名伏密 誰がための豊年祭
月明かりの下、山の境内で松明の光に照らされて、河童の姿に扮した子供たちが輪になってしゃがんでいる。その周りを鬼の絵が描かれた大団扇を持った大人たちが取り囲み、太鼓や横笛に合わせて脅すように河童たちを扇ぐ。小さな妖怪たちはどこか心細そうに鉦を鳴らす。
「不思議な祭りですね」
右隣の百雲さんを見遣ると、彼は顎をじょりじょりしながら深々と頷いた。
「白鹿背豊年祭り、別名・かっぱ祭り。戦に敗れた平家の落ち武者がさ、河童の亡霊になって災いをもたらすのを涼風で鎮めたって言い伝えがあるらしい。それがどうシロヘノコと結びついて五穀豊穣のお祭りになったんだろうね。本当、興味深いよ」
「そんな小難しいこと考えてると、せっかくのキノコが不味くなっちゃうわよ」
左隣りでは祭りなんてそっちのけでシロヘノコを頬張る麗子さん。
「かぼす醤油も捨て難いけど、やっぱ行き着く所は塩だわ」
首の傷は痕も残らず綺麗に癒えている。あの日、麗子さんの言うかかりつけ医――みちるさんが駆けつけてくれ、治癒の異能で傷を治してくれたのだ。無論、俺の鼻血は処置いらずだった。
「みちるも来ればよかったのに。外せない用事があるとかなんとか言っちゃって」
治療のお礼に祭りに誘ったらしいけど、どうやら先約があったようだ。
「そういえば昌鹿君はなんで来なかったんだろう? ただで貴重なキノコを食べられる素敵イベントなのに」
百雲さんは今さらながら首を傾げた。
「来なかったんじゃないの。来れなかったのよ」
バツンとキノコの竿を噛み千切り、麗子さんが目を凶暴に光らせた。
「自分可愛さに私を売りやがったんだから、それ相応の報いを受けるべきでしょ?」
「……ちなみにどういう報いを受けてるんだろう?」
「アリカちゃんに協力してもらってね、チンポを担保に闇金でありったけの借金をさせたの」
「……チンポをタンポに……」
「そのお金で破れた服は買い直せたし、みちるにも謝礼をしっかり渡せたわ。あ、それに事務所の修繕もできたから、経費ゼロよ」
「そ、それで昌鹿君は今どこに?」
「さあ? アリカちゃんのパパが斡旋したどこぞの職場で、寝る間も惜しんで働いてるはずよ。極悪な労働環境ってことだけは確かみたい。給与の天引きだけじゃ返済が間に合わないんだって。ふふ、ざまあ」
嬉々として語るその表情からは後ろめさなんて微塵も感じ取れない。むしろ正しいことが成されたという清々しさに輝いていた。
「あ、大取りが出てきたわよ。キャーご立派!」
うやうやしく持たれた供物台の上に、ひときわ立派なシロヘノコが一本のっている。オオヘノコだ。
「あのおじいちゃん、なかなかの食わせ者よねえ。契約違反も甚だしいわ」
そう言いながらも、麗子さんは忙しなくシロヘノコを口に放る。何が契約違反かって? 実は俺たちに依頼する以前に、睦男さんが一人でオオヘノコを収穫していたのだ。オオヘノコのできるヘノコ松が移ったのだけど、運良く神嶽組より先に自力で見つけられたそうだ。だけどまだ見つかっていないことにして、俺たちだけでなく集落の人たちにもそのことを明かさないまま、オオヘノコ収穫の依頼をしてきたというわけだ。つまり、白鹿背豊年祭りの開催を確実にした上で、神嶽組を追い払おうと俺たちを雇ったのだ。
「よかったの? 所長」
百雲さんはいよいよクライマックスを迎える祭りを眺めながら小さく頷いた。そこには、これまでの汚名を返上しようとするかのように、一心不乱に太鼓を叩くヒロシさんの姿があった。
「神嶽組から白鹿背を守りたい一心だったんだろう。やり方は間違っている。でも、その気持ちに免じてね」
「こういうのにはうるさいのに。意外ー」
麗子さんは少しだけ頬張る勢いを緩め、百雲さんを見遣った。
「何かを、誰かを守りたいって気持ちが強ければ強いほど、その手段は歪になってしまいがちさ」
そう語る百雲さんの声色は、優しいけれどどこか自嘲めいていた。
「それに今後五年間、ここの有機野菜を無償でもらえることになったからね。これで今度こそみんなで野菜たっぷりミネストローネを食べなくちゃ」
百雲さんは笑んで俺の肩を叩いた。傷の手当や荒らされた事務所の片付けでばたばたしていて、みんなで夕食を取る機会を失ってしまっていたんだ。そして失うと言えば、
「紫蘭さん、どこに行ってたんですかね」
婦人会の人たちと一緒に炊き出しの準備をしている紫蘭さんに視線を向けた。俺たちが白鹿背から一時的に離れたその日に、紫蘭さんと轟さんが集落から姿を消した。轟さんのことはなんとなく予見していたんだけど、紫蘭さんまでいなくなってみんな大騒ぎだった。大騒ぎだったんだけど、かっぱ祭りの前日に、紫蘭さんだけ何食わぬ顔でひょっこり戻って来たんだ。
「年頃の女性のことは僕にはさっぱり」
百雲さんが麗子さんに意見を求める。
「そんなの簡単よ。女はないものに憧れるの。要は田舎の暮らしに嫌気が差したのよ」
「でも、戻って来てますよ?」
「情深いのも女なの」
「適当だなあ」
「考えてもしょうがないってことよ。ねえそれ、いらないなら私にちょうだい」
「だ、だめですよ」
俺と百雲さんはしゃべるのをやめ、白鹿背の秋の味覚を守らんと慌てて口へ運ぶ。
祭りの囃子は最高潮に達して、冷たく澄んだ渓谷の月夜に響き渡り、河童たちは立ち上がって手にした鉦を打ち鳴らす。「いいぞう」「よう頑張った」拍手とともに奉納が終わり、人間に戻った子供たちはやり終えた達成感で満面の笑みだ。また一年、白鹿背の伝統が守られた。




