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第45話 事件

カウラが突然通信端末を取り出した。その振動で着信を告げたのだろう。


「事件か?」 


 そう言ってカウラは端末の画面を覗いた。誠もアメリアも同じ動作をする。


「通り魔か。小門町で三人が刃物で切りつけられ、一人が死亡。犯人と思われる男はそのまま浅間通りを北に向かった……このままだとこっちに来るな」 


 情報が脳に直結しているサイボーグであるかなめはそう言って誠達の顔を見つめた。誠ものぞき見た端末でそれを確認する。そして同時の刃物での犯罪と言うことでこのところ東都で連続している辻斬り事件を不意に思い出した。


「西園寺、神前。とりあえず情報の確認に向かうぞ。薫さん、ちょっと仕事が入りましたので」 


 そう言ってカウラは敬礼し、急ぎ足で端末の示す交番へと歩き始めた。かなめは荷物をアメリアに押し付けてそのまま歩き出す。


「辻斬りとは違う犯人だろうな。あいつの手口はすべて一太刀で被害者が事切れてる。それに日中から複数の標的を狙ったケースは一件も無いしな」 


「決め付けるな。これまでとは状況が違うケースが起きたとも考えられる。とりあえず本部が私達に連絡をしてくるってことは、それなりの関連性が疑われていると言うことだ」 


 そう言うとカウラは走り始めた。かなめは後に続く誠に笑いかけた後、サイボーグらしい瞬発力で一気に加速してアーケードの出口を飛び出していく。走る三人に周りの買い物客は奇妙なものを見るような視線で誠達を眺めていた。


 アーケードを出てすぐにパトカーが停まっている交番があった。二人の警察官が通信端末でのやり取りを立ったまましながらカウラと誠を迎える。カウラはポケットから取り出した端末に身分証を映し出して警官に見せた。猜疑心に満ちた二人の目が瞬時に畏敬の念に変わる。


「これは……お疲れ様です!」 


 誠と同い年くらいの巡査がそう言うと敬礼した。すぐに中に入るとすでに据え置き型の通信端末の前にはかなめが座り込んで首筋のスロットから伸ばしたコードを端末のジャックに差し込んでいるところだった。


「やっぱり例の辻斬り侍とは別の犯人だな。凶器は山刀。被害者の傷は切ったというより殴ったものが細かったからめり込んだような状態だ。死亡した女性は頭部を殴られたことで頭蓋骨を割られたのが致命傷になったらしい」 


 情報を次々と吸い取りながらかなめがカウラに告げる。


「法術系の反応は?」 


「そんなにすぐ情報が集まるかよ!今のところはこの前行ったデパートあるだろ?入り口で凶器を捨てた犯人がそのまま紛れ込んだらしい……やっかいだな」 


 そう言ってかなめは頭を掻いて伸びをした。モニターには次々とデパートの監視カメラのデータが映っている。


「犯人を特定できる画像は?」 


「カウラ……急かすなよ!いま探してるところだ」 


 そう言うとかなめは目をつぶり、直接端末から脳に流れ込んでいる画像の検索を始めた。


「映像は揃ったが前科は無いみたいだな、ちょっと犯人の身元の特定には時間がかかるぞ」 


 かなめはすばやく首筋のスロットに差し込んでいたコードを抜いて立ち上がる。不思議に思う誠だが、かなめはそのまま交番を出る。誠のあっけにとられた表情にかなめが笑いかける。


「とりあえず現場に行くか」 


「ああ、そうだな。君達、これを借りるぞ。緊急措置だ」 


 そう言ってカウラはパトカーの天井を叩く。一瞬あっけにとられた警察官は顔を見合わせた後、すぐにパトカーのキーをカウラに渡した。


「おい!神前。置いてくぞ!」 


 かなめの声に状況が理解できないまま誠はパトカーの後部座席に乗り込んだ。


 運転席に着いたカウラは慣れた手つきで手早くシートベルトを締める。助手席のかなめも苦い顔をしながらそれに習った。


「じゃあ、行くからな」 


 すぐにカウラはエンジンを吹かし、パトカーは急加速で国道に飛び出した。


「そんなに急ぐ必要もねえだろ?浅間マルヨは……もう見えてるじゃん」 


 かなめの言葉通り通り魔が逃げ込んだ百貨店の屋上の広告塔が雑居ビルの向こうに見えている。まだ犯行直後と言うことで、非常線も交通整理もできていない状況。赤いパトランプを点灯させるとそれを見た対向車は道の両端に避ける。それを見ながらカウラはパトカーを疾走させる。対向車線にはみ出しながらいつもの自分のハコスカよりもアクセルを吹かし気味に走り続ける。


「西園寺!何かわかったか?」 


「そんなにすぐ情報が集まるわけ無いだろ?まあ、法術反応は無いそうだが……まあ茜の把握しているデータには犯人の情報は無いな」 


 前科が無い上に三ヶ月前に東和国民に行われた法術適正検査でも目立つデータを示さなかったことがわかる。そして渋い表情のかなめがパトカーのダッシュボードを開ける。


「糞ったれ!バックアップの銃くらい入れて置けよ!」 


 何も無いダッシュボードを思い切り叩きつけるようにかなめが閉める。


「無茶を言うな。銃撃戦が仕事の私達とは職域が違うんだ!」 


 舌打ちするかなめにそう言うとカウラは思い切りハンドルを切る。交差点でドリフトしてさらに加速して並んでいるタクシーをよけて疾走するパトカー。駅前の遊歩道が見え始めた。すでに所轄の警官が到着して手にした無線機に何かを叫んでいる有様が見えた。


 カウラは白と黒のツートンカラーの警察のワンボックスの後ろで車を止める。


「……君達は?」 


 眉に白いものが混じる警部補が面倒にぶち当たったと言うような顔で、降り立った私服の誠達を迎える。カウラはすぐに携帯端末に映し出される身分証を見せた。


「司法局……」 


 あからさまに所轄の責任者の顔が不快感に染まる。デパートの方に目を向ければ、パニックを起こしているデパートから流れ出す人々を抑えるのに彼の部下は一杯一杯の状態だった。


「あと少しで機動隊が到着します。それに……」 


 関わりたくないと言う本音が丸見えの警部補にかなめはつかつかと近づいていく。


「あの……何か……?」 


 そう言う警部補の腰からかなめは拳銃を引き抜いた。そして彼女は警部補の小型オート拳銃の弾倉とベルトをつないでいた紐を引きちぎった。そして当然のように隣に立つカウラに手渡す。


「君!なんのつもりだ!」 


「あんた達は使うつもりじゃないんでしょ?じゃあ必要な人間に渡すのが理の当然じゃねえの?そこのアンちゃん達!銃貸せ!」 


 ワンボックスの中で通信機器をいじっていた警察官にかなめは声をかける。その独特の威圧感からうち二人の警察官が自分の銃をホルスターから抜いてかなめに手渡した。


「何をしようというんですか!まだ犯人は……」 


 叫ぶ警部補の肩をかなめはなだめるように叩く。


「安心しろ。こういうことはアタシ等の職域だ」 


 そう言うとかなめはすぐにオート拳銃のスライドを引いて弾をこめる。カウラも同じようにスライドを引く。誠に渡されたのは回転式拳銃だったのでそのままシリンダーを開いて八発の弾が装弾されていることを確認した。


 誠達はまずデパートの入り口に群がる野次馬の後ろに立った。手にした拳銃を見て自然と道ができ、そのまま避難してくる買い物客や従業員を整理している警官隊の後ろにたどり着いた。


「君達……司法局ですか」 


 一瞬の驚きの後またも嫌なものを見たという顔で警官がカウラの差し出した身分証をのぞき見ている。


「状況は?」 


 早速端末を設置して中の防犯用モニターの情報を収集している女性警察官の見ていた画面をかなめは覗き見る。


「現在犯人は拳銃のようなものを振りかざして8階のレストランに立てこもっています。人質は二名。そのレストランのアルバイトの店員が……」 


「わかった」 


 女性警察官の言葉にかなめはうなづいた。すでに彼女はデパートの防犯システムとリンクを済ませたのだろう。そのまま手に拳銃を持ったままデパートの入り口に向かう。


 逃げてきた車椅子の老人や子供達の視線を浴びながらかなめは堂々と拳銃を持って歩き出す。


「05式けん銃。サイトがねえ……見にくいんだよなこれ」 


 そう言いながら車椅子を押している警察官の敬礼を受けながらかなめは進む。


「どうだ、状況に変化はあるか?」 


 カウラの一言にかなめは首を振った。


「モニターで見る限りど素人だな。自分の銃にビビッて今にもションベンちびりかねねえぞ」 


 司法実働部隊という看板を掲げている司法局実働部隊の一員である誠も銃を持った素人の怖さは知っていた。自分で起こした事件で勝手にパニックになる傾向が高い。そうなればむやみと発砲して人質を傷つけることにもなりかねない。


 そして誠も慣れない八連発リボルバーに当惑していた。


 銃が軽かった。おそらくシリンダーとバレル以外は軽合金で作られている。銃が苦手な誠でも手に持った時の軽さですぐわかる。しかも先ほど装弾を確認したときに雷管の周りには『357マグナム』の刻印があった。基本的に重いオート拳銃での射撃しかしたことが無い誠には、手の銃が邪魔で仕方がなかった。


 階段で避難してくる客達をかき分けてエレベータにたどり着く。


「犯人の拳銃。モデルガンじゃないのか?」 


 上に上がるボタンを押したカウラにかなめが首を振る。


「それは無いな。カメラの画像を解析してみたが仕上げからすると密造品だ。おそらくベルルカンの鍛冶屋で作った一品だろうな。命中精度はともかく頑丈で確実に動くのがとりえの手製拳銃。さすがトカレフと言うところか?」 


 開いた扉に誠達は飛び込む。二人の上司の余裕を不思議に思いながら誠はしまる扉を見つめていた。



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