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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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月満ちる決戦の刻(8)

「これ以上、私にまとわりつかないで」

「愛しているんだ、更紗」

「嘘つき。本当に愛してたなら、結婚していることを隠したりはしなかったでしょう?」

「愛しているから言えなかったんだ!」


 縋るように更紗を抱く腕に力を込め、玲二は震える声でそう訴える。だが、そんなものは何一つ心に響かない。

 思えば、付き合っていた頃からそうだった。

 何か都合の悪いことが起こると、玲二はこうして物事から目を背けてきた。更紗が不安を訴えても「愛している」の言葉一つで済まそうとしたし、怒った素振りを見せればこうして甘え、縋ってくる。

 玲二を愛していると信じていた時は、それが可愛いなどと思っていた。そしてとことん甘やかしてしまった。そんな自分に酔っていた。この人は、私が側にいなくてはいけないのだと。

 更紗は玲二にとって都合のいい女だった。だがそれは、更紗も同じだったのだ。一人になるのが怖くて、彼のそういった部分から目を逸らし、愛しているのだと自分に言い聞かせていた。更紗だって、玲二を利用していたようなものだ。


「そうじゃない」

「更紗……」


 更紗は玲二を振り仰ぎ、静かに微笑む。


「玲二さんは、私を愛してなんていなかった」

「違う!」

「そして、私も玲二さんを愛してはいなかった」

「更紗っ……」

「私たち、お互いに寂しさを埋めようとしてただけ。お互いを都合よく利用していただけなの。それが……わかったの」

「更紗! 違う! 僕たちはあんなに愛し合っていただろう?」

「……離して」


 玲二はますますその腕に力を込める。更紗は痛みに顔を顰めた。玲二の腕が身体に食い込んでくる。


「はな……し……てっ」

「一度は家庭に戻ろうとした僕を許してくれ! 戻ってから気付いた。本当に愛していたのは更紗だけなんだって!」

「……っ」


 骨が軋むほどの力を加えられ、息が苦しくなる。

 巨大な蜘蛛と戦う朔の姿を探すが、目が霞んでくる。意識がだんだんと混濁してくる。

 もうダメだ──そう思った時。


 激しい風が巻き起こった。

 玲二と更紗はその風に煽られ、引き離される。そしてそのまま遠くへ吹き飛ばされてしまった。


「きゃああああっ!」


 竜巻のような渦に巻き込まれ、自分がどこをどう向いているのかもわからない。目を閉じていても、三半規管が狂って頭がフラフラする。

 しかしその時、誰かに抱き留められた。一瞬玲二かと思って怯えたが、すぐに違うとわかる。

 触れる手の温もり、優しさ、匂い、更紗が今、もっとも大切だと思う人のものだ。更紗はゆっくりと目を開ける。


「……朔さん」

「大丈夫か、更紗」


 朔が更紗を抱え、心配そうに顔を覗き込んでいた。

 更紗は心底ホッとして、朔の胸に顔を埋める。


「はい。朔さんこそ……」

「俺は大丈夫だ」


 顔を上げて周りに目を遣ると、ここは竜巻の中心のようだった。風もほとんどなく穏やかで、外側の世界が嘘のようだ。ここから外側の様子が見えた。家の中から窓の外を眺めているような感覚だ。

 玲二の姿は見えなかった。そして朔と対峙していた巨大な蜘蛛は、バラバラになっては元に戻るということを繰り返していた。


「これはどういう……」

「あれは牛鬼という妖怪だ。結界が崩れたことによって、こっちに来ようとしている」

「えっ……」


 更紗は目を凝らして牛鬼を見つめる。形は牛ではないが、よくよく見ると、頭部の辺りにも背中と同じような大きな棘が生えていた。それは鬼の角のように見える。

 だが、強風によってすぐにその形は崩れ去る。それでも牛鬼は、しぶとく自らの姿を形作っていく。


「これじゃ、キリがない」

「あぁ。もうしばらくはツキに頑張ってもらうしかない」

「え……? これは、ツキの力なんですか?」

「ツキが本来の姿になった」

「……っ!」


 ツキが本来の姿になる。それはつまり、陽と朔、二人が戦闘不能に陥った時だ。

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