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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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月満ちる決戦の刻(4)

「更紗は……僕のものだ」


 玲二の身体がゆらりと揺れた。かと思うと、あっという間に朔との距離を詰め、殴りかかってくる。すんでのところで躱し、再び距離を取る。


「身体を乗っ取られてるだけあって、人間離れした動きしやがる。朔、俺がやる」

「ダメだ。今日のお前は手加減できない。万が一にでも殺しちまったらどうする」

「……そうは言っても、あんだけ強力なのに憑りつかれてたら、遅かれ早かれヤバイと思うぞ」


 陽の言うとおり、強い霊に身体を乗っ取られるということは、本人の体力を大幅に削る。かなり危険な状態だ。長引けば、津山玲二本人が命を落としてしまうということも十分ありうる。


「とりあえず、あいつの身体から悪霊たちを追い出す。陽、お前は……」

「あーあ……ごちゃごちゃ言ってる間に、まーた集まってきやがったな」


 御神木の周りに、再び悪霊たちが集まり始めた。あちこちから飛んでくる。方向的に、海からのようだ。


「あっちに集まって悪さしてたのが、こっちに来てるのか。だとすると、少しは親父も楽になるかなっと」


 陽は瞬く間に獅子に姿を変えると、鋭い爪で土を蹴り、空高く飛び上がる。浮遊する悪霊たちを鋭利な牙の餌食にし、そのまま地に下りるやいなや、大きな身体をしならせ、すごいスピードで倒していく。爪、牙、四肢で殴る蹴る、あらゆる攻撃を仕掛けては敵を一掃していく。

 この場面はひとまず陽に任せ、朔は玲二をじっと見据える。今はゆらゆらとその場で左右に揺れているだけだが、いつまた攻撃をしてくるかわからない。

 人間相手なら、呼吸を読むことである程度タイミングは予測できるが、今の玲二にはそれが通用しない。とにかく、一刻も早く彼の中から悪霊を追い出さなければ。


「行くか」


 朔は呼吸を整える。相手の懐に潜り込み、玲二に力を当てるのだ。人間のダメージを最小限にという力加減は、普段ではなかなか難しい。だが今の朔なら、さほど難しくはない。満月故にだ。


「さら……」


 玲二が動き出そうとする瞬間、それより早く朔が動いていた。

 今度は朔が玲二との距離を詰め、大きく屈んで彼の懐に入り込む。そして、鳩尾《みぞおち》めがけて力を放とうとした時──。


『朔さん、避けて!』


 突如、頭の中に更紗の声が響いた。朔はそれに素早く反応し、大きく飛び上がって玲二の背後を取る。


『また来る!』


 先ほどは咄嗟のことで何が何やらわからなかったのだが、玲二の背中から太い棘が現れていた。避けなければ、それに貫かれていただろう。おそらくさっきも、この棘が朔を狙っていたのだ。


「更紗」


 更紗がどこからか見ている。そして、危険を知らせている。

 朔は更紗を求め、暴走しそうな心を必死に抑える。

 今すぐ探したい。閉じ込められている場所から救い出したい。だが、まだ無理だ。

 朔は一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりとこちらを振り返る玲二と対峙した。


「さら……さ……わたさ……ない……」


 玲二の姿は、もはや人とは言えなかった。

 両脇から蜘蛛の足が生え、太く鋭い棘がある。背中にも一際大きな棘があり、瞳は血のように真っ赤に染まって口からは涎が滴っていた。その真下は黒焦げになっている。この姿には覚えがあった。


「本物の牛鬼か」


 境界の結界が弱まっている。牛鬼ほど力の強い妖怪なら、弱まった結界からこちらへ来ることが可能だったのだろう。しかし、それでも完全体ではない。


「こいつの身体を借りないと、こっちで暴れることはできないってわけか」

「さら……さ……さ……らさ……」


 更紗の名前だけを繰り返すその声も、玲二のものではない。地の底を這いずり回るようなおどろおどろしいそれは、牛鬼のものなのだろうか。


「くそ……どうする」


 牛鬼に憑りつかれてしまっているなら、それを追い出すことは容易なことではない。追い出すには相当の力が必要だし、その力に玲二の身体が耐えうるかどうかもわからない。もし耐えられなければ、玲二は死ぬ。

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