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第49話 蟹

「おい、アメリア」 


「なに?」 


 かなめが身を乗り出して道場の庭に停められたレンタカーとわかるナンバーのマイクロバスを指差した。


「ああ、あれは……」 


 アメリアがそういった瞬間、道場から駆け出してきたピンク色のカーリーヘアーの女性の姿が目に入った。


「カウラちゃん!」 


 運行部のブリッジクルーの一人、サラ・グリファン少尉が手を振っている。その後ろでは水色のショートヘアーのパーラ・ラビロフ大尉が待っていた。そして彼女等に続いて代わった髪の色のブリッジクルーの女性隊員達がマイクロバスから降りている。オフなので当然全員私服を着ている。


「降りろ、神前」 


 そう言ってかなめが足を蹴り上げるので誠は状況がつかめないままカウラに続いて車から降りる。


「人の車だと思って……」 


 かなめの態度に呆れながらカウラは狭い後部座席から降り立った。


 三人はなぜ彼女達がここにいるのか不思議に思いながらニヤニヤしながら自分達を見つめているアメリアに視線を移す。


「ああ、カウラの誕生日でしょ?たくさんで祝ったほうがいいって……」 


 アメリアの隣に並んだサラが満面の笑みでカウラを見つめている。


「多いほうがうれしいですものね。みんなでお祝いしましょうよ」 


「仕事は大丈夫なのか?」 


 さすがのかなめも心配そうな表情を浮かべる。


「ああ、例の二機のアサルト・モジュールの起動実験でしょ?ともかくしばらくは『ふさ』での運用は無いだろうと言うことで私達暇だったのよ。でも……」 


 パーラはそう言うと隣のサラを見つめる。整備班班長の島田と付き合っているサラの表情はさすがに冴えない。


「まあ島田先輩は休めないでしょうね」 


 誠の言葉を聞くとサラはそのまま静かにうなづく。


「こんなに来て……それに明日じゃねえのか?こいつの誕生日」 


「だって……明日だと私が出れないでしょ?それにいいものが手に入ったんだから」 


 うれしそうなサラ。確かに司法局実働部隊での数少ない彼氏持ちである彼女は島田と何かイベントをするであろうことが推測されて一同は苦笑いを浮かべた。


「なんですか?」 


「蟹よ!」 


 アメリアがうれしそうに叫ぶ。かなめとカウラはなんとなく納得したような表情でアメリアのうれしそうな顔を眺めていた。


 道場の入り口で手を振る母、薫。誠は苦笑いを浮かべた。カウラとアメリアが冷やかすような視線を彼に向けてくるのがわかる。


「本当に仲がいいのね。かなめちゃん、うらやましいでしょ?」 


 そう言って見つめてくるパーラにかなめは思わず顔を赤らめる。そしてそのまま足を玄関に向ける。


「そう言えば西園寺さんのお母さんて有名な剣術家で……」 


「お袋の話はするなよ」 


 かなめはパーラにそう言うと足を速めた。


「ええ、かなりしごかれたらしいわよ。すっかりトラウマになったみたいで」 


「アメリア!聞こえてんぞ!」 


 怒鳴るかなめにアメリアは思わず首をすくめる。誠も仕方なくかなめやカウラと玄関へと向かった。引き戸を開いて入った玄関には大量の大きな白い断熱素材の容器が積み上げられている。


「これ……全部蟹?」 


「そうよ!」 


 呆れたようにつぶやくかなめにアメリアは元気良く答える。誠も空の容器を見つめながらその量の多さにただ圧倒されていた。


「北海ズワイ……本物か?最近のこう言う表示の紛らわしいのは何とかならないのか?」 


 カウラのつぶやきに誠も苦笑する。遼州にはズワイガニはいない。脊椎動物が生物学上の同様の進化をたどったとされている遼州だが、甲殻類の進化は地球のそれとは違った。この『北海ズワイ』と呼ばれている『リョウシュウクモガニ』は見かけは確かに蟹と思えるが、足の数が二本多いのが地球の蟹とは違う点だった。美食家のクバルカ・ラン中佐に言わせると味はあっさりしすぎていて地球のズワイガニより劣るという話だった。


「でもまあこれは誰が……」 


 呆れながら誠は靴を脱ぐ。かなめは誠を待たずに奥の洗面所に走っていく。


「隊長に決まっているじゃない……オートレースで大穴当てたんだって」 


 背中からいきなりアメリアに声をかけられて誠はバランスを崩す。ブーツを脱ぎ終えたカウラが手を出さなければそのまま顔面から玄関のコンクリートにキスをするところだった。


「脅かさないでくださいよ」 


 パーラは満面の笑みを浮かべながら体勢を立て直す誠に手を貸す。


「ごめんなさい。でもこれで今日は蟹鍋ができるのよ。みんな楽しくって……」 


 そう言うとサラはサンダルを脱いでそのまま道場へ向かう廊下を小走りで消えていく。


「楽しそうだな」 


 誠を待ってくれているカウラに笑顔を向けながら誠はようやく靴を脱いで立ち上がった。


「でもこんなに食べるんですか?」 


 明らかに伊達では無い量に誠はただ圧倒されていた。


「ちゃんと手を洗って!」 


 道場の方からの母の叫びに苦笑いを浮かべながら誠はそのまま廊下を奥に進んだ。


「良いわね、お母さんて」 


「そうですか?面倒なだけですよ」 


 パーラの言葉につい出た言葉に誠は頭を掻いた。そんな誠をカウラは静かに見守る。


「なんだよ、早くしないと全部食っちまうぞ」 


 洗面所に向かう廊下から顔を出したかなめがそう言って笑う。誠は仕方がないと言う表情でそのまま洗面台に向かう。


「お前もちゃんと手ぐらい洗えよ」 


「余計なお世話だ」 


 いつものように一言多いかなめにカウラがやり返す。


「本当に二人は仲良しなのねえ」 


 サラの言葉にかなめとカウラが見つめあう。次第にその表情が複雑なものになる。


『どこがですか!』 


 声をそろえて二人が言うのを見て手を洗っていた誠が噴出す。それを見るとすぐさまかなめの手がその襟首を捕まえて引き倒した。


「おい、どういうつもりだ?あ?」 


 かなめはそのまま誠の利き手の左手をつかむと後ろにぎりぎりと締め上げ始める。


「どういうつもりも何も……」 


「西園寺、ちゃんと躾をしておけ」 


 カウラは引き倒されてじたばたしている誠を横目に見ながら、優雅に手を洗っている。そしてその水音と暴れる誠の音ににまぎれて玄関の引き戸を開く音が聞こえた。


『はじめちゃうからね!』 


『いいぞ!アタシも行くから待ってろ!』 


 廊下でサラとかなめの叫び声が響く。


「冗談抜きで西園寺はすでに始めているだろうからな。こういう時のあいつは気が早すぎる」 


 笑みを浮かべているカウラについて道場へ向かう廊下を急ぎ足で進む。


「かなめちゃん!もう蟹を入れちゃったの?」 


 アメリアの声が響く。道場にはテーブルが五つほど並んでいた。上にはそれぞれ土鍋とその隣に山とつまれた蟹。かなめの占拠したテーブルの鍋から湯気が上がり、その中にかなめが蟹を放り込んでいる。


「まあすぐに茹で上がるわけじゃないからいいですよ」 


 薫の声にこたえてカウラは微笑む。


「そうそう!ちゃんと火が通らねえとな」 


 そう言って上機嫌なかなめの手にはすでに芋焼酎が握られていた。そのラベルを見て誠は母に近づいて小声でささやく。


「母さん、それ親父の取って置きの……」 


 おどおどとした誠に薫は笑顔を浮かべている。


「あら、大丈夫よ。代わりに麦焼酎のおいしいのを頂いたから」 


 そんな薫を見て頷きながらかなめは次々と蟹を鍋に入れる。


「そんなに入れても仕方ないだろ?それより野菜を入れろ」 


 自然とかなめの座っているテーブルに着いたカウラは対抗するように白菜を鍋に投入する。


「だってアタシは野菜食べないし……」 


 かなめはそう言うと蟹を鍋に放り込んでいた手を休めてグラスに焼酎を注ぎ始める。


「あ!待っててくれなかったの?」 


 母屋から入ってきたサラの一言。にんまりと笑ってかなめがサラを見上げる。


「オメエは飛び入りだろ?遠慮しろよ」 


 そう言いながらかなめは乾杯を待っている。それを見てパーラは自分のテーブルにサラを招くと周りを見回した。


「カウラさん……」 


 そう言いながら後ろのケースから冷えたビールの瓶を手にして誠はカウラに向ける。


「今日ぐらいはいいか……」 


「明日も飲むくせに何言ってんだか」 


 カウラをいつものようにかなめが茶化す。それを無視するようにグラスを手にしたカウラは誠の注ぐビールをうれしそうな顔で見つめていた。


「えーとそれじゃあ失礼するわね」 


 それぞれのテーブルにはお互い女同士でグラスにビールを注ぎあっていた運行部の女性士官達が手にグラスを掲げている。


「まあいろいろと忙しいみたいで今年は部隊での忘年会は出来そうにないから」 


「あのーアメリア?趣旨が違うんだけど」 


 思わず突っ込むかなめに思い出したようにサラはどてらの袖を打つ。


「えーとじゃあカウラちゃんの誕生日が明日と言うことで!おめでとう!」 


『おめでとうございます!』 


 黄色い歓声が沸きあがる。誠は少し肩身が狭いと言うようにグラスを合わせて乾杯した。



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