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ぬくもりのキャンディー(元)

作者: 葉月百合

 いつか、あるところに、まずしい少年がありました。


 まずしいとは、まいにちのくらしが、満ちあふれることがなく、枯渇とともに、まいにちのくらしを、しのいでいることで、けっして、それだけが、少年をせつめいするすべてではありません。


 どうして、少年がまずしいのかとあなたに問われたら、なんと答えることがふさわしいでしょうか。




 少年には、父親も、母親も、兄も、姉も、ありました。


 それだけ聞いたら、まいにちのくらしは、どうにかなりそうなものです。


 ですが、少年の衣服は、兄と姉のおさがりで、まったく新しい、おろしたての衣服とは、少年は縁がありません。


 おさがりはおさがりのまま、すがたを変えることはなく、少年のからだの大きさに、まったくあっておりませんでした。




 少年には、父親も、母親も、兄も、姉も、ありました。


 ですから、その、いつ落とすかもわからない、カーディガンのボタンや、ほどけてしまう毛糸のそで、ズボンのひざこぞうのやぶれや、すそのほつれ、たけのながさなど、それらを繕うというやくわりを、担えるひとが、いてもおかしくはありません。


 ですが、少年のカーディガンもズボンも、ぼろになったら、ぼろのままでした。




 少年には、父親も、母親も、兄も、姉も、ありました。


 そのためでしょうか。


 少年のたべるぶんは少なく、少年のおなかはどうしてもすぐなってしまうのです。


 いいえ、それだけが理由ではないのです。


 少年が、たべるはずだった新鮮なお肉やお魚、にわとりの卵。


 おひさまの栄養がたっぷりつまった、色とりどりのお野菜。


 そのようなたべものより、父親のお酒やたばこ、母親の美容や衣装、ひとの目に触れる兄や姉のべんきょうやおもちゃの方が、この家ではひつようだったからです。


 このかぞくの中で、少年の優先順位はいちばんさいごでした。


 お金をかせぐうえで、健やかな体でありたいと願いますが、父親と母親にとっては、はたらくために必要なものという、己を肯定する奇妙な自信がありました。


 こどもたちは、こどもたちながらにおかしいなぁと感じますが、腑に落ちない納得というものを、えらぶほかありませんでした。




 少年には、父親も、母親も、兄も、姉も、ありました。


 そして、雨や風をしのげる家もありました。


 ですが、家の中は灯りがともっていても、どこかほのかに暗く、足の踏み場はあるものの、物にあふれ、ほこりもたまっていました。


 暖炉があっても、どこか肌寒く、みんながみんな、ひとりの時間を大切にする家でした。


 おなじ家の中にいるのに、少年は、ひとりぼっちの時間ばかりでした。


 




 さて、少年は、まずしいところに身を置いておりましたが、こころは豊かで、とてもきもちが良い人間でした。どんなひとにも、分け隔てなく接して、いろんなひとと、なかよくなりたくて、いつも陽気に、明るく笑っていました。


 少年は、老若男女すべてのひとを、明るいきもちにする、類まれな才能をもっていたのです。




 ひとを明るくする笑顔でも、どうしてか、かぞくには、なかなか響きませんでした。


 それでも、父親や母親、兄や姉のことを、家のそとのだれよりも、少年は大好きでした。




 少年はいつも笑っていました。


 にこにこ笑うことで、みんながそんな少年と目が合って、笑ってくれた瞬間が、少年はとてもだいすきなのです。


 ですから、少年は、かぞくみんなのためなら、なんでもできました。


 家の中で、かぞくにたのまれるおてつだいをいっぱいがんばりました。


 おてつだいの量が多くて、学校にいける日が少なくても、おべんきょうもがんばりました。


 あそぶ時間がすくなくて、おともだちがなかなかできなくても、その代わり、おつかいにいくと、おつかいにいったお店のひとから、たくさんほめられましたし、おまけまでしてもらいました。




 少年は、怒られても、いつも笑っていました。


 誤解がないようにお伝えしたいのは、少年はとてもかぞく思いで真面目な子どもであったので、粗相をして叱られたのではないということです。


 まわりの人間が感情をありのまま、少年へぶつけ、あたりちらしているのです。


 そんな理不尽なときも、少年はいつも笑いました。


 笑うことを、笑顔でいることをえらんだのです。


 たのしいことやうれしいことより、かなしいことやつらいことがふえていく毎日を少年はくらしていました。




 どんなに心豊かで、きもちがやさしく、陽気で明るくとも、このような毎日毎日のくりかえしを積み重ねて、少年は笑うことがむずかしくなってしまいました。


 笑うことがつらくなって、うまく笑えなくなってしまいました。


 頭のなかがぼーっとして、胸の奥も痛くて、体を動かすのも億劫なきもちになってしまうのです。


 そして何より、ひとりぼっちで、こころぼそくて、しかたがありませんでした。






「ぼくは、どこで泣いたらいいんだろう。ぼくは、もう、つかれちゃった」




 少年が、ながい間ずっと、胸の内に秘めていたきもちを、声の音にして唱えた時でした。


「わたしたちは魔女です」


 目の前にとつぜん、ひとが現れました。


 ひとり、ふたり、さんにん、よにん。


 全部でよにんのひとが少年の前に現れたのです。


「はじめまして、私は春の魔女です」


「はじめまして、私は夏の魔女です」


「はじめまして、私は秋の魔女です」


「はじめまして、私は冬の魔女です」


 春の魔女、夏の魔女、秋の魔女、冬の魔女だと名乗るそのひとたちは、少年に、やさしく、ゆったりとした口調で、こう告げました。


「ずっとあなたのそばで見守っていました。あなたが気がつかなくても、あなたが大切にされて、無事であるならば、私たちはそれでよかったのです。ですが、現実はそうではなく、あなたが勇気をもって、きもちを唱え、たすけを必要とし、求めてくれました。ですから、私たちは、やっと、姿を現すことができたのです!」


「どうか私たちといっしょに来てください」


「賢者もあなたをお待ちです!」


 賢者とは、魔女とおなじく、人間より長い時間を生きて、せかいの秩序と調和を守る存在でした。


 少年がくらす国を治める王さまも、賢者という存在に助言をもとめると、言い伝えられていました。


 よい行いというものは、人間だけでなく、長く生きる賢者や魔女の目にも止まり、好まれ、そして、そんなこどもたちはみんな、健やかに元気に、成長することを、賢者や魔女は、そっと静かに、見守っているのです。


「賢者はあなたを賢者の弟子として、育てることを望まれています」


「私たちと参りましょう」


「ご存知ですか?あなたはこのせかいを平和にするために、必要とされる大切な存在なのですよ!」


 少年は突然のことにとまどいましたが、春の魔女も、夏の魔女も、秋の魔女も、冬の魔女も、魔女たちはみんなひざをついて、少年とおんなじ、目の高さになるようにして、少年に微笑んでいました。


 いつも自分から笑いかけていた少年は、相手から微笑まれ、目を合わせてもらうことは、初めてでした。




 まあ、どうしたことでしょう。


 少年の目から、大粒の涙がぽろぽろと、こぼれおちていきます。




 春の魔女は唱えました。


「もう大丈夫ですよ」


 そして、そっと少年の涙にふれました。


 どうしたことでしょう。


 ぽろぽろとこぼれた涙が、くるんと小さな丸い固まりに変わりました。


 


 夏の魔女は唱えました。


「よくがんばりましたね」


 どうしたことでしょう。


 くるんと小さなまるいかたまりになった涙が、ひかりきらめきだしました。




 秋の魔女は唱えました。


「泣くことは、恥ずかしいことではありませんよ」


 どうしたことでしょう。


 ひかりきらめく涙に、色とりどりの包み紙にくるまれていきます。




 冬の魔女は唱えました。


「いっぱい甘えて、どうかしんじて、頼ってくださいね。」


 どうしたことでしょう。


 色とりどりの包み紙にくるまれた涙が、ガラスのびんにきれいにおさまっていきます。




「これは、キャンディーです。さあ、ひとつお試しあれ。」


 さしだされたキャンディーをほおばると、口の中にほんのり甘い味がとろけます。


 強張っていた、あたまもからだもこころも和らいでいきます。


「ありがとうございます。とってもおいしいです。」


 少年から自然と笑みがこぼれました。


 魔女たちも、うれしそうに、おたがいの顔をみあわせました。




「このキャンディーは、あなたの愛とやさしさを形にしたものです。あなたの中にはこのキャンディーがいっぱいあって、しらずしらずのうちに、あなたはまわりの人たちへ、このキャンディーを分け与えていたのですよ」






 


 魔女たちと賢者と出会い、少年のくらしは、明るい方へ、変わっていきました。


 賢者はよく、少年にくりかえし、説きました。


「よくいたみをこらえて、がんばってきたね。これからゆっくり、そのいたみを癒していこう。いたいときは、いたみを我慢しないで、わたしにみせて、頼ってほしい。おさえなくていいんだよ」


 魔女たちは、教えました。


 春の魔女は、うららかにおひさまが照るもとで、花が咲いていくように、いつくしみ、命をはぐくむことの大切さを。


 夏の魔女は、川のせせらぎの中、涼やかに泳ぐ魚のように、ゆったりとのどかに過ごす大切さを。


 秋の魔女は、興味あるものを、目でみて、耳できいて、手でふれて、匂いをかいで、味わって、よく学んで、培うことで、小さな苗のように根をのばしていく大切さを。


 冬の魔女は、しんしんと冷え込み、寒くなったら、あたたかい料理をいっぱい食べ、からだの中からあたためて、ぬくぬくと過ごし、暖かい日まで、力をたくわえることの大切さを。


 少年は賢者や魔女たちから、おしみなく知識を授けられ、知恵へと変えていきました。


 やさしくあたたかいまなざしに包まれて、少年はおおきくなっていったのです。


 少年から青年へ、そして大人になった少年は、賢者や魔女たちによく似た、すてきなひとに育ちました。




 みえないいじわるやこわいいやがらせ、強い者から、しいたげられて暮らすすべてのひとが、少年のように、自分をたいせつにしてくれる環境のなかで、癒されながら、しあわせやぬくもりを感じて、暮らせるよう願いをこめて。


 あなたも、キャンディーをもらったり、あげたりしてみませんか。


 きっと、笑顔が・・・。


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