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第15話 小さな監視者

 冬の夜。冷たい山脈越えの乾いた北風が髪をなびかせる。小型の赤外線反応式暗視双眼鏡を手にした少年は小高い山の上からじっと東和でも屈指の軍港である新港に浮かぶ貨物船を眺めていた。


「ずいぶんとまあ慎重なことで。さすがに『あれ』を運ぶにはあのくらいの護衛をつけたくなるのもわかるな」 


 そう言って少年は隣の背の高い少女に双眼鏡を手渡した。


「見る必要なんて無いわ。このまま何事も無く豊川市の菱川重工の中の司法局実働部隊に届くのを見守る。それが任務ですもの」 


 手渡された双眼鏡はアメリカ製の高級乗用車の運転手から顔を出している背広の男に渡された。


「寒くないのか?君達は」 


 男はうすいデニム地のジャケットを引っ掛けている少年を見上げる。少女も薄手のセーターを着込んだだけの格好で冷たい北風の中に立っている。少年、ジョージ・クリタはうれしそうに男から再び双眼鏡を受け取って、煌々と夜間作業で貨物船から運び出されるコンテナを見つめていた。


 空中にいくつか点のようなものが見える。それが東都警察の空中待機中のドローンであることはクリタ少年にはすぐに分かった。


「厳重な警戒とはこういうことを言うんだろうね。実際、法術関係の捜査機関が先日の同盟厚生局の暴走で再編成を迫られている時期だ。そこにこれだけの護衛を付けれるとは……さすがだね」 


「感心しているばかりじゃいけませんよ」 


 胸の辺りまでの身長しかないクリタ少年をたしなめるように少女はそう言った。男は正直、彼女の無表情が恐ろしかった。


 法術師の存在は、地球人がこの星の先住民族『リャオ』と出合って数年で植民を始めた地球各国の首脳には知らされていた。そしてそれは入植の中心的役割をになっていたアメリカ軍の研究対象となった。


 第四惑星でテラフォーミング業務とコロニー建設の護衛を勤めていた甲武での旧日本出身の軍人による叛乱や、入植者と先住民の結束した地球からの独立運動により地球は遼州経営を諦めることになった。だがその後も地球の列強と遼州星系の国家は遼州からの出稼ぎの移民があらぬ差別を受けることを危惧して法術師の存在を隠していた。そして利害の一致した遼州諸国と連携して法術関係の技術の無期限凍結に関する条約を結ぶことになった。


 それから四百年。一人の冴えない青年、神前誠の示した法術の力が各国に法術師の存在を思い出させることになった。秘密裏の研究ばかりだった法術関連技術は白日の下に晒され、違法研究を行っていた研究者の断罪を叫ぶ声が日に日に増しているところだった。


 かつて法術師を創造した異世界文明が法術師の為の戦機として開発したアサルト・モジュールを模したオリジナル・アサルト・モジュール、『武悪』を積んだ輸送船が新港に入港しようとしていた。


「『武悪』ねえ……狂言の面の名前を呼称にするとはさすがに甲武人なんだな、嵯峨惟基と言うおっさんは」 


 クリタはニヤニヤと笑いながら港の光に目を向けている。


「でもあなたも同じ遺伝子で作られているのよ、何か感じないの?」 


 少女の言葉にクリタは一度顔を少女に向けるが、変わることの無い少女の表情に飽きて再び港に目を向ける。


「司法執行機関の法術使用の限定措置に関する法律。まあ試案が出来るのもそう遠くないだろうからね。その前に制限に引っかかる可能性のあるアサルト・モジュールを配備する。嵯峨と言う人は面白い人だね」 


 このとき初めて少女は笑みのようなものを浮かべて港を見つめていた。


 急に少女はドアを開いて車に戻る。少年がその様子にあっけに取られていると急に強い光が彼を包み込んだ。


「君達!そこで何をしている!」 


 東和警察の機動隊隊員と思われる二人の警官が車に近づいてくるのが見える。それをめんどくさそうに見つめたクリタ少年は静かにファスナーを下ろすと小便を始めた。


「オジサン達!ごめんね。おしっこが……」 


 近づいてきた警官のうち、頬に傷のある巡査長の顔に笑みが浮かぶ。


「坊ちゃん、そんなところでしちゃ駄目だよ。近くに公衆トイレがあるはずだから……」 


 そこまで言ったところで太り気味の方が相棒のわき腹を突いた。彼の視線が車のナンバープレートに移るとその表情に驚きが走る。


「外ナンバー?地球の連絡事務所の専用車両ですか」 


 二人の表情が厳しいものに変わる。肩から提げていたカービン銃に手をかける二人。それを見て運転席の男は車から降りた。


「すみませんね。カクタとか言う町の交流イベントの帰りでしてね」 


 男の言葉を口をあけて聞いていた警官も相手が大使館の関係者と聞いて、ヘッドギアに付けられた通信機で本部に連絡を送る。


「本当に申し訳ないね。おう、ジョージ。済んだか?さっさと帰らないとお父さんが心配するよ」 


 クリタ少年は警官達が神妙な顔で本部との交信を続けているのを見て舌を出しておどけてみせる。そんな彼を軽蔑のまなざしで見上げる少女。一瞬止んでいた北風が再び彼らの間を吹きぬけていく。


「そうですか。本部から後で連絡事務所に確認が行くと思いますので」 


 太った警官の言葉に男は愛想笑いを浮かべる。


「本当にお手間を取らせましたね。それにしてもずいぶん派手に照明を使っての搬入作業ですねえ……何を運んできたんですか?」 


 そんなジョージの何気ない言葉に警官達はピクリと反応する。それを見て車に乗り込もうとしていたジョージはドアに手をかけたままじっとしている。その瞳は興味深げに警官達の反応を観察することに決めたように車の屋根をぎょろぎょろと見回す。


「残念ながらお答えできかねます」 


 警官の表情が凍りつく。男はさらに質問をしようと思うが、上司からの指示『目立つことはするな』と言う一言を思い出した。


「じゃあ、お仕事がんばってくださいね」 


 そう言って男は運転席に身体を沈めた。それを見てクリタ少年は素早く車に乗り込む。


「お答えできませんだって!馬鹿じゃないの?あの中身が化け物みたいに強いって言われているアサルト・モジュールだってちょっと調べれば僕だってわかるよ」 


「仕方ないですわ。それがあの方達のお仕事ですもの」 


 後部座席に座る二人のとりとめのない話題に苦笑いを浮かべる。


「それじゃあ見物はこれくらいにしようか」


 男はそう言うとそのまま車をバックさせた。


「運転は慎重にしてよ。ここで事故ってさっきの警察官に救援を呼ばれたら面倒なことになるからね」


「言われなくても……」


 クリタ少年の言葉に苦笑いを浮かべながら男は車を国道に続く側道に向けた。




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