第0章 怖い女 ② その少女 取扱注意
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れさまです。
2人が昼食に向かう和風レストランは、警察署から車で10分程走った所にある。
遠藤が運転する車の助手席でシートベルトを締めている桐生は、この10分間、車窓から流れる景色を眺めて、特に何も語る事は無かった。
署長室では、あれだけ雄弁だったのだが・・・今は、何を考えているのか、腹の内が読めない。
(まあ、普通の15歳じゃないからね・・・)
内心で、遠藤は、つぶやいた。
レストランの駐車場に、車を停める。
時間は、昼時であるため、昼食を食べに来たであろう客たちの車が、多数駐車していた。
「・・・これは、先に予約の電話を、入れておくべきだったわね・・・」
迂闊だったと、遠藤は、つぶやいた。
「まぁ、しょうがないよね。私は別に、コンビニの弁当でもいいよ~ドリちゃんと、お話をもっと、したかっただけだもん」
特に、落胆する素振りも見せず、桐生は代案を提案する。
「話なら、署長室でも出来たでしょう?」
「・・・ん~とね、ドリちゃん」
「何でしょう?」
ニコニコと笑みを浮かべている桐生に、振り返る。
「ちょっと、真面目な話がしたいんだけど・・・言葉遣いを変えてもいいかな?この言葉遣いだと、ちょっとやり難くて・・・」
「・・・どうぞ」
それまで、のほほんとしていた桐生の雰囲気が、変わった。
途端に遠藤は、自分の周囲の空気が冷たくなったように感じた。
「少し、ドライブをして時間を潰しましょう」
桐生は、何も語らないが、何かあると感じた遠藤は、即座に判断した。
エンジンキーを回して、エンジンを始動させる。
桐生は、コクリと頷くと、運転席と助手席の隙間から後部座席へと、スルリと身体を移動させる。
(身体が小さくて細いと、便利ね)
その素早い動きに、内心で桐生のNGワードをつぶやく。
「そのまま、適当に車を走らせよ」
やや低い、少年のような口調で桐生は告げた。
「適当に・・・ですか?」
「うむ」
「わかりました。それで、私と話したい事って、何です?」
ハンドルを握りながら、遠藤はバックミラーの片隅に写る桐生に問いかけた。
「昨夜の件じゃ」
「あぁ。貴女がパトカーに追いかけられながら、高嶺署に駆け込んで来た件ですね。私が今日付けの着任だから、副署長が代理で対応した件でしょう?」
「そうじゃ。件の少年に付いての詳しい情報を、聞きたい」
なる程・・・
昨夜・・・と、いっても、もうじき日付が変わろうという時間帯に、桐生は文字通り少年を担いで、高嶺署に飛び込んで来た。
全身、ずぶ濡れで泥だらけの異様な風体の2人(桐生の場合は、泥まみれ、びしょ濡れになった少年を担いでいたため、汚れていたのだが)に、夜勤で詰めていた警察官たちは、仰天したのだった。
そして、その後から桐生たちを追いかけていた巡査たちが、乗り込んで来て桐生たちは、その場で補導されたのだが・・・
当然、その場は、すったもんだの大騒ぎとなった。
それは、さておき。
別件で、緊急の呼び出しを受けていた副署長の取り成しのお陰で、問題無しとなったのだが・・・
副署長が、呼び出された理由は、高嶺署管内で起こった殺人事件である。
市民からの「近所の家で、悲鳴や叫び声が聞こえた」という通報を受け、現場に向かった警察官が、住宅街の一軒家で、その家の住人である夫婦と子供の計3人が、見るも無残な状態で殺害されているのを、発見したのだった。
そして、それは桐生が偶々助けた少年の家族であった。
当然、少年は警察署で保護される事になり、桐生は警察上層部の、お達しにより無罪放免となったのだった。
「朝のニュース番組では、事件の速報と、子供のうち、兄が行方不明となっているとしか言っていなかった故、その後について聞きたかったのだ」
「その件に付いては、捜査本部が今朝、設置されました。被害者に付いては、まだ検死結果待ちです。それと現在、現場検証が行われています・・・そんな、ところですね」
「左様か。して、少年は如何しておる?」
「現在、高嶺市立総合病院に収容して治療中です。幸い、外傷は無かったものの、精神的に話を聞ける状態ではありませんから。ある程度、落ち着いてから事情聴取という事になるでしょう。もちろん警察官を警護と警備の為に配置していますし、高嶺市立総合病院の守衛として契約している警備会社に連絡して、守衛要員を増員してもらっています」
「相判った。少年の素性に付いて、聞いても構わぬか?」
「彼の名は、見崎悠太。15歳。貴女と同じ、高嶺学園の1年生になる予定ですよ。明日からですが・・・」
もし、何も無ければ、だったが・・・
明日の入学式で、晴れて高校生となり学校生活を満喫する事になる・・・はず。
それが・・・たった1日で、その未来が消え去った。
「左様か。それに付いては、私が如何様にでもしよう。当人の気持ち次第ではあるが・・・慈殿も、伶殿も申していた。高校生活は、かけがえのないものであると。それを失わせるなど、あってはならぬ」
一介の高校生が言う言葉では無いのだが・・・それを、実行出来るだけの力は、この少女にはある。
ある意味では、空恐ろしい。
「それはそうと、明美さん。そろそろ、このドライブの理由を教えてもらえませんか?」
小1時間ほど、車を目的地もなく、走らせている。
「警察無線は、あるか?」
「公用車ではなく、自家用車ですから・・・当然、ありません」
「・・・これから、私と付き合っていくなら、後付けでも付けて置く事を勧める」
「善処しましょう。無線はありませんが、携帯電話なら持っています」
「それならば、私の物を使う」
ポケベルに代わって、携帯電話が普及を始めたが、大抵、それを所持しているのは大人であり、主に仕事用である。
まだまだ、一般的には固定電話や公衆電話が主流の時代である。
中高生等が、所持するのが当たり前のようになってくるのは、2000年代に入ってからくらいである。
それを、高校生が所有しているとは・・・
「もしもし・・・」
遠藤の質問に答えず、桐生は何処かへ連絡している。
「・・・そうです。至急、高嶺署に連絡を。それと・・・まぁ、少々無茶をして荒事になるかもしれないし、ならないかもしないかもしれない・・・念のため、事後処理とマスコミへの対応を・・・」
聞き捨てならない言葉が、聞こえてくるのだが・・・
話終わった桐生が、前を向く。
「あの件の後、予め色々と餌をばら撒いておいた。早速、喰い付いて来た」
バックミラーに写る桐生の視線から、自分たちの乗る車の少し後ろを、黒い乗用車が走っているのがわかった。
車高が妙に低く、無駄に排気音がデカい。
俗にいう、ヤンキー車だ。
「私が学生の頃は、ああいうのが夜になると、彼方此方を走り回っていたわね」
フロントガラスに黒いフィルムを貼っているのか、運転者が見えない。
何人が、乗っているのかも、判らない。
「・・・・・・」
確認のためにハンドルを切って、別の道に入ってみると、それに付いてくる。
「いつから、気が付いていたのですか?」
何度か、道を曲がって確認をしてから、遠藤は聞いた。
「私たちが、高嶺署を出てからずっとじゃ。しかし、随分と頭の悪い・・・あれでは、怪しんでくれと、自ら申しているようなものだ。やはり、あの程度の情報では引っ掛かるのは小者か・・・」
フン!と、鼻で笑うというより、失望している様にも見える。
「餌をばら撒いたとか言っていましたが、何をしたのです?」
「簡単な事。私の情報を流した」
「!!?」
事もなげに、桐生は言うが・・・
「昨夜の襲撃者。どうも色々と不審な点があった故、伝手を使って私が目撃者である事等、少々誇張を混ぜて、流しておいた」
「なる程・・・」
どんな伝手だかコネかに付いては、聞く必要性は感じない。
「でも、それなら署長室で話していた時に、話してくれても良かったでしょう?」
「すまぬ。今朝のニュースで、警察関係者の話と称して、アナウンサーやリポーターが、好き勝手な事を、ほざいておった。まだ初動捜査が始まっているかどうかの状況で・・・だ。単に、マスコミの者どもが勝手な憶測から申しているだけで、架空の関係者とやらを作り出しているだけやもしれぬが、其方はともかく、高嶺署の者たちを全て信頼している訳では無い故、迂闊な事を言わなんだだけだ」
「・・・・・・」
裏を返せば、まだお前たちを信頼していないぞ宣言を、された訳だが・・・
確かに、ニュース番組だけでは無く、午前中のワイドショーでも、この事件は取り上げられていた。
そこでは、現場に駆け付けたリポーターが、事件の概要を語るだけでは無く、周辺の住民の声として、顔を隠した人物たちの言葉を伝えている始末だ。
それを聞いた、番組のコメンテーターの中には、推理小説の探偵よろしく、勝手な推理というか、憶測を語っていた。
そこでも、またもや『警察関係者』の言葉が、連発されていた。
まだ、鑑識が入っている状態で、捜査本部も周辺の目撃情報等を収集している状況であるにも関わらずである。
桐生としては、事件の異様さから、マスコミが群がって来るのは止む無しとしながらも、あまりにも『警察関係者』の言葉が濫用される事に、そんな事がある訳が無いと言っても、簡単に自分たちを信用出来ないのだろう。
「貴女の信頼を得るよう、努めましょう。それより、これからどうします?いっその事、不審車両を引き連れて、高嶺署に戻りますか?」
「その必要は無い。彼奴等は、ここで仕留める」
「えっ!?」
突然の言葉に、思わず遠藤は桐生を振り返った。
「美登里殿!前!前!」
慌てて、桐生が注意喚起する。
「ごめんなさい。さすがに、それはちょっと・・・話を聞きたいので、なるべく穏便に・・・」
「承知している。どうやら・・・想定より早く、援軍が到着した」
遠くから、サイレン音と共に、赤色灯が近付いてくるのが、サイドミラーの片隅に写った。
「そこの黒い車、止まりなさい!」
ファンファンとサイレンを鳴らしながら、1台のパトカーが猛スピードで追尾して来る。
「あれっ?この声・・・」
聞き覚えがあるらしく、桐生は自分たちの車を追う黒い車に迫って来るパトカーを凝視した。
「脇に、避けますよ」
ナンバープレートの番号と車の色、そして停車を連呼しているのだ。
もしも、偶然に同じ道を走っていただけ・・・というのなら、恐らくパトカーの指示に従って、停車をするだろう。
左のウインカーランプを点滅させ、道路の左脇に車を寄せると、自分たちを追いかけていた車は、猛スピードで追い越して行った。
「明美さんの読みは、当たっていたようですね」
「コラァー!!止まれ!!止まれってんだ!!くそ野郎!!!ふざけんな!警察、舐めてんのか!!オラー!!!」
何か、もの凄い暴言をスピーカーで喚きながら、パトカーも追い越して行く。
「・・・・・・」
さすがにこれは、問題なのだが・・・
急に、桐生は後部座席のドアを開けると、そのまま、走るパトカーのルーフに、飛び移った。
「明美さん!?」
桐生も桐生で、問題ありまくりである。
道理で警察上層部の、お偉方が、あまり関りを持ちたがらないのも、頷ける。
ダン!という音と共に、何かがルーフの上に乗ったのを感じた、巡査はウインドウを開けて仰天した。
「お前は!!?」
「やはり、お主らであったか。まぁ、良い。早う、あ奴らを追え!」
走行するパトカーのルーフに乗って、自分を見下ろしているのは、自分たちのパトカーを蹴飛ばした張本人の小娘である。
お陰で、散々な目にあった。
「さっさと降りろ、クソガキ!俺たちに構うな!」
自分たちを、理不尽な目に遭わせた張本人に、尊大な態度で指示されて、スピーカー越しに怒鳴る。
走行中のパトカーから飛び降りろとは、なかなかの暴言である。
もちろん、その声は周囲に響き渡っている。
「話は、後で聞いてやる。今は力を貸せ!」
「・・・・・・」
尊大かつ傲慢とも取れる態度の小娘に、条件反射で反発したものの、抗い難い威圧感に気圧される。
「このまま、あの車の真後ろに付けよ。出来るか?」
「こうなりゃヤケだ!やってやらぁぁぁぁ!!振り落とされるなよ!!!」
桐生を乗せたまま、パトカーはスピードを上げ、あわや追突?という距離にまで詰めた。
「よくやった。誉めて遣わす」
どこまでも、尊大。
走行する車のルーフに乗っている以上、受ける風圧は相当なのだが、それすら感じていない様子で、桐生はルーフを蹴って、前を走行する黒い車に飛び移った。
「なっ!!?」
「お前!?何をやっている!!?」
予想しえない展開に、運転していた巡査は思わずブレーキを踏み、マイクを持った巡査は叫ぶ。
飛び移った桐生は、その勢いのまま、リアウインドウを蹴り割ると、黒い車の中に身体を滑り込ませた。
その後・・・
黒い車は激しく蛇行し、ガードレールにぶつかって、ようやく停車した。
「おい!大丈夫か!?」
パトカーを停車させて、巡査が駆け寄る。
「問題無い」
ひしゃげた後部座席のドアを蹴破って、何事も無かったように桐生は、出て来た。
その両手は、ぶつかった衝撃で目を回しているらしい、黒い目出し帽で顔を隠している人物2人の襟首を掴んで引き摺っている。
適当な場所で雑に転がすと、そのまま目出し帽を毟り取る。
目出し帽の下からは、似合わない金色に髪を染めた、いかにもな感じの若者の顔が現れた。
「無茶苦茶しやがって・・・」
あんな暴挙をして、怪我1つしていない少女に、感心するより呆れる。
桐生は、運転席と助手席のドアを開けて、さらに2人を引き摺り出す。
「明美さん!」
「しょ・・・署長!?」
駆け寄って来た女性を見て、巡査たちは慌てて敬礼をする。
「助けてくれて、ありがとう。偶然とはいえ、本当に助かったわ」
評判の美人署長に、ニッコリと微笑まれて、2人の巡査は思わず鼻の下を伸ばす。
「中々に、胆力があるの。気に入った!」
「・・・・・・」
上から目線で、子供に褒められても嬉しくは無い。
サイレンを鳴らしながら、4台の救急車が到着する。
「早っ!?」
「まだ、連絡もしてないぞ!?」
「・・・・・・」
驚いている巡査たちを後目に、救急車から降りてきた救急隊員が、4人の元に駆け付ける。
「連絡を受けまして。怪我人を収容、搬送します」
敬礼をして、必要最低限の説明をすると、救急隊員は、さっさと怪我人をストレッチャーに乗せている。
「・・・・・・」
その救急隊員と、桐生が一瞬、視線を交わし、僅かに頷き合うのが見えた。
恐らくは、桐生の差し金であると、遠藤は瞬時に理解した。
彼らが搬送される先・・・一応、きちんと治療はされるだろうが、その後は・・・
桐生が所属している組織・・・そこでは、犯罪者の人権など無いに等しい・・・
連絡を、受けたのだろう。
サイレンを鳴らして、数台のパトカーが到着した。
「でも、急にフラフラしたと思ったら、いきなりガードレールに、ぶつかるんだもの・・・ビックリしたよね」
「「えぇ!!?」」
事実を、思い切り捻じ曲げる事を主張する桐生に、2人の警察官が驚く。
「・・・そうね。スピードもかなり出ていたし・・・きっと、ハンドル操作を誤ったのでしょうね」
桐生の言葉に、遠藤は頷いた。
「「・・・・・・」」
2人の巡査は、言葉を失った。
「さて・・・と、お昼ご飯は、食べ損ねちゃったね」
「そうね。私も職務に戻らなければならないし・・・食事は、次の機会にしましょう」
桐生の言葉通り、この件は単なる若者の無謀運転の末の、単独事故・・・として片付くだろう・・・
第0章②をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。