第0章 怖い女 ① 魔女
皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
高嶺警察署。
この警察署長として転属してきた婦人警察官が、警察署の庁舎を見上げた。
彼女の名は、遠藤美登里警視正だ。
キャリア組として警察庁に入庁し、史上最年少で、警視正に昇進した才女である。
遠藤は、代々警察官を出している家系の出身であり、彼女の父も警察庁刑事局組織犯罪部の部長(警視監)であり、双子の兄も警察庁に入庁したキャリア組で、警察庁長官官房に席を置いている警視正である。
20代後半ではあるが、彼女は警察庁の中で、警察官の中の警察官と言われている。
警察庁警備局警備企画課に所属し、その美貌を最大限に利用し、幹部警察官たちを懐柔・・・国内のテログループやテログループになる恐れのある過激派右派団体、過激派左派団体と手を組んでいる警察官たちを、次々と摘発した。
1990年代に発生した毒ガステロ事件で、その事件の首謀者である新興宗教の信者だった警察官たちから情報を収集し、過激派宗教テログループを摘発し、教祖や関係者の逮捕に尽力した。
不幸にも一部の関係者には逃げられたが・・・逮捕の情報を流した信者である幹部警察官を特定、身柄を拘束した。
さらには福岡県警察本部暴力団対策部にも出向し、警察庁警備局警備企画課で行った美貌と人望を武器に、福岡県警察本部に所属する警察官、警察職員たちが暴力団関係者と癒着している事を突き止めて、次々と警察官、警察職員たちを懲戒処分にした。
そのような功績により、警察庁の上層部も彼女の才能を評価せざるを得ず・・・キャリア組でもありえないスピードで出世した。
因みに、彼女の祖父は、国会議員であり、現在は国家公安委員長である。
鬼の国家公安委員長と、恐れられている人物だ。
そのような経歴と実績により、彼女に近付く男性はいない・・・
母親からは、仕事に没頭するのもいいが、家庭人として落ち着いてはどうか・・・と、毎日提案されている。
「遠藤警視正ですか・・・?」
警察官の制服を着た中年男性が、声をかけた。
「そうです。副署長」
彼女は、一目で理解した。
「驚きました・・・一度も顔を合わせた事も無いのに、顔だけで、私が副署長と判るとは・・・」
「警視から流れる雰囲気で、感じ取りましたわ」
「そうですか・・・さすがは、魔女と言われるだけはあります」
「そう呼ぶ人もいますね・・・」
副署長の軽い皮肉に、遠藤は何も感じず返した。
彼は、警察官人生30年のベテラン警察官である。
名は遠嶋亨警視だ。
高嶺市出身であり、警察官として現場に出た時代は、所轄の強行犯を捕まえる刑事だった。
警部に昇進して以降は、現場から離れ、事務屋に転向した。
50歳で、警視に昇進し、高嶺警察署の署長に任命された。
だが、それも長く続かず高嶺警察署の副署長に任命された。
「1つ、お聞きしてもいいですか?」
「何でしょう・・・?答えられる範囲で、お答えします」
「この町で、何か起きようとしているのですか?」
「残念ですが、その問いには、お答えできません。警察庁と警視庁の間で、機密扱いになっています」
「そうですか・・・」
「警察庁から届けられた極秘資料に、桐生明美という少女についての物がありました・・・彼女は、早速、問題を起こしましたが、警察庁と警視庁の指示で、もみ消しました。ですが、そのために処分された警察官たちは、不満を持っています。今の所、2名ですが・・・」
「その件についても、お答えできません。桐生嬢については、私から問題を起こさないように言っておきますので、それで勘弁して下さい」
「わかりました・・・」
高嶺警察署に入ると、警務課の警察官たちが作業をしていた。
「おはようございます」
受付担当の若い婦人警察官が、挨拶した。
「しょ・・・副署長。そちらの方が新署長ですか・・・?」
「そうだ」
「副署長。各課長たちを集めて下さい。彼らの顔を覚えたいので・・・」
「わかりました」
署長室に案内されると、遠嶋が警務課長に伝えて、警察署内の各課長たちを署長室に召集した。
警務課長の警視は、高嶺警察署のナンバー3であり、遠嶋よりも若い。
会計課、生活安全課、地域課、刑事課、留置管理課、交通課、警備課、組織犯罪対策課の各課長たちが署長室に集まった。
刑事課長は、去年、定年退職したため、空席だったが、警視庁刑事部から幹部警察官が転属して来ていた。
新刑事課長は、キャリア組に属する警視で、遠藤と同じ歳の幹部警察官である。
彼は、新見良太である。
遠藤とは同期であるが、新見は通常通り出世した幹部警察官である。
「皆さん、おはようございます。私が、本日から新署長として着任する遠藤美登里です」
課長たちは、15度の敬礼をした。
「警察署長になるのは初めてではありますが、自分の責務をしっかり理解し、職務を全うしたいと思います」
一部の課長たちを除くと、ほとんどの課長たちはノンキャリア組の警部たちで、40代である。
「警察職務を問題無く遂行したいので、何か不要な物があれば、課長判断で廃止してもかまいせません。責任は私がとりますので・・・」
課長たちは、顔を見合わせた。
新見だけは、それを理解しているのか、表情1つ変えなかった。
「本日は、私だけでは無く、多くの警察官が同署に配属されます。新任の警察官もいます。皆さんの仕事が増えると思いますが、そこは、柔軟に対応して下さい」
簡単な挨拶を終えると、遠藤は課長たちを解散させた。
刑事課長と警備課長の2人だけを残して・・・
警備課長は、警視庁公安部に所属していた幹部警察官で、木城健実警部である。
「貴方たち2人は、ここに配属された、本当の任務を理解している?」
2人の課長は、頷いた。
「私たちの任務は、高嶺学園に入学する桐生明美が卒業するまでの間、彼女が行うあらゆる事をサポートする事、それと彼女と彼女の息子の警護よ」
「はい、理解しています。すでに外事係に所属する警察官たちは、諸外国の動きと諸外国工作員の活動を監視させています。公安調査庁、警察庁警備局、防衛省情報本部と連携し、情報取集を行っています。公安第2係には、交代で警察官たちを配置させて、桐生明美と、その息子、関係者たちを見守るよう指示を出しました」
「機動隊からの応援は?」
「はい、警視総監の指示で、9個ある機動隊から機動隊員を出向させて、緊急対応部隊を1個中隊編成させています」
「警察庁長官及び警視総監の指示で、大袈裟な警備や警護、あからさまにわかるような警備や警護は控えるように指示されています。その指示を、お忘れなく」
「了解しました」
「刑事課では、彼女が事件に巻き込まれた場合や、首を突っ込んだ場合に備えて、刑事を2名配置させています」
「その刑事たちは?」
「はい、警部補であるキャリア組の警察官には、詳細を伝えましたが、部下の新人の女性巡査に関しては、何も伝えていません」
「それで、いいです」
桐生明美という少女には、普通に話しても信じてもらえないだろう、重要な秘密がある。
必要以上に、知らない方がいい秘密だ。
「ヤッホー!」
署長室に突然、1人の少女が姿を現した。
「・・・・・・」
「あれぇ~無視ですかぁ~?明美、悲しい。めそめそ・・・」
「いえ、上からの報告通り、施設への侵入が、容易だと・・・」
「もっちろん!原発だろうが、防衛庁だろうが、警察庁だろうが、簡単に侵入出来ちゃう!えへん!」
侵入者は、胸を張る。
「本庄警視から、詳細な報告書が届いています。在日米軍施設への侵入も、可能と・・・」
「もっちろん!横須賀に入港した原子力空母が気になったから、基地内に侵入して、見物に行っちゃった。原子力空母の乗組員や、今後の展開情報等を、たぁ~くさん、仕入れたよ!」
とんでもない発言を、遠藤は気にせず続けた。
「その情報を、どうするのですか・・・?」
「もっちろん、反米団体の左派の人たちに、流しちゃう」
「左派の人たちも、大変ですね・・・」
下っ端はともかく仕事もせず、楽して稼げる仕事を見つけた自称左派団体の人たちは、どこから届いたか、わからない在日米軍の情報に振り回されて、忙しくなる・・・最悪、左派団体の幹部たちが、労働条件を見直せ、と叫んで、国会前でデモをするかもしれない。
そんな事になっても、国会は、自分たちが好き好んでやっているのだから・・・自分たちで解決すれば・・・の姿勢で無視するだろう。
左派よりの姿勢をとる一部の報道も、そんな下らないデモの報道ばかりすれば、テレビ局は視聴率が、新聞社は新聞の売れ行きが悪化するのが目に見えているため、大人の対応という無視に徹するだろう。
そんな、光景は無関係な立場の人から見れば、「この人たち、何が言いたいの?」だろう。
この少女は、別に左翼系の人々を応援するつもりは微塵も無い。
むしろ逆で、親切という言葉に隠した、周到な嫌がらせ行為を行っているだけである。
つまり、彼女は左派(自称)が、大嫌いなだけだ。
遠藤が、人伝に聞いた話で、桐生は共産主義思想家を、「口だけの怠け者」と称したという。
それは、それでかなり偏った考え方では?と、思わなくはないが・・・考え方は、面白いとは思った。
そういった、お堅い話は次の機会という事で・・・
「ねぇねぇ。遠藤署長さんの事、ドリちゃんって、呼んでもいい?」
「ご自由に」
桐生の中では、この件は終わった話らしい。
「じゃあ、ドリちゃん!もっと偉くなりたい?」
「そうですね・・・上に行けば、警察組織の改革に尽力できますし・・・兄が警察庁長官に席に座る時までには、警察内部の腐敗を、一掃しておきたいですね・・・」
「じゃあ!私が手伝って上げる!」
「どのように?」
「犯罪組織の情報を掴んだり、事件や事故の情報を掴んで、犯罪組織を壊滅させる手伝いをしてあげる」
「それは願っても無い機会です・・・しかし」
「?」
「あまり表立って行動しては、本庄警視に心配をかけますよ。それに、お怒りを受けますよ。桐生警部補(相当官)」
「そこは、庇ってよ~」
「ダメです」
「ケチ~」
「ところで、桐生警部補(相当官)」
遠藤は、敢えて桐生に極秘に与えられている階級で呼んだ。
「は~い」
「昨日、パトカーを蹴りました・・・ね?」
「蹴ったよ。私の事を小学生って、言ったから」
「私がいなかったので、もみ消すのに苦労しました。今後、警察の備品を破損する場合は、私たちの力が及ぶ範囲内で、お願いします。高嶺市内であれば、何とかなりますが・・・東京都内・・・特に23区外の市町村では、自重して下さい。後、他の都道府県でも・・・」
「善処しま~す」
「お願いします」
「それで、私を小学生と言った、お巡りさんたちは、どうなりました?」
「一応、運転手の運転ミスという事で、パトカーを破損させた事にしました。状況が状況なので、地域課長からの指導と始末書の提出という処分にしています」
「甘いね~・・・」
「仕方ありません。私たちが、いなかったのですから。それでも課長たちは、その処遇に納得していません。当然ながら、貴女の被害者になった警察官2人は、もっと納得していません。何故、自分たちが処分されるのか?何故、器物損壊及び公務執行妨害をした被疑者を、上層部が庇うのか?」
「それが、組織というものだよ~・・・」
「そうですね・・・ですが、彼らは納得しないでしょう・・・警部たちや年配の警察官たちは、察しがつくでしょうが・・・今回の被害に遭った巡査2人は、警察官になって1年目と3年目です」
「若いね~・・・」
彼らより、さらに若い桐生が、それを言う。
その時、署長室の電話が鳴った。
内線である。
「はい」
遠藤は、受話器をとる。
「その事ですが・・・すでに、私の所にいます」
どうやら、侵入者に対する問い合わせだったようだ・・・
「・・・はい、では」
遠藤は、受話器を置いた。
「どこから~?」
「警備課長からです」
「警備課長から?」
「貴女の見守りをしていた公安第2係の公安警察官たちが、貴女を見失った事で、大慌てで連絡を寄こしてきたようです」
「あちゃ~・・・」
「・・・・・・」
「だって~・・・24時間365日、監視されるのは疲れるもん!私だって、高校生。自由に外出したいもん!」
「気持ちはわかりますが・・・その時は、公安警察官たちに一言を、お願いします。彼らも仕事をしているのですから・・・」
「わかった~」
「それと・・・貴女の住む邸宅の警備態勢に付いてですが・・・身辺警護と邸宅警備のために、お父上が会長を務める企業グループ傘下の警備会社から警備員が、配置されていますが・・・我々も警察官を1名派遣します」
「えっ!?」
「もちろん、貴女の邪魔はしません。警察官は警視庁警備部警備第1課に所属する第1機動隊から第9機動隊から選抜された機動隊員で、臨時編成部隊・緊急対応部隊に所属する機動隊員です」
「これ以上人が増えたら、お家が狭くなっちゃう~!」
「結構、広い邸宅でしょう・・・」
「じゃあ、息子の隼也の遊び相手も、お願い~」
「それでしたら、手配しているはずですが・・・本庄警視の後輩で、現在、警部の幹部警察官の息女・・・」
「1人娘だけでは足りないよ~もう1人!」
「わかりました・・・何とかします」
遠藤は、ため息を吐いた。
「そろそろお昼ですが・・・どこかで一緒に食べませんか?」
「和食を希望!」
「ちゃんと調べています。警察署の近くに和食を提供するレストランがあります」
「天麩羅ある?肉じゃがある?」
「私を誰だと思っているんですか・・・?もちろん、あります」
「やったー!」
「では、行きましょう」
「外で待っている!」
と言って、侵入者は消えた。
「・・・・・・」
簡単に侵入されて、簡単に出ていかれる。
治安を守る施設が、このようなセキュリティーでは話にならない。
「警備態勢を強化するのも、課題ね・・・」
遠藤は、署長室を出た。
正面の出入口に、桐生が待っていた。
「署長さ~ん」
桐生が手を、ぶんぶん振る。
「はい、はい」
遠藤と桐生は、和食レストランに向かうのであった。
「ところで、明美さん」
「な~に」
「部活は何をするか、決めましたか?」
「高嶺学園は、兼部制を導入しているから・・・」
「基本的には運動部と文化部を兼部する事が校則で定められているようですね」
「とりあえず、柔道部と家庭科部って決めている」
「確か・・・警視庁で行われた親善試合を見学していた高嶺学園の新1年生たちに勧誘されて・・・ですか?」
「それもあるけど・・・武道の中で、一番奥が深いのが柔道なの!柔術を安全なスポーツに改良した事が、奥が深い。それと武道の中で、公式試合の規制が無いのが、柔道だけなの!」
「まあ、そうでしょうね・・・」
「それに・・・お兄ちゃまが、柔道なら、強い奴がいっぱいいるって!言うから」
「確かに、柔道には、すごい人が沢山います」
第0章①をお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。
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