礼だよ」
ずけずけと言う飛梅を、草鹿が窘める。
「彼女は、高嶺警察署の署長さんだ」
「へぇ~凄~い!」
遠藤に興味を持ったらしく、飛梅は、目をキラキラと輝かせながら、遠藤の後ろ姿を目で追っている。
(はぁ~・・・)
桐生も好奇心が強いところがあり、結構驚かされる事があるが、飛梅も、桐生と似たところがあるのかも知れない。
「私の車にも、乗りますか?」
支払いを終えた遠藤が、飛梅たちに声をかけてきた。
「わーい!!私、署長さんの車に乗る!!」
「「「お礼が先でしょ!!!」」」
早速、元気な声を上げる飛梅に、3人が突っ込む。
「は・・・ははは・・・ありがとうございます。次の機会には、私に奢らせて下さい」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
4人は揃って、元気な声を上げる。
「それはそうと・・・本庄君は、桐生さんを迎えに行かなくて良いの?4人共、私が送って行ってもいいのよ」
「いえ、彼女は父親が連れて来るはずです」
「あぁ。あの有名な、親バカ会長ね」
「親バカ・・・って」
無茶苦茶な、言われようである。
事実だが・・・
「お待たせしました。サイモンさん」
食後のコーヒーを楽しんでいる頃合いで、真新しい制服に着替えた桐生が、応接間に入って来た。
「・・・・・・」
それを、リドリーは、上から下まで無言で、じっくりと見る。
「・・・?何か、変ですか?」
「いや、『馬子にも衣裳』だな・・・と。こうして見ると、嬢ちゃんも普通のハイスクールガールだな・・・とね」
「普通じゃない女子高生って、何ですか?」
「それは・・・だな」
色々と言いたい事はあるが、今朝だけでも成人男性でも、そうそうは扱えない強弓で、土塀を破壊。
その後の家政婦による、絶対殺す気満々で繰り出された竹槍の刺突を、軽々と紙一重で躱す。
戦後の日本人は、戦中、戦前に行われていた竹槍訓練を軽視しているが、アメリカ軍・・・
特に、第2次世界大戦の沖縄地上戦を経験したアメリカ陸軍の軍人たちにとっては、この竹槍は、下手な銃器に比べても、それ以上の、とても恐ろしい武器である。
視界の効かない密林の中での行軍中に、茂みの中から無数の竹槍の穂先が、突然繰り出される。
それに貫かれて、死傷する兵士たちが大勢いた。
その奇襲を恐れるあまり、1日の行軍距離が、たったの1メートルだったという部隊も、存在する。
そして、何より恐ろしいのが、専門の軍事訓練を受けた事の無い民間人。
婦女子でも、ちょっとした訓練で、手軽に扱えるというところだ。
槍は突く、叩く、払うという動作が基本であるが、古今東西の戦争の歴史の中で、常に先陣を切るのは、槍を装備した歩兵部隊である。
長い戦争の歴史の中で、様々な戦術や陣形等が産み出されたが、携帯出来る銃火器が戦場に登場するまで、戦場での主役は弓や槍であった。
あの家政婦の槍捌きは、熟練を積んだ武人のそれであり、リドリーにしても、相対したとして、とても躱しきれる様なものではない。
因みに・・・ではあるが、アメリカ軍の特殊部隊では、竹槍を使った訓練があるらしい。
「まぁ、それはそれとして・・・ノアから嬢ちゃんに、伝言を頼まれているんだ」
軽く首を振って、リドリーは話題を変えた。
「ノアおじ様から?」
ノアとは・・・アメリカの諜報機関の幹部であり、リドリーの幼馴染であり、上司的な人物である、ノア・ドゥエーイン・ジェンキンズの事である。
「あぁ。嬢ちゃんの入学する高嶺学園は、外国からの留学生も受け入れている。アメリカとイギリスから、留学生が入学する予定だが、ロシアと中国からも留学生が入学して来るそうだ」
「へぇ~・・・そうなんですね」
「おいおい・・・呑気に言っているが、ロシアからだぞ。一昨年前の事を、忘れた訳ではあるまい。お前さんが、やり合った奴らとは逆の立場の連中だが、日本とアメリカが嬢ちゃんの存在というか・・・素性を隠蔽しているとはいえ、連中の諜報力は侮れない。嬢ちゃんの事は、薄々でも気付かれているはずだ。おそらくは、表向きは留学生という体だが、そういった組織の息がかかった奴が、嬢ちゃんに接触するために、送り込まれて来ていると見ていいだろう。中国の思惑は、知らんがな」
「それは、楽しみ~」
「・・・・・・」
リドリーは、まったく動じていない様子の桐生に、ため息を付いた。
この少女には、いつも驚かされる。
女子柔道部始動 第2章をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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