笑いの神からの寵愛
ひぃちゃんとは中学から友達だったけれど、同じグループにいるというだけでその中で特に仲が良かったわけでは無かった。
というのも通学路が真逆だったので、どうしても同じ方向の友達と一緒にいる時間が長い分、そういう順位みたいなものが付いてしまう。
学校の最寄り駅から、逆方向。
しかし……いや、これを読んでいる奇特な人にも同じような経験があるかもしれない。
学生の時に特別仲が良かったわけではない友達と、卒業後に誰よりも親交があるという状況。
本当に不思議だと思う。
私の知り合いも、同じような話をしていた。
ただのクラスメートだった人と、社会人になってからつるんでいて、結婚式の幹事までやってもらったとか、そんな話も聞いた。
学生の時の繋がり方と大人になってからとでは変わるものなんだなぁと。
その上で同じ時代、同じ空間、同じ経験を共有している彼女はとても居心地が良かった。
(お互い黒歴史も知っているし……)
卒業後、高校までの仲間と時々集まってはいたけれど、卒業間近の時期にグループ内のSとNの間で一悶着あったこともあり、そのことを口に出す事をタブーとはしなかったものの、話すものもいないし、彼女たちも集まりに呼ぶことも出来ず、なんとなく疎遠になってしまった気がする。
そんな中でも、私がお芝居をやっていたり、バンドでボーカルをやっていたこともあり、芸大に進学をしたひぃちゃんは事に触れ、色々と誘ってくれたり連絡をくれた。
私が高校の時に今や黒歴史である詩集を芸大の先生(という事は芸術家で個展なんかも開ている方なのだが……ここでは書けないけど、かなり有名な会社のロゴを作った方とか、シュールな映像作品で今でもときどきテレビでお見かけする方とか……)に、それを見せて、それでインスピレーションを受けて作品を作っているとか……
実際にそうなったかは確認していないので、顛末はわからないけれど。
学部内のバンドをやっている友達のライブに誘ってくれたり、卒展や先生の個展に誘ってくれたり、私のお芝居やライブを見に来てくれたり。
今思えば、会うたびに馬鹿な話もしたけれど、深夜に仲の良いネット住民とチャットで話すような濃く深い事も話していたなぁと思う。
不思議に喧嘩は無かった。
お互い、価値観が違ったしもちろん意見が合わないことも多々あったけど、それぞれが「こう思う」「こう考える」という事を分析して話す事を尊重していた。いや、尊重してくれていたな。ひぃちゃんの方がずいぶん大人だったと思う。
一度ひぃちゃんは遠くに就職してしまったので、その時はなかなか会うことは出来なかったが、あまりのブラックに耐え兼ねてこちらに帰って来てからはまた、ライブなどに来てくれるようになった。
最後にライブに来てくれたのは……お寺でやったライブだろうか。
彼女と会う約束をする時、いつもその日に会うまで、会う事は確約ではない。
というのも、ひぃちゃんは笑いの神の寵愛を受けていて(←)なかなかに人生ハードモードなのだ。
学生の頃は、毎日のように会っていたわけだが、頻繁にどこかに包帯を巻いてた。
代表的な事例はこれだな。
足の骨折かなにかで長期間体育の授業を見学していた時があって、これ以上単位を落とすとヤバいよ、というくらい体育を見学していたものだから、授業に参加することを心待ちにしてやっと参加できる!というその授業で、指を突き指して見学になったのだ。
その時は違うクラスだったのだが、放課後に見ると指に包帯がぐるぐると巻かれていたのを思い出す。
電柱にぶつかって、おでこにたんこぶ……なんて生易しくて、ぶつかったことに驚き、咄嗟に上を向いて鼻筋と顎を思いっきりすりむいたり、捻挫やら骨折やら、いつも何か話題を提供してくれた。(不本意だろうけれど)
それくらいハプニングとネタが尽きない人なのだ。
とある、来ると言ってくれていたライブの前日、行けなくなったと連絡がきた。
というのも、ひぃちゃんの数ある趣味の中の一つに廃墟写真撮影というものがあるのだが、廃墟撮影に行って、崖から落ちて足を折ってしまい、足首だったか脛だったかが、九十度あらぬ方向に曲がっているというのだ。
しかも現在進行形で崖ナウで、救助を待っている最中だというのだ……
……なんで今?
確かにライブに来てくれるのは楽しみにしていたけど、今ではないだろう……
ライブ前日だから、バンドでスタジオ練習していて、その状況をメンバーに話しても「?」といった感じだったなぁ。
まぁ、受け入れがたい。
その後病院に搬送され処置をしてもらい、お医者さんに「車を運転して帰れますか?」と聞いたらしい。
ムリに決まっているやん!
足、逆方向向いてるのに!
後で聞くと、固定されているから歩くよりもペダル踏むだけだし行けると思ったとか。
そういう問題ではない。
その後、彼女の足首は弱くなり足下に注意を払わないといけなくなるんだけれど。
今こうやって書くと、痛みにも強い人だったなぁと思う。
私なら絶対足があらぬ方向を向いていたら、気絶する。
それなのに、足をひきずって、ほふく前進のように道からぎりぎり見える位置までは崖から這い上ったと言っていたし、私に連絡して詳細まで伝えてくれた。
……ヤバくない?
そんなひぃちゃんが、最後は痛い痛いと言っていたから、あの時は本当に痛かったんだなぁと……
そんな話もまた今度。