女子柔道部始動編 第1章 嵐を呼ぶ女 1 再会と規格外
おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
高嶺学園高等部入学式当日。
「こっちだ!こっち!」
「これは、どこに置けば?」
「あそこに持って行って」
昨日は不測の事態のせいで、入学式の準備が出来なかった。
もっとも、主な要因は不測の事態のせいではない。
二次的な要因。
下品な野次馬根性丸出しのマスコミ関係各位への、止む終えない対応が主因である。
今日も、警戒はしていたのだが・・・だが。
マスコミ関係と思われる人物や、車輌等は影も形も無い。
「・・・何があった・・・?」
昨日の今日で、早朝から準備に取り掛かり、朝のニュース番組どころか、朝刊にも目を通す暇もなかったせいもある。
目が回る様に忙しいから、その事に深く考えを巡らせる暇もない。
とにかく、何があったにせよ邪魔者がいないのは、幸運には違いない。
高嶺市郊外に、広大な敷地を持つ邸宅がある。
かつて、江戸幕府が存在していた頃は、徳川将軍家の御狩場が近郊にあった事から将軍の鷹狩りの際の御休憩所として。使われていたらしいと言われている。
(・・・アメリカのセレブたちの豪邸に比べれば、質素な方じゃねえの?)
重厚な門構えではあるが、とにかく地味である。
日本家屋に詳しい者なら、それなりの感想を持つかもしれないが、そういった事に疎い自分から見れば、その程度の感想しか出ない。
大きな門の前に立って、彼・・・サイモン・ロビン・リドリーは、そう思った。
ギィィィィ・・・
重々しい音と共に門が開くと、70代と思える灰色の髪の紳士が、深々と頭を下げている。
「お待ちしておりました、リドリー氏。当家の執事を任されております、東鬼泰三と申します。以後、お見知りおきを」
「あぁ、こちらこそ。サイモン・ロビン・リドリーだ」
すでに自分の事も、来訪の目的も知っているであろう東鬼に、長々と挨拶をする必要性を感じず、リドリーは簡単に挨拶を済ませた。
「どうぞ」
東鬼に促され、立哨に立っている警察官の敬礼に軽く答礼をしてサイモンは門を潜った。
「少々早い時間だが、嬢ちゃんは起きているか?」
「もちろんでございます。4時半に起床されて、鍛錬をしておいででございます」
「鍛錬って、今日はハイスクールの入学式だろう?」
さも当然といった感じで答える東鬼に、思わず突っ込んだ。
「お嬢様の、毎日の日課でございます」
それに対しても、当然といった答が返ってきた。
「へ・・・へぇ~・・・具体的には何をやっているんだ?」
「素振りを1000回と、後は剣術、銃剣術、弓術、槍術、薙刀術、棒術、柔術等々を日替わりで熟していらっしゃいます。まぁ、鉄砲術と馬術、弓馬術は当家の道場では無理ですので、専用の施設を借りたりしておりますが・・・」
「・・・そういえば・・・在日米軍の射撃場で、恐ろしいくらいの命中精度でウインチェスター銃を我が物顔で、ぶっ放していた日本人のガキがいたって噂を聞いたが・・・嬢ちゃんの事だったのか・・・」
「いえいえ、ウインチェスター銃だけではなく、種子島、ゲベール銃、ヤーゲル銃、エンフィールドライフル銃、村田式小銃、三八式歩兵銃等も試射をしていますが?」
「・・・・・・」
そういう事ではないのだが・・・
そんな、博物館で展示されているような小銃を、鉄砲術を修めるために使用しているというのではなく。
それなりに、許可を取ってはいるのだろうが、射撃訓練のためとはいえ、こうも我が物顔で他国の施設を使用しているという事に、何と言おうかと考えてしまう。
「本日は、お嬢様は弓術の鍛錬を行っていらっしゃいます」
広い庭を突っ切って、リドリーを先導する様に東鬼は、一棟の建物に向かって行く。
多分、そこが道場なのだろう。
トン!ともタン!ともいう音が定期的に響いてくるなか、リドリーは靴を脱いで、東鬼に付き従って道場に入った。
「広いな・・・」
弓道だけではなく、剣道や柔道といった他の武道の鍛錬場も兼ねているのだろう道場は広く、とても個人の所有する物とは思えない。
ピカピカに磨かれた板張りの床を歩きながら、リドリーはつぶやいた。
その最奥。
屋根が張り出した、広い縁側とも表現すればいいのか・・・
一応、日本の弓道の試合を観た事があるリドリーとしては、その試合場と思しき光景である。
目の前には、一面砂地の庭が広がり、矢がトンデモない方向に飛んで行った時の対策のためか、板張りの高い塀に囲われている。
そこの射位と呼ばれる位置から、筒袖の着物に袴、足袋姿の桐生が庭に備え付けられた丸い的に向かって、矢を番えている。
「鍛錬の最中でございますので、しばし、お静かに」
「・・・・・・」
小さな声で東鬼が注意するが、緊張感がビリビリと伝わって来る状況下では、そんな事は当然の事とわかっている。
引き絞られた弓から放たれた矢は、的の中心に吸い込まれるように付き立った。
「・・・ほぅ・・・」
思わず、ため息がもれる。
「サイモンさん!」
リドリーに気付いた桐生が、満面の笑みを浮かべて駆け寄って来る。
「お久し振りです!いつ、日本に?」
「朝一番の飛行機でだ。本当は、昨日にでも来る予定だったのだが、色々と忙しくてな。元気そうで何よりだ」
「はい!私は、いつも元気です!」
弾けそうな笑顔で元気よく答える桐生に、リドリーは微笑んだ。
「お嬢様、弓の鍛錬は終りになさいますか?」
東鬼が、気を利かせて声をかけてきた。
「ん~・・・最後に、一射して終わらせようかな。あの弓を持って来て」
「かしこまりました」
桐生の持っている弓を受け取ると、東鬼は片隅に立てかけている別の弓を持ってきた。
「特注で拵えました、三人張りの弓にございます」
「んん~・・・イイ感じに肩も温まったし・・・」
右腕をグルグルと回して、桐生は新しい弓を受け取った。
「三人・・・張り?」
聞いた事の無い言葉に、リドリーは首を傾げる。
「鎮西八郎為朝殿の強弓には、到底及ばないんだけれどね」
「チンゼイ?誰?」
射位に立って、精神を集中させ始めた桐生に代わって、東鬼に問う。
「鎮西八郎とは・・・平安時代末期の武士、源為朝の事です」
「へ・・・へぇ~・・・よくわからん」
アメリカ人であるリドリーにとっては、日本の歴史上の人物の名前を言われても、ピンとこない。
超有名な織田信長や豊臣秀吉、徳川家康等ならわかるが・・・
平安時代末期というワードから、だいたい800年くらい前の人物だとは推察できる。
「源為朝は、簡単に説明すると鎌倉幕府を開いた源頼朝の叔父に当たる人物です。五人張りとも八人張りとも言われる強弓を使い熟したとされている弓の名手だったそうです」
本当に、簡単な説明である。
「嬢ちゃんが尊敬する弓の名手って、訳か?」
「左様でございます。ただ、私個人の考えではございますが、弓術を修めるのであれば、手本とすべきは源為朝ではなく、那須与一の方がよろしいかと思います」
「別にいいんじゃね。子供が歴史上のヒーローに憧れるのは、よくある事だ。まあ・・・誰かに憧れて、真似しようとして突っ走っても、大抵は現実ってものに打ちのめされる。それが、大人になるための通過儀礼のようなもんだし・・・」
面倒臭そうに、リドリーは答えた。
「そうですね。ですが・・・源為朝は、身長210cmはあったと言われています。体格からして全然違いますし・・・むしろ那須与一は、強弓の遣い手ではありますが、小柄だったそうです。目指すなら、そちらの方が合うと思われます」
「・・・・・・(身長コンプレックスかよ・・・)」
桐生が、自分の小柄な体格を擦られると非常にキレるという事を知っているから、敢えて言葉には出さないが・・・
そのミナモト何とか程ではないが、自分も身長が6.4フィート(195cm)位はある。
だから、桐生の憧れるサムライが、現代の日本人と比べても、トンデモない体格の持主であるとの想像は難しくはない。
まあ現実を知って、桐生が打ちのめされる未来しか見えないが・・・
それは、さておき。
新しい弓に矢を番えて、キリキリと引き絞っている桐生を暫し眺めるとしよう。
「・・・鏃がぶれて、照準が定まらないように見えるが・・・」
先ほどまでは、ヒョイヒョイという感じで矢を射ていたが、今は弦を引くだけでもやっとという状態で、標的に鏃の先を合わせるにも苦労しているように見える。
左手で握る弓も、ブルブルと揺れている。
素人目から見ても、真面に矢を射る状態とは思えない。
「お嬢様が先ほどまで使用していた弓は、弓道を鍛錬している男性が使用しているのと同じ位の強さです。三人張りとは、単純に言っても、その3倍の強さですから、そう簡単に引けるものではありませんので。射型も安定していませんし、もう少し鍛錬を積んでからの方がよいでしょうね」
わかりやすいように説明をしてくれているが、要はまだ使うのには早いということだろう。
(だったら、最初に止めろよ!)
思わず心の中で、突っ込んだ。
無理をして怪我でもすれば、大変である。
さすがに、止めようとした時だった。
「あっ!?」
桐生が、小さな叫び声を上げた。
力が足りなかったのか、弓の弦を完全に引ききれない状態で弦から右手が離れてしまったのだ。
しかし・・・
ズガッッッッッ!!!!!
不完全な状態で放たれたにも関わらず、的を射抜いた矢は、そのまま的を破壊して貫通し、後ろの矢を防ぐための板塀を破壊し、さらにはその後ろの土塀を崩して破壊した。
「・・・・・・」
「嘘だろぉぉぉぉぉ!!?」
思わず、リドリーは絶叫した。
あり得ない!あり得ない!!あり得ない!!!
・・・ハッ!と気が付いた。
「嬢ちゃんを、普通の常識の範疇で計るのが、そもそもの間違いだった・・・」
一昨年前、桐生は自分を拉致しようとした、旧ソ連の元特殊部隊の残党20人を、たった1人で殲滅した。
話を聞いただけでは、誰も信じたりはしないだろうが、リドリーは自身の目で見ている。
現役の軍人でさえ、白兵戦闘で当時14歳だった桐生に敵う者は、おそらくいない。
あれから1年とちょっと経って、少しはお淑やかになったかと思っていたが・・・
さらに鍛錬を積んだのか、あり得ないが加速している。
「・・・嬢ちゃんは、何でもありだな・・・」
もう、考えるだけ無駄としか言いようがない。
「やれやれ・・・塀の修理の為に、業者を手配しなくては・・・」
「言うのが、そこなの?」
ため息を付いている東鬼に、すかさず突っ込むしかない。
「あちゃ~・・・ごめんなさい・・・まさか、ここまで凄い事になるとは思わなかった」
桐生は、一応は謝罪しているが、テヘッという感じで言っているので、全然説得力はない。
「私は、構いませんが・・・そう思わない者も、いるでしょうね」
東鬼の含みのある言葉が終わらないうちに、ドドドドドッ!!という地響きのような足音が聞こえてくる。
「コラーッ!!!お嬢!!!今度は何を、やらかしたぁぁぁぁぁー!!!!!」
もの凄い怒鳴り声と共に、60代半ばと思われる角の無い鬼女が、竹槍を構えて飛び込んできた。
「あっ!ヤバッ!」
小さく叫んで、桐生は後方へ跳び、弓道場の砂地の上に着地した。
怒りのオーラが轟々と渦巻いている鬼女が繰り出した、凄まじい刺突は、道場の床をぶち破った。
ちょうど、さっきまで桐生のいた場所である。
「・・・!!!」
「ちょっと、イトさん。今のは、やりすぎ!」
「黙らっしゃい!!今日と言う今日は勘弁ならん!!お仕置きじゃあ!!」
口を開けて、唖然としているリドリーの目前で、鬼女はグルンと竹槍を頭上で旋回させると、一足飛びで桐生との間合いを詰める。
「そりゃ!そりゃ!」
凄まじい速さで繰り出される竹槍の穂先の連撃を、桐生は難なく躱している。
「そりゃあ!」
全身全霊で突き出された穂先は、勢いのまま桐生が破壊した土塀を、さらに突き崩す。
「はっ!」
タイミングを計っていたのか、桐生は小さく息を吐くと、突き出された竹槍に飛び乗り、その撓りを利用して大きく跳躍し、武道場の屋根の上に避難する。
「ぬぬぬぬぅ~小癪な~」
「落ち着いて、イトさん。これ以上イトさんが暴れたら、お家が壊れちゃう」
桐生が何とか、鬼女の怒りを鎮めようと声をかけるが、鬼女は顔の色をさらに赤くしている。
「ワシを舐めるな~!!!」
竹槍を持ち直すと、「ウオォォォォ!!」と叫びながら助走して棒高跳びの要領で、竹槍をポール代わりにして、屋根に飛び乗った。
「お見事、お見事」
屋根に着地を決めた鬼女だが、彼女の足元の瓦は何枚かが、衝撃で割れてしまっている。
「覚悟しろ!お嬢!」
竹槍をゴウンゴウンと回転させ、その勢いで石突の部分で割れた瓦の欠片を飛ばすという遠距離攻撃まで始めた。
「当たらなければ、どうって事ないよ~」
それを、桐生はヒョイヒョイと躱す。
屋根の上での死闘(?)が、始まった。
「規格外の人間が、2人もいやがる・・・」
「客人に挨拶も申し上げず、失礼いたしました。私の家内で、家政婦を勤めております東鬼イトでございます」
あまりの展開に付いていけなくなっているリドリーに、何事もなかったかのように、東鬼は失礼を詫び、自分の妻を紹介している。
「カミさんを、止めなくていいのか?」
「はい。30分も暴れれば、自然に止まります。若い頃ならともかく、もういい歳ですので・・・それに、その頃には怒りも収まっています。それまでは、座敷でお待ち下さい。コーヒーと軽食を用意させます。あぁ、道場から本宅までは、ご注意くださいませ。流れ弾が飛んでくる可能性がございます」
「流れ弾って・・・どんな戦場だよ?」
「土塀の修理と、道場の床の修理・・・後、屋根の修理のための業者も手配しなくては・・・」
東鬼は、はぁ~・・・と、ため息を付いているが、頭を悩めるのはソコではない。
女子柔道部始動編 第1章をお読みいただきありがとうございます。
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次回の投稿予定日は11月2日です。