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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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嵐の前(4)

 いつも側に?

 更紗の側にいつもいるといえば、司狼、陽と春南、そして朔。だが、そのうちの誰の声でもない。となると、残るは──。


 ツキ……?


『我としたことが油断をした。悪霊どもにいいようにされてしまった。……すまなかったな』


 そんなことはない、と叫びそうになった。それを必死に飲み込み、更紗は何度も首を横に振る。

 頭に響く声は、本当にツキなのだろうか。

 あの見た目にはそぐわない威厳のある声に違和感を覚えるが、よく考えるとあの姿は本来のツキではないのだ。


『更紗、諦めるな』


 ツキの声が、更紗の心に沁みわたる。

 たった一人きりだと思っていたが、そうではなかった。こんなところにまで、ツキが来てくれたのだ。

 更紗は手の甲で涙を拭う。

 ツキに見えるだろうか。更紗は暗闇の中で、目一杯微笑んでみせた。


 ツキが側にいるなら、百人力だね。


 その声はツキに聞こえているのだろう。ツキの安堵した様子が、なんとなくだが伝わってくる。

 悪霊たちに気配を感じさせず、更紗にだけ存在を知らせる、まさに神業だ。


『自分のせいで更紗が攫われたと、司狼も心を痛めておる。これ以上そなたに何かあれば、司狼は心身ともに弱り果て、悪霊どもに食われてしまうぞ』


 更紗が玲二に捕まってしまった時の司狼の顔が思い浮かぶ。自分を恥じ、悔いている、そんな苦しげな表情だった。

 司狼はいつも飄々としていて、それでいてお茶目な部分もあって、自分の息子たちはもちろん、春南や更紗も本当の娘のように可愛がってくれる愛情深い人だ。司狼にあんな顔は似合わない。いつも穏やかに笑っていてほしい。


 ごめんなさい。もう死にたいなんて思いません。


 一人じゃないことを実感し、更紗の中に力がわいてくる。

 ツキが側にいる。それだけで大丈夫だと思える。そして……。


 ツキ、一つ聞いてもいい?

『なんだ?』


 更紗は深呼吸し、気持ちを整える。そして声に出さないように気をつけながら、思い切って聞いてみた。


 私は……まだ狛犬の嫁ですか?


 闇の中で、元々何も見えない。だが、更紗はぎゅっと目を瞑る。祈るように胸の前で手を組んだ。

 我ながら未練がましい。しかし、縋れるものなら縋りたかった。

 朔の側にいたい。朔の隣を誰にも渡したくない。月読命に与えられた力がまだ自分にあるのかわからないが、狛犬の、朔の嫁になりたい。朔と本物の夫婦になりたかった。

 ふ、と微かな吐息を感じる。更紗はそっと手を伸ばす。すぐそこにいるような気がしたのだ。──つぶらな瞳で更紗を見つめるツキが。

 更紗の腕がふわりと温かくなる。ツキが更紗の腕の中にするりと入り込んできて、鼻をすりすりと擦りつける。その姿は見えないが、感覚としてはっきりと感じ取ることができた。


 ツキ……!


 更紗はツキを抱きしめる。本当は思い切り抱きしめたいのだが、大きな動きを見せると悪霊たちに気付かれそうな気がして、少しだけ力を込めるに留めておく。


『我がここにいるということがその答えだ。更紗、大切な我ら狛犬の嫁よ』


 更紗の瞳から、再びぽろぽろと涙が零れる。だがそれは先ほどのような苦しいものではなく、心の中全てを温かく満たしてくれるような、そんな優しい涙だった。

2エピソードが抜けており、申し訳ありませんでした。

割り込み投稿させていただいております。

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