序章 1 春雷
みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。
激しい雨と風、そして夜の闇を切り裂く稲光。
春の嵐。
満開の桜並木は、暴風雨に嬲られ悲鳴を上げている。
「はぁはぁ・・・はぁ・・・ひぃ・・・」
全身濡れ鼠になった1人の少年が、何かから逃げるように走っている。
何度も何度も足が、もつれて倒れそうになる。
「助けて・・・誰か・・・」
苦しい息の中、弱々しくつぶやく。
「あっ!?」
何度も後ろを振り返りながら走っていたせいか、泥濘に足を取られた。
バシャァ!!!
水溜まりに、思い切り頭から突っ込んでしまった。
「ひぃ・・・ひぃ・・・ひぃひぃ・・・」
立ち上がろうとして立ち上がれず、それでも少年は泥濘の中を這いずる。
パシャ・・・パシャ・・・パシャ・・・
泥濘の中を歩く、複数の足音。
「ひぃ・・・」
息を呑む音と同時に、悲鳴のような声が自分の口から漏れた。
目の前に立っているのは、10人にも満たない数の、自分と大して年齢の変わらない少年少女たちだった。
ただ、彼らは手にナイフや包丁、金属バットや棒のような物を持ち、全員が能面の様に無表情だった。
時折走る稲光に照らされて、この世のものとは思えない程、恐ろしい。
「・・・・・・」
1人が、無表情のまま、金属バットを振り上げる。
もう駄目だ!
逃れられない運命を目前に、少年は身体を丸めて目を閉じた。
「・・・・・・」
何も起こらない。
無限に続く長い時間が経ったように思われたが、それはほんの数秒だったかも知れない。
バシャア!!
何か、重い物が地面に叩き付けられる音がした。
「・・・・・・」
恐る恐る目を開けると、先ほど自分に金属バットで殴りかかって来た少年が、白目を剝いて倒れていた。
そして、その側には・・・
まるで粘土細工のように、グニャグニャに曲がった金属バットが、転がっていた。
「あれれれ~・・・こ~んな時間に学生が~?ダメだよ~不純異性交遊は~・・・桜さんたちが、迷惑しているよぉ~」
どこか、間の抜けた声。
身長は、小学生の自分の妹くらいの小柄な人物が、自分の前に立っていた。
「「「・・・・・・」」」
少年のような、少女のような中性的な人物の言葉にも、少年少女たちは表情を変えず、不気味に沈黙している。
「えっと・・・」
その人物は、あまりの反応の無さに戸惑っているようだ。
「・・・逃げて・・・」
掠れた声が、口から出た。
「えっ?」
その人物が振り返る。
「・・・逃げて。でないと君まで・・・」
「・・・・・・」
どうやら自分の言う言葉の意味が理解出来なかったのか、その人物は完全に自分の方へ向き直り、首を傾げている。
その背後に、金属バットを手にした別の少年が、忍び寄って来る。
「危ない!」
バキッ!
自分が叫んだのと同時に、その人物は背後を振り返りもせず、裏拳を少年に叩き込んでいた。
バシャア!
盛大に鼻血を噴き出しながら、少年が水溜まりに倒れ込む。
「話してわかる相手じゃなさそうだし、ここは退散一択かな・・・」
「へっ?」
何事も無かったかのように、ボソッとつぶやく人物。
次の瞬間、少年は自分の身体が浮いたように感じた。
「えっ?えっ?えぇ~っ!?」
自分が、小学生くらいの背丈しかない人物に、肩に担がれた事に気が付いた時、驚きの声が漏れた。
さらに驚きなのが、その状態で走り出したのだ。
そして・・・速い。
自分たちが逃げ出した事で、当然、学生の集団は追い駆けて来たのだが、距離はドンドン開いていく。
あっという間に、学生たちの姿は見えなくなったのだった。
「もう、いいかな?」
公園を抜け、ある程度に人通りのある街道を、すれ違う人々の視線を掻い潜りながら、走ったところで、人物は少年を肩から降ろした。
あり得ないの連続で、逆に混乱していた少年は、降ろされてヘタヘタと地面に崩れた。
「あ・・・ありがとう・・・かな?」
それでも、恐怖しか無かった現場から避難出来たのには安堵した。
ホッとした途端に腰が抜けたのだった。
「どういたしまして。えーと、私は桐生明美。君は?」
「・・・え・・・と・・・」
名乗った相手に、自分も名乗るべきか・・・
一瞬、逡巡した。
「おい!君たち。こんな時間に何をしている?」
1台のパトカーが道路脇に停車し、警察官が降車しながら問いかけてきた。
「あ・・・ヤバ」
「見たところ、中高生と小学生じゃないか!こんな所で何をしている?」
警察官は、桐生と少年を交互に見ながら、さらに質問してくる。
「・・・小学生・・・」
桐生は、ボソッとつぶやいた。
「・・・・・・」
桐生の雰囲気が、一変した。
明らかに、怒ったのがわかる。
ドカッ!!
「あぁ!!何をする!!?」
いきなり、パトカーを蹴飛ばした桐生の暴挙に、警察官は声を上げる。
蹴飛ばした場所は、ベッコリとへこんでいた。
これで、器物損壊罪と公務執行妨害罪は確定である。
「にっげろー!!!」
「あわっ!!?あわっ!!?あわっ!!?」
再び、少年は桐生に物のように担がれて、もの凄い勢いで、その場を離れる事になる。
「嘘でしょおぉぉぉぉ!!?」
高嶺学園入学式の、2日前の出来事である。
お読みいただきありがとうございます。
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