神様の思し召し(2)
ぼんやりとそんなことを考えていると、にわかに部屋の外が騒がしくなった。男性の声が数人分、入り混じって聞こえてくる。
春南はそれに気付くと、やれやれといったように苦笑し、障子を開けに行った。
「皆さん、更紗さんはまだ目覚めたばかりなんですから、もう少し静かに……」
「お! 目覚めたのか!」
「こら、陽! お前が先に入ってどうする! まずは私からだろうが!」
「なんで親父からなんだよ。この場合、朔からじゃないの?」
「ウォン!」
「あ、こら! ツキ!」
障子の隙間をすり抜け、子犬がタタタッと駆けてくる。ツキと呼ばれた子犬は一目散に更紗の胸に飛び込み、更紗の顔をペロリと舐めた。
「あーーーーっ!」
「陽! 静かに!」
障子の向こう側は大騒ぎのようだ。
更紗はなんだかおかしくなってきて、クスクスと声に出して笑ってしまった。すると、ツキもまた嬉しそうに尻尾をブンブンと左右に振る。それが可愛らしくて、更紗はまた笑った。
「やれやれ、ツキは女性に甘いな」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、壮年の男性。その身なりから、彼が宮司の月川司狼だろう。彼もまた容姿が整っており、目を引く。
その後ろには男性が二人いて、更紗は一番後ろにいた彼を見て、目を大きく見開いた。昨夜、更紗を助けてくれた男だったのだ。
彼らは次々に部屋に入ってくると、更紗がいる場所から少し離れたところに腰を下ろした。あれほどの大騒ぎはどこへやら、全員が姿勢正しく正座している。更紗も慌ててそれに倣おうとしたが、春南に止められた。
「更紗さんは、どうぞそのままで」
「でも……」
「いいんですよ。まだ顔色もよくありませんし、楽にしていてください」
司狼からもそう言われてしまっては、大人しく言うことを聞くしかない。更紗はその言葉に甘え、頭だけをゆっくりと下げた。
「すみません、ありがとうございます。あの……昨夜は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。私は、広瀬更紗といいます」
司狼は目を細めて優しく微笑み、ゆっくりと頷く。
「私はこの月川神社の宮司をしております、月川司狼といいます。そして、こちらが私の息子たちです」
「はじめまして。月川陽です」
陽と名乗った青年は、昨夜の男とは真逆の雰囲気を持っていた。
浅黒い肌に、色素の薄い髪は少々うねっている。全体的にガッチリとした体型で、輪郭も男らしい。目鼻立ちのはっきりした顔立ちで、特に瞳が大きく印象的だ。そして彼もまた、美丈夫に他ならなかった。
「……月川朔」
陽の後に口を開いたのは、昨夜の彼だった。
更紗は司狼、陽、朔、そして春南を順番に見て、小首を傾げる。
司狼と陽、朔は、顔のパーツがどことなく似ている部分があるので、血の繋がった家族だろう。だが、春南は似ていない。親戚なのだろうか。
あと、司狼には獣の耳と尾はなかった。だが、陽と朔にはあるのだ。しかも、尾の形が違っており、更紗はついそこばかりを見つめてしまった。
「あなたは、陽と朔の耳と尾が見えるのですね」
「あ……す、すみません」
失礼だったかと、更紗はすぐさま謝罪する。しかし、司狼は笑いながら首を横に振った。
「いえいえ、構いませんよ。二人の耳と尾は、普通の人には見えないはずなんですが、更紗さん、あなたには見えるんですね」
「え……?」
普通の人には見えない? それはどういうことだろうか。
「あの……宮司さんや春南さんは見えるんでしょうか?」
気になってそう尋ねると、司狼と春南は声を揃えて「見える」と答える。
自分だけではなかったとホッとするが、やはりわからない。特別な力など何もないはずなのに、どうして更紗にも見えるのだろうか。
「何故それが見えるのか、不思議でならない」
気持ちを見事に言い当てられ、更紗は何度も首を縦に振った。司狼にはその理由がわかるのだろうか。わかるなら、ぜひ教えてもらいたい。
更紗がじっと見つめると、司狼は一番後ろに控えていた春南に、前に出るよう促した。
「春南もあなたと同じように、彼らの耳と尾が見えます」
更紗は僅かに眉を顰める。
親戚なら、そういった力は元々あるのではないだろうか。
そう思ったのだが、次の司狼の言葉で、更紗は目をむいて驚くことになる。
「春南は、陽の嫁です」
「ええええっ!?」
思わず大声で叫んでしまい、その後すぐに顔を俯ける。初めて会う人たちの前で素っ頓狂な声を上げてしまい、恥ずかしくなったのだ。
更紗は改めて陽と春南を見た。よく見てみると、二人の間にはそこはかとなく、甘い空気が漂っている。きっととても仲がいいのだろう。