プロローグ(4)
黒い煙が一ヶ所に固まり、大きな人の形になっている。その塊がゆっくりと近づいてくる。
見たくないのに、目は大きく見開いたまま閉じることができなかった。更紗は男に支えられ、ようやく立っていられるという体で、黒い塊と対峙している。
その塊が不意に更紗に襲いかかろうとした瞬間、更紗の脳裏にこれまでの出来事が走馬灯のように駆け巡った。
だが、その塊が更紗を襲うより前に、すでに男が動いていた。
隣にいたはずの男の姿はなく、支えを失った更紗はその場に座り込んでしまう。しかし、何が起こったのかは、この目にはっきりと焼き付いていた。
男はあっという間に塊の背後に移動し、そこから人の形をした塊の首に噛みついたのだ。男の姿は人ではなく、獣と化していた。この場を例えるなら、獣が獲物の喉笛を噛み切り致命傷を負わせた、といったところか。その攻撃は効果てきめんで、瞬く間に黒い塊は霧散した。
目の前で起こったことが信じられない。
先ほどの黒い塊はなんだったのか。霊、もしくは妖怪といったような、この世のものではないということは、なんとなくわかった。
「ど……して……」
わからない。
霊感が強く普段から霊などが見える、とかならまだわかる。しかし、そういったことは全くなかった。そんなものは見えたことなどないし、霊感なんてない。
それに、もう一つ大きな謎が残っていた。
更紗を助けた男、彼は人の姿をしているのに、どうして獣のような耳と尾があるのか。そして黒い塊を攻撃した際には、完全に獣になっていた。
彼はいったい何者なのか。
更紗は呆然としながら、男を見上げる。男の姿は人に戻っており、更紗をじっと見つめていた。
「大丈夫か?」
「……」
人なのに、耳と尾がある。それがはっきりと認識できる。
自分は一体どうしてしまったのだろう?
更紗はとにかく混乱していた。それでも、男の視線に捕らえられ、そこから逃れることはできなかった。
男の唇が再び言葉を発しようと動き出す。それを見たのを最後に、更紗の意識はプツンと途切れ、暗闇の中へと沈んでしまった。
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