狛犬に娶られました(4)
「朔さん……」
「更紗」
朔は更紗を両腕に囲い、熱を孕んだ眼差しを送る。そして、小声で囁いた。
いつもより少し低いそれに、更紗の身体が反応する。鼓動が激しさを増し、呼吸も浅くなる。
「更紗、お前はこの先一生、狛犬の……俺の嫁だ」
「……はい」
三ヶ月前に嫁になれと言われた時には、戸惑いしかなかった。だが、今は満面の笑顔で答えることができる。
「誰よりもあなたを愛し、大切にします。そして、狛犬として月川神社と私たちを護り続ける、あなたの支えになります」
「もう二度と離れるな」
「離れません」
二人だけの誓いの言葉だ。
「ウォーーーーン……」
ツキが遠吠えし、幻想的な光は消え、辺りは闇と化す。司狼がすかさずろうそくに火を灯した。
「これで、お前たち二人は正式な夫婦となった。いつでも互いを思い遣れる、そんな夫婦になりなさい」
更紗と朔は同時に頷き、見つめ合う。
司狼は満足そうに頷くと、途端にその表情を変え、ニヤニヤと朔に詰め寄ってきた。朔が仰け反ると、グイグイと肘で朔を小突く。
「な、なんだよ、親父」
「朔、明日は一日休みだ。手伝いやらもしなくていい。どうせ仕事も休みにしてるんだろう?」
「……あぁ」
「あぁ、そうだ。更紗も休みだからな」
いきなり話を振られ、更紗は何度もまばたきをする。
休み? そんなことは聞いていなかったのだが。
そんな更紗の考えを読んだかのように、いつの間にか側に来ていた陽が、更紗の側でボソリと呟いた。
「更紗さん、明日はきっと動けないよ?」
その瞬間、更紗の顔が火を吹きそうなほど赤くなった。朔もちょうど司狼に似たようなことを言われたようで、揶揄われるのを鬱陶しがっている。
「陽、それ以上言うとセクハラだからね?」
「はいはい。それじゃ、俺たちはさっさと退散しますか!」
陽が春南を連れて行こうとした時、不意に春南から囁かれた。
「白無垢は、できればすぐに和装ハンガーにかけておいてもらえるとありがたいわ。朔さんにお願いしておいて」
「……っ!」
春南は悪戯っぽく笑うと、すぐさま陽のところへ行ってしまった。
この後のことを想像されているようで、とんでもなく恥ずかしい。
「更紗」
「は、はいっ」
急に声をかけられ、赤くなった顔を隠しながら朔の方を見ると、朔はいつもと変わらず淡々としていた。自分だけ恥ずかしがっているのも、何とも言えず恥ずかしい。
「ったく、揃いも揃って」
「あの、司狼さんは……?」
「追っ払った」
憮然としてそう答える朔は、通常運転といったところか。
今日は皆の予想が覆ることになるのかな、と思いながら、顔を隠していた手を外すと──。
「きゃあっ」
その手を引かれ、勢いよく抱き上げられた。
「朔さん?」
「着物は歩きづらいだろう? だから抱いていく」
「で、でも、重いから!」
「重くない」
「歩けるし!」
「更紗」
朔の瞳が更紗を射抜く。
朔は動けなくなっている更紗の唇に、口づけを一つ落とした。
「もう限界だ。いや、とっくに超えている」
「え……?」
「一刻も早く家に帰る」
「……はい?」
きょとんとしている更紗に、朔は艶やかな笑みを浮かべ、もう一つ口づけを。そして、僅かに唇を離した状態で囁いた。
「もう堪える必要はないからな。心置きなくお前に触れられる」
「……っ!!」
「今夜は眠れると思うなよ」
そう言ってニヤリと口角を上げる朔に、更紗は暗闇でもわかるほど顔を赤くし、おずおずと呟く。
「えっと……着物は……ハンガーにかけてくださいって……」
朔は噴き出すように笑い、さらにもう一つ口づけを落とした。
「わかった。脱がせた後、すぐにそうする」
「~~~~、朔さんっ!」
幸せそうな二人の声が辺りに広がる。
暗闇の中、ずっと二人を見つめていたツキは、二人に聞こえないように小さく一鳴きし、軽快に走り出した。
母屋に帰ってゆっくり休もう。
一仕事終えたツキは、そんなことを考えているのかもしれない。
空に月は見えない。だが、確かに存在している。
新月の月は、いつまでも二人を優しく見守り続けていた。
了
これにて本編は完結となります。
ありがとうございました!




