青柳昌鹿 ヘノコからの使者
アリカと別れた後、俺は所長をどう口車に乗せようか思案しつつヘノコタケについて調べていた。当たれば借金もチャラにできるかもしれねえ。可能性を高めるためにもしっかり下準備をしてたわけだ。ヘノコタケはどうやらオモテの流通ルートには乗ってねえみたいで、それならなおさら俺の領分だ。ウラで仲買や小売をしている連中相手に情報収集していけば、自ずと生産地に行き着くって寸法さ。
だが、調査の途中で所長から事務所に来るよう連絡があった。俺を呼ぶってことは仕事の依頼だろう。
ついてねえ。仕事自体面倒臭えし、もし拘束時間の長え依頼だったら所長をヘノコタケ狩りに連れ出せねえ。てか俺も動けなくなるかもしれねえしな。とは言え、仕事を受けりゃ俺の給料に花がつくし、そもそも所長を頼るにゃ、この呼び出しを無視するわけにもいかねえわけで。不本意だが、密を襲った時ぶりに事務所に顔を出すことにした。しかも朝一に来てだとよ。こちとら事務所の営業時間なんざ覚えてねえっつーの。
朝の気怠さを引きずったまま事務所のドアを開けたら、予想通り来客中で、所長と密が客間のテーブルに付いていた。どうやら俺は遅刻しちまったらしい。ソファにはジャージやらよれたネルシャツやら着た、田舎臭えじじいらが三人座ってる。みんな服から覗く肌は小麦色で、じじいの割に頑丈そうだ。多分土建屋か農家の類いだな。
「なんか、こんチンピラは」
その中のカメムシみてえに角張った顔のじじいが俺を見て言った。初対面の人間をいきなりチンピラ呼ばわりたぁ、いい度胸じゃねえかくそじじい。俺だって慣れねえ早起きで絶賛ご機嫌斜めの真っ最中だ。文句を言おうと口を開きかけた瞬間、
「あ、彼もここで働く従業員でして。見た目はまぁ、アレですが。腕は確かですよ」所長が素早く応じた。もっと胸張って俺の有能さをアピールしろってんだ。「それで? そのお祭りというのはどんなものなんですか?」
所長は俺に話題が向くことを避けるように話を促す。
「こげなチャラついたやつがおるんに、しゃべるっかい!」
どうやらこのカメムシじじいは俺に喧嘩を売ってるらしい。いいぜぇ、買ってやるよ。老害クソ虫退治だ。胸ぐら掴んで脅してやろうとソファに歩を進める。が、突然全身をひと飲みにされるみてえな殺気に晒されて、体がすくんじまった。机越しに麗子さんが目を吊り上げてこっちを睨んでる。久しぶりの商談を邪魔するんじゃねえってか。……むぅ、ここで引っ込んだら男が廃る……。あぁ、でもやっぱ無理だ。麗子さんキレるとやべえもん。
「杉村さん、お気持ちはわかります。集落のナイーブな事情を外部に話すこと自体、かなりのストレスでしょう。しかしですね、内容によっては事務所総出で対応することもあり得ますし、まずは我々を信頼いただきたい。もちろん、そのための努力は最大限行います。これでも一応プロですから」
所長は横目で俺を牽制しつつ、かしこまった調子でカメムシじじい改め杉村に相対する。
「たけちゃんよい。みなじ決めたじゃねえか。マクベスん人も、ここが一番いいっち言いよった」三人の真ん中に座ってる俵みてえな体つきのじじいがそう言った。ゴリラ面のごま塩頭、どっしり構えてて、明らかにこいつがボスって感じだ。
「……むっさんがそげえ言うんなら」
杉村は不服そうに俺を一瞥したが、ボスの言に逆らうつもりはねえらしい。ざまあみろだ。しかし、ツイてねえな。滅多に来ねえ客から一方的にチンピラ扱いされるしよ、その客の依頼のせいでヘノコタケ捜索に所長を駆り出せねえかもしれねえ。
「よっこらしょ」
俺は仰々しく密の隣に腰掛けた。正直このじじいらの依頼内容なんかどうでもよかったが、当てつけだ。
「まぁ、俺もいち従業員だし? お客様のご依頼はしっかりお聞きしねえとなぁ」
また背中越しに麗子さんの気配を感じたが、何も掴みかかろうってんじゃねえ。座って話を聞くくれえは許されるはずだ。
「悪かったのぉ、兄ちゃんよい。かっててくりぃ」
ゴリラ面がにっこり笑んだ。むっさんだったか、方言はひでえし野性的な面構えだが、こいつは話がわかりそうだ。
「ちぃとわやんなったのぉ。どうせやけん、はじめっから話そうか。しんちゃん、頼むわ」
むっさんが隣に座るもう一人のじじいを見遣った。ざっくりと七三に分けた白髪に眼鏡、他の二人より幾分大人しい佇まいだ。むっさんに促されて、そのしんちゃんは話し出した。
「うちかたん集落でな、もうすぐ秋ん収穫と来年の豊作を祈る、白鹿背豊年祭りっちゅう行事が催さるる。三百年続いちょん伝統ある祭りや。集落ん外じ暮らす子や孫も、こん祭りん時だけは勢揃いしてな。二百人くれえの集落が、祭りん日は人口が倍になるんや」
「大事にされているお祭りなんですね」
「うん。白鹿背が子供ん声で賑やかになるっちゅうんは、やっぱり嬉しい。祭りん時だけやとしてもな」
驚いた。このじじいたちは白鹿背の人間らしい。こりゃラッキーだ。この依頼を受ければ、わざわざ理由を作って所長を白鹿背くんだりまで連れて行く必要がなくなる。
「こん祭りん神事がちいと変わっちょってな。男根を神様に奉納するんや」
「だ、男根をですか?」
所長も密も眉をひそめてる。もちろん俺もだ。男根を奉納させる神様なんて、アリカみてえなエキセントリックなやつに違いねえ。
「うん。お前さんら、ヘノコタケっち知っちょるかえ?」
「……なんつった?」俺はつい聞き返しちまった。
「まぁ、どうくっちょる名前やけどな。別にかついじょるわけじゃねえ」
ふざけた名前なのは知ってる。俺が驚いたのはそこじゃねえ。まさか、今ここでその名を聞くとは思わなかった。
「ひらくちに言うたら、カビん生えたキノコや。ほれ」
しんちゃんはタブレットを取り出して、写真を見せてくれた。タブレットの画面には白くそそり勃つご立派なヘノコが映っている。軽くデジャヴだ。
「へえ! これはすごい」
隣で所長も密も目を輝かせてる。そりゃそうだ。健全な男でこれに反応しねえやつはいねえ。
「ミシャグリンっちゅうカビなんやけどな。こんカビが生えたキノコは、じぇんぶひっくるめてヘノコタケっちゅうんじゃ」
「どんなキノコでも、そのカビが生えるとヘノコタケって呼ばれるんですね。面白いなー。下地になるキノコによって違いはあるんですか?」
「そりゃもちろんあるわ。毒持っちょんキノコやったら毒持ちんヘノコタケんなるし、食えるやつにこんカビが生えたら普通に食える。味もキノコによっち色々や」
「はぁ。そんなキノコがあるんですねえ。世の中知らないことだらけだ。このキノコを男根に見立てて奉納するわけですね。ってことはこのお祭りは、性神祭りとか子孫繁栄的な祭りなんですか?」所長は祭り自体に興味を持ったみてえで、楽しそうに質問してる。
だが「なんも聞いちねえな! 五穀豊穣を祈るもんっちしんちゃんがさっき言うたろうが」杉村が急に割って入ってきた。
「外んしぃは上っ面だけ見ち面白がってからに、困ったもんじゃ。いいか? 母なる大地に父なる天の恵みっちゅうてな、そりゃもう崇高な思想に基づいち執り行わるる祭りなんじゃ!」
「それは失礼しました。つい、そうなのかなと」所長は遠慮気味に謝る。わけわからねえタイミングでキレる杉村なんぞに、謝ってやる必要はねえってのに。
「まぁ、お前さんみてえのが白鹿背にもおるんやけん、仕方ねえわな。去年の祭りもよ、移住組んやつら、きゃっきゃきゃっきゃ猿みてえに騒いじから。おまけに境内で吐き散らしよって。俺ぁ、ああ言うんはやっぱ好かん」
「たけちゃんよい。今話すこっちゃねえやろ」むっさんにひと睨みされて、杉村はまたムスッと黙った。
「……はは。白鹿背にゃ、最近移住してくる人が多くてな。人が増えち嬉しい反面、いろんな問題もある」しんちゃんは疲れたように弱々しく笑んだ。
「うん、まぁそれはそれでな。話に戻っけど、葛原さんの言う通り、ヘノコタケを奉納するんや。それも普通のヘノコタケじゃねえ。松茸んヘノコタケや。傘も柄も白えけん、シロヘノコっち呼びよる」
しんちゃんよい、今なんて言った? 聞き間違いか? 杉村に苛ついてたけど、そんな気分が一気に吹っ飛んだ。思い描いた荒唐無稽な金策プランが、自分でも信じられねえけど、もしかして勝手に向こうから転がって来てるのかもしれねえ。しかもしんちゃんの説明だと、松茸のヘノコタケが毎年採れることになる。
「なぁ、毎年祭りで奉納するんだろ? そのシロヘノコって、そんなに毎回採れんのかよ?」俺は興奮を押し殺し、念押しのため訊いてみる。
「毎年採れるで。松茸は菌根菌っちゅうてな。木と共生しちょるけん、だいたい生えるとこが決まっちょんのや。まぁ、名前ん通り、あらかた松ん木ん下やな。探すのに慣れりゃ、いっぱい採れる。祭りじゃシロヘノコん振る舞いもあるんやけど、去年は百本くれえ振る舞ったんやねえかな。シロヘノコ食えるんはクジで決めち、あぶれた人には普通ん松茸を振る舞うんや。でもな、やっぱシロヘノコやな。松茸なんかと比べられんくれえ、美味えでえ」
百本! ってことは最低でも一千万円が無償で振る舞われるってことか。しかも食えない人でも松茸をもらえるなんて、そんな豪勢な祭りが存在するとは信じられねえ。いやそれよりも、これは思ってた以上に簡単に金を作れるかもしれねえな。
「そんなに美味しいんですか。それなら、シロヘノコの市場価値も松茸よりずっと高いんでしょうね」所長は顎をしきりにさする。
「んーどうやろな。そもそも市場にゃ出回らんけん、なんとも言えれん」
どうやろなじゃねえよ。シロヘノコの価値も知らねえで毎年大盤振る舞いしてるってか。なんて残念なじい様方だ。
「シロヘノコは祭事に使う大事なもんや。価値があろうとなかろうと、集落ん人間はシロヘノコを商売ん道具にゃせん、そういう習わしや。自分らで楽しむ分にゃ問題ねえけどな」
それは宝の持ち腐れだぜ。せっかく自分の集落にある資源なんだからよ、それで商売して何が悪いんだ。習わしなんか知ったことかよ。そんなこと言ってるから過疎るんじゃねえのか。
「んで奉納するんは、そん中でん一番立派なオオヘノコよ」
「オオヘノコ?」
「そう。五十センチはゆうに超ゆる、よう太ったやつでな。そら羨ましゅうなるくれえご立派や。これこれ」
しんちゃんはオオヘノコの写真も見せてくれた。地面から巨根が力強く生えている様はアホみてえだけど、荘厳でもあった。アリカなら見ただけで昇天しちまうかもな。
「オオヘノコもいっぱい採れるのか?」
「いや、オオヘノコが生える松は決まっちょってな、これや。ヘノコ松っちゅうて、こいつからしか採れん。それも決まって年一本や」
次の写真には、幹の太ったでかい松の木が映っていた。松にはしめ縄が回されていて、一目で特別な木とわかる。
「でもな、今年はまだ採れちねえ。もう二週間もせんじ祭りっちゅうのに。多分、ヘノコ松が移ったんや」
「ヘノコ松が移る? それはどういうことですか?」所長は興味津々だ。
「松にも松茸を育ててやるる期間がある。ずっと面倒見ちゃるわけじゃねえ。樹齢三十から百年くれえかな、松茸を生やすことができるんわ」
「それじゃ、もうこのヘノコ松は松茸と共生できるくらいの力がないと?」
「力がなくなるんか、松茸と合わんごとなるんかはわからんけどな。とにかく育たんごとなる」
「移った、というのは?」
「白鹿背ん山はほんに不思議でな。今まで祀っちょったヘノコ松からオオヘノコが採れんくなったら、必ず同じ年に他ん松がオオヘノコを一本だけ生やすんや。そんで今度はそん松がヘノコ松になる。そげえやって白鹿背豊年祭りは続いてきちょるんや」
「それでヘノコ松が移る、ですか。でも、まだ今年のオオヘノコは採れていない。我々への依頼はそのオオヘノコ探しということですか?」
「……あらかたそげな感じやな。もう祭りまで日がねぇ。できりゃ、集落に泊まり込みじ、わしらと一緒に探しちもらいてえ。もちろん泊まっちもらう場所はこっちで準備するし、そん間ん世話もしっかりさせちもらう」
「わかりました。祭りまでおおよそ二週間でしたね? ひとまず二週間フルで対応した場合の見積もりを急いでお出しします。それが上限額になりますんで、目安にして下さい」
「今言うたごと、もう日がねえ。見積もりなんか見らんでん、葛原さんとこにお願いするつもりで来たんや。こんだけ準備しちょんのやけど足るっかい?」
そう言うと、しんちゃんは厚い茶封筒を持ち出した。ただのキノコ探し、宿泊場所も身の回りの世話もしてくれるってことは、かかる費用はほぼ俺たちの人件費ってことだ。マックス二週間の人件費にしちゃ多すぎる。あんたたち、相当おいしいお客様だぜ。
「これだともらいすぎてしまいます。前金で少しいただいて、残りは実績に応じて請求させてもらいます。準備もありますし、現地の案内なんかも含めて、明日から取り掛かるということでいいですか?」
せっかく準備してくれてるものを無下にするなんて、考えられねえ。事務所が潤えば俺の給料も上がるってのに。
「んじゃそうしちもらおうか」
「あ、それとマクベスの仲介で依頼をするの、今回が初めてですよね。初回から三回まで、国が経費の三分の一を補助してくれるんですよ。明日、契約書と一緒にその書類もお持ちしますね。記載いただいたら、後はこちらで手続きをしておきますんで」
「そういや、マクベスん人もそげんこと言いよったな。なんか申し訳ねえ。助かります」
しんちゃんとむっさんは深々頭を下げた。杉村は当たり前だと言わんばかりの顔で、ふんぞり返ったまんまだ。こいつの態度はいけ好かねえが、今回だけは大目に見てやろう。なんつっても俺の目下にして最大の悩み、金欠を解決してくれる案件の使者だからな。




