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狛犬に娶られました  作者: 九条 睦月


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心を見つめる(3)

「私……」

「自分を責めないで」


 春南が更紗の肩を優しく抱く。大丈夫だというようにやんわりと撫で、更紗を落ち着かせようとした。ツキも、更紗の手の甲を舐めて慰める。

 しかし更紗は、自分を責めずにはいられなかった。朔が離れてしまったことは、自業自得だったのだ。


「私、春南さんから話を聞いていたのに……」

「聞いてたって、気持ちがどうしようもなく高まってしまえば、そんなのどこかへ飛んじゃうわよ。実際そうだったんでしょう? そうでなければ、更紗さんは必死に抑えたはずだから」

「……」


 春南の手が、更紗の頭に乗る。何度も優しく撫でられ、更紗の目に涙が溜まっていく。朔も、いつもこうして更紗の髪を撫でてくれた。


「だから私……嫌われちゃったんでしょうか」

「へ?」

「私がっ……朔さんに……」

「ちょ、ちょっと待って」


 春南は慌てて更紗に向き合うと、更紗が涙を堪える様子に苦笑を漏らす。


「誰が誰を嫌うって? もう……そんなわけないでしょう!」

「え……?」

「あーあ。更紗さんを泣かしたってバレたら、私、朔さんに怒られちゃう」


 春南はハンカチを取り出し、更紗の目にそっと当てた。そしてまた、更紗の頭を柔く撫でる。


「仮に、更紗さんが朔さんを求めても、朔さんは何とか躱すだろうと思ってた。そしてそれが逆でも、更紗さんがストップをかけるだろうと思っていたの」

「でも……」

「そう、結局二人して止まらなかったのよね? ツキはそれをいち早く察知したものだから、止めに入ったのよ」


 更紗は膝の上のツキに、ポツンと呟く。


「……ツキって、そんなことまでわかるの?」

「ワォン!」


 ツキは元気よく返事をする。

 ツキは全てを見通している。そう思うと、更紗の頬がじわじわと赤味を増していった。同性で同じ立場の春南が相手だと全く平気だが、ツキとなると話は別だ。

 赤くなった顔を隠すように俯く更紗を揶揄うように、春南はおどけて言う。


「ツキは、絶対に二人の婚姻を成立させたいのよ。だから、あえて邪魔したってことだと思うわ。そうよね? ツキ」

「ウォン!」

「まぁ……多少ツキの嫉妬も入ってたかもしれないけどね」

「ウォンウォン!」


 そのとおりとでもいうようなツキの反応に、更紗は思わず笑ってしまった。ようやく更紗の笑顔が見れたと、ツキは嬉しそうにはしゃぎ出す。


「もう、ツキ! 落ち着いて!」

「ウォンッ!」

「ツーキ!」


 何とかツキを捕まえることに成功した更紗は、ツキを抱いて空を見上げる。

 空気は冷たいが、陽射しは温かい。青空が広がっており、久しぶりに雲がほとんどない晴天だった。この分なら、今夜は月が美しく見えることだろう。


「朔さんが更紗さんを避けているのは、また暴走しないため。更紗さんの顔を見ちゃうと、自分を抑える自信がないんでしょうね」

「……春南さん」

「ねぇ、これは二人にとっていい機会だと思うの。よく考えてみて。朔さんへの気持ちは、本当に更紗さん自身のものなのかしら? 月読命様に引きずられたりしていない? きっと……朔さんもそれを自分に問いかけていると思うの」


 朔への想い。

 更紗の中では、揺るぎないものだと思っていた。だが、月読命に引きずられていないかと改めて問われると、考え込まずにはいられなかった。

 今の気持ちは、本当に更紗自身のものなのだろうか。狛犬の嫁という立場に引きずられてしまってやしないか。いや、でも──。


「考える必要はあるけど、答えを焦る必要はないわ。大丈夫。ある日突然、ストンと腑に落ちたりするものだから」


 春南はそうだったのだろうか。


「……はい。私、ちゃんと考えてみます」


 自分の心を見つめる。それは、決して簡単なことではない。自身を見つめるには、第三者のような冷静さが求められるからだ。

 上手くいくかどうかわからない。だが、朔への想いを見つめ直すことは、今の更紗にとって必要不可欠なことだと思えた。


「クゥーン」


 ツキがちょん、と鼻を擦りつけてくる。更紗は指でその鼻をつつき、微笑む。その微笑みに、春南が安堵し、胸を撫で下ろしていた。

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