月川神社の護り(9)
「……っ」
朔の肩がビクリと揺れる。更紗はいけなかったかと思い、咄嗟に手を引く。その手を、朔に捕まえられた。
「あの……ごめんなさい。前から……触ってみたいなって思っていて……」
朔の表情はほぼ変わらない。少しずつその変化を見せてくれるようにはなっているが、それでもまだその動きは乏しい。
しかし、表情の代わりをするかのように、獣の耳と尻尾はよく動く。最初はあまり動かなかったのだが、今では頻繁にいろいろな動きを見せるのだ。
ツキほどではないが、尻尾が左右にパタパタと揺れていることもあるし、クルリと丸まっていることもある。元気よく立っていることもあった。耳も、ピンと立ったり、リラックスするかのように垂れていることもある。
今、朔の耳はへたれていた。それが更紗には、とても落ち込んでいるように見えたのだ。だから、それを和らげたいと思い、つい無意識に触ってしまった。
「嫌……ですよね。ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて……」
朔の言葉に驚いていると、掴んでいた更紗の手を自らの頭に乗せ、再び耳を触らせる。
少し驚いたような反応を見せたが、その後は落ち着いたようにペタリと垂れる。思ったよりふわふわとした毛に、更紗も気持ちが和んでくる。ゆっくりと撫でると、嬉しいというように尻尾が左右に揺れた。
「嫌じゃないですか?」
「嫌じゃない」
「もっと触っていいですか?」
「構わない」
更紗は嬉しくなって身を乗り出すが、この体勢では朔がきついだろうと思った。
そもそも、朔は何故土下座をしているのか。そこまでして謝ることなどないのに。
「朔さん、どうして土下座なんてしてるんですか?」
「……心からの謝罪をするには土下座がいい、と陽が言っていた」
「陽さんが?」
更紗の頭の中に、クエスチョンマークが飛び交った。一体何の話をしていたのだろうか。
「嫁に……謝罪をする時は土下座しろ、と。陽も春南さんに土下座するらしい」
「……」
陽が春南に土下座、その場面を想像し、更紗は思わず噴き出してしまう。
おそらく、あの二人は夫婦喧嘩となった時、いつもそうやって収めているのだろう。そんな二人が容易に想像できた。
春南はふんわりとした優しい見た目と違い、ダメなものダメ、許せないことは許せない、というはっきりした性格をしている。嫌だと思ったら、きちんとその理由も添えて陽に伝えると言っていたことを思い出す。
『心に引っ掛かることがあれば、ちゃんと相手に伝える。嫌だった、許せなかった、そういう負の感情をそのままにしない。もちろん相手の言い分もきちんと聞くわ。そうやってお互いに話し合って、納得して、譲歩しあって……それが、夫婦上手くやっていく秘訣だと私は思ってるの』
人と深く関わるということは、諍いも避けては通れない。お互い本音を言えないなら、それは上っ面だけの関係なのだ。
「朔さんは、満月のことを私に話せなかったこと、そんなに悪かったと思ってくれてるんですか?」
尋ねると、朔は「あぁ」と呟くように答えた。
更紗の態度や表情を見て、悲しませた、怒らせた、そんな風に思ったのだろう。だから、こうして誠意を見せてくれようとした。
陽に、嫁に謝る時は土下座しろと言われたから。朔は更紗を「嫁」として見ているから。
胸がトクンと高鳴る。
更紗は心がじんわりと温かくなっていくのを感じながら、朔の頭に頬を寄せた。




