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花に春泥、しき緑  作者: 畑中炭比古
26/28

乱戦

 ならず者たちの吹き溜まり、闇無の雑居ビルの一室で昌鹿は床に這いつくばっていた。動こうにも背中に刺さった棘のようなもののせいで身動きできない。おまけに手足も縛られている。


(あの眉毛女、只者じゃねえ)


 油断していたわけではない。この男、女子供であろうと敵対するものには容赦がない。


(とにかく、眉毛女が戻ってくる前に逃げねえと)


 昌鹿はどうにか首を捻って頭の先に座っている男に声を掛ける。


「なあ、頼むから背中のこれ、取ってくれって」

「ふざけんな! そのままずっと転がってろ」


 甘ったれた顔に似合わぬ怒声を放つのは、去年このビルの闇カジノで失禁という醜態を晒した神嶽組の吉田だ。


 昌鹿たちはともに白鹿背の山を下りて恒川を病院へ連れて行った後、その足でシロヘノコの保管庫にやって来た。すなわちこの雑居ビルは闇カジノであり、乾燥大麻の元製造拠点であり、さらにはシロヘノコの保管庫でもあるのだ。


 今、昌鹿と吉田はビルの三階、使われなくなったヤクザの寮に冷蔵庫を二台置いただけのシロヘノコの保管庫にいた。


「そんなこと言うなよ、一年越しの再会じゃねえか。俺は今でも覚えてるぜ、お前の勇姿」

「その話はするなっていったじゃん!」


 昌鹿と吉田はお互いに一年前の強奪者とその被害者だということを知らずにこの雑居ビルを訪れた。だが、運悪くシロヘノコを観察しに来た知花と鉢合わせ、その戦闘中に見せた異能とフードで隠れていた髪型で、吉田はついに昌鹿が一年前の強奪者だと気づいた。吉田は裏切り、自ら昌鹿の監視役を買って出たのだ。


「山から下ろしてやったじゃん。恒川も病院に行けたしさ。命に別状はねえって、よかったじゃねえか」

「お前があの時のプリン頭だってわかってたら絶対に頼らなかった」


 昌鹿は焦っていた。知花が戻ってきてしまえば自分は実験モルモットのように扱われるに違いない。麗子を差し出して得られた猶予で吉田を手懐けて、どうにかここを脱出しなければならないのだが、吉田ときたらさっきからずっとこの調子なのだ。


「ほんとなら八つ裂きにしてやりたいくらいだよ!」


 しかしこの状況が面白くないのは吉田も一緒だ。普段からドジばかりの吉田は周囲から侮られてばかりいるのだが、例の失禁はりつけの刑でそれはさらに酷くなった。その元凶が目の前にいるというのに、知花の大事なサンプルであるこの男を傷つけることは許されない。


「わかった、俺も男だ。一発殴らせてやるからよ、それで手打ちといこうじゃねえか。お前は俺をぶん殴れて気分爽快。そして俺は自由の身だ。お互いウィンウィンだろ?」

「……お前はこのままあの子のおもちゃになればいい。その方がずっと苦しむだろうからね」


 吉田の物言いに挫けそうになる昌鹿だが、この状況で利用できるものは他にない。


「お前な、実験用モルモットの気持ち、考えたことあんのかよ?」


 昌鹿は吉田の情に訴えかけるお涙頂戴作戦にでた。


「あるわけないじゃん。その必要性も感じないし。あ、それじゃ試しに聞かせておくれよモルモット君」


 あえなく終了である。


「っち、いいよじゃあ。モルモットの話はなし。だってあいつら実験台に乗せられてもきっとなにも考えてねえし」

「ひどいな。モルモットの方がよっぽど可愛げあるよ」

「うるせえな。それじゃ俺の気持ちを考えろ。遭難中のお前らを救ってその見返りをもらおうとしただけじゃねえか。なんで実験道具にされなきゃならねえ? 恩を仇で返すのか? それがお前の任侠道なのか? だったらヤクザなんてやめちまえ」

「それじゃあパクった百万円、耳を揃えて返してくれよ」

「ありゃお前らの手落ちじゃねえか。人を雇うのもザル、顧客の身辺調査もザル、おまけに警備もザルときた。だから俺にまんまとしてやられたんだろ? いいか、ありゃ防犯訓練だ。そしてあの百万は授業料だ。おかげでちったー防犯意識が高まっただろ」

「お前、もうしゃべるな」


 吉田はぴしゃりと言い放ってイヤホンを耳にはめ目を閉じた。昌鹿がまくし立てたことはめちゃくちゃな内容だけど正しいし、吉田も嫌というほど身にしみている。でも聞くのが辛い、まだそれを受け止めきれる自分になれていないから、容赦なく刺さる。


 スマホをいじり、助けを求めるように音楽を再生させた。大好きなパンクバンドだ。小気味いいドラムとギターのリフが吉田を励ます。


『朝の光が待てなくて 眠れない夜もあった』まだ俺は夜の中にいるのかもしれない。みんなに馬鹿にされ、笑われて。こんなんじゃダメだってわかっているけど、なかなか上手くできないよ。

『朝の光が待てなくて 間違った事もやった』正しいと思ったことも振り返れば全部間違いだ。でも、でも、それでも俺のいる場所は世界の片隅なんかじゃない! ここが世界の真ん中だ!


 ヴォーカルの無骨な声にのせて届く優しい歌詞が吉田の心を高ぶらせる。その猛りに呼応するように床が揺れ、窓ガラスが軋む。


『川の流れの激しさに 足元がふるえている』

『燃える炎の厳しさに 足元がふるえている』


 その歌詞に差し掛かった時、妙にリアルに炎の気配を感じた。耳に向いていた意識が反射的に鼻へ移ると、鼻腔はすでに何かが焦げる臭いを嗅ぎ取っていた。


(なんだ?)


 目を開けると、床に転がったままの昌鹿が必死に何かを訴えかけている。


「おいっ。なんか焦げ臭えぞっ。それに下の階が騒がしいみてえなんだけど」


(下の階はカジノだよな)イヤホンをポケットに仕舞いながら思考を巡らす。神嶽組の構成員にとって「焦げ臭い」や「炎」というワードは嫌でも麻黒を想起させる。麻黒は炎を操るマレビトなのだ。


 そして吉田は一つの解に行き着いた。


「あっ、今日は接待日だ」

「接待日?」

「うん。麻黒さん、俺たちには容赦ないけど外面はよくてさ。みかじめ料を納めてくれる店主とかを集めて、定期的にカジノで遊ばせてあげるんだ」


 暴対法のおかげでヤクザへの風当たりが強くなる中、麻黒は顧客の囲い込みのために涙ぐましい努力をしていた。


「客相手に暴れるか? お前がイヤホンしてる間にな、なんか爆ぜる音とかガラス割れる音してたんだぞ」

「そ、そうなんだ。……ちょっと様子見て来る!」

「ちょ、待てよ。お前いなくなったら俺はどうすんだ」


 駆け出す吉田を昌鹿は慌てて呼び止めようとするが、すぐ戻って来るからと行ってしまった。

一人で部屋に取り残された心細さからか、昌鹿はよからぬ妄想をしてしまう。もしかして強盗か何かが現れて、そいつと戦闘になった麻黒が異能をぶっ放しているんじゃなかろうか。いやしかし、こんな真っ昼間にヤクザのところに盗みに入る馬鹿がいるわけない、昌鹿は自分のことを棚に上げてそんな風に慰めた。


 そんな昌鹿を嗜めるように、カーテンの下から白い煙が顔を覗かせる。窓枠の隙間から漏れ入ってきた煙は、静かに床を這い、なめるように壁をつたい、ゆっくりとこの部屋を満たしていく。


「おい! 吉田! やべえぞ!」


 本格的に火事なのではないのか? このままでは身動きできず焼け死んでしまう。必死で吉田を呼ぶがなんの反応もない。(あの役立たず、すぐ戻るって言ったじゃねえかよ)吉田に悪態をついてる間にも煙はどんどん入ってくる。


「よしっっ! ってぇ!……」


 力の限り吉田の名を叫ぼうとするが、背中の爪が枷になり大声を出せない。助けを呼ぶこともできず、倒れたまま部屋に充満していく煙を見ることしかできない状況で、昌鹿は何かに訴えた。


 あんまりだ、俺が何をしたって言うんだよ。ただ一所懸命生きてるだけじゃないか。モルモットのことも謝るから。あいつらも可哀想だよな、誰かの身勝手でこんなふうにわけもわからず殺されちまうなんて。


「た、頼むから……。誰か……」


 昌鹿の体は雲海に沈み、最早視界は真っ白だ。

 もうだめだ、煙に燻されて死んじまう。そう観念した時、目の前の煙が風に揺らめいた。


「昌鹿君」白濁の世界の向かう側から聞き慣れた声がそっと差し込んできて、鳥の巣頭が雲海を割って現れる。


「キミが僕の期待を裏切ってくれてよかったよ」

「し、所長ぉーっ」


 昌鹿は出会って初めてこの天パー頭を愛おしく感じた。死から解放された安堵でつい目が潤む。でも待てよ、この煙は全て所長の異能だったのか? それならば俺がこんなに怯え苦しんだのはこの人のせい? 感謝の念は一瞬で霧散し、昌鹿の精神は平時のゲス男に立ち返った。


「……昌鹿君っ。誰にやられた?」


 異能で昌鹿の状態をある程度は把握していたが、背中を刺されている部下を目の当たりにするのはやはりショックらしく、百雲は険しい表情だ。


「これのせいで動けねえんだ。所長、ひとまず抜いてもらっていいですか?」


 百雲は片膝をついて慎重に刺されている箇所を観察した。刺さっている爪の先端は針状で、普通の注射器のものより二回りほどの太さだ。刺し傷は小さく針の到達もそれほど深くない。(骨髄穿刺みたいだな。損傷を最小限にするかのように針を脊椎間に打ち込んでいる。でも、動こうとすれば太い神経に針が触れ、背骨や四肢を駆け巡る痛みは尋常じゃないだろう。……痛覚を利用して拘束するなんて……)百雲は敵の精緻で大胆な一撃に戦慄しながらも、怒りを滲ませた。(生きた人間をまるで標本みたいな扱いだ。……でも、これなら今ここで抜いても大丈夫だろう)爪の根元を握りなるべく真っ直ぐ引き抜いた。


「いてっ! ……くぅ。助かったよ、所長」続いて手足の拘束もナイフで断ち切った。昌鹿は傷が開かないよう粘液で覆いながら、軽く体の動作を確かめる。


「キミをこんな風にしたやつは誰だ? どこに行った?」

「生物学者気取りの変な眉毛した女だよ。神嶽組に雇われたっぽい」

「神嶽組に雇われた? なんでわざわざ……。シロヘノコ狩りにしちゃ大げさだ」


 百雲は無精髭を親指で撫でて思案した。


「神嶽組の元組長が出所したんだと。そいつを消すのが目的らしい」

「……元組長。もしかして下にいる連中か……」

「下にいる連中って?」

「キミを煙で探しながらの状況把握だから、詳しいことはわからないけど。神嶽組の組長とどこかのグループがもめてるみたいなんだ」

「神嶽組の組長、っつーことはやっぱりこの煙は麻黒のせいか」

「ああ。よりによってこの真下だよ。キミ、僕が来なけりゃこのまま燻製だったね」


 百雲の額に汗を浮かべながら苦笑いで冗談を飛ばした。


「くそったれ。まじで助かったぜ、所長。こんなとこからはさっさとずらかろう」


 火炎放射器の麻黒に戦闘マシーンのサイエンティスト、昌鹿は一刻も早くこのビルから離れたかった。


「下は危険だから、屋上に出てキミの異能で隣のビルに飛び移ろう。色々言いたいことはあるけど、とりあえず後に取っておくよ」

「り、了解」


 昌鹿は自分がシロヘノコほしさにここにいることを看破されていると悟った。だが、それならばいっそ開き直ってもいいんじゃないか。


「すまん所長! ちょっと忘れ物」

「ま、昌鹿君っ!」


 百雲の声を背に、昌鹿はシロヘノコの眠る室内に駆け戻っていく。


 金目の物に対する昌鹿の意地汚さをよく理解している百雲は、昌鹿の好きなようにさせるのが一番手っ取り早いと判断した。しかし、せめてもの警戒のために二階へと続く階段に展開していた煙の密度を上げようとした時、すでに手遅れであることを悟った。


「どうしようどうしよう。俺はどうしたら……」


 ぶつぶつ呟きながら吉田が二階から上がって来たのだ。身を隠す間もなくドアが開いてお互い硬直する。


「おおお、お前、誰だ? あ、あれ? 青柳がいない。お前もしかして、青柳の仲間か?」


(時間をかけすぎた。……煙で一酸化炭素中毒にしてしまおうか)


 二階からの使者に気づけなかったミスを帳消しにしようと、百雲は過激な手段を考えた。


「なんなんだよもう! なんなんだよ! どいつもこいつもさあ!」


 喚く吉田をよそに白煙がどろどろと集まり出し、その足元でトグロを巻く。


「俺は、俺は! ……やっぱり世界の片隅にいるのかなぁ?」


 白蛇が鎌首をもたげ、背後から吉田の頭を丸呑みにしようとしたその時、


「げ、吉田じゃん」昌鹿が奥の部屋から帰って来た。「お前、戻るの遅えわ」


 百雲は昌鹿の馴れ馴れしい態度を見、攻撃を躊躇った。


「お、お前のために戻って来たんじゃない」

「それじゃなんのためだよ?」

「ぶ、武器を取りに来たんだ。ここは武器庫も兼ねてるから」

「武器取ってどうすんだ?」

「そ、それは……」


 吉田は言い淀んだ。昌鹿の問いがまさに吉田の葛藤そのものだった。


「その武器、誰に向けんだよ?」

「う、うるさいな。関係ないだろ」


 二階の様子を見に行った吉田は、神嶽と麻黒、新旧ボスのバトルに巻き込まれた。そして麻黒から武器で応戦するように命令されたのだ。


「お前さあ、ここにくるまでの間によ、散々愚痴ってたじゃねえか」


 神嶽と麻黒の間で優柔不断に揺れ動く吉田を見透かし、昌鹿はため息を吐いた。


「てめえの人生、どっちが跳ねるかだろ」


 シロヘノコの入ったビニール袋を肩に担ぎ直す。


「好きなようにすりゃいいんだよ」


 自分勝手で粗野な男が、なぜかこの時の吉田には眩しく見えた。


 川の流れの激しさに足元がふるえている

 燃える炎の厳しさに足元がふるえている


 それでも、「……俺のいるところが、世界のまん中なんだ」


 吉田は呟くと、さっきまでの狼狽ぶりが嘘のように勢いよく部屋の奥へと駆けて行った。




「なんだったんだ、彼」

「放っときゃいいんだよ。さ、所長。とっととずらかろう」


 呆然と吉田を見送る百雲をせっつき、自分が待たせていたことなど気にも留めず、昌鹿は前を歩き出してドアノブを掴んだ。


 だが、分厚い鉄板を一枚挟んでなお、遮り切れない激しい熱さを感じ取った。危険を悟り昌鹿が飛び退くのとドアが開け放たれるのはほぼ同時だった。


「吉田ぁあああ!」


 ドアの向こうには人の形をした燃え盛る火柱が立ち、吉田の名を叫んでいる。その声は火の勢いそのままに苛烈だ。


「てめえ遅えんだよ! 裏切りやがったのか!」


 真っ黒な忿怒を燃料に炎を撒き散らしながら、火柱が部屋へと入ってくる。炎の動きに呼応して周囲の空気は歪み、熱風が昌鹿と百雲に吹き付ける。全身を火に包まれた男は神嶽組組長、麻黒だった。


「なんだてめぇら? ……そうか、吉田が不甲斐ねぇってんでてめぇらが援護に来たんだな? いいぜ、使ってやる。さっさとついて来い」


 面識のない昌鹿たちをつかまえて、麻黒はまるで彼らの上司のように振る舞った。


「ぼさっとすんな! てめぇらも燃やされてえのか?」


 呆気に取られる昌鹿たちに怒声を飛ばすが、もちろんその反応は芳しくない。


「所長、こいつラリってんじゃねえのか?」

「……どうだろう。誰かと勘違いしてる可能性も……」


 煮え切らない彼らの態度に麻黒は怒髪天だ。


「だれがラリってるって? いい度胸じゃねえか。なめたやつはいらねえ、死にやがれ!」


 怒れるアグニと化した麻黒は、自分を崇めない者を断罪するかのように、容赦なく火の玉を投げて来た。


「まとめてだ! まとめて焼き尽くしてやるよ!」

「なんなんだこいつ! ヒスってんじゃんよ」火球を粘液ではたき落としなごら昌鹿が悲鳴をあげる。「キノコが燃えちまう!」

「こりゃ参ったね」百雲も暴れ出した火の神にたじたじだ。


 すでに壁紙や絨毯に火が燃え移り始めている。麻黒は発火性の体液を体中から出すマレビトで、火の玉の核になっているその体液は着火剤の役割も兼ねている。火の燃え広がる速さは普通の火事のそれではない。火炎放射器の異名そのままに、麻黒は炎の道を作りながら昌鹿たちへ迫る。


「逃げんじゃねえぞ麻黒こら!」


 あろうことか歩く厄災と化した麻黒を指して、逃げるな、と背後から怒声が飛んだ。現れたのは赤髪の凶獣、轟だ。何を食べたのかこの男、体がぬらりと鈍色に光っている。その後ろには神嶽や九十九、可児が続いている。


「あー、鬱陶しい!」


 麻黒は振り向き様に手から火球を飛ばすが、轟は仲間たちの最前列に立って両腕で炎を防ぎ切った。だが飛散した火花は周辺の物に燃え移り、火の手があちこちから上がり出す。


「逃げんなだと? 俺がいつ逃げた? ずーっとここにいるじゃねえか。あいつらが見ようとしなかっただけだ。そうだろ、ハル? てめえのせいで総裁は俺を見なくなった。てめえさえいなけりゃよぉ」


「にいやん。それ、下でも聞いたぜ」


 神嶽は苦笑いで肩をすくめて見せた。


「うるせえ! 何度でも聞け、何度でもだ。てめえにはその義務がある!」


 意識から昌鹿たちが消えたように、麻黒は神嶽を見据えて喚き続けている。神嶽が現れて明らかに身を包む炎の勢いも増した。火柱は直に天井を燃やし、床は黒ずんで炭化していく。火山の噴火口のそばはこんな感じだろうか。熱波でまともに目を開けることすら困難だ。


「所長、今のうちに逃げようぜ」

「う、うん。やむなしだ」


 注意がそれた隙に昌鹿たちは奥の部屋に移動しようとした。この階の窓から異能で逃げようとしたのだ。


 だが「おい! 探偵の!」轟の咆哮でそれは阻止される。「手伝え!」それが合図になり火の玉が飛んできた。


「んだよ、あいつ。知り合いか?」昌鹿は粘液を固めた手甲で火の玉を弾いた。「ずあっちち」その熱を完全に遮るには至らない。弾かれた炎は奥へ続く廊下に落ちて退路をじわじわ奪っていく。


「白鹿背の人だ」百雲は答えながら白鹿背での会話を思い返す。そうか、元組長の出所に合わせて集落を出たのか、と轟の状況を理解した。「でも手伝えって言ったって、僕の異能はこの手の輩にできることは少ないし」百雲は顎に手を当て思案する。


「昌鹿君が全身粘液で補強して突っ込むってのは――」

「死ねってのかよ!」

「だよねえ」

「やっぱりてめえら、ハルの差し金か!」


 火の玉が再び襲って来て悠長なやりとりを吹き飛ばした。


「くそっ! どいつもこいつもハルハルハルハルッ! てめえさえいなきゃ俺は不破でのし上がってたんだ。みんなしてちやほやしやがって。こんなことになるんなら気紛れでガキの相手なんてするんじゃなかったぜ。忌々しい!」


 神嶽は深くため息を吐くと、憐れむように麻黒を見遣った。


「なぁ、にいやん。俺は感謝してんだ。家にも学校にも居場所なんてねぇ。挙げ句窃盗団なんてせこいことしてた俺たちの面倒見てくれて」


 それから目を細め、いつかの風景に身を浸す。


「小学校の夏休みだったかなぁ。俺と岳に小遣い持たせてくれてさ、遊園地に連れてってくれてよ。ありゃー楽しかったな。あそこのゴリラ、名前なんてったかなぁ」


 スレたガキと面倒見のいいちょっと怖いヤクザ者、それだけの関係だった頃を懐かしむ。


「そう、花子だよ花子。花子が糞してさぁ、それ掴んで投げてくんの。きったねぇのなんのって。でもすげぇ面白くてよ、笑ったなぁ。……自分が遊園地に行けるなんざ思ってもみなかった」


 だが全ては過去の残像だ。甘い匂いに犯され、醜く怒りをぶち撒ける麻黒が悲しかった。


「ハル坊! くっちゃべってる時じゃねえ!」


 悠長に話をしている間にも、熱波は容赦なく神嶽たちを襲いその肌を焼き、火は部屋をなめ尽くす。轟は熱波から幼馴染を守るために最前列で仁王立ちした。


「……最後くらいはよぉ、にいやん。かっこいいにいやんでいてくれや」

「俺がかっこ悪いってか? ふざけんなよ……ハル。それなら今すぐ死んでくれ。そうすりゃお前の優しいにいやんが戻ってくるかもなー!」


 麻黒の怒声に呼応し、体を包む炎はさらに轟々と熱量をあげていく。


「ははっ! どうだ、この力を見ろ! 俺に触れることすらできねえだろ?」

「……そうだな、もう触れられねえや」


 可児からこめかみを削ぎ取られた時点で、麻黒を排除することは決めていたはずだ。今さら何かが変わることはない。


「そんなだからあんたは死ぬんだよ」


 瞼の裏の感傷をかき消し、神嶽は努めてカラッと言い放った。神嶽の目に映るものは最早ただの敵だった。燃え盛る麻黒を前に、怯みも後悔も微塵もない。


「俺が死ぬだと? 言うようになったじゃねぇか!」


 麻黒の体はさらに高温となり白い光を放ち出した。部屋中の窓ガラスが外との気温差で弾け割れた。


「鼻垂れ小僧が偉くなったもんだ! 何も成し遂げられねぇクソガキの分際で!」

「はっ! 成し遂げられてねぇのはあんたも一緒じゃねぇか。不破組でしくじって俺んとこの監視役なんかに収まったんだろが。まあ、大好きな不破組にいたところで、解体されて根無し草になんのが関の山だったろうけどよ。どの道あんたは終わってんだ」

「うるせぇ!」


 麻黒の体から光が爆ぜ、部屋は灼熱の地獄と化した。


 可児は思わず神嶽の肩を掴む。「ここは轟に任せよう」だが神嶽は笑って首を横に振った。


「お前たちは下の階でくたばってるやつらを逃してやってくれ」


 この因縁は俺たちで終わらせる、神嶽の目が言外にそう語っていた。


「……おい、言っとくが逃げるわけじゃねえぞ」可児は肩の手を離した。「無茶すんなよ」九十九に目配せして部屋から出て行った。


 激情に曇った麻黒の目にはそんな二人は映らない。あくまでその視界の真ん中には神嶽がいた。


「こっちを見ろ! 最後に笑うのは俺なんだ! 組だってもう俺のもんだ! 部下もてめえの頃より多い! しのぎだって手広くやってる! てめえにできねえことはあっても、俺に不可能はねえんだよ!」


「なあ、所長。麻黒のやつ、まじでラリってねえか?」昌鹿はその様子に息を呑んだ。

「……聞いたことがある。神嶽の異能は、相手の精神になんらかの異常をきたすらしい」


 麻黒はさらに火力を上げていく。「いい加減負けを認めやがれ!」


 負けを認める? 神嶽は薄ら笑った。


「誰と何を競ってんだ?」


 神嶽は不破組で活躍するたびに、取り立ててくれたはずの麻黒から自身に向けられる怒りの気配に気付いていた。それは、肩を抱き合ってグラスを傾けている最中、半グレ集団から組へ格上げされた祝いの場ですら感じた。明確な怒気ではない、心の奥底で胎動するマグマのようなものだった。


「あぁ? 俺の先を行ったつもりでいい気になってたんだろ? 大した実力もねえくせに総裁たちにもてはやされて勘違いしてたんだろ? 俺がどれだけ不破に尽くしてきたと思ってんだ。ちょっと若えってだけで人様の人生を邪魔してんじゃねえ!」


 自身の不遇の理由を他人に見い出し、猛る怨嗟の炎がその両手に膨れ上がる。今までの火球とは比べ物にならない大きさだった。


「昌鹿君!」

「だから無理だって!」

「キミのブレードならどうだろう?」

「……なくはねえ、けどなぁ……」

「僕が煙でどうにか視界を塞ぐから、その隙に火球を叩き切って。あの大きさはまずい」

「……もうビニールが溶けちまいそうだ」


 昌鹿はそう呟くと表情を引き締める。躊躇いを振り切ってシロヘノコの入ったビニール袋を百雲に突き出した。


「しゃーねぇ。託すぜ!」

「ああ、早いとこケリをつけて夕食といこうじゃないか」


 昌鹿の決意と一緒にシロヘノコを預かり、百雲は部屋中に漂う曖昧模糊とした物質に意識を集中させた。操れる大きさの可燃性ガスと煙を選り分け、ガスを窓から外へ押し出そうとする。あの火球が放たれてしまえば、燃えずに燻っているガスが誘爆を起こすかもしれない。それをできる限り防ぎつつ、火球にも対処しようというのだ。


 しかし、麻黒はどんどん燃え盛って室温は上昇し続け、外の冷たい空気が割れた窓やドアを通って部屋の中に流れ込んでくる。炎の熱と相まって、室内は不規則で予測困難な気流が威勢を振るい、ガスを思い通りに操ることができない。


(このままじゃ埒が明かない)


 百雲がガスの始末に手間取っている間にも、昌鹿の右腕は幾重にも折り重なった粘液の層でコーティングされていた。


(もっと長く、もっと硬く)


 粘液を固めては注ぎ足し固めては注ぎ足す。白く艶めく鍾乳石のように硬化させ刀身を伸ばし、十分な刀長を確保した後は刃先を作る。刃の両面を空気と空気で擦り上げて、線より細く、極限まで研ぎ澄ませるイメージで。バキ、バキキキッ。限界まで硬化し密度が極点に達する音が止むと、昌鹿の右腕は自身の身長を超す至極の一振りと化していた。しかし白光を放つほどの高温に守られた相手にその刃を向けたことはない。念入りに自分の体も粘液で覆っていき、左前腕には盾を作り出した。長剣と盾を携え白い鎧を身に纏った姿は、炎の悪魔に立ち向かう清廉な騎士そのものだった。時に外見はそのものの本質を隠してしまう。小遣いほしさにヤクザにとっ捕まった男とは到底思えない。


 昌鹿の準備が進む中、百雲も懸命に戦っていたが、気流の暴蛇を相手に成果はなかなか上がらない。オレンジ色に燃える炎に照らされた顔は汗でぐしょぐしょだ。


(帰ったら、野菜たっぷりミネストローネ!)


 平穏な食卓に思いお馳せた瞬間、かつて自分のためにそのスープを作ってくれた女の記憶が甦る。


(対流よ)強化ガラスの透明な鍋蓋越しに、トマト色のスープの中で踊る色とりどりの野菜を覗き込んでいると、彼女はそう囁いた。まるで魔法の秘密を共有するように、くすっと笑って。(火にかけられて、あったかいのと冷たいのが混ざりっこするの)百雲はかしましい鍋の様子を飽きることなく見続ける。(だからね、ちゃーんとみんなに火が通って、ほろほろおいしくなってくれるのよ)


 オレンジ色が添えられた優しく温かな食卓。もう戻ることは叶わないけれど、紡いだ物語のその先へ進むため、彼の思考は止まらない。


(そう、対流だ)


 寒暖差で流れ込んでくる空気は麻黒を中心に部屋中を駆け巡り、彼の怒りにくべられ燃焼していくその一方、煙は逃げ場所を探して上層を彷徨っていた。迷える煙を燃え盛る部屋中に追い放ち、大蛇の狂騒を粒子で感じ取る。局所的な流れはそのままに大河のいく筋かを見つけ出し、その流動に逆らうことなく、むしろ鍋を菜箸で混ぜるように百雲は対流する蛇を唆す。


 滴る汗が目に入っても瞬き一つせず、猛る蛇を手懐けてこの部屋の制空権を掌握するために感覚を研ぎ澄ませていく。


(暴れたいなら暴れるがいいさ。でも、僕の掌の上でだ)部屋いっぱいに展開された衛星の情報を的確に読み解き、ついに蠢く気流を我が物にした。


(よし、いい子だ)百雲は自分の意に沿う新たな流れを生み出した。その気流にガスを乗せて外に送り出す。それと同時に流入する空気に煙をブレンドし、酸素の集まる中心地、麻黒の周りに煙幕を張った。


「昌鹿君!」

「おう! こっちはとっくに準備万端だぜ」


 麻黒は突然まとわりついてきた煙に視界を遮られ動きを止めている。好機と見るや、昌鹿は純白の剣を携え颯爽と駆け出した。短期決戦、昌鹿は鎧を着込んだ途端さらに増した暑苦しさに、そう決心する。


 そしてその心に呼応するように、麻黒を挟んだ対面からは轟がその鋼鉄の体を走らせていた。

性悪のナイトとメタルゴーレムが意図せず協力して麻黒に迫る。先に仕掛けたのはゴーレムだった。炎を気にも止めず麻黒の右腕に組み付き、その大きく膨れ上がった火球を振り落とそうとする。


「くそっ! なめんな!」麻黒は必死に腕を振りほどこうとするが腕力では分が悪く、いくらもがこうがびくともしない。

「っこの! ハルの腰巾着がっ!」振りほどくのが無理と悟り左手の火球を轟にぶつけようと構えた時、白刃が煙をぬってその掌を貫いた。昌鹿は左腕の盾で体を隠しながら、その陰から騎士が槍をそうするように長剣を繰り出していた。


 麻黒の意識が昌鹿に向いた瞬間、今度は轟が掴んでいた右腕を捻って危険な火の玉を振り落とす。ついに両手の火球は落ち、マグマのように赤い光を放ちながら床を焼いていく。


「よっしゃ!」昌鹿は剣を引き抜き、もう一太刀あびせようとした。


 しかし、抜けない。


「この雑魚どもがっ!」


 麻黒は怒りのままに渾身の力で左拳を握り込んでいる。掴んでいた火球のせいか、肘から先は炭化し、握る拳は指同士が癒着して一つの黒い塊と化していた。その黒い塊から発火性の体液が燃えながら剣を伝ってくる。


「おいおいおい!」昌鹿はトカゲの尻尾よろしく慌てて剣を自切しようとするが、剣を切り離すより早く麻黒がぐいと左腕を引き寄せた。前につんのめったところに業火をまとった蹴りが昌鹿を襲う。


「おわっち!」どうにか盾で防いだが、カウンター気味に放たれた蹴りの勢いのまま後方に弾き飛ばされた。盾には無数の体液が付着し剣と同様に燃え始める。昌鹿は勘弁してくれよと言わんばかりに盾を自壊して延焼を免れた。


 その間にも、麻黒は自由になった左腕を振りかざして轟に狙いを移す。


「いつまで掴んでんだ!」黒い拳を中心に炎が吹き上げ、左拳はさながら核融合しながら燃える黒い太陽だ。


 その太陽が轟の顔面めがけて振り上げられる。いかに体を鋼に覆われていようとも目や口の中は生身だから堪らない。


「っぐ!」避けようと仰け反ったことで体勢を崩し、轟は床に尻餅をついてしまった。全身を鋼化したことで関節の可動域が狭まった挙句、体重も増して普段通りの動きができないのだ。


「死ね」麻黒は倒れた敵を踏みつけ、弱点である顔に今度こそ左拳を見舞った。轟は間一髪、瞼を鋼で覆ったものの、執拗に顔面を殴られて徐々に薄い瞼がひしゃげていく。


「……っ!」やっとの思いで顔を両腕で隠すが、体中に麻黒の体液が飛び散り炎を上げ、外側の金属部分は平気でも、体の内側は徐々に熱に冒されていく。


 両腕に遮られてもなお、麻黒は殴ることを止めない。炭化した左手はボロボロと崩れていくがお構いなしだ。手どころか、瞼や頬は焼け落ちて、その顔は燃え盛る地獄の髑髏。体のいたるところが焦げ、ひび割れ、終焉へと向かっていた。


 しかし焼け朽ちていくのは体だけで、怒気と火力は増す一方だ。暴走する力をそのままに、自らを焼く炎の中で激情に目をギラつかせ、木炭のような両腕を広げた。


「終いだ!」焦熱の抱擁で轟を焼き殺すため、麻黒は覆い被さろうとする。


 部屋では、誰にも気付かれることなく甘美な芳香が炎に舞っていた。


「麻黒ぉおおおおおっ!」


 奥から突然、吉田の雄叫びが響いた。肩にカーキ色の無骨な円筒を担ぎ、それが炎に照らされ不気味な光を放っている。


「くらぇえええええ!」


 ドゥッバシュー!


 ロケットランチャーが火を吹き、吉田の勇気と狂乱を載せた弾頭は空気をつんざきながら爆進する。戦車の破壊を目的としたふざけた兵器は、まるで枯れ木を踏み折るように麻黒の左半身を消し飛ばした後、壁に当たって爆発した。


 弾頭の推進力と爆発で起きた衝撃で轟を襲う炎はかき消され、麻黒は壊れたカカシのように体を遊ばせ床に伏した。


「俺だって選べるんだ。ずっと選べたはずなんだ! ちくしょう!」


 自分のまん中を歩くための選択。それは弱さとの決別ではなく、死ぬまで続く己との戦いだ。吉田は今この瞬間も克己する。きっと甘い香りのせいではない。




 炎が逆巻く地獄の中、神嶽はまばらに燃えしぶる麻黒の隣にしゃがみ込んだ。人型の炭となったかつての兄貴分は、カクカクと顎を揺らしている。


「これ、覚えてねえだろうな、にいやん」


 神嶽はポケットから鍵を取り出し、ぶら下がっているアヒルのキーホルダーを外した。もともと塗料で装飾されていたのだろうが、今はまばらに剥がれ落ちてみすぼらしい。


「なんでこうなったんだろな」


 体内にくすぶった炎で、時折ぽおっとオレンジ色に光る胸の上に、そっとキーホルダーを置いた。


「俺ぁよ、ただ居場所がほしかっただけなんだ。……俺が俺のままいられる場所だ」

 落ち窪んで黒い間隙となった双眸に、とつとつと語りかける。その暗がりに見るは過去の子供じみた願望か、それとも望んでしまった悔恨か。


「そういうの、家族っつうやつもいるんだろ? でも俺にとっちゃ嘘っぱちだったぜ。不破でもダメだったし」


 自嘲気味に笑う。


「あん時くれえだよ、ここが俺の居場所かなーって思ったの。なあ、にいやん。聞いてんのか?」




 光を感じなくなった燃えカスの体で、しかし不思議と神嶽の声は届いていた。焼け切れた脳がいつかの記憶を細切れに再生する。




 公園のベンチに辛気臭い顔をした少年が座っている。木枯しが舞っているというのに着ているものは薄っぺらいロンTに短パン、鼻水を垂らしているが、寒さではない何かにじっと耐えている。


(……そうだ……はじめは……ただの……気紛れだった)


 いつもの麻黒なら一瞥して終わっただろうに、パチンコで勝ってすこぶる気分がよかったからか、ポケットに突っ込んだ手に触れたガムをそのままやった。ついでに頭を軽く小突いた。むくれたままガムを握りしめるガキの姿が、なんでか頭から離れなくなった。あいつ、何してんだろ? 車ですれ違いざま慌てて用意していたお菓子を窓から投げてやったこともある。助手席に座らせてドライブしたこともある。それなのににこりともしない、可愛げのないクソガキだった。聞けば母親と養父、妹との四人暮らし。養父は自分の不幸を全部周りのせいにして、その腹いせにガキをぶん殴るのようなどうしようもないチンピラで、母親は止めるどころかそれに加担すると言う。昔の自分と重なった。


「なんかあったら連絡よこせ」守ってやりたい、そう思った。




 黒くひび割れた右手が動いた。目の前にぶら下がる神嶽の手を掴む。じゅっ。高温の握手に掌が焼ける。驚いたが、神嶽はされるに任せた。黒い手は何かを握り込ませようと、神嶽に握り拳を作らせた。それから黒い拳を震わせ、コツン、握らせた拳に拳をぶつけると、あとは手首から砕け落ちた。


「……今さらだぜ、にいやん」


 神嶽の囁きを合図に麻黒の胸からオレンジの光は静かに消えた。黒い体はみるみる燃え尽きた炭のように白く変色し、ホロホロと崩れていった。




 怒れる男の残した怨嗟の炎は、今なおビルを焼き尽くすべく燃え猛る。地獄の釜に閉じ込められんと必死に逃げる男たち。ある者は窓を割り、蜘蛛の如き糸で隣のビルに乗り移り、ある者は鋼の体で仲間を守りつつ炎を退けて、またある者は手にした武器を放り投げ、鼻水、涙を垂れ流しながら駆け逃げる。


 炎に巻かれた刹那の会合だけれども、交わった縁は盟約となりその身に刻まれる。かつて安住の地を定めず、獲物を求めて地球を巡った旧人の儚い願い。マレビトはその遺伝子に引かれ合う運命を背負っている。

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