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第10話 定時

「こういう時はあれだろ?男が仕切って何とかすると言うのが……」 


 得意げに語るかなめの視線が隣の狭苦しそうにひざの先だけコタツに入れている誠に向く。


「へ?」 


「そうね、それが一番じゃないかしら」 


 同意するアメリアの視線がカウラに向く。カウラの頬が朱に染まり、ゆっくりと視線が下に落ちる。


「もう!カウラちゃんたら!本当にかわいいんだから!」 


 そう言ってアメリアはカウラにコタツの中央のみかんの山から一つを取って彼女に渡す。


「ほら!おごりよ。遠慮しないで!」


「あっ……ああ、ありがとう?」 


 とりあえず好意の表れだと言うことはわかったというように、カウラがおずおずと顔を上げて、アメリアから渡されたみかんを手に取る。そしてかなめとアメリアが薄ら笑いを浮かべながら視線を投げつけてくるのを見て困ったように誠を見つめた。


 誠も隣で身体を摺り寄せてくるかなめを避けながら視線をカウラに向けた。


 二人の視線は出会った。そしてすぐに逸らされ、また出会う。


 その様子に気づいたのはかなめだったが、自分が仕向けたようなところがあったので手が出せずにただ頭を掻いて眺めているだけだった。アメリアはすでに飽きてひたすら端末をいじっているだけだった。


「あ!誠ちゃんとカウラちゃんがラブラブ!」 


 そこに突然響いたデリカシーのない女性の声に誠はゲートの方を振り向いた。


 サラの目が見える。その後ろには彼女のポップなピンク色の軽自動車が停まっていた。


「サラは帰りなんだ」 


「そうよ!」 


 帰ってきてすぐに顔を出した修羅場での死んだ表情はそこには無く、アメリアの問いに元気良く答えるサラがあった。


「じゃあゲート開けて」 


 仕方なくせかせかと歩いていった誠がゲートの操作ボタンを押す。


「ありがとうね!」 


 サラはそう言うとそのまま走って消えていく。誠は疲労感を感じながらそのままコタツに向かった。


「タフよねえ。サラは。さっきまで死にかけてたのにもう復活してるなんて」 


 そう言いながらアメリアはもう五つ目のみかんを剥き始めていた。


「まあ元気なのは良いことじゃないのか?」 


 同じくカウラはみかんを剥く。かなめは退屈したように空の湯飲みを握って二人の手つきを見比べている。


「どうしたのよ、かなめちゃん。計画はすべて誠ちゃんが立ててくれることになったからって……」 


「アメリアさん。いつ僕がすべてを決めると言いましたか?」 


 異論を挟む誠だが、口にみかんを放り込みながら眉を寄せるアメリアを見ると反撃する気力も失せた。


「……わかりました……帰ったら考えます」 

 

 誠はそう言うのが精一杯だった。


 アメリアは誠を見て満足げに笑う。その時、終業のチャイムが警備室にも響いてきた。 


 終業のベルを聞いてもゲートには人影が無かった。定時帰りの多い運航部の女子隊員今日はアメリアの無茶に付き合わされて不在、年末で管理部は火のついたような忙しさ。当然定時にゲートを通ろうとする人影は無かった。


 出動の無いときの運行部は比較的暇なのはゆっくりみかんを食べているアメリアを見れば誠にもわかる。それでもいつも更衣室でおしゃべりに夢中になっていることが多いらしく、報告書の作成の為に残業した誠よりも帰りが遅いようなときもあるくらいだった。


「みかんウマー!」 


 全く動く気配が無いアメリアがみかんを食べている。隣のカウラも同じようにみかんを食べている。


「しかし……退屈だな」 


 かなめは湯飲みを転がすのに飽きて夕暮れの空が見える窓を眺めていた。


「誕生日ねえ……」 


「ああ、かなめちゃんって誕生日は?」 


 突然アメリアが気がついたように発した言葉にかなめの動きが止まる。しばらく難しい表情をしてコタツの上のみかんに目をやるかなめ。そして何回か首をひねった後でようやくアメリアの目を見た。


「誕生日?」 


「そう誕生日」 


 アメリアとかなめが見詰め合う。カウラは関わるまいと丁寧にみかんの筋を抜く作業に取り掛かり始めた。誠は相変わらずコタツに入れずに二人の間にある微妙な空気の変動に神経を尖らせていた。


「そんなの知ってどうすんだよ。それに隊の名簿に載ってるんじゃねえのか?」 


 投げやりにそう言うとかなめはみかんに手を伸ばした。


「そうね」 


 そう言うとアメリアは端末に目をやる。かなめが貧乏ゆすりをやめたのは恐らく電脳で外部記憶と接続して誠の誕生日を調べているんだろう。そう思うと少し誠は恐怖を感じた。


「八月なの?ふーん」 


「悪いか?神前だってそうだろ?」 


 かなめはそう言って話題を誠に振る。アメリア、カウラの視線も自然と誠へと向かった。


「え?僕ですか?確かにそうですけど……」 


 誠は突然話を振られて頭を掻く。その時背中で金属の板を叩くような音が聞こえて振り返る。


「皆さんお揃いで……」 


 そこにいたのは医療担当の神前ひよこ軍曹だった。看護師である彼女は正直健康優良児ぞろいの司法局実働部隊では暇人にカテゴライズされる存在である。


「ああ、ひよこちゃん」 


 アメリアの言葉にひよこはつぶらな瞳を光らせた。


「暇そうですね」


「暇と言うより今は色々考えてるの」 


「そうなんですか……それよりあれ」 


 ひこよはそう言うとゲートを指差す。ゲートは閉じている。その前にはポップな軽自動車がその前に止まっていた。


「ゲート開けといてもいいんですよ」 


「へ?」 


 誠はひよこの一言に驚いた。一応は司法特別部隊という名目だが、その装備は軍の特殊部隊に比類するような強力な兵器を保有する司法局実働部隊である。誠の常識からすればそんな部隊の警備体制が先ほどまでも誠達の状況ですらなり緊張感に欠けると叱責されても仕方の無いことと思っていた。


 だが目の前のひよこは常にこのゲートがこの時間は開いていたと言うような顔をしている。


「あのー、開けといたらゲートの意味が無いような……」 


 ひざ立ちでずるずるひよこのところに向かう誠をひよこは冷めた目で見つめてくる。


「まあ、そうなんですけど。いつもなら今の時間はゲートは開きっぱなしですよ」 


 さすがにその言葉の意味が分かったというようにひよこは苦笑する。彼女もまた東和共和国陸軍からの出向である。この異常にルーズな体制には彼もはじめは戸惑ったに違いないことは誠にも分かった。


「ああ、アタシ等はいつも残業があるからねえ。定時に帰れる人はうらやましいや!」 


 みかんを手にしながらのかなめの一言にひよこの顔が曇る。とりあえず話題が変わってほっとするが間に立つ誠は二人の間でおろおろするしかなかった。


「でもそれでいいならそうすれば。誠ちゃん」 


 アメリアのその一言で誠はゲートを上げた状態で止まるように操作した。


「じゃあ失礼しまーす」 


 そう言うとひよこは足早に車に乗り込み消えていった。


「それにしても……たるんでやしないか?最近」


 かなめのつぶやきにアメリアは笑みを浮かべる。


「いいんじゃないの?平和な証拠よ」


 そう言いながら5個目のミカンに手を伸ばすアメリアだった。

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