神様の思し召し(8)
悪霊たちから月読命を護るのが、獅子と狛犬の使命。そして、その獅子と狛犬というのは──。
「今更ですが、獅子の力を与えられたのが陽で、狛犬の力を与えられたのが朔です。二人は人でありながら、悪霊に対抗する能力を賜っております」
「……」
更紗は顔を俯ける。
昨夜のことを思い出すと、今でも身体が震える。陽と朔は、常日頃からあんなものと対峙しているというのか。
人である以上、傷つきもするし、下手をすると死ぬかもしれない。月川神社で生を受けたがため、月読命から力を賜ったが故、二人は過酷な運命を背負うことになったというのか。
そう思うと、胸が痛んだ。
「更紗」
「え……」
冷たくなっていた身体が、不意に温かくなる。いつの間にやら、更紗は朔の腕の中にいた。朔の大きな手が、ゆっくりと更紗の髪を撫でる。
表情は何一つ変わらず、口調は淡々としていてぶっきらぼう、なのに、更紗に触れる手は優しく温かい。そのちぐはぐさに惑わされる。
「俺たちはすでに受け入れていることだ。そして、この使命に誇りを持っている」
そっと顔を上げると、どこまでも澄んだ瞳とぶつかる。その目を見て、更紗は、あぁそうかと気付く。
朔の行動に振り回されてしまうが、更紗を守ろうとする一貫性がある。そして、彼の紡ぐ言葉に嘘はない。
いきなり嫁になれなどと言ったことも、彼の真正直さの表れだ。器用な人間なら、その目的を達成するためにもっと上手く話を持っていくはずだ。それこそ、更紗を騙してでも。しかし、朔はどこまでも正直だった。
なら、更紗も今の自分の気持ちを正直に伝えるべきだと思った。
更紗は朔を見つめたまま、口を開く。
「月読命様に選ばれた私を、嫁にする必要があるんですね」
「……あぁ」
狛犬の嫁に、どのような役割があるのか。しかし、狛犬と、月読命に選ばれた人間との婚姻は、絶対に必要なものなのだ。お互いの気持ちなど関係なく。
だがその時、そんな更紗の考えを察したかのように、司狼が口を挟んできた。
「更紗さん、あなたの言うとおり、朔は月読命様に選ばれたあなたを娶らねばなりません。しかし、互いの気持ちが離れていては意味がないのです」
「え……」
「陽と春南のように、心から想い合える関係が望まれるのです。もちろん、最初からそんなことは無理でしょう。あなたと朔は出会ったばかりです。だから、今は距離があってもいいのです。ぎこちなくてもいいのです。少しずつ心を通わせていくことができれば、二人の絆はより深まり、朔の力も増すことでしょう。月読命様に選ばれた二人なら、そういった関係を築くことが可能なはずです」
「……」
そんなことを言われても、途方に暮れるばかりだ。会ったばかりで、まだよくわからない朔と結婚をし、心を通わせていくなど──。




