第60話 誕生日パーティー
誠がぼんやりとその様子を見つめていると、にこやかに笑うかなめの視線が誠を捉える。
「そこの下男の方。お姫様を席に案内してくださいな」
「下男?」
かなめの言葉にしばらく戸惑った後、誠は椅子から立ち上がると隣の椅子を後ろに引いた。静かに慎重に歩くカウラ。そして彼女が椅子の前まで来たところで椅子を前に出す。カウラは静々と腰を下ろす。薫はいかにもうれしそうにその様を眺めている。
「下女の女芸人さん。ワインがまだでして……」
そこまで言ったところでアメリアのチョップがかなめの額に突き立つ。
「ふ・ざ・け・る・の・はそのくらいにしなさいよ!」
結局6回チョップした後、アメリアは言われるまでもないというようにワインを注いでいる。食事が揃い、酒が揃い、ケーキも揃った。
「なんなら歌でも歌う?ハッピーバースデー~とか言って」
「それは止めてくれ」
アメリアの提案にカウラは真剣な表情で許しを請う。アメリアとかなめはがっかりだと言う表情で目の前のワイングラスを見つめているカウラを凝視していた。
「それじゃあ!」
満面の笑みの薫が手にグラスを持つ。それにあわせるように皆がグラスを掲げた。
「カウラさん、誕生日おめでとう!」
『おめでとう!』
薫の音頭で宴が始まる。一口ワインを口にしたかなめは、さすがにお嬢様ごっこは飽き飽きしたと言うようにいつもの調子で肉にかぶりつく。
「また下品な本性をさらけ出したわね」
アメリアはそう言いながらかなめが肉に夢中で乗ってこないとわかると、仕方がないというようにピザに手を伸ばした。
「そう言えばローソクとかは立てないんですか?」
誠のその言葉にカウラはものすごく複雑な表情を浮かべた。彼女は培養ポッドから出て八年しか経っていないと言う事実が誠達の頭にのしかかる。
「なに?八本ろうそくを立てるの?それならランちゃんを呼んで来ないと駄目じゃない」
ピザを咥えながらのアメリアはそう言い放った。しばらく誠はその意味を考える。
「見た目はそのくらいだからな。中佐は」
二口目のワインを飲みながらカウラはそう言った。次の瞬間にはかなめがむせ始め、手にした鶏の腿肉をさらに置くと低い声で笑い始める。
「笑いすぎよ、かなめちゃん」
呆れた調子でアメリアは体を二つ折りにして声を殺して笑うかなめに声をかけた。
「馬鹿……思い出したじゃないか……あのちび……」
カウラも呆れるほどかなめは徹底して笑い続ける。しかし、突然アメリアが腕から外してテレビの上に置いていた携帯端末が着信を告げた。それを見ると誠もカウラもかなめもアメリアも顔を見合わせて大笑いを始めた。
「あの餓鬼!タイミングよすぎ!」
かなめはそう叫びながら笑う。アメリアも必死に笑いをこらえながら立ち上がるとそのまま携帯端末の画面を起動した。起動した画面に映っていたのが幼い面影の副部隊長のランだったところから、それを見たとたんに思い切りアメリアは噴出した。
『は?何やってんだ?』
こちらの話題などはまるで知らないランが、ぽかんとした表情で画面に映っている。
「いえ……別にこちらのことですから」
『ふーん』
ランはそう言うと不満そうな顔で画面をじっと見つめている。ちらちらと視線を動かすのは画面の端に映っているこちらの宴会の食事が気になっているのだろうと誠はなんとなく萌えていた。
「何にも無いですよ、別に何にも……」
『西園寺がそう言うところを見ると、アタシのことでなんか噂話でもしていやがったな?』
そう言うとランは苦笑いを浮かべる。その穏やかな表情を見ればこの通信が緊急を要するものでないことはすぐにわかった。誠はとりあえず飲もうとして口に持っていったグラスをテーブルに置く。
『まあ、あれだ。隊長から止められてお祝いにいけなかった連中からなんだけど、おめでとうってカウラに伝えとけってことだから代表してアタシが連絡したわけだ』
誠は欠勤扱いを受けたとしても意地でも乱入しようとする二人、サラと菰田のことを思い出した。そしてそれを取り押さえるラン達の姿を想像して渋い笑みを浮かべる。
「ご苦労様ですねえ、副長殿」
『は?クラウゼ。テメーが休みを取りたいとか色々駄々こねたからこうなったんだろうが?ったく誰のせいだと思ってんだよ』
ランは苦笑いを浮かべつつ愚痴る。とりあえず音声だけを聞けば彼女はどう見ても小学校二年生にしか見えない事実は忘れることが出来た。だが目を開いた誠の前には明らかに子供に見えるランの姿がある。
『でだ。明日、サラがお祝いをしたいとか言うからさあ……』
「え?私達は非番じゃないですか!」
アメリアの声の調子が高く跳ね上がる。そしていつでもランの意見を論破してやろうと言う表情でアメリアが身構えるのが誠にはこっけいに見えて再び噴出す。
『別に仕事しろとは言わねーよ。なんでも面白い見世物があるんだと。それとおせちに使える野菜を収穫したからそれも渡したいとか言ってたぞ』
ランの苦笑いは消えることが無く続く。アメリアは頭を掻きながらドレス姿のカウラを見つめた。
『あれ?そこにいるのは……』
「私です!」
半分やけになったようにカウラは振り向いた。ランはそれを見てぽかんと口を開いた。
「凄いでしょ?これ全部かなめちゃんのプレゼントなんだって!」
アメリアの声を聞いてかなめは胸を張る。そしてしばらく放心していたランだが、次第に底意地の悪い笑みを浮かべ始めた。
『なんだ?まったくもって『馬子にも衣装』の典型例じゃねーか』
「失礼なことを言うのね、ランちゃん。レディーにそんなことを言うもんじゃないわよ!」
『いやーすまん。つい』
アメリアの言葉にランは素直に頭を下げる。そして誠は今のタイミングだと思って椅子から立ち上がると二階に上がる階段を駆け上がった。
誠は飛び込んだ自分の部屋の電気をつける。そしてすぐに机の上のイラストを入れた小箱を手に取ると再び階段を駆け下りた。
「おう!来たぞ、神前だ」
画面を通して上官が見ているというのに、スパーリングワインを空にしてさらに赤ワインに手を伸ばしていたかなめが顔を上げる。
『なんだ?さっき言ってたイラストか?』
ランも興味深そうに誠の手の中の箱に目をやった。その好奇心に満ちた表情はどう見ても見た目どおりの少女にしか見えなかった。
「それは……」
ドレス姿のカウラは動きにくそうに誠に振り返る。誠はそのまま箱を手に持つとカウラに突き出した。
「これ……プレゼントです!」
一瞬何が起きたのかというような表情の後、カウラは笑顔を浮かべてそしてすぐに周りの視線を感じながら恥ずかしそうにうつむく。
「あ、ええと。ありがとう」
小さな声、いつものカウラとは別人のような小さな声でカウラが答える。そしてカウラは静かに箱を受け取るとそのままテーブルの片隅に箱を置いた。まかれたリボンを丁寧に解く。
「どんなの?ねえ、どんなの?」
ニヤニヤ笑いながらアメリアが身を乗り出してくる。端末の画面では興味津々と言うようにランが目を輝かせていた。
リボンが解け、箱が開かれた。
「あ……あのときの私か」
箱の中の色紙には宝飾店で見にまとった白いドレスのカウラの姿が描かれていた。カウラはすぐに恥ずかしそうにうつむいてしまう。
『おい、どんなのだ?見せろよ』
ランが画面の中で伸びをしているがそれはまるで無意味なことだったのでつい、誠も笑ってしまっていた。




