公爵家のわがままなお姫さまは、いかにして隣国の王子を射止めたか。
「おーっほっほっほ!さあ、今日も貧民どもをいじめますわよ!」
「お嬢、言い方」
公爵家の末っ子長女、レティシア・ロランス。両親は早くに亡くしたものの、年の離れた兄三人に守られて何不自由なく暮らしている。
そんな彼女は、少しばかりわがままに育ってしまったが、周りはそんな彼女を微笑ましく思っていた。
何故なら。
「…あ、お嬢だ!お嬢ー!」
「お嬢ー!今日も元気ですかー!」
「元気に決まってるでしょう!貧民ども!」
「お嬢のおかげでもう貧民じゃありませーん」
「私に反論するなんて生意気よ!」
彼女はなんだかんだと言いながら、自領内の貧民達に手を差し伸べる救済の天使と言われているからだ。
「で、今日も更生施設は上手く稼働しているんでしょうね」
「もちろんですぜお嬢!今日も住み込みで働ける仕事を見つけてきて、明日から早速更生施設を卒業できる奴が五人くらいいますぜ!」
「ふふん。私が私財を投じて作った更生施設ですもの、手に職をつけさせてやるのだから当然よね」
「あと、この間お嬢が拾ってきたガリガリの兄ちゃん、点滴のおかげでだいぶ回復しましたぜ」
「そう」
ちらりと辺りを見渡すレティシア。
「…回復して、今は?」
「あっちの職業訓練室で色んな資格を取ろうと頑張ってますぜ。今の夢は早く社会復帰して、たくさん稼いで税金を納めてお嬢に恩返しすることだそうでさぁ」
「ふふ、貧民にしては良い心意気じゃない!」
「お嬢のおかげでもう食べるにも困らないし、生きていくのに必要な技術も身につくし、本当にありがたいことでさぁ」
「ふん。うちの領地にスラム街なんて私は許さないわ!浄化作戦の一環よ!」
レティシアの言葉に元は貧民だった彼らは笑う。
「お嬢、普通浄化作戦って、追い出すなり一斉逮捕するなりでしょう。こんな風に暮らしていける更生施設を作って、保護して、手に職をつけさせて社会復帰させるのはお嬢くらいのものですよ」
「あら、だってそれでは根本的な解決にならないでしょう?彼らは頭が悪いのよ」
「ははは!そうですね!こんなビッくらポンなアイディアを実現して、上手く回してるお嬢と比べたらそりゃあね」
「けどねぇ…」
「…どうかしましたか?お嬢」
ため息をついたレティシアに、彼らは心配そうな顔をする。
「私があんまりにも素晴らしいからって、高嶺の花だと思うようで求婚してくる男がいないのよ」
「ああー…」
…自分で言うとアレだが、たしかに彼女の言葉は正しい。
公爵家のお姫様。可愛らしいピンクの髪に、ちょっと勝気な赤い瞳の美少女。教養もバッチリで、何気ない動作も品がある。その上救済の天使と呼ばれるほどの博愛主義。まさに高嶺の花だった。
「いっそラファエルと結婚しようかしら」
ラファエルと呼ばれた侍従はギョッとする。
「兄君に聞かれたら俺が殺されますよ、お嬢。冗談でもやめてください」
ラファエルは、推定年齢レティシアと同い年の元貧民だ。レティシアの更生施設に入って、遊びに来たレティシアにお持ち帰りされて侍従になってしまった。黒い髪に青い宝石のような瞳がとても綺麗だと気に入られたのだ。
そんなラファエルは、レティシアと公爵家の面々に感謝して忠誠を誓っている。
だから、叶わない恋は胸に秘めて侍従として線を引いてレティシアと接していた。
「なによ、つまらない男」
一方レティシア。
実はラファエルを気に入っていて、本気で結婚してやってもいいと思っている。
が、当の本人がなぜかそっと逃げるので上手くいかない。
「ほらお嬢。今日も更生施設の視察は終わったでしょ。帰りますよ」
「はーい。貧民ども!今日も職業訓練頑張るのよ!」
「はい、お嬢!」
そんなこんなで屋敷に帰るレティシアとラファエル。しかし、この日はいつもと違った。
なにか慌ただしい屋敷内に、ラファエルは警戒してレティシアを背に庇いつつ使用人達に話を聞こうとする。
が、いつもラファエルに優しくフレンドリーな他の使用人達はなぜかこの日ラファエルに平伏した。わけもわからない中、ラファエルは呆然としてしまう。…が、そのラファエルの手をレティシアが引いて奥にずんずんと進む。
「え、お嬢?」
「状況がわからないなら、お兄様に聞くしかないわ」
そしてレティシアは、勘で応接室に向かった。応接室のドアをノックして入るレティシア。そこにはなぜか、隣国の国王と王妃がいた。
「…ラファエル、ラファエルなの!?」
突然隣国の国王と王妃が、レティシアの隣に立つラファエルに抱きついた。
「やっと、やっと見つけた!」
「私の可愛いラファエル!」
レティシアは『あー、そういうこと…』と理解した。一方ラファエルは意味がわからない。
「あの?」
きょとんとするラファエルに、国王と王妃は語りかける。
曰く、ラファエルは隣国の第五王子らしい。小さな頃に、悪い魔法使いに誘拐されてしまったとか。魔法使いは身代金を要求したが、国王と王妃はこれを拒否。魔法使いをどうにか捕らえ、罪を裁いたものの息子は見つからなかった。
が、最近になって隣国で救済の天使と呼ばれる貴族の娘のそばに、ラファエルという名の王家の特徴である青い宝石のような瞳…魔眼を持つものが侍るようになったと聞いて、飛んできたらしい。
「え、つまり、俺が隣国の第五王子ってことですか?」
「そうよ、ラファエル。その魔眼はまさに王家の特徴。貴方が私達のラファエルで間違いないわ」
「国に戻ろう。お前が受けられるはずだった教育や、お前が受け取るべきだった全てのものを与えよう」
ラファエルはちらりとレティシアを見る。そして言った。
「あの、俺はお嬢と一緒にいたいんでいいです」
「え?」
「なっ…」
「…うーん」
断られた国王と王妃は驚く。レティシアは少し考えて言った。
「今度は主従ではなく、婚約者になって一緒にいるのではダメなの?ラファエル…殿下」
「え?」
レティシアの言葉に驚くラファエル。
「私、貴方からのプロポーズなら受けてあげてもいいけれど」
その言葉に、隣国の国王と王妃は目を丸くする。仮にも隣国の第五王子にその物言い。だが、ラファエルはそんなものどうでもいい。レティシアが手に入るなら、それでよかった。
「お嬢…いや、レティシア様。俺と結婚してくださいますか?」
「よろしくてよ?」
ラファエルはそんなレティシアにクスクス笑って、その左手の薬指にキスをした。レティシアはそんなラファエルに微笑んで、幸せムード。
隣国の国王と王妃は、なんだかわからないもののやっと見つけた息子の幸せそうな顔に素直に祝福することにした。隣国とはいえ公爵家のお姫様が相手なら、まあ問題ないだろう。
国王と王妃の相手をしていたレティシアの兄三人は、実はレティシアのラファエルへの気持ちは気付いていたので落ち着くところに落ち着いて良かったとホッとしていた。
「で?第五王子殿下は教育は順調ですの?」
「順調ですよ。さっさと勉強を終わらせて、そのままの勢いで臣籍降下して爵位と領地だけもらってお嬢と結婚するんです」
「お嬢ではなくレティシアとお呼びくださいな」
「…レティシア」
名前で呼ぶだけで真っ赤になる第五王子に、レティシアはクスクスと笑う。
「もう、そういうところは変わりませんわね」
「む…レティシアの前では格好つけられないな…」
「ふふ、それでいいんですわよ」
レティシアはラファエルの頬に手を添えて、言った。
「私しか知らないラファエルを、もっと見せてくださいませ」
ラファエルは、やっぱりお嬢には敵わないなと困ったように微笑んだ。そんなラファエルに、レティシアもご機嫌に微笑んでそっと頬にキスをした。
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