16話 偏愛
三日後。
王家御用達の諜報員により、トムじいさんの身辺が徹底的に調査された。
その結果、共犯者はいないということが判明。
ネコネの呪いは彼一人の犯行と確定した。
そして……
「すみません。お仕事でお忙しい中、このようなところへ来てもらい……」
俺とネコネは、トムじいさんを再びカフェテリアに呼び出した。
俺達以外にも客や店員がいるが……
それらは全てフェイク。
王家が用意した諜報員だ。
これなら逃げることは不可能。
抵抗されたとしても、すぐに制圧できるだろう。
「なに、構いませぬ。姫様のような美しいレディとお茶ができるのは、儂にとってご褒美ですからな」
「まあ、口がうまいですね」
何度見ても、トムじいさんからはネコネに対する悪意が感じられない。
でも、彼が呪いをかけていることはほぼほぼ確定した。
動機が気になるが……
まあその辺りは、事件を解決してからゆっくりと聞けばいいか。
「それで、今日はどうされたのですかな?」
「悪い。俺がレガリアさんに言って、呼んでもらった」
「ふむ」
「単刀直入に聞く……ネコネに呪いをかけたのは、あんただな?」
「……」
トムじいさんは朗らかな笑みを浮かべたまま……
しかし、その身にまとう気配が鋭いものに変わる。
「はて? なんのことですか」
「とぼけるな。証拠は出ている」
テーブルの上に書類を並べた。
トムじいさんが呪いに関する魔法書を購入した記録。
呪いに必要な触媒を購入した記録。
……などなど。
調べれば調べるほど色々と出てきた。
故に、ネコネに呪いをかけたのは他にありえない、という結論になったのだ。
「これらは状況証拠で、儂が犯人という決定的な証拠にはならないのでは?」
「そうだな。ただ、決定的な証拠をお望みなら、多少時間はかかるが用意してやるさ。ここまで大胆に動いているんだ。絶対に証拠は出てくる」
「……」
「今、罪を認めるか先延ばしにするかの違いだ。どうする?」
「ふぅ」
トムじいさんは小さなため息をこぼした。
それから苦笑する。
「まさか、このようなところでバレてしまうとは」
「それは自白と考えていいんだな?」
「うむ」
「っ」
トムじいさんが頷いて……
ネコネが傷ついたような表情に。
状況証拠は出揃っていたが、それでも信じたい気持ちがあったのだろう。
「どうして、このようなことを?」
「姫様のためですな」
迷いもなく、トムじいさんは即答した。
「……それは、どういう意味だ?」
「魔法は便利な力ではあるが、しかし、時に使用者を傷つける刃となる。とても危ないもので……そのようなものに姫様に関わってほしくなかったのでな」
「……」
「……」
「うん? まさか、今のが理由の全てなのか?」
「ええ」
「……」
なにを考えているんだ、こいつ?
あまりに理解不能な回答に、ついつい言葉を失ってしまう。
その間、トムじいさんはどこか陶酔めいた表情で語る。
「姫様には魔法なんかに関わってほしくないのですよ。それなのに、魔法学院に通うと言い出して……だから、魔法を使えなくする呪いをかけた。そうすれば、魔法を学ぶことを諦めると思ったのだけど……」
それでもネコネは諦めなかった。
無能とバカにされても、9年、がんばり続けた。
……少し腹が立ってきたな。
「そんな自分勝手な理屈でネコネから魔法を奪ったのか?」
「ええ」
「あのな……そんなバカな話、聞いたことがないぞ。ってか、お前には関係ないだろ」
「関係ありますとも」
トムじいさんは笑う。
優しく、慈愛に満ちた表情を浮かべる。
「儂は、姫様のことを実の孫のように思っていますからな」
「あんた……」
「孫の近くに刃物が置かれていたら、誰もがそれを遠ざけるじゃろう? 儂は、それと同じことをしただけのこと。全ては姫様を思ってのことじゃ」
マジで言っているのか?
「……」
目はマジだった。
護衛が対象に親近感を抱くという話は聞いたことがある。
命を賭けて守る相手だ。
それなりの情を抱くことは、よくあるのだけど……
だからといって、本当の孫のように思い、過度に接するなんてこと、聞いたことがない。
「そう、儂がしたことは孫を守るためにしたこと。なにも問題はない」
「なら、解呪するつもりはないと?」
「ない」
即答だった。
「そっか」
俺はにっこりと笑い、
「エアロランス」
ゴガァッ!
魔法を放ち、テーブルとイスが吹き飛んだ。
ただ、トムじいさんは驚異的な身体能力で避けていた。
こうなる展開を読んでいたらしく、あらかじめ身体能力強化魔法を自分にかけていたみたいだ。
「ちょ……す、スノーフィールド君!?」
「悪い、レガリアさん。俺、魔法をこういう風に悪用するヤツ、大嫌いなんだ」
俺は魔法が好きだ。
心底惚れている。
だからこそ……
こんな歪んだ方法で人を縛りつけておいて、魔法を悪用して、まるで反省していないヤツを見ると我慢できなくなってしまう。
ついでに……
「すまん、嫌な話を聞かせた」
「……あ……」
ネコネの頬に指先をやり、流れていた涙を拭いた。
彼女が泣いているところを見ると、不思議とこちらも腹が立つ。
「さあ、おしおきの時間だ」




