芋虫とゾンビ
ひぃちゃんの家の話をしましたが、実はもうそのお家はありません。
竹藪もほとんどなくなってしまいました。
ひぃちゃんは四姉妹。ご両親もご健在。昔はおじいさんもおばあさんもいらっしゃった。
その頃はその広さでよかったし、広さを利用してホームステイなどをされていた事もあるようでしたが、今はお姉さん二人は嫁いで、おじいさんもおばあさんもいらっしゃらない。
家が広すぎて逆に不便なので、手狭なお家に引っ越そう計画が持ち上がり、隣県に引っ越されました。
まぁ、引っ越す時も一筋縄ではいかず、色々悩み事があったようで愚痴を聞いたものです。
結局、家族の条件をあれこれと聞いているうちに、前の家より広いお家に引っ越しをされたのです(笑)
それも、すごく特殊なお宅で、お能の舞台があるお家。お能の舞台の向かいは壁一面の鏡。
お弟子さんの居住スペースも別であるので二世帯住宅のようなもの。
探してもそんなお宅、なかなか見つかるものではないはず。
さすが話題に事欠かない「もっている」ひぃちゃん。
敷地自体は狭くなったのですが、建物の面積的には同等かそれ以上。
本当になんで引っ越したん?とよく聞いたものです。
実際に生活をするうえで、リフォームして舞台は取り除き(この時点で前住者は舞台のある部屋以外が住居なわけで……)、キッチンとリビングにされてはいたのだけど、リビングはとりあえず数人でマイムマイムが踊れるくらい広い&一面の鏡。
何度もお邪魔させてもらいましたが、いつも圧巻のリビングでした。
という事で、今は無きお家絡みの小ネタ(今回はホラーではないバージョン)を書こうと思います。
その前のお家を手放すという時、お庭にある大きなジャスミンの木の枝を分けてもらう事になったので、夕食を終えてから車で向かいました。
もう夜だったので暗い中、枝を何本かひぃちゃんが切って渡してくれたので、帰り道はそれをダッシュボードの上に置いて、帰路へ。
その道中、枝が視界の端で動いているのです。
嫌な予感がして、信号で車が止まった時によく観察すると幼虫が!幼虫が困った顔をしてこっち見てる!
……心臓が止まるかと、
そりゃまぁ、ジャスミンといえば柑橘系。
蝶が卵を産み付けるのは自然な話です。
でも、わざわざその枝を選ばなくても!
わざとじゃないことはわかっていましたが、苦情の電話を。まぁ、笑われて終わりでしたが。
そういう人です。
生い茂ったたくさんある枝の中かから、ある意味当りを引くのがひぃちゃんです。
前のお家に学生時代はよくお邪魔したのですが、働きだしてから会う事自体、なかなかできなくなってしまって居たのですが、ある時、ひぃちゃんからお誘いの連絡がありました。
知っている方がいるかもしれないのですが大阪の新世界をゾンビでジャックするというお祭り。
そのゾンビをやりたいから一緒にどうだというのです。
でもその為には、スリラーを踊ることが必須。
私はダンスがめっぽうダメで、ひぃちゃんも得意な方ではないはず。
私たちの学校は「数学」「国語」「体育」みたいに「ダンス」という教科がある特殊なカリキュラム。
なので一年中ダンスの授業がある環境だったので、お互いにどれくらいのレベルなのかは知っているはずなのに!
ダンスが苦手な私は、最初は乗り気ではなかったものの、数百人が一斉に踊るから大丈夫と謎の太鼓判を押され、しかも特殊メイクの学校に通っている学生や先生がメイクをしてくれるんだと、それはそれは猛プッシュで。
根負けをして私も参加することになりました。
とは言いつつ、ダンスの事は気分が重たかったのですが、どうにかなるか……と自分を納得させていた矢先、ダンスのワークショップに行ってその甘っちょろい考えは打ち砕かれました……
素人が踊ることを踏まえて簡単な振付になっていると思うのだけど、そのレベルに私は全く達していないのです……
ダンスが得意、もしくは、昔やっていた、もしくは、ダンスが好き、というカテゴリーの素人と、ダンスが嫌いで避けて生きてきたズブズブの素人では、同じ素人でも「かりんとう饅頭」と「土団子」くらい違うのです!
しかも参加を登録したのは終盤で、その頃になるとワークショップは一回きり。その一回も遅刻したのです……
(だって用事を終わらせてから電車を乗り継いで遠い地まで行かねばならず……。社会人とは、)
それはそれは顔面蒼白で帰宅しました。
ひぃちゃんもそれは同じだったようで、ここから私とひぃちゃんの青春スポ根が始まりました。
とりあえず何処かで一緒に練習しようと。
私は道路の高架下とかで車のステレオから音を出して練習したら日陰だしいいか。と思っていたのですが、ひぃちゃんはそこでほぼ交通量ゼロだけど、タクシーの運転手さんが車の整備したり暇をつぶしているそこはお気に召さなかったようで、ひぃちゃんの家でやることに。
本当に敷地が広く、家の前の砂利の部分は(狭めの幼稚園の運動場くらいはある)ダンスをするには最適……ではあるのだけど、とにかく影が無い。
それは5月で一番日差しがきつい時期。
幸か不幸か天気にも恵まれて、カンカン照りの、しかも夏本番くらい湿度の高い中地獄の猛特訓が始まったのです。
学生時代に演劇をしたり、本を書いたりして過ごし、そっち方面での青春は謳歌したつもりでしたが、運動会も球技大会も、ダンスの発表会も適当にやり過ごしてきた身としては、二人とも「私たち、今、青春してるね!」って感じでした。
数日練習を繰り返し、なんとかぎこちなくも曲終わらせられるくらいまでは漕ぎつけ、スリラーの国の市民権を端っこにでも得られたのではないかなと思い、安堵の気持ちで本番を迎えました。
当日は朝から新世界に行き、本当にゾンビが出てきそうな(失礼)商店街の一角であわただしく、まるで戦いの様にメイクと着替えが行われました。
なにせ、参加人数が大量だったのに対して、メイク班は人数が限られているのです。
自分で切ったり汚したりしてきた洋服に着替えるや否や、寄ってたかって数人に取り囲まれてガンガンにゾンビメイクを塗りたくられ(顔だけではなく肌が出ている所は全部)、髪もぼっさぼさにセットされました。
その隣では、ひぃちゃんも然り。
それ自体はわくわくして楽しかったのですが、やはりダンスが心配。
だって、一度も周りの人と合わせたことが無いのですから。
街ジャックまでの時間は自由行動で、新世界の中を歩き回り、傍から見ると「今日は調子のいいゾンビ」のような感じで買い食いをしたり写真を撮ったり。
出くわした子供には、須らく大泣きされましたが……
通天閣下の中華屋さんでお昼を済ませたり、とてもいい思い出になりました。
その間に知り合った、同じエリアで踊る予定の男性ゾンビと仲良くなり、ダンスが不安だと打ち明けると適当で大丈夫ですよ、と教えてくれたのだけれど、練習しておきますか?と見せてくれた彼の踊りで仮病で不参加表明したくなり……
というのも、彼はどうやらダンスの先生をされているそうで、そりゃうまいわ。
そしてゾンビが踊っている、というニュアンスのアドリブが入っているため、上手すぎて真似も出来ないし参考にもならない。
見て踊ると混乱して、振付を忘れてしまう……今一番出会ってはいけない人!
路地で大通りをジャックする瞬間まで身を潜めている間も、新聞の取材で集合写真を撮られている間も、知らないゾンビ同士が、昔ダンスをやっていたとか「もう体が動かなくて」とかそういう話をしていて、ワタシハ……
もう最高潮に青ざめたのだけれど、ひぃちゃんはまぁ、何とかなるって、と楽しそうだった。
ひぃちゃんは、いつでも「楽しそうな事」への好奇心がすごいのだ。
本番は、多分私は……周りの人たちのキレッキレのダンスに動揺して訳の分からない動きをして、かなり悪目立ちをしていたと思うのだけれど、ひぃちゃんの言う通り、何とか終えることができてホッとしました。(踊れていたかと言うと、踊れていなかったと思う)
ひぃちゃんも満足そうだった。
しかし、ここから悲劇が……、というか悲劇はずっと身を潜めて存在していたのだけど。
ひぃちゃんは無類の肌弱人間なのです。
知っていたけど、ダンスが踊れない不安で失念していました。
例のゾンビが出そうな商店街の一室でゾンビたちとしっちゃかめっちゃかになりながらメイクを落として洗顔をすると、ひぃちゃんの肌が真っ赤!
見るからに痒そう。
顔も首筋も腕も。パンパンに真っ赤で。
こうなることはわかっていたのだけど、「楽しい事がしたい」と「肌が激よわ」を天秤にかけて、楽しい事が勝ったのでしょう。
だから「痒いー!」と言いながら、どこか満足そうで。
後から思えば、当日までにブースターは最大限にかかっていて、練習時の砂利の照り返しと汗、少しでも動くと舞い上がる砂埃、そしてシンプルに初夏の紫外線。最後はトドメの敏君肌用ではない特殊メイク。
肌を酷使して、その後きっと熱も出したのではないだろうかと思っているのだけど、そこはもう聞くことができない。
でも確かに、他では出来ない非日常の楽しい体験が出来て本当に良かったなと、ひぃちゃんがいなくなってしまった今は思う。
楽しい事に貪欲なひぃちゃんのエピソード。
まだちょっと続きます。
お付き合いください。