神様の思し召し(6)
司狼は柔らかく微笑み、静かに首を横に振った。
「理由など、一介の宮司になどわかるはずもありません。全ては月読命様のお考え故です。神様の思し召しですね」
「……」
一瞬がっかりするも、更紗は何とか気持ちを立て直す。神に選ばれる理由など、人にわかるはずもない。
更紗は一呼吸置き、気になっていることを矢継ぎ早に尋ねた。
「朔……さんが私を嫁に、などという理由は? 月読命様に選ばられたから? でもそれじゃ、お互いの気持ちなんてまるで無視ですよね。お互いの気持ちに逆らってまで結婚する必要ってあるんでしょうか。陽さんと春南さんはどうだったんですか? お二人は、愛し合っているように見えますけど」
そこまでを一気に言い、肩を上下させる。切れた息を整え、更紗は司狼の返事を待つ。しばらくの沈黙を経て、その返事は陽から返ってきた。
「俺と春南は愛し合ってますよ。でも、最初からそうだったわけじゃない」
「どういうことですか?」
陽の方を見ると、彼は昔を懐かしむように目を細めていた。その表情からは、愛おしいという想いに溢れている。
「更紗さんの場合と違うのは、俺と春南は同じ大学の先輩後輩で、知り合いだったってことです」
「知り合い……」
陽の話はこうだ。
春南と陽は、大学の野外活動サークルでの先輩と後輩という関係だった。春南は陽よりも二つ年上。サークル内で仲良くはしていたが、本当にそれだけだった。お互い、男と女として意識したことはなかったそうだ。
ある日、陽の実家が月川神社であると知った春南は、参拝したいと言ってきた。春南の実家はトマト農家で、月読命は農耕の御神徳があり、そのご利益が受けられるというのが理由だ。
そこで陽は、春南と一緒に月川神社にやって来る。そこで、異変が起こった。
悪霊たちが活動するのは、主に夜、それも深夜であることが多い。にもかかわらず、その日は真昼間に現れ、襲い掛かってきた。しかも悪霊たちが狙ったのは、春南だったのだ。
もちろん陽がその悪霊たちを退治したわけだが、その時以来、春南には陽の耳と尾が見えるようになった。襲い掛かってきた悪霊たちの姿も見えていたらしい。それまでは霊感など皆無の、普通の人間だったというのに。
同じだ、と思った。
更紗は幼い頃に月川神社に訪れたことはあったが、引っ越してからは一度も来たことはない。記憶の彼方に忘れ去られてしまうほどに遠ざかっていたので、初めて訪れたような感覚に近い。
そして、月川神社で悪霊に遭遇する。これまで霊など見えたこともない普通の人間だったのに、悪霊の姿が見え、彼の耳と尾まで見えるようになった。
この力は、月読命から与えられたものだという。それは、月読命が力を与える対象として、更紗を選んだから──。
「月読命様に選ばれた人間は、月川神社の宮司さんと結婚しなくてはいけないという決まりでもあるんでしょうか?」
そう言ってから、それはおかしいと気付く。
宮司とは神社の責任者で、他の神職たちの一番上に立つ人物だ。故に、各神社に一人しかいない。
司狼が退いた後、陽と朔、どちらが宮司になるかはわからないが、すでに陽は月読命に選ばれた春南と結婚しているのだから、陽が宮司になれば済む話だ。そもそも、宮司になるためには既婚でなくてはいけないと決まりもないと思うのだが。
しかし、朔は更紗を嫁にと言い出した。やはりよくわからない。
「いいえ。月読命様に選ばれた方を嫁にと望むのは、宮司ではありません」
「なら……」
優しげな司狼の瞳が、僅かに鋭くなる。ようやく答えが明かされるのだと、更紗はゴクリと喉を鳴らした。
「月読命様から力を授かった者と縁を結ぶのは、月川神社を護る、獅子と狛犬なのです」
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