名伏密 不穏の正体
紫蘭さんを追いかけ玄関を出ると、さっきより雨足が強くなっていた。雨は未舗装の道を容赦なく打ちしだきながら濁流となり、俺たちの足を絡め取ろうと牛舎から押し寄せる。靴はすでにぐちゃぐちゃだけど、そんなことに構っていられない。牛舎に向かう紫蘭さんの背中が俺の不安を掻き立てた。
「モ! モ! モ!」牛舎が近づくにつれ、牛たちの興奮した鳴き声や、木が軋み鉄がぶつかり合う音がはっきり聞こえてきて、俺の心を縮ませる。不吉な予感を一層強くし牛舎の出入り口に立つと、牛の狂騒が視界に飛び込んで来た。大きな黒目をひん剥き、口端から泡と涎を垂れながら暴れる牛、逃げようとしているのか、気が触れたように柵に体当たりを繰り返す牛、秩序を失った牛の集団が、血と脂のないまぜになった混乱を撒き散らしていた。
それをさらに煽るように、牛舎の奥から男の叫声が聞こえて来る。
「何してんだよ! さっさと行けよ!」
見知らぬ男がこちらに向かって喚いている。そばには赤黒い血にまみれた牛が横たわっていた。俺たちは異様な光景に圧倒されて、ただ呆然と男に視線を送った。
「むっさん! 牛なんかに構ってる場合じゃねーだろ!」
牛の背中には赤くぬらめく刃物が突き刺さっていた。脇腹や首には生々しい刃傷がパックリと口を開いていて、白い脂肪や赤い肉がのぞいている。名前を呼ばれ、睦男さんは男を見遣る。
「ヒロシ……、お前、何しよる?」
睦男さんは男の姿を認めると、何かを悟ったらしく顔に意志が戻ってきた。喚く男に歩み出すその背中は、仁王もかくやと思わせる毅然とした怒りに燃えている。
「何しよるじゃねーよ。見てわかんねーのか? むっさんがちんたらしてっから焚き付けてやってんだよ。あいつらが見つける前にオオヘノコ見つけねーとやばいじゃん! 牛の面倒なんかいいからさ、早く探しに行ってくれって。ここ離れられねーって言うんなら、ほら、俺がこうして一頭残らず面倒見てやるからさ。任せとけって!」
睦男さんは男の前に立つや、相手の顔面に大きな拳をめり込ませた。有無を言わさぬ金剛の一撃を食らい、男は鼻血を噴き出しながらぶっ飛んだ。飛んだ先で倒れた牛に折り重なる。すると不思議なことに、男は痛がりつつも初めて死んだ牛を認めるように、目を見開いてそれを凝視している。
「お前! 性懲りもせんでまた変なもんに手ぇ出したんか!」
そんな男の様子に構うわけもなく、睦男さんは悪鬼も逃げ出す形相で男の髪を鷲掴みし、地面に打ちつけた。牛の血で赤く染まったオガクズに男の顔が沈む。
「謝れ! モーさんらに謝れ! 死んで詫び入れろ!」
倒れた牛を前に、男は命を捧げるように土下座する格好になった。男はやめてくれ、というようなことを必死に訴えているけど、繰り返される地面への顔面ダイブのせいで、まるで言葉になっていない。牛の血に混じり、男のものがオガクズを重ねて染める。このまま続けると本当に死んでしまうんじゃないのか、そう不安になったとき、百雲さんが睦男さんの肩と腕に手を掛けた。
「睦男さん、一旦この辺で」
睦男さんはなおも猛った目を男に向けていたけど、やがてゆっくりと掴んだ髪を手離した。男は両手で顔を覆い、赤ちゃんのように身を丸めて泣きじゃくっている。横たわる牛の瞳は、虚ろで何も映さない。
無惨な姿になった牛は、睦男さんの知り合いの精肉業者が引き取ってくれた。俺たちが血まみれのオガクズを捨てて床を磨きあげている間、睦男さんと多恵子さんは牛一頭一頭の首を撫で、腹をさすり、惨劇のショックを愛情で和らげるように世話をしていた。犠牲になったのは一頭だけだったけど、他の牛たちの精神的な苦痛は想像できない。なにせ、ミルカーを取り付ける順番が違うだけで、乳の量が変わるほど繊細な動物だ。
牛たちが立ち直るには相応の時間が必要になるのかもしれないし、もしかすると元通りに牛舎を運営できない可能性だってある。
惨劇を生んだ張本人、ヒロシさんはと言うと、轟さんという集落の人が応援に駆けつけてくれ、彼を見張り役に、様子が落ち着くまで睦男さんの家で軟禁されている。どうやら危険な薬物で正気を失っているらしい。
「今回の件、少し聞きたいことがあるんですが」百雲さんが牛舎での作業の合間、睦男さんに声を掛けたけど、「後でちゃんと話すけん、ちぃとだけ待っちょくれ。……すまんな」と沈痛な表情で返された。
他に手伝えることもなく、俺たちは一旦仮宿に戻った。「白鹿背の恥」とヒロシさんの凶行は関係しているんだろうか。俺たち以外のシロヘノコ狩りの痕跡も気掛かりだ。
集会所に戻ると、山登りの道具と一緒に昌鹿さんの姿が消えていた。雨の中、一人で山に入ったんだろうか。雨の山は危険が増す。足場は一層不安定で視界も悪くなるし、雨で体力を奪われる。蜘蛛みたいな便利な異能を持っていようと、遭難の恐れは免れない。
それでも一人で行くとはなんて仕事熱心なんだ、とは微塵も思わない。昌鹿さんの行動基準の真ん中にあるのは、あくまで彼の欲求だ。
嫌な予感しかしなかった。今まさにあの人はシロヘノコを掠め取らんとしているのではなかろうか。もしかすると、これまで見つけたキノコの堀跡も昌鹿さんの仕業? いや、さすがにそれはないだろう。早朝から夕方まで、ずっと一緒に山に入っているんだ。隠れてシロヘノコを狩るには夜しかないけど、もしそうなら不眠不休で山を歩き回っていることになる。いくら昌鹿さんでもそれは不可能だろう。
「昌鹿さんどこ行ったんですかね?」昌鹿さんを気にかけることが煩わしくて、思考を百雲さんに託してみる。
「彼のことは放っといて大丈夫」俺より付き合いの長い百雲さんがそう言うんだ。昌鹿さんは放っとくとして、もう一つ百雲さんに委ねようか迷っていることがあった。多恵子さんの言っていた「白鹿背の恥」についてだ。やっぱり百雲さんに話すべきではなかろうか。牛が一頭血だるまになって死に、他の牛は大混乱、睦男さんたちも疲弊してしまっている。多恵子さんはそれでも、何かを隠し続けることを望むんだろうか。
なにやら考え込んでいる百雲さんの様子を伺いながら逡巡しているうちに、外は暮れていき、その明度に比例して気温もどんどん下がっていった。山の朝晩と昼間の寒暖差はつらい。婦人会の面々が夕飯を作りにやって来て、いっとき場を賑わせて去り、腹が膨れた頃に睦男さんと紫蘭さん、台所に姿のなかった多恵子さん、それに轟さんが集会所を訪れた。
紫蘭さんはともかく、今日初めて会った轟さんが来るとは思っていなかった。轟さんが珠のれんを潜って俺たちの居間兼寝室スペースに入って来ると、一気に部屋が狭くなる。ゆうに二十畳はある部屋だから大人六人いたところでどうともないのだけど、彼の放つ圧迫感が部屋を狭くする。
轟さんは、ゴリラのごとき逞しさを誇る睦男さんと同じ背格好だけど、肉体のまとう雰囲気が全く違う。睦男さんは日々の酪農や傍らの農作業で培われた樹木のような自然体の逞しさがある。でも轟さんからは、その樹木を薙ぎ倒すチェーンソーが持つ荒々しさを感じる。動いていない時は無機質な重量が緊張感を放っていて、ひとたびエンジンがかかれば、耳をつん裂く轟音とともに無慈悲な力を行使する暴力的な雰囲気。正直、第一印象で怖すぎるし得意なタイプではない。
「牛舎の方は大丈夫ですか」
多恵子さんと紫蘭さんが出してくれたお茶を前に、座布団の上で車座になって話は始まった。
「うん、まだショックを受けちょんモーさんもおるけどが、きっと大丈夫や。あん子には悪いことをした」
睦男さんは顔を俯かせているけど、それでも目には力が宿っている。大事な牛を殺された上に、一日中働き通しで心身ともに疲れ切っているはずなのに、なんてタフなんだ。
「疲れているでしょう」
「まぁな。でも疲れち寝る前に、話さないけんことがある。そうやろ?」
「そうしていただけるとありがたいです。……あの牛舎で暴れていた男性は?」
「あいつはヒロシっちゅーてな。四年前に都会から白鹿背に移住してきたんや」
それから睦男さんは、彼が神嶽組というヤクザに借金を背負わされ、大麻を育てていたことを説明した。まさかと思う。牧歌的な日本の原風景と言える農村で、そんな犯罪が繰り広げられていたなんて信じられない。
「大事にしたくねえけん、警察にも相談できんでな」
「昼間から疑問だったんですけど、その神嶽組の幹部がここにいるのはどうしてですか? ねえ、轟さん」
「えっ」つい喉から声が出た。
「あら、百雲さんは知っちょったんかえ。さすが名探偵」
「いえいえ、名探偵だなんて。そっちの界隈だと有名な人ですからね。神嶽組の凶獣、でしたっけ?」
ヤクザにそんな大袈裟な通り名があることに驚いたけど、「凶獣」は俺が轟さんに持った印象とすんなりリンクして腹に落ちた。ヤクザの幹部ということにも妙に納得してしまう。でも、百雲さんの言う通りなぜ白鹿背にいるんだろう。睦男さんたちとも顔馴染みのようだ。
「凶獣たぁ、恐れ入った。お前そんな仰々しいあだ名で呼ばれちょったんか」
睦男さんは息子をからかうかのような朗らかさで笑った。
「うるせえぞ」
一方、轟さんは反抗期の男子顔負けの無愛想さで応じる。見た感じ三十歳は超えている強面ヤクザの「うるせえぞ」は、ドスが効いていて素で聞くと恐ろしいけど、睦男さんのおおらかな態度が恐怖を打ち消してくれる。種の垣根を超えてゴリラとライオンが親子になったようだ。
「轟さんは集落の監視役か何か? でも昼間の様子だと協力者でもあるようだ。どういうことなんですかね?」百雲さんは湯呑みの縁を親指でなぞりつつ疑問をぶつけていく。
「こいつは確かに元々はヤクザやった。さっき百雲さんが言った……なんやったか。そう、神嶽組や。でもな、そこん組長が替わってしもうて。ソリが合わんで追い出されたっちよ」
「違う。俺から出てったんだ」轟さんは睦男さんをひと睨みするけど、睨まれた本人は意に介さず話し続ける。
「ん、まぁそんで組を飛び出したんはいいけんど、こげん見た目で肩書きは元ヤクザやろ? まともな働き口なんかねえ。日雇いの土建やらしよったみてえやけど、それも長く続かん。色眼鏡で見られち、陰口叩かれながら仕事すんのはしんどかろうな」
「しんどくて辞めたわけじゃねえ。鬱陶しかっただけだ」また空振りのひと睨み。
「こいつな、元を辿りゃここん人間なんや。こいつんじいさんが白鹿背ん地主でな。田んぼも山もようけ持っちょった。今、シロヘノコ狩りで入りよん山もそうや」睦男さんは懐かしそうに話す。「じいさんが死んでそん息子――こいつん親父が資産を引き継ぐごとなったんやけどな。そん頃、あいつは都会じ暮らしよったけん、こげな田舎の土地は管理でけん。やけん白鹿背ん共有資産っちゅうことで、わしらで管理するごとなったんや」その時、轟さんの父親とその同級生である睦男さんは約束した。「岳がにっちもさっちもいかんごとなって食うに困ったら、こん資産を使うて助けてやるっちな。やけん、追い出されて困っちょったこいつを白鹿背に住まわせてな。里の仕事を仕込んでやったっちゅうこっちゃ。もう四、五年は経つかの」
「そうじゃねえ。俺が年寄りどもの手助けをしてやってたんだ」轟さんは鼻息荒く反論する。「それに、俺は明日ここを出る。ご奉仕もこれで終いだ」どうしても睦男さんのお世話になっている現実を受け入れたくないようだ。
「またそん話か。ここにおりゃあいいのんに。まあ、助けられちょんのは事実やな。落ちぶれたっちゅうても、なんやっけ……。そう凶獣、笑けるな」
「うるせえ」
「ヒロシが大麻ん栽培しよった時もな、神嶽組ん連中を脅しつけちくれて。そしたらもう寄ってこんごとなったんや。ヤクザ連中には昔ん肩書きが効果抜群やったわけやな」
睦男さんの話で、これまでの白鹿背を取り巻く大まかな状況は理解できた。ヤクザに利用されていた集落の若者を助けようと、同じくヤクザの元幹部ではあるけど集落の人間となっていた轟さんの力を借りて、ヤクザの関与を排除しようとしたわけだ。
「でも完全には排除できなかったってことですよね?」百雲さんはうねる髪の毛の間から、睦男さんを試すようにじっと見据えた。
「……ああ、そうや」観念したように睦男さんは肩を落とす。
神嶽組は大麻生産の代わりの収益源として、シロヘノコに目をつけた。ヒロシさんから採集スポットを聞き出し、集落の採集ルートを先回りしてシロヘノコを狩って回っているらしい。
「神嶽組はなぜそこまで白鹿背にこだわるんですかね?」
「多分、俺のせいだろうな」轟さんが不服そうに鼻を鳴らした。「今になって麻黒のやつが俺に嫌がらせをしてきてるんだ」
麻黒とは神嶽組の組長らしい。
「轟さんに質問なんですけど、本当に神嶽組と切れてますか?」
「……あん?」轟さんの眉間にグランドキャニオンもかくやと思うほど、深々と皺が刻まれる。
「……てめぇ。さっきじじいが説明したばっかだろうが」眉間の皺にとどまらず、全身から一気に不穏な気配が昇り立った。でも百雲さんはお構いなしだ。
「だって不自然すぎません? 神嶽組の元幹部がいる集落の人間が、その神嶽組にカモられてんですよ。集落に入り込んだ轟さんがターゲットを選定、他の組員がそのターゲットを借金漬けにして協力を強要ってストーリーじゃないですか。そうやって農家を侵食していけば、里山を隠れ蓑にした大麻生産拠点ができあがる。ヤクザの新しい里山ビジネスだ」
百雲さんは意気揚々と続ける。
「なんとも牧歌的で危険な響きだ。轟さんの立ち位置が回りくどいけど、うん、それはしょうがない。一旦は組から追い出されたけど、ほんとは戻りたかった? ここにいるのは一時的なものって言ってたし。それで、里山ビジネスを展開したい組側の思惑と合致して協力関係になった、みたいな感じで説明つきますよね」
「馬鹿かてめえは!」
好き勝手言う百雲さんに、ついに轟さんがキレた。
「いいかよく聞け鳥の巣頭! 俺が今の神嶽組に協力するなんてあり得ねーんだよ!」座布団から立ち上がって、百雲さんの頭に齧り付かん勢いでまくし立てる。
「俺はヤクのシノギなんか大っ嫌えなんだよ! そりゃ親父だって同じだ。親父っつっても麻黒のことじゃねーぞ。あいつなんか絶対に認めねえ。俺が親父って呼ぶのは今もこれからも一人だけだからな。その親父がヤクの仕事蹴ってムショにぶち込まれたんだ。俺がヤクの仕事を手伝うなんかあるわけねーだろが! 頭わいてんのかボケダラァ!」
「話が見え辛いですね。ほら、一旦座って、落ち着いて」今の今まで立板に水のごとくしゃべっていたのに、百雲さんはすぐさま聞く姿勢に転じた。聞くために舌を回したとさえ思える変わり身の速さだ。
「いいか! よく聞いとけクソダラァ!」
轟さんは語気を荒くしつつも話してくれた。神嶽組の成り立ちや不破組との確執、神嶽組長の追放から今に至るまでを。
「だから俺が麻黒と手ぇ組んでヤクに絡むなんざ、死んでもねーっつーこった! まだ疑うってんなら仕方ねえ。てめえを殺す!」轟さんは説明しながら、自分の言葉にヒートアップしていったのか、最後は百雲さんを睨み殺す勢いだった。
「こいつが薬物も今の組も毛嫌いしちょんのは本当や。やけん、ヒロシんことを守ろうとしてくれたし、昼間も駆けつけてくれたんよ」
「なぜ、依頼の時にこのことを黙ってたんですか?」百雲さんの目が鋭くなった。
「……小せえ集落やけんど色々衝突もある。外ん人間を呼ぶのに反対するもんも結構おったんや。でも、集落だけん力じゃ限界がある。神嶽組んことを口外せんっちゅう条件でみんなん了解を取りつけた。ほんとにすまんかった」
「紫蘭さんも知った上ですっとぼけてたってことですね?」
「ごめん。それが白鹿背ん総意やったけん」
「こげんことしよるけん、バチがあたってしもたわ」睦男さんの目に宿っていた光が、少し鈍くなった。
もしかして睦男さんは、俺たちと神嶽組が鉢合わせることを期待したんじゃないだろうか。外の人間を集落に入れることで、何かしらの変化を求めたのかもしれない。今、この集落は神嶽組の食いものにされつつある。そのせいで昔から紡いできた伝統文化も脅かされている。依頼の時点でヤクザのことを伏せていたのは不誠実だと感じるけど、事態をどうにか転がしたいという睦男さんの気持ちは痛いほどわかる。俺も周りの力のおかげで、今こうしてインターンできているんだから。きっと睦男さんたちの本当の想いは、神嶽組を集落から排除することに違いない。
「あの、百雲さ――」
「最大限譲歩して、オオヘノコ探しは継続します。僕の異能なら神嶽組との遭遇は避けつつ山を歩ける。でも、成功は約束できませんし、見つけられなかった場合でも残金の五割は払ってもらいます。それはこちらが危険と判断し、途中で探索を断念しても同じです。……念のため言っておきますが、これはお金の問題じゃありませんからね」
毅然と言い放つ百雲さんに、俺はたじろいでしまった。百雲さんなら、少しの親切心と過大な好奇心で、神嶽組の一掃に知恵を絞ってくれるかもしれないと期待した。ヤクザ絡みの仕事となるとそれほど厄介だということか。それとも、俺がいるから安全を優先しているんだろうか。
「ん、それで構わんよ。隠しちょって申し訳ねえ」睦男さんは気を取り直すように背筋を伸ばした。「続けちくるるだけでこっちはありがてえ。雨も止んだしな。ちいとじりいやろーけど、明日からまたヘノコ狩りや。よろしく頼んます」
睦男さんは言外には出さなかったけど、仄かに漂わせていた空気のような期待感は霧散した。いたたまれないけどどうしようもなくて、湯呑みに手を伸ばす。少し後悔するくらい冷えていた。




