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第34話 コスチューム

「ご馳走様。それじゃあ僕は……」 


 誠が立ち上がるのを見るとアメリアも手を合わせる。


「ご馳走様です。おいしかったわね。それじゃあ、私も誠ちゃんの部屋に……」 


「なんで貴様が行くんだ?」 


 カウラの言葉にただ黙って笑みを浮かべてアメリアが立ち上がる。その様子を見てそれまで薫の動きに目を向けていたかなめも思い出したような笑みを浮かべる。


「じゃあアタシもご馳走様で」 


「貴様等は何を考えてるんだ?つまらないことなら張り倒すからな」 


 誠達の行き先が彼の部屋であることを悟ったカウラが見上げてくるのをかなめは楽しそうに見つめる。


「ちょっと時間がねえんだよな、のんびりと説明しているような」 


 そう言って立ち上がろうとするかなめを追おうとするカウラを薫が抑えた。


「なにか三人にも考えがあるんじゃないの。待ったほうが良いわよ、誠達が教えてくれるまでは」 


 カウラは薫の言葉に仕方がないというように腰掛けて誠達を見送った。


「なあ、悟られてるんじゃねえのか?」 


 階段を先頭で歩いていたかなめが振り向く。


「そんなの決まってるじゃないの。誠ちゃんが画材を買ったことはカウラちゃんも知ってるのよ。問題はその絵のインパクトよ」 


 そう言ってアメリアは誠の肩を叩いた。


「なんでお二人がついてくるんですか?」 


 さすがの誠も自分の部屋のドアを前にして振り返って二人の上官を見据える。


「それは助言をしようと思って」 


「だよな」 


 あっさりと答えるアメリアとかなめに誠はため息をついた。おそらく邪魔にしかならないのはわかっているが、何を言っても二人には無駄なのはわかっているので誠はあきらめて自分の部屋のドアを開いた。


「なんだ変な匂いだな、おい」 


「油性塗料の匂いよ。何に使ったのかしら」 


 部屋を眺めている二人を置いて誠は買ってきた画材が置いてある自分の机を見つめた。とりあえず誠は椅子においてあった画材を机に並べる。


「あ!こんなところにフィギュアの原型が」 


 幸いなことにアメリアは以前誠が作ったフィギュアの原型に目をやっている。誠はその隙にと買って来た並べた画材見回すと紙を取り出す。


「しかし……凄い量の漫画だな」 


 本棚を見つめているかなめを無視して机に紙を固定する。誠は昔から漫画を書いていたので机はそれに向いたつくりとなっていた。手元でなく漫画にかなめの視線が向いているのが誠の気を楽にした。


 そして紙を見て、しばらく誠は考えた。


 相手はカウラである。媚を売ったポーズなら明らかに軽蔑したような視線が飛んでくるのは間違いが無かった。胸を増量したいところだが、それも結果は同じに決まっていた。


 目をつぶって考えている誠の肩をアメリアが叩く。


「やっぱりすぐに煮詰まってるわね」 


 そんな言葉に自然と誠はうなづいていた。それまで本棚を見ていたかなめもうれしそうに誠に視線を向けてくる。


「まあ、アタシ等の方が奴との付き合いが長いからな」 


「そうよね。あの娘が何を期待しているかは誠ちゃんより私達のほうが良く知っているはずよね」 


 自信満々に答えるアメリアに嫌な予感がしていた。完全に冗談を連発するときの二人の表情がそこにある。そしてそれに突っ込んでいるだけで描く気がうせるのは避けたかった。


「じゃあ、どういうのが良いんですか?」 


 誠は恐る恐るにんまりと笑う二人の女性士官に声をかけた。


「まず、ああ見えてカウラは自分がお堅いと言われるのが嫌いなんだぜ。知ってるか?」 


「ええ、まあ」 


 はじめのかなめの一言は誠も知っているきわめて常識的な一言だった。アメリアは例外としてもそれなりになじんだ日常を送っている人造人間達に憧れを抱いているように見えることもある。特にサラのなじんだ様子には時々羨望のまなざしを向けるカウラを見ることができた。


「それに衣装もあんまり薄着のものは駄目よ。あの娘のコンプレックスは知ってるでしょ?」 


 アメリアの指摘。たしかに平らな胸を常にかなめにいじられているのを見ても、誠も最初から水着姿などは避けるつもりでいた。


「あと、露出が多いのも避けるべきだな。あいつはああ見えて恥ずかしがり屋でもあるからな。太ももや腹が露出しているビキニアーマーの女剣士とかは避けろよ」 


 そんな的確に指摘していくかなめを誠は真顔で覗き見た。二年以上の相棒として付き合ってきただけにかなめの言葉には重みを感じた。確かに先日海に行ったときも肌をあまり晒すような水着は着ていなかった。ここで誠はファンタジー系のイラストはあきらめることにした。


「それならお二人は何が……」 


『メイド服』 


 二人の声があわさって響く。それと同時に誠は耐え難い疲労感に襲われた。


「かなめちゃんまねしないでよね!それにメイド服なら私がプレゼントしたじゃない」 


「それを着せてそれを参考にして描けばいいじゃねえか。それに神前……」 


 ニヤニヤと笑いながら近づいてくるかなめに誠は苦笑いで答える。かなめのうれしそうな表情に誠は思わず身構える。


「考えにはあったんだろ?メイドコスのカウラに萌えーとか」 


 心理を読むのはさすが嵯峨の姪である。誠は思わず頭を掻いていた。


「ええ、まあ一応」 


 そんな誠の言葉にかなめは満足げにうなづく。だが突然真剣な、いつも漫画を読むときの厳しい表情になったアメリアがいつもどおりに誠に声をかける。


「まあ冗談はさておいて、何が良いかしら」 


「冗談だったのか?」 


 かなめの言葉。彼女が本気だったのは間違いないが、それにアメリアは大きなため息で返す。そんな彼女をかなめはにらみつける。いつもどおりの光景がそこにあった。


「当たり前でしょ?メイド服は私のプレゼントだけで十分。他のバリエーションも考えなきゃ」 


 自信満々にアメリアは答える。かなめは不満げに彼女を見上げた。


「そこまで言うんだ、何か案はあるのか?」 


 もはや絵を描くのが誠だということを忘れたかのような二人の言動に突っ込む気持ちも萎えた誠は椅子に座ってじっと二人を見上げていた。


「一応案はあるんだけど……誠ちゃんも少しはこういうことを考えてもらいたい時期だから」 


 アメリアは神妙な顔でそう言った。


「何の時期なんだよ!」 


 かなめが突っ込む。だが、アメリアのうれしそうな瞳に誠は知恵を絞らざるを得なかった。


「そうですね……野球のユニフォーム姿とか」 


 誠はとりあえずそう言ってみた。アンダースローの精密コントロールのピッチャーとして草野球リーグでのカウラの評判は高かった。俊足好打で知られているアメリアと外野の要で一番バッターを務める島田を別格とすれば注目度は左の技巧派として知られる誠の次に評価が高い。


「なるほどねえ……」 


 サイボーグであるため大の野球好きでありながらプレーができずに監督として参加しているかなめが大きくうなづいた。


「でも、意外と個性が出ないわよね。ユニフォームと背番号に目が行くだろうし」 


 アメリアの指摘は的確だった。アンダースローで司法局実働部隊のユニフォームを着て背番号が18。そうなればカウラとはすぐわかるがそれゆえに面白みにかけると誠も思っていた。


「それにカウラちゃんのきれいな緑の髪が帽子で見えないじゃない。それは却下」 


 そんな一言に誠は少しへこむ。


「そう言えば去年の時代行列の時の写真があっただろ?あれを使うってのはどうだ?」 


 かなめはそう言って手を打った。豊川八幡宮での節分のイベントに去年から加わった時代行列。源平絵巻を再現した武者行列の担当が司法局実働部隊だった。鎧兜に身を固めたカウラやかなめの姿は誠の徒歩武者向けの鎧を発注するときに見せてもらっていた。凛とした女武者姿の二人。明らかに時代を間違って当世具足を身につけているアメリアの姿に爆笑したことも思い出された。


「あの娘、馬に乗れないわよね。大鎧で歩いているところを描く訳?それとも無理して馬に乗せてみせる?」 


 アメリアの言葉にまた誠の予定していたデザインが却下された。鉢巻に太刀を構えたカウラの構図が浮かんだだけに誠の落ち込みはさらにひどくなる。


「あとねえ……なんだろうな。パイロットスーツ姿は胸が……。巫女さんなんて言うのはちょっとあいつとは違う感じだろ?」 


「巫女さん萌えなんだ、かなめちゃん」 


 アメリアがかなめの言葉を聞くと満面の笑みを浮かべる。


「ちげえよ馬鹿!」 


 ののしりあう二人を置いて誠は頭をひねる。だが、どちらかといえば最近はアメリアの企画を絵にすることが多いこともあってなかなか形になる姿が想像できずにいた。


 かなめも首をひねって考えている。隣で余裕の表情のアメリアを見れば、いつものかなめならすぐにむきになって手が出るところだが、いい案をひねり出そうとして思案にくれていた。


「黙ってねえで考えろ」 


 誠にそう言うかなめだが案が思いつきそうに無いのはすぐにわかる。


「じゃあ……甲武風に十二単とか水干直垂とか……駄目ですね。わかりました」 


 闇雲に言ってみても、ただアメリアが首を横に振るばかりだった。かなめはアメリアの余裕の表情が気に入らないのか口元を引きつらせる。


「もらってうれしいイラストじゃないと。驚いて終わりの一発芸的なものはすべて不可。当たり前の話じゃない」 


「白拍子や舞妓さんやおいらん道中も不可ということだな」 


 かなめの発想にアメリアは呆れたような顔をした後にうなづく。それを聞くとかなめはそのままどっかりと部屋の中央に座り込んだ。部屋の天井の木の板を見上げてかなめはうなりながら考える。


「西洋甲冑……くの一……アラビアンナイト……全部駄目だよな」 


 アメリアを見上げるかなめ。アメリアは無情にも首を横に振る。


「ヒント……出す?」 


「いいです」 


 誠は完全にからかうような調子のアメリアにそう言うと紙と向かい合う。だがこういう時のアメリアは妥協という言葉を知らない。誠はペンを口の周りで動かしながら考え続ける。カウラの性格を踏まえたうえで彼女が喜びそうなシチュエーションのワンカットを考えてみる。基本的に日常とかけ離れたものは呆れて終わりになる。それは誠にもわかった。


「いっそのこと礼服で良いんじゃないですか?東和陸軍の」 


 やけになった誠の一言にアメリアが肩を叩いた。


「そうね、カウラちゃんの嗜好と反しないアイディア。これで誠ちゃんも一人前よ。堅物のカウラちゃんにぴったりだし。よく見てるじゃないのカウラちゃんのこと」 


 満面の笑みで誠を見つめるアメリア。しかしここで突込みがかなめから入ると思って誠は紙に向かおうとする。


「それで誰が堅物なんだ?」 


 突然響く第三者の声。アメリアが恐る恐る声の方を振り向くとカウラが表情を殺したような様子で立っていた。


「あれ?来てたの」 


「鍵が無いんだ、それに私がいても問題の無い話をしていたんだろ?」 


 そう言って畳に座っているかなめの頭に手を載せる。かなめはカウラの手を振り払うとそのまま一人廊下に飛び出していった。


 カウラはじっと誠に視線を向けてきた。


「プレゼントは絵か」 


「ええ、まあ……」 


 そう言う誠にカウラは微笑んでみせる。


「とりえがあるのは悪いことじゃない」 


 そう言うとカウラは誠から目を離して珍しいものを見るように誠の部屋を眺め回した。


「漫画が多いな。もう少し社会勉強になるようなものを読んだほうが良いな」 


 誠もアメリアも歩き回るカウラを制するつもりも無かった。どこかしらうれしそうなそんな雰囲気をカウラはかもし出していた。


「気にしないで作業を続けてくれ。神前は本当に絵が上手いのは知っている話だからな」 


 そう言うとカウラは棚の一隅にあった高校時代の練習用の野球のボールを手にする。


「カウラちゃんあのね……」 


 アメリアがようやく言葉を搾り出す。その声にカウラが振り向く。引きつっているアメリアの顔に不思議そうな視線を投げかけてくる。


「あれでしょ?もらったときに見たほうが楽しみが増えたりするでしょ?」 


「そう言うものなのか?クラウゼのふざけた意見を取り入れた絵だったりしたら怒りが倍増するのは確実かもしれないが」 


 今度はカウラはその視線を誠に向けてくる。確かに先ほどの意見のいくつかを彼女に見せれば冷酷な表情で破り捨てかねないと思って愛想笑いを浮かべる。


「なるほど、内緒にしたいのか。それなら別にかまわないが……西園寺!」 


 カウラの強い口調に廊下で様子を伺っていたかなめが顔を覗かせる。


「こちらは二人に任せるが貴様の明日の都心での買い物。私もついて行かせてもらうからな」 


「なんでだよ。アタシも秘密にしておいて……」 


 そこまで言ったところで先ほどとはまるで違う厳しい表情のカウラがそこにいた。


「まあ数千円の買い物ならそれでもかまわないが貴様は……」 


 カウラは呆れたようにかなめを見つめる。誠も昨日、かなめが気に入らないと買うのをやめたティアラの値段が数百万だったことを思い出しニヤニヤ笑っているかなめに目を向けた。


「なんだよ、実用に足るものを買ってやろうとしただけだぜ。アタシの上官が貧相な宝飾品をつけてそれなりの舞台に立ったなんてことになったらアタシの面子が丸つぶれだ」 


 そう言うと立ち上がり、かなめは自分より一回り大柄なカウラを見上げる。だがカウラもひるむところが無かった。


「身につけているもので人の価値が変わるという世界に貴様がいたのは知っている。だが、私にまでそんな価値観を押し付けられても迷惑なだけだ」 


 カウラの言葉がとげのように突き刺さったようでかなめは眼光鋭くカウラをにらみつけた。


「そんなに難しく考えるなよ。要するにだ。アタシの満足できる格好でそう言う舞台に出てくれりゃあいい。それだけの話だ」 


 そこで話を切り上げようとするかなめだが、カウラはそのつもりは毛頭無かった。


「貴様の身勝手に付き合うのはごめんだな。それならアメリアにも買ってやる必要があるんじゃないのか?」 


 カウラの言葉に手を打つかなめをアメリアはまばゆい光をまとっているような目で見つめる。


「ああ、そうだな。オメエいるか?」 


 かなめは渋々そうつぶやいた。だが目の前には満面の笑みで紺色の髪を掻きあげるアメリアの姿がある。


「断る理由が無いじゃないのよ……お・ひ・め・さ・ま!」 


「気持ち悪りい!」 


 しなだれかかるアメリアをかなめは振り払う。だが、その状況でカウラはかなめに高額な宝飾品を断る理由が無くなった。


「でもあまり派手なのは……」 


 そんなカウラの肩に自信を持っているかなめが手を乗せる。


「わかってるよ。アタシの目を信じな」 


 かなめには自信がみなぎっている。そんな表情は模擬戦の最中にしか見れないものだった。隣のアメリアもうれしそうに妄想を繰り広げている。


「じゃあ私の目にもかなうもので頼む」 


 カウラは場が明らかにかなめのペースに飲まれていると感じて不安げに誠に目をやりながら引き下がろうとする。だが、この状況でかなめが彼女を巻き込まないはずが無かった。


「あれ?ついてくるって言わなかったか?自分のセンスで選ぶんだろ?まあセンスがテメエにあればの話だがな」 


 かなめはそう言って目じりを下げる。カウラはおどおどと戸惑う。アメリアはまだ妄想を続けていた。


「安心しろよ。アタシが行く店は信用が置けるところばかりだからな。つまらないものはアタシが文句を言って下げさせて見せるぞ」 


 かなめは当然のように胸を張る。それをカウラはさらに心配性な表情で見つめる。すっかり四人で中心街に向かうことになってため息を漏らす誠だった。


「で……僕の絵は?」 


「楽しみにしている。西園寺の贈り物よりはな」 


 カウラはそれだけ言うと出て行った。


「結構な出費になりそうね」 


 そう言ってにやけたアメリアだが、かなめは別のそれを気にする様子は無かった。


「まあ、何とかなるだろ。……神前、あんまり根はつめるなよ」 


 そう言うとかなめは右手を上げてそのまま出て行く。それにつられて興味を失ったようにアメリアも続いた。


 誠はようやく独りになって礼服姿のカウラを想像しながら下書きに取り掛かろうとした。



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