表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

前日譚

 みなさん、おはようございます、こんにちは、こんばんは、お疲れ様です。

 199X年4月第1日曜日。


 警視庁武道館。





 今日、ここでは第4機動隊と一般警察官による、柔道の強化練習が行われていた。


 練習といっても、ただの練習では無い。


 数グループに分かれての、勝ち抜き戦の試合形式で行われているのだ。


 そのうちの1グループでは・・・





 ダンッ!!


「1本!!」


 主審の右手が、高々と上がる。


「・・・試合開始、5秒・・・」


「・・・しかも、背負い投げ・・・どう見ても、女子最軽量の48キロ以下級よりも、軽いようにしか見えないのに、70キロは確実に超えている相手を、連続秒殺で5人抜きだぞ・・・嘘だろ?しかも、今の相手は、100キロ超級・・・何者なんだ、あの小学生・・・」


「・・・しかも・・・白帯・・・あり得ない・・・」


 試合場脇で、見ている柔道着姿の警察官たちが、唖然としてヒソヒソと囁いている。


 彼らの視線の先では、道着が一切乱れていない小柄な少女が、対戦相手と一礼をしていた。





「まあ当然だね。明美(あけみ)ちゃんは、甲冑をフル装備した武将を、ぶん投げて無力化する事も出来る、古流武術の達人でもあるんだ。いくら100キロ超級とはいえ、体重差なんて全然アドバンテージにもならないよ。もっとも、教えた先生が、超優秀だったというのもあるしね」


 エッヘンという感じで、胸を反らしているのは、皇宮警察本部皇宮警視である本庄(ほんじょう)(さとし)である。


「そのセリフを、第4機動隊武道小隊の柔道班の隊員たちの前でも、言えるのか?」


 ジト~とした目で、鼻高々になっている双子の弟を睨みながら、警視庁警視である本庄慈(ほんじょうしげみ)は、つぶやいた。


「やだなぁ~・・・兄さん。ジョークだよ、ジョーク。さすがに、柔道班相手は明美ちゃんでも荷が重いだろうし・・・俺も、相手にしたくないよ」


 手をヒラヒラと振って、伶は前言を撤回する。


「でもさ、仮にだけれど・・・竹刀を持った明美ちゃんだったら・・・?」


「異種格闘技じゃないぞ・・・剣道を、何だと思っている?が・・・本庄流奥義を使えば、いかに武道小隊といえども・・・全員、床で倒れているだろうな・・・」


 誰にも話していないが、桐生の剣技の凄まじさを本庄は知っている。


 昨年、桐生を拉致しようとした、旧ソ連の特殊部隊を、桐生は、たった1人で殲滅した。


 もちろん、こんな話は実際に、それを目の当たりにしない限り事実であっても、誰も信じないだろうが・・・


「師範でさえ、体得出来ていない奥義を、ぶっ放せる師範代ってどうなの?」


「仕方ないだろう。本来、本庄流剣術の祖となったのは、明美の独自の剣術なんだ。俺は、まだ修練を積んでいる最中なんだ。体得するには、何年かかるやら・・・」


 揶揄うような口調の伶に、憮然とした表情で本庄は答える。


「ナァ~ウ?」


 本庄の膝の上に座って、大人しく試合を観戦していた幼児が、「なぁに?」という感じで、本庄を見上げる。


「あぁ、隼也(しゅんや)。お前のお母さんは、強いな」


「マァマ、マァマ」


 拍手をするように、小さな手をパチパチと叩くように合わせている。


 本庄が、膝に乗せて抱っこしているのは、先ほど、現役の機動隊員たちを驚かせていた少女・・・桐生(きりゅう)明美(あけみ)の息子で、1歳になる桐生隼也(きりゅうしゅんや)である。


「隼ちゃん、こっちにおいで~・・・お兄さんが、タカいタカいしてあげるよ~」


 伶は、本庄の膝から隼也を抱き上げると、腕を伸ばして隼也の身体を持ち上げる。


「キャァウゥゥゥ!」


 隼也は、嬉しそうに両手を伸ばしている。


「お兄さん?」


 どう考えても、おじさんだろうと本庄は、眉を寄せる。


「オォジ!オォジ!」


「お兄さん!」


 幼児の鋭い指摘に、伶は真顔で応じている。


「プッ!」


 思わず本庄は、吹き出した。


「お兄様!お兄ちゃま!」


 柔道着の上から、ジャージを羽織った桐生が、2人の側に駆け寄って来た。


「お疲れ」


「お疲れー明美ちゃん。凄かったね、5人抜き」


「うん。とても楽しかった。隼也、イイコにしていた?」


 満面の笑みを浮かべて、桐生は隼也を抱き上げる。


「マァマ、マァマ」


「うん。お行儀よく出来ていたんだね。エラいね隼也」


「明美を、一生懸命応援していたぞ」


「そうなんだ!ありがとう隼也」


「ねぇねぇ、もう明美ちゃんの出番は終りだよね。せっかくだし、これから4人でファミレスにでも行かない?」


 伶が、提案をしてくる。


「ええと・・・ちょっと待っていて。役員さんたちに、お礼と挨拶を言ってくる」


「真面目だねぇ~・・・」


「お前と違って、明美は礼儀正しいからな」


「失礼な!俺だって、ちゃんとする時は、ちゃんとするよ!」


「あっはははは!お兄様、お兄ちゃま、もう一度、隼也をお願いするね」


 軽口を叩き合っている本庄たちに、隼也を預けると、桐生は挨拶をしに向かおうとした。


「あっ!やっぱりそうだ!!」


 突然、元気な声が響く。


「「「!!?」」」


 何事かと、声の方を振り返ると、中学生か高校生位の女子グループ4人のうち、1人が、もの凄い勢いで、桐生に駆け寄って来た。


「ええと・・・何方でしたっけ?」


「先月の、高嶺(たかみね)学園の入学試験の時に、いたコだよね!」


 いきなり、面識の無い相手に詰め寄られて桐生は、少し引き気味になる。


「・・・確かに、先月高嶺学園を受験しましたけれど・・・何方様ですか?」


「やっぱり~!!やったぁ~!!同級生だぁ~!!」


 ショートカットの少女は、がっしりと桐生の手を掴んで、ブンブンと振って喜んでいるが、桐生の質問には一切答えていない。


「ちょっと!佳奈(かな)、いきなり失礼だよ」


 大人しそうな感じの女の子が、佳奈という少女を窘めている。



「まったく・・・佳奈は、デリカシーってのが、無いから・・・」


「・・・・・・」


 気の強そうな少女と、もう1人の少女が、ヤレヤレという表情を浮かべている。


「ええと・・・」


「部活は決めている?もちろん、柔道部だよね!だって、滅茶苦茶強いもん!」


「だから・・・その・・・」


「うんうん。言わなくてもわかるよ~!いっしょに、インターハイを目指そう!」


「・・・・・・」


 桐生が、口を開く事も出来ない程、少女のマシンガントークは続いている。


「ちょっと、お嬢さん。落ち着こう」


 さすがに、困り果てている桐生の様子に、本庄が助け舟を出すために口を挟んだ。


「何、おじさん?今、大事なトコなんだけど!」


「・・・おじ・・・」


 ガーン!


 さすがに、少し傷つく。


「プププッ!!」


 伶が、吹き出している。


「コラーッ!!」


 どうにもならない、カオスな空気を切り裂くように、1人の柔道着姿の青年が、叫びながら、もの凄い勢いで走って来た。


「何をやっているんだ、佳奈!失礼だろう!!」


 ポカン!


 カミナリと同時に、佳奈という少女に、青年は拳骨を落とす。


「いった~い!酷いよ、お兄ちゃん!今、大事なところなのにぃ!」


 兄と呼ばれた青年は、頭を押さえて苦情を言う妹に構わず、本庄に頭を下げる。


「すみません、本庄警視。妹が、ご迷惑をおかけしました!」


「君は?」


「はい。私は(とび)(うめ)(はじめ)巡査です。コイツは妹の佳奈で、今日の強化練習を友人たちと一緒に見学していました」


「飛梅?綺麗な苗字ですね。とっても素敵です」


 桐生が、変な所に喰い付いた。


「は・・・はぁ・・・ありがとう」


「えへへへ。ありがとう」


 桐生の、突然の感想に、兄の方は戸惑い、妹は嬉しそうにしている。


「私は、桐生明美。皆さんの名前を教えてもらえるかな?」


 取り敢えず、落ち着いて話が出来る状態にはなった。


「いいよ。私は飛梅佳奈、高嶺学園の女子柔道部員(予定)!」


「私は、草鹿美沙(くさかみさ)です」


 先ほど、飛梅を窘めていた少女が、口を開く。


「アタシは、工藤(くどう)静流(しずる)。佳奈とは幼馴染なんだ」


 と、気の強そうな少女。


「わ・・・私は、成田(なりた)圭子(けいこ)。ヨロシクです」


 少し、控えめな感じの少女が、オズオズと口を開く。


 一応、自己紹介が終わったところで、再び、飛梅が桐生に詰め寄ってくる。


「ねぇねぇ。明美ちゃんてさぁ、ドコ中?去年の中学総体予選の都大会には出ていなかったよね」


「う・・・ん。私、日系アメリカ人だから・・・」


 一番、言い辛い質問が来た。


 桐生は、表向きは日系アメリカ人という事になっているが、その実・・・特殊な事情がある。


 まさか、それを説明する訳にはいかないのと、昨年は、隼也の子育てに追われていた。


 一応、家庭教師に勉強は教えてもらっていたが、中学校には通っていない。


「アメリカでは、学校に通わなくても中卒の資格を取れるんだ。だから、日本の中学校には通っていないんだよ」


 少し、言い淀んでいる桐生に代わって本庄が答えた。


「へぇ~・・・そうなんだ。まあ、それはどうでもいいや」


 どうでもいいのか~!!?内心で、本庄は突っ込む。


「それより、高等部では一緒に柔道やろうよ!アケミンは、アメリカで柔道やっていたんでしょ?強いもん。何年くらい?」


 いきなり、あだ名が付いている。


「・・・3ヵ月」


「「「「えぇえぇぇぇぇ!!!?」」」」


 言い辛そうに、ボソッとつぶやいた桐生に、4人は驚いて絶叫する。


「あっ・・・それは、本格的に柔道を始めたのがって、訳で・・・日本の古流武術は子供の時からやっていたから・・・」


 一応、嘘では無い。


 驚きのあまり、口をアングリと開けている4人に、桐生は補足するように言った。


(はっははは・・・)


 本庄も、内心で乾いた笑いを浮かべるしかない。


(まさか・・・現役の機動隊員のみならず、軍隊格闘術のエキスパートである現役の米軍兵士、現役の旧ソ連特殊部隊の人間ですら簡単に投げ飛ばせるなんて・・・絶対、言えないよな・・・)


「あっ!」


 ふと、何かに思い当たったのか、飛梅兄妹の兄が、小さな叫び声を上げた。


「桐生さんって、確か・・・先々月に警視庁警察学校で、外部の指導員として剣道の指導に来ていなかった?たまたま、俺もその時、柔道の鍛錬で、警察学校の武道館に来ていたから・・・小学生みたいな小さいコが、学生に剣道の指導をしているって、皆が見物に行ったんだよね。それがまた、滅茶苦茶強いって・・・騒ぎになっていたよね」


「・・・小さい・・・」


 桐生のNGワードが来たー!!!!!


 桐生の身長は、148センチ。


 本庄的には、小っさくて可愛くて良いのだが、桐生としては全然、身長が伸びない事を相当気にしている。


 少しでも身長が伸びるようにと、牛乳を飲んだり等食事に気を使ったり、効果があると言われている運動をしたりしているそうだが、さっぱり効果が無いと嘆いているくらいだ。


 何しろ、入学する高校の制服も、規制のサイズが小さいものでもサイズが大きくて合わず、フルオーダーメイドせざるを得なかったと半ベソで訴えられた時は、本庄でも、どう慰めようかと悩んだくらいだ。


(ヤバいぞ、ヤバいぞ!)


 桐生の内部で、膨れ上がる殺気に、本庄は焦る。


 当然、飛梅兄の方は、気付いていない。


「えぇ~!剣道部に行っちゃうのぉ~!?」


 かなりヤバくなった空気を変えたのは、空気読めない系の飛梅妹だった。


「う・・・今はまだ、考えていないんだ・・・」


 おかげで、桐生の怒気は上手~く、霧消した。


「それはそうと、おじさん。警視って言っていたけど・・・警視って警部の下なの?」


「・・・・・・」


 変な方向に、火が飛んで来た。


「アンタ、バカ!!?将来、婦警さんになるって言っていた癖に、警察の階級も知らないの!?警視は警部の1つ上の階級だよ!!」


工藤が、突っ込んでいる。


「だって~・・・サスペンスドラマや、推理小説で出て来るのって、警部って人が多いじゃない?警視なんて、聞いた事無かったもん」


「すみません、すみません!!後で、ちゃんと言って聞かせます!!」


 兄の方は、ひたすら頭を下げまくっている。





「・・・はぁ~・・・何か、疲れた・・・」


「おやおや、おじさんは疲れたようだね~」


 ようやく、賑やかな集団から解放された本庄は、大きくため息を付いた。


 それを、伶が揶揄う。


「うるさい!言っておくが、俺がおじさんなら、お前もおじさんだぞ!双子なんだからな!」


「俺は、おじさんって、言われなかったもんねぇ~」


「あのなぁ~・・・」


「・・・・・・」


 助手席と運転席に座って、言い合いをしている兄弟を後目に、後部座席でチャイルドシートに座っている隼也をあやしながら、桐生は考え込んでいる。


「どうした、明美?」


「ん・・・部活動なんて、考えてもなかったなって・・・私、普通に高校に進学するってのも考えてなかったし・・・いいのかなって・・・隼也との時間も短くなっちゃわないかなって・・・」


 桐生の過ごしてきた環境は、特殊だった。


 それを思えば、桐生が戸惑いを覚えるのもあるだろう。


 それに、隼也との時間を大切にしたいという思いも、あるのだろう。


「良いと思うぞ。色々な体験をするのは必要だし、同年代と付き合うのも、良い刺激になる」


「そうそう。それに、高校時代って今思うと貴重な経験が、出来た時代だと思うよ。大人になってからじゃ、絶対に経験出来ないくらい、毎日がワクワクだったよ。隼ちゃんとの時間も大事だけれど、それと同じ位、青春は謳歌するべきだと俺は思う。今は今しかないからね。隼ちゃんも、ワクワクでキラキラしているママが良いよね?」


「ハァ~イ!」


 助手席から隼也を振り返る伶に、隼也は両手をパタパタさせて返事をしている。


「うん。わかった・・・でも・・・」


 桐生が、僅かに眉間に皺を寄せる。


「どうしたの?」


「私の知る情報では・・・確かに高嶺学園高等部の柔道部は、インターハイでの常連校なのだけれど・・・あくまでも男子だけで・・・女子柔道部は、3年くらい前に定員割れで、部活停止状態で・・・ほとんど廃部みたいな扱いになっているはずなのだけれど・・・あのコたち、知っているのかな?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 桐生の情報網が正確であるのは、疑う余地はない。

 お読みいただきありがとうございます。

 誤字脱字があったと思いますが、ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ