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花に春泥、しき緑  作者: 畑中炭比古
12/28

青柳昌鹿 ドーナツ

「そいじゃ、明日は頼んます」


 一通り打ち合わせが済むと、じじいたちは出されてたコーヒーを一気にすすって帰っていった。


「密君、初めての接客、緊張した?」

「すみません。座ってるだけで何もできませんでした」

「なに、最初はそんなもんさ」


 所長はカチンコチンに緊張してた密を気遣ってるが、今はそれどころじゃねえのよ。


「所長! 俺もシロヘノコ狩り、ついて行くぜ。所長の異能があっても山ん中だ、人手はいくらあってもいいだろ?」

「珍しく出社したかと思えば、その上やる気満々ですか。なんかありました?」


 さすが所長、鋭いぜ。変に息巻くんじゃなかった。


「アリカがキノコマニアなんだわ。この仕事の話聞かせてやったら喜ぶかなーと思って」

「……勝手に採ったりしたらだめですよ。窃盗ですからね」


 ほんと俺って信用ねえな。まあ、くすねるつもりでいるのは確かだから、何も言えねえんだけど。


「んなことしねえって。それよりさ、どうすんだ? とりあえず密は留守番で、俺と所長と麗子さんって編成?」

「え、私やーよ。キノコ狩りなんて。汚れちゃうじゃん」


 何を言ってんだこの人は。シロヘノコ一本狩るだけで最低十万円なんだぜ? こんなボロい儲け話はそうそうねえ。


「しかもその間、ずっとど田舎で一緒に寝泊りするんでしょ? 私耐えらんない」


 このワガママ娘め。「でもよ、ほらこれ久しぶりの仕事らしい仕事だし? 麗子さんがいりゃ、そんな長くかかんないかもよ。もしかしたらシロヘノコも食えるかもしれねえぜ。超美味えってしんちゃん言ってたじゃん」

「んー、そのときは私の分ももらって帰って」


 このアマ。相手が麗子さんじゃなけりゃ俺はとっくにブチギレてるぜ。しかし無理やり連れて行っても、絶対へそ曲げて働かねえだろうし。麗子さんは諦めるしかねえか。


「俺、代わりに行ってもいいですか?」密が遠慮気味に言う。「基本は事務仕事って話だったけど、ただのキノコ狩りだし。そんなに危険じゃないのかなって」


 偉い。というか麗子さんが望めねえ時点で、お前はすでに頭数だ。


「……そうだね。現場を体験するにはちょうどいいかもしれない。トモさんに相談してみるよ」


 そう言うと所長はスマホを取り出して電話し始めた。どうやらじーさん、今日は休みらしい。


「てめえ、自分から名乗り出たんだからしっかり探せよ。若え分こき使ってやる」

「不健康そうな青柳さんよりは動けると思います」


 あ? やっぱり生意気なやつだ。絶対まだこの前のことを根に持ってやがるに違いない。根暗野郎め。


「言うじゃねえか。その言葉忘れんなよ」もうひとつ気に食わねえことがある。「あとな、俺を名字で呼ぶんじゃねえ。むず痒いんだよ」


 密は意表を突かれたみてえに無反応だ。ほんと根暗なやつだぜ。別に仲良しごっこをしようってんじゃねえ。青柳さんなんて呼ばれると俺が居心地悪いんだよ。


「密君、トモさんいいってさ。明日から白鹿背でシロヘノコ狩りだ」所長はなんだか知らねえが楽しそうだ。「夏は過ぎたけど、なんだかキャンプみたいだねえ。なに持って行こう」

「ちょっと所長。遊びに行くんじゃないんだからしっかりね」


 麗子さんがそれを言うか。


「麗子君も来ればいいのに。白鹿背ってね、集落あげて有機栽培に取り組んでる地域なんだ。きっと健康的で美味しい食事をたくさん食べられるよ」


 それだけでこんなにテンション上がるもんなのかね。


「そういうの興味ないんで。添加物だろうがなんだろうが、美味しけりゃ正義です」

「何を口にするのかって大事だと思うけどねえ。年齢を重ねてから後悔する羽目になるかもよ」

「ジャンキーな私は将来不健康で醜いババアになるってことですか?」

「いやいやいや! 決してそういう意味ではないんだけど。ただ麗子君の健康を慮って言っただけで」

「私の健康を慮るなら余計な口出ししないで下さい」


 所長は舌がよく回る反面、失言が多いよな。人当たりがいいんだか悪いんだかわからねえ。この前、アリカの狸親父を説得したと思ったら(俺の給料を犠牲にしてな!)、今日はこれだもんな。


「ムカついたらおなかすいちゃった。でも所長のせいでお菓子食べるのもなんだかなー」


 麗子さんはわざとらしく大きなため息を吐いた。これは今日一日尾を引くパターンだな。俺の用事は終わったし、帰るが吉だ。


「昼前ですけど、おやつ作りますよ。糖質控えめで」


 密が笑顔で麗子さんに言った。え、こいつお菓子作りとかできんの? けっ、男のくせに気持ち悪い。


「えー嬉しい! なんだか悪いわね、所長のせいで」


 密の一声で麗子さんの表情が和らいだ。たかがおやつで機嫌を直す麗子さんなんてあり得ねえ。どういうこった。


「……昌鹿さんも食います?」

「お、俺?」

「まぁ、出来上がるまで待てれば、ですけど」


 野郎が作るお菓子なんか気持ち悪くて食えるか、とも思ったけど、明日から一緒に仕事をしなくちゃならねえ。俺の悲願成就のためにも良好な関係作りは必要だ。それに、麗子さんの機嫌を直しちまうくらいのおやつだ。正直興味はある。


「おう、もらってやるよ」

「なんで偉そうなんですか」


 麗子さんに向けた笑顔は瞬間、不服そうな面に変わった。


「昌鹿君ラッキーね。美味しいのよ、密君のおやつ」


 麗子さんは「機嫌が直る」を通り越して上機嫌だ。この野郎、完全に麗子さんの胃袋を掴んでやがる。こりゃ仲良くしといた方が後々のためになりそうだ。


「なに作るんだよ?」

「ドーナツです。家で下準備して来たんで、後は揚げるだけです。すぐできますよ」

「ドーナツとか糖質のおばけじゃんよ」ギトギト甘ったるくて重いドーナツは正直苦手だ。

「大豆粉と豆腐の生地だからヘルシーですよ。揚げ油も米油使ってみようかなって」

「ダイズコ? 豆腐?」豆腐でドーナツ作れちゃうの?

「まあ、できてからのお楽しみってことで」


 そう言うと密はキッチンに消えていった。




 おやつ兼昼飯のドーナツは、サクサクのホクホクで文句なしに美味かった。ドーナツのくせに素朴な甘さでしつこくなくて、つい何個も食えちまう。それに作ってる最中のあの匂い。ふわふわ期待感を煽るように香ばしい香りを漂わせやがって、反則だろ。


「野菜もちゃんと摂って下さいね。プレーンとは合うと思いますんで」


 しかもドーナツとサラダだと? ふざけてんのかと思いきや、不思議と一緒に食えちまうんだから訳がわからねえ。俺はこんなドーナツ知らねえぞ。ほんと、何なんだあいつは。

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