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第39話 来訪者

 地下鉄の駅を出て、北風の冷たい夕方の街を誠とカウラはゆっくりと歩いた。カウラは手にしたケースをしっかりと握り締め。時々視線をそちらに向けながら黙って歩いていた。街路樹の柳は葉もなく、その枝は物悲しい冬の風に吹かれていた。そんな風は誠の実家にたどり着いたときも止むことは無かった。


「ただいま……?」 


 誠がそう言って玄関を開けると小さな靴が一足あるのが目に入った。道場の子供かと思ったが、磨き上げられた革靴にそれが二人の上官のクバルカ・ラン中佐のものだとわかった。


 すぐにカウラの顔に緊張が走る。彼女はすばやく靴を脱ぎ捨てて部屋にあがった。誠はそんな状況でも大事そうにかばんを抱えているカウラを見つめながらそれに続いた。


「よう!邪魔してるぞ」 


 夕日を背に浴びながらランはコタツでみかんを食べている。その前に座っている薫もなにかうれしそうに微笑んでいた。いつもの勤務服姿のランだが、その小さい体が隠れるようにコタツに入っているとどこかの小学校の制服に見えるので誠は噴出しそうになった。


「なんですか、脅かさないでください」 


 そう言いながらカウラは手にしたかばんを後ろに置いた。勤務服姿のランはそれを追及せずに自分が持ってきたバッグから何かを取り出した。


「アメリアが居ないが……まあいいか。まずこいつ」 


 ランは書類ケースを取り出す。


「第一小隊のシミュレーションのデータ解析を東和軍に頼んだからその時の経費関係の決済書だ。お前のサインがいるって高梨につき返されてさ。それでこの三枚。複写になってるからよろしくな。それと……」 


 今度は記録ディスクを取り出す。


「この資料。一応、アタシなりに今回の二機の起動実験のデータをまとめたもんだ。目を通しといてくれ」 


 カウラはそれぞれ受け取ると中身を確認してため息をつく。


「どうしたんだ?ため息なんかついて……って聞くだけ野暮か」 


 そう言いながらランはその小さい手で頭を掻く。そのまま再びかばんに手を入れると冊子を一冊、それにデータディスクを取り出した。


「これは釣り部……じゃなくって艦船管理部の連中に頼まれた資料だ。なんでも『ふさ』の設備更新の資料だと。これはあとでアメリアに渡しておいてくれ」 


「あの、たぶんもうすぐ帰ってくるとは思うんですけど」 


 受け取ってみたもののいまいち理解できずに言い返そうとするカウラだが、ランはにっこりと笑って首を横に振る。


「あいにくもう本局に向かわねーといけねーんだわ。あの二機の予算執行に関しての口頭で説明しろって話だ。これは本当は隊長の仕事なんだけどなー」 


「ああ、惟基君は相変わらずサボり癖がついてるわけね」 


 それまで黙って話を聞いていた薫の言葉。ランはただ照れ笑いを浮かべるだけだった。


「薫様のおっしゃるとおり!あのおっさんは一度しめないといかんな……うん」 


 そう言ってランは最後の一袋のみかんを口に放り込む。


「薫様?」 


 誠はランの言葉が気になって繰り返してしまった。その誠に突然ランの表情が変わる。


「あ……!あれだよ。年上はちゃんといたわらないと」 


 明らかにあわてているランだが、誠の母はニコニコと笑っているだけだった。そして薫の目はカウラが手にしている豪華な装飾の施されたかばんへと向かった。


「でもベルガーさん。そのかばんは……」 


 ようやく薫にその話題を振ってもらってカウラの表情が明るくなった。


「ええ、これは西園寺からの誕生日プレゼントですよ」 


「まあ!」 


 驚いたように薫は身を乗り出す。ランも興味を惹かれたようでじっとカウラの手にあるかばんを眺めている。


「なにか?そんなに豪勢なかばんになに入れるんだ?通勤用とか言ったら重過ぎるだろ?」 


 ランはかばんがカウラへのプレゼントだと思ったらしく淡々と次のみかんを剥いていた。


「プレゼントは中身です。夜会用の宝飾品のセットとドレスだそうです」 


 そう言われてもピンと来ないというような表情の薫とラン。そこでようやくカウラは腕の端末を起動させて机の上で画面を広げて見せた。そこには店で誠も見たドレスにティアラ、ネックレスをつけたカウラの姿があった。


「おー!こりゃあすげーや」 


「素敵ねえ」 


 誠もひきつけられたカウラの写真に二人は息を呑む。


「何度見ても素敵ですね」 


「世辞はいいが何も出ないぞ」 


 そう言うとカウラは端末の画像を閉じてしまう。


「なんだよ、もう少し見せろっての」 


 ランはみかんを口に入れながらそう言った。だが、薫がランの後ろの時計を指差す。


「ああ、しょうがねーなー。じゃあ例の件、よろしく頼むぞ」 


 そう言ってランは立ち上がる。薫がそれにあわせようとするのを制すると、そのまますたすたと玄関へと向かった。


『ただいまー!ってなんでちびがここに?』 


『うるせー!仕事だよ』 


『まったくお疲れ様ですねえ。ちっちゃいのにお利口さんで……偉い!キスしちゃう!』 


『アメリア、いつかぼこるからな』 


 玄関でかなめとアメリアの二人に出くわしたランの大声が誠達にも響いてきた。


「怖いわ!ランちゃんがいじめに来たわ!」 


 早足で飛び込んできたアメリアが誠にすがりつく。


『アメリア!聞こえてんぞ!』 


 ランの怒鳴り声。それを振り返りながらふすまを閉めながらかなめが入ってくる。


「また叔父貴は司法局の呼び出しをちっちゃい姐御に肩代わりさせたのかよ。あんまり上と距離とっているといざって時に何押し付けられるかわかんねえぞ」 


 かなめはそう言いながら頭をかく。さすがにその言葉にはカウラもうなづいている。


「ああ、クバルカ中佐から渡されたものだ。なんでも釣り部からの預かり物だそうだ」 


 誠にしがみついているアメリアをにらみつけながらカウラは冊子とディスクを差し出す。しばらく呆然とそれを見つめた後、アメリアは仕方がないというように自分の前に引っ張ってくる。そしてそのままさも当然のようにコタツの誠の隣に座って冊子をめくる。


「あの釣りバカ達も……これなら私も通信端末に転送されてたから見たわよ。丁寧と言うかなんと言うか……」 


「あれじゃないか?通信だと情報漏えいがあるからそれに対応して……」 


 カウラ側に座らなければならなかったかなめが不満そうにみかんを剥いている。だが、その言葉にアメリアは首を横に振った。


「今回の設備導入は法術系システムなのよ。すでにひよこちゃんが何度もそのシステムの調整を依頼していたハンイルの会社と仕様の詰めで通信してたわよ。その筋の諜報機関なら十分承知のシステム、今更情報漏洩も何もないわ」 


 そう言うとアメリアもみかんを手にとる。カウラは仕方がないと言うようにランから渡された書類に目を通していた。


「そう言えば誠ちゃん。今日は22日よ。間に合うの?」 


 アメリアの言葉に誠は我に返る。さっとコタツを出ると立ち上がる。


「じゃあ、僕は作業に入りますから」 


「はいはい邪魔はしねえよ」 


 出て行こうとする誠にかなめは投げやりな言葉をかける。誠はいつものようにそのまま居間を出て行った。


 階段を駆け上がり自分の部屋にたどり着く。


 誠はすでに準備ができている画材の揃った机を見つめてみるが、すぐに彼の右腕の携帯端末に着信があるのに気づいた。


『よう!ご苦労さんだな』 


 通信を開くと相手はかなめだった。ネットワークと直結した彼女の脳からの連絡。誠はしばらく不思議そうに端末のカメラを見つめていた。


『そんなに疑い深い目で見るなよ。一応アレはアタシの上司でもあるんだぜ。多少ご助力をしようと思って……これ』 


 そう言った直後、画像が展開する。


 それは昼間の宝飾店で見たカウラのドレス姿だった。時々恥ずかしそうに下を向いたり、かなめ達から目をそらしたりして動く姿。いつもの堅苦しいカウラの姿はそこには無かった。突然、演芸会で振られたシンデレラの役に当惑している。そんな感じにも見えて誠はうっとりしながらその動きを眺めていた。


 そんなことを考えているといつものかなめの不機嫌な顔が予想できた。


「あれですか、録画してたんですか?」 


『まあな。せっかくついている機能だから使わないともったいないだろ?』 


 引きつった笑みを浮かべているだろうかなめを思い出す。そしてそこにアメリアが突っ込みを入れていることも想像できた。


「ありがとうございます。早速保存しますね」 


『ああ、それとこの動画は24日には自動的に削除されるからな』 


「へ?」 


 誠の驚きを無視するように通信が途切れる。早速近くの立体画像展開装置にデーターを送信してカウラのドレス姿を映す。誠はただうっとりと見とれていた。



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