ヒロシ バッドトリップ
谷間の向こうを望むと、秋色に染まった風が小走りにやって来てさ、実った田んぼにその足跡を幾重にも残していく。黄金の波が寄せては返し、まるで稲穂が俺を祝福しているような風景。俺は白鹿背の収穫の季節が何より好きだ。
田んぼと季節にせっつかれて、あれよあれよと田植えを終え、水の管理や草刈りを丹念に行い田んぼの様子に神経を尖らせながら、それでも自然の力に身を委ねるしかなく、その年の運命を受け入れる。そうして田仕事の総決算、収穫を迎えるんだ。この歳時記こそ、人生の真実だと思っていた。
ああ、それなのにどうしよう。集落のみんなにもばれちまった。全部壊れちまう。もうここでは生きていけない。
ああ、くそ。今日はジョイントも上手くキマらねえ。
そもそも、むっさんたちに大麻栽培がバレたのがケチのつき始めだ。それまでは、組織のやつらとも上手くやれていた。最初はムカついたけど、なんだかんだですげえ協力的だしよ。なんでバレちまったのかな。集落の外れのビニールハウス、中を見ない限りなにを育ててるかわからねえし、わざわざあんな辺鄙なところに来るはずもねえ。普通に生活していれば通らない場所だ。納品だって、農作物を卸すのと同じ日に合わせて、怪しまれないようにしてたってのに。
それなのに、突然あの日、むっさんと轟さんと紫蘭が乗り込んで来たやがった。俺がまさに収穫している最中だ。「百姓は百ん仕事こなすけん百姓じゃ。でもこげな仕事は数えちねぇ」だって。ふざけやがって、ビニールハウスごと大麻燃やすのも百姓の仕事じゃねえだろーが。せっかく香りがいいレアな品種が手に入ったってのによ。
その後はヤクザにハメられて借金をしてしまったこと、返済の代わりに大麻を育てていたこと、洗いざらいしゃべらされて。
神嶽組の名を聞いた時の轟さんの形相は今でも忘れられねーな。あれは鬼だ。まさかあの人も元々その組織の人間だったとはな。しかも立場的に一目置かれてたみてーだ。それがどう間違ってこんな田舎で山仕事してるのかは謎だけど。「俺が話をつける」って息巻いてたのにさ、結局はどうにもならなかった。むしろ、シロヘノコを差し出すことになっちまって悪化してるくらいだ。
あの恒川の犬っころ、なかなか鼻が効きやがる。……まあ、あの人も大変なんだろな。くそっ、でもやっぱり教えるんじゃなかった! ヤクザの心配なんかしてる立場じゃねえだろ!
むっさんも馬鹿だよ、俺なんかにシロヘノコのことを教えちまって。外から来たばかりの人間を、大事な祭りのためのシロヘノコ狩りに参加させることはできないって意見は集落内にあったらしい。どう悪用されるかわからねーしな。
でも、むっさんは移住者にいつも寄り添ってくれた。「自分らの子が帰っち来んで、老人がバタバタ死んでいく。白鹿背はどんどん老いて弱くなりよる。そげな集落ん希望はこいつらや」ってさ。いずれは俺たち移住してきた若者が白鹿背豊年祭りを取り仕切ることになるから、早いうちから一緒にやるべきだって、反対する人たちを説き伏せたのさ。
それが大きな間違いで、移住者がヤクザを呼び込んでのシロヘノコ狩りだ。
白鹿背の伝統と文化、何よりむっさんの気持ちを踏みにじっちまった。しかもそんな時に限ってヘノコ松が移るなんて。オオヘノコさえあれば祭りはなんとかなる、そう思っていたのに。
もし先に神嶽組のやつらにオオヘノコを採られちまったらどうしよう。言い伝えだと、オオヘノコを奉納できなかった大昔、その翌年に人も作物も疫病にやられて、集落は滅亡の危機に瀕したらしい。
迷信、そう思って自分を慰めるけど、もし同じことが起こったらどうしよう。最近はよく悪夢にうなされる。……おかしいな、いつもならもっと気持ちよくなれるのに。確か、吉田さんにもらった白い錠剤があったはずだ。ジョイントよりもハイになれるって言っていた。こんなんじゃだめだ、死んじまう。もっと俺を解放しなくちゃ。




