第62話 誕生日の風景
「じゃあ……ケーキを切ってと……」
そう言ってアメリアは立ち上がった。カウラは相変わらずアメリアを監視するような視線で見つめている。
「おいおい、一応パーティーなんだぜ。そんなに真面目な面でじろじろアメリアを見るなよ」
かなめはいつも飲んでいる蒸留酒に比べてアルコールの少ないワインに飽きているようだった。
「皆さん遠慮しないで食べてね。でも本当に不思議よね、このお肉。ただヨーグルトに漬けただけなのにやわらかくて香りがあって……」
食事を勧めつつ、薫はレシピに基づいて作ったタンドリーチキンを口に運ぶ。誠も一段落着いたというように、タンドリーチキンにかぶりついた。
「ちょっと誠ちゃん!テーブルの上のケーキとって!」
台所の流しでアメリアが叫ぶ。
「こっちで切りゃいいだろ!」
「カウラちゃんのドレスにケーキのクリームが飛んだら大変でしょ?安全策よ」
そう言うとアメリアは誠を見つめる。仕方なく誠はそのままテーブルの中央に置かれたケーキを持ってアメリアが包丁を構えている流しに向かった。
「おい……神前。全然飲んでねえじゃないか」
かなめはそう言うとワインのボトルを手に立ち上がる。いつもよりペースが遅いかなめならいつものように誠の酒に細工をするようなことは無いと誠は安心していた。そしてそのまま手にしたケーキをアメリアに手渡した。
「ありがと。カウラちゃん!どれくらい食べる……って!かなめちゃん!」
アメリアの叫び声。誠が振り返る。
そこには手にしたワインの瓶の口をカウラにの顔面に押し付けようとするかなめの姿があった。
「止めろ!」
ニヤニヤ笑いながらワインの瓶を押し付けてくるかなめにカウラがそう叫んだ瞬間、かなめの姿が瞬時に彼女の前から消えた。
それは誠から見るとどう見ても『消えた』としか思えないものだった。
「え?」
彼女を助けようと振り向いた誠だが、次の瞬間、居間の壁際にかなめが大げさに倒れこんでいるのが見えると言う状況だった。
「本当に酔っ払いは……誠もそうだけど駄目駄目ね」
そう言って薫は何事も無かったかのように自分グラスの中のワインを飲み干す。まるで何が起きたかすべてを知っているような母の態度。だが、そこに踏み込むことは誠にはできなかった。
「なに?何があったの?」
アメリアはまるで状況が飲み込めないようだった。カウラもただ呆然と固まっている。
「うー……」
かなめはしばらく首をひねった後、ゆっくりと立ち上がって手にワインがなくなっているのを見つめた。
「あれ?ワインが無い……アタシは……あれ?」
かなめは周りを確認してその急激な変化にただ戸惑う。
「駄目よ、飲みすぎちゃ」
そう言った薫の左手にはワインのボトルが握られている。誠達はまったく状況がつかめなかった。ただ一人悠然とワインの瓶を手に薫は微笑んでいた。
「じゃあ続きよ」
説明が出来ない状況を追及するようなアメリアではない。そう言って流し台のケーキに包丁を入れる。誠もそれを見ながら切られていく白いクリームを見つめていた。
「アタシ……何があったか覚えてる奴いる?」
居間で相変わらず不思議そうにかなめがつぶやく。カウラも誠もアメリアも状況がわからず黙り込んでいた。
「飲みすぎたんじゃないのか?」
カウラの言葉にもただ当惑しているかなめが椅子に座った音が聞こえる。
「誠ちゃん。何があったかわかる?」
ケーキを皿に盛るアメリアは小声で誠に尋ねた。だが誠は首を振ることしか出来なかった。
「きっと母さんの仕業だろうけど……」
だが誠にそれを確認することはできなかった。法術の反応は明らかにあった。それは母から感じられていた。しかし母のそう言う能力の話は聞いていない。先日の法術適正検査でも、母からは能力反応が見られなかったと聞いていた。
「ほら!ケーキよ!」
やけになったようにアメリアは皿に盛ったケーキを運んでくる。誠もそれに続く。アメリアはまずプレートの乗った大きなかけらをカウラの前に置いた。
「ありがとう」
カウラはそう言ってチョコのプレートの乗ったケーキをうれしそうに見つめる。
「それでこっちがかなめちゃん」
イチゴが多く乗ったケーキの一切れがかなめの前に置かれる。
「ああ、うん」
まだ釈然としないと言うようにかなめはケーキを見つめる。そして彼女は思い出したように母にケーキを手渡す誠をにらみつけてきた。その犯人を決め付けるような視線に誠は戸惑っていた。
「そんな……僕も知りませんよ」
誠はそれしか答えることが出来なかった。それでも納得できないと言うようにかなめはグラスにワインを注ぎ始める。二人の微妙な距離感にカウラがあわてているのがわかり、二人ともとりあえず落ち着こうとワインを手にした。
「かなめちゃんはケーキを肴にワインを飲むの?」
自分のケーキをテーブルに置いて腰を下ろしたアメリアの一言。かなめは相変わらずどこか引っかかることがあると言うような表情でケーキをつついた。
「大丈夫よ。何も仕掛けはないから」
そう言ったのは薫だった。誠は何か隠している母を見つめてみたが、まるで暖簾に腕押し。まともな返答が返ってくるとは想像できなかった。誠は仕方なくケーキを口に運ぶ。
「あ!」
カウラがケーキのプレートを口に運びながら、突然気が付いたように声を上げた。のんびりと自分のケーキにフォークを突き刺していたアメリアが急に顔を上げてカウラを見つめる。その様子がこっけいに見えたのか、かなめが噴出した。
「なに?なんだ?何かわかったのか?」
笑いと驚きを交えたようにかなめはそう言った。今度はそんなかなめがおかしく見えたらしく、カウラの方が笑いをこらえるような表情になった。
「そんな大したことじゃない。思い出したことがあるんだ」
「だからなんなんだよ!」
怒鳴るかなめを見てカウラは困ったような表情を浮かべる。その様子を覗き見ながらアメリアは苦笑いを浮かべる。
「だからな。ケーキを食べるならコーヒーを入れたほうが……」
「おい……くだらないこと言うなよ」
かなめは怒りを抑えるようにこぶしを握り締める。アメリアも誠もつい噴出してしまう。
「いいわねえ……女の子は花があって。男の子はだめ。つまらないもの」
そんなかなめ達を眺めながらぼやいてみせる母に仕方がないというように誠は顔を上げた。
「すいませんねえ」
愚痴る母親を見上げながら誠は甘さが控えめで香りの高いケーキの味を楽しんでいた。
「でも……いいな。こう言うことは」
カウラがそう言った。祝うと言うことの意味すらわからなかっただろう彼女の言葉に誠は心からの笑みを浮かべていた。
「そうだな。悪くない」
「悪くないなんて……かなめちゃんひどくない?素敵だって言わなきゃ」
「まあ、あれだ。オメエがいなけりゃ最高のクリスマスだな」
「なんですって!」
再びかなめとアメリアがじゃれあう。誠もカウラの表情が明るくなるのを見て安心しながらケーキを口に運んだ。




