月川神社の護り(11)
「……っくしゅ」
更紗のくしゃみに、朔が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「身体が冷えたな。もう一度風呂に入るといい。入れてくる」
「あ……」
更紗をその場に置いて、朔は風呂場へと行ってしまった。その後ろ姿を眺めながら、溜息を一つ零す。
「もう少しああしてたかったなぁ……」
言葉に出すと、じわじわと頬が熱くなってきた。
更紗は、先ほどの朔の言葉を思い出す。
『弱いところを見られるのが怖かった』
『失望されたくなかった』
初めて朔の心の奥に触れられたような気がした。本音を話してもらえたことが嬉しかった。
「ほんの少しだけ、近づけたかな」
一足飛びに距離を縮めることなど、自分と朔の間では無理だったのだと思った。
更紗も朔も、他人に対して警戒心が強い方だ。少しずつ、少しずつ、様子を見ながら歩み寄っていくしかない。
そう悟ってしまうと、心が軽くなった。そうして初めて気付く。「狛犬の嫁」に対し、更紗は必要以上にプレッシャーを感じていたのだ。
優しく、そして大切にしてくれる人たちのために、役に立たなければならない。そんな風に思っていたのかもしれない。
「プレッシャーにしてしまってたんだな……」
昔から、プレッシャーには弱かった。
更紗は苦笑する。
「ねばならない、じゃなくて、したいって気持ちの方が大事だし、強いのに」
役に立たなければならない、ではない。役に立ちたい、のだ。
そのためには、素直に心を開いて、二人でもっとたくさん話をしよう、そう思った。
戻ってきた朔は、再び更紗を抱きかかえ、腕を優しくさする。これはきっと、更紗の身体を温めるためだろう。
くしゃみが出たのは単なる偶然だ。多少冷えてはいたが、寒いというほどではない。でも、それは言わないでおこうと思った。今こうしている時間が何よりも心地いい。
朔を見上げ、ふと思う。
頬の傷はかなり治ってきている。その傷を見て、思いついたのだ。
朔は、更紗の傷に唇で触れ、治してしまう。肌と肌とを触れ合わせ、狛犬の力を注ぐことで治癒させるのだろう。それなら──。
更紗は少し伸びあがり、朔の傷に唇を押し当てた。
「っ!」
飛び上がるほどの驚きを見せる朔に、思わず笑ってしまった。これほど動揺する朔を見たことがない。
「こうしたら、私にも朔さんの傷が治せるかなって」
「いや、それは……そうだが」
「やっぱりそうなんですね!」
自分の考えが合っていたことが嬉しくて、更紗はもう一度唇を寄せる。が、朔の腕に阻まれてしまった。
「……嫌、ですか?」
「そういうわけじゃない」
「でも」
「もうほとんど治っている。だからいい」
ボソボソと話す朔の顔は、うっすらと赤く色づいている。照れている朔を目の当たりにし、更紗の胸の高鳴りは止まない。
こんな風にいろいろな顔を見せてくれるのが嬉しい。もっともっと、いろんな朔を見たい。
そんな更紗を見て、朔が僅かに頬を緩めた。そして、更紗の目のすぐ下の辺りに、ほんの一瞬だけ口づける。
「!」
「激しい砂埃だったからな。少し掠ったようだ」
更紗が何か言う前に立ち上がり、「風呂が沸いた」と言い残して、朔は再び風呂場へ向かう。
更紗は唇が触れた部分に手を当てる。
砂埃で傷? 痛みなど感じなかったが。
「もしかして……お返し、みたいな?」
そう思った瞬間、更紗の顔は、湯気が立ち上るほど真っ赤になった。




