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目に映った方が怖いときもある

 程度の差こそあれ、恐怖を感じない人間はおそらくいない。高所・暗所・閉所など、分かりやすい対象ならば他人の理解も得やすい。不快害虫の類も、嫌悪する者が多数だろう。

 しかし、ピエロ恐怖症といった、あまり見かけないものについてはなかなか理解され難いところがある。幽霊のような、目に見えず科学的根拠に乏しいと尚のことである。


 ここ最近、いろんなお客さんから奇妙な話を聞くようになった。ひとりでに扉や窓が開閉する、出した覚えのないものが机に上がっている、勝手に棚のものが落ちるなど、内容はバラバラなんだけど、みんなに共通しているのが、『急に寒くなったと感じたときに起こる』ということだ。

 幽霊が出るようになった、なんて言う人も出てきたらしく、巷では除霊グッズが飛ぶように売れているらしい。私もおすそ分けで祝福済みのお札を分けてもらったけど、神聖なものは吸血種(わたし)にとって幽霊なんかよりも恐ろしいアイテム。処理に困っていると、呆れ気味にケンさんが顔を出した。

 「そんなもん、気休めにしかならんだろうに。」

 「一応、効果はあるんですよ。・・・ずっと触ってるとかぶれる程度には。」

 「そんなんが怖いのかよ・・・。」

 「一般人向けのはその程度ですよ。でもこれが司教(ビショップ)以上の人が祝福したお札なら3日くらい寝込んじゃいますよ。」

 「何だよそんなもんかよ。神様ってやつも大したことねぇなぁ。」

大したことないお札をお店の柱に貼り付けて営業中。そろそろお昼時、結構な賑わいを見せ始めている。ポカポカ陽気だからか、常連さんたちが出かけたついでにやってきている。こうも天気がいいと外出したくなるよね。

 そう思っていたけれど、天気の割には何だか肌寒い。まだそんなに暑くなる季節でもないし、こんなものかなぁ。

 「何だ? 急に冷えてきた。」「そうだな。歩いてたら軽く汗かくくらいだったのにな。」

お客さんの会話からの推測では、外はそんなに寒いわけじゃなさそうだ。今の時季は天気が崩れやすいし、急に気温が下がったなら一雨くるかも。

 どこか出かける予定もないし、天気のことは気にしないで目の前の仕事を片付けていこう。空いた席の食器を下げてこよう。

 「あれ? この席、ナイフなんて出してないけど・・・?」

ここにいたお客さんにはカルボナーラを出した。もちろん、ナイフなんて必要ない。しかも汚れの1つも付いていない。指紋すら見当たらない、洗ったばかりのような見事な輝きだ。

 これってもしかして、うわさの怪現象? やっぱりあのお札、大したことないどころか全く役に立ってない。私としては都合がいいけど、適当なことばっかりやって、最近の教会はお金儲けしか頭にないのかなぁ。

 今のところ実害はないけれど、対応はしないといけない。もしお皿やグラスが落ちてきて割れて、お客さんが怪我でもしたら大変だ。ナイフやフォークが飛び交って怪我じゃ済まなくなるかもしれない。

 「ケンさんケンさん、見えないお客さんが来ちゃいました~。」

 「何言ってんだお前、変な札で頭おかしくなったのか?」

 「私は至って普通です! お化け騒動の犯人が来たかもしれないんです。」

めんどくさそうなケンさんを厨房から引きずり出して戻ってきたら、全く理解できない現象が起こっていた。なぜか野球の試合が繰り広げられていた。

 「マスター、いつからおにぎりとバゲットで野球するようになったんだい?」「グローブ代わりにグラスを借りてるよ。」「しかし、おにぎりって意外と飛ぶんだな。」

ここのお客さんの適応力には脱帽だ。どうして怪奇現象を楽しんでいるんだろう。勝手におにぎりは浮かないし、ましてや指向性をもって飛んでいくわけがない。それを打ち返そうなんて、誰が考え出したんだろう。

 「魔球『清めの塩にぎり』!」

野球に合わせるあたり、ケンさんも悪ノリが過ぎる。塩にぎりっていうか、ただの塩の塊にしか見えないし、見えない何かに向かって投げつけてるんだろうけど、文字通り『死球』になってそう。もう死んでるから問題ないのかもしれない。

 どうやら塩の効き目はいまひとつだったみたい。他人を巻き込まなくなったけれど、その代わりにおにぎりでジャグリングを始めた。食べ物で遊ぶなんて、マナーのなっていない幽霊だなぁ。

 「今日は一段と賑やかだね。」

 「あ、勇者さん。お久しぶりです。」

いつまで経っても『ああああ』って発音には慣れない。大体が『あーーー』って感じで叫んでいるんだか唸っているんだか訳が分からなくなってしまう。勇者さんっていうのは呼びやすいし肩書でありながら個人を指しているような便利さがある。

 「ああああか、ちょうどいい。今日の分はおごりにしてやるから除霊してくれ。」

 「ここでも幽霊騒動かい? 僕の村のが片付いたばかりだってのに、ついてない。」

勇者さんはおもむろにお店の中を歩き回り、何かを探すように見回している。柱に貼ってあるお札の前に来ると、それを剥がしてしばらく眺めていた。一通り見終わったと思ったら、いきなり破り捨ててしまった。

 「どこの誰の仕業か知らないけど、原因はこのお札だよ。教会のものによく似せて作られた、ゴースト系のモンスターを呼び寄せる道具だね。」

村の周りのスライムしか相手にしていなくとも、さすが勇者さん、モンスターや魔法のアイテムの知識が豊富だ。いざというときに頼りになる、普段働かないけど有事の際に本気を出す2割のアリみたいな存在だ。

 「褒め言葉と受け取っておくよ。そうそう、集まってくることはなくなったけど、モンスターは残ったままで、消滅させるにはマスターたちの協力が必要なんだ。」

 「俺たちが?」

 「何をするんです?」

 「供物を用意してほしい。」

ゴースト『系』であって死んでいるわけじゃないけど、供養されるといなくなるらしい。どうも居心地が悪いとか、ある種の結界のような効果が出るとか、理由は諸説あって解明されてないんだって。一応、除霊(物理)ができないこともないけど、夜しか姿が見えないから大変だとか。

 「東国の・・・何て言ったっけ。家にある慰霊碑みたいなもの。」

 「仏壇か?」

 「そうそれ。ブツダンに供えるような食べ物が最も効果が高い。」

家に置いておけるお墓みたいなものかな? この辺りじゃ見かけない風習だし、供物と言えばお花が基本の文化で、食べ物を供えるのは馴染みが薄い。一体どんなものが向いているんだろう。

 「適当に菓子でも拵えとくかねぇ。その方が後々面倒がなさそうだ。」

ケンさんが私の方をちらっと見たような気がする。お菓子にしておけば私が食べるとでも思っているんだろうか。実際、その通りだから何も言えない。

 「そんじゃ、そろそろ出発するか。」

 「そうしましょう。」

 「僕の分も忘れないようにね。」

お菓子以外の情報がないのに僕の分もって、勇者さんは供物と同じものでいいんだろうか・・・。


 確かに供物を作るための材料を集めに来たんだけど、何もわざわざ墓地に来ることはないと思う。墓地で何が手に入るというんだろう。そもそも、勝手に持っていったりして祟りとかそういう心配はないんだろうか。

 私の心情に合わせたかのような真っ暗な空が気分をより一層重くさせる。ところどころ立っている松明の明かりだけが拠り所だ。おどろおどろしい雰囲気や闇の中で燃える松明とか、実家を思い出させてくれる。絵に描いたような悪魔の翼を持った、鋭い牙が生えた口だけの顔で長い頭の人型の化け物もいなければ血の臭いもしない分、まだ心穏やかに居られるというものだ。

 「お前の家、一体何なんだよ・・・。」

 「吸血種(ブラッドサッカー)は大体魔界みたいなとこの生まれですよ・・・。」

早くお店に戻りたい。何ならお店の幽霊騒動もそのままでいいから帰りたい。ただの不可視のゴースト系モンスターよりも実家近くの異形の野生生物の方が怖い。

 「化け物に出会うこたぁねぇが、まぁ何だ、変なやつには会う。」

 「私の知ってる化け物よりひどくなければ何でもいいです・・・。」

 いつもなら探索を始めるところだけど、今日のケンさんはちょっと違う。墓石を1つずつゆすっている。まさか、墓荒らしでもするつもりなんじゃ・・・。墓荒らしは緑の服を着た勇者だけに許された特権だ。

 そうこうしているうちに、1つの墓石が動いた。下から顔を出したのは、地下へと続く階段だ。私の知っているお墓は、石の下には棺が埋まっている。しかもそれなりの深さに埋めてあるから土しか見えないと思ったんだけど。

 「おーい、ボサッとしてねぇでついてこい。」

何のためらいもなく階段を下っていくケンさん。あまりにも無警戒だからきっと安全なんだとは思うけれど、やっぱり腰が引けるなぁ。でも置いてけぼりも嫌だし仕方ない。意を決して階段を下りていく。

 入り口こそ狭かったものの、少し下りると幅も広くなって歩きやすくなった。誰が置いたのか燭台が設置してあって、明るくて視界も良好。ろうそくが溶けた形跡が見当たらないのは気にしない方向で行こうと思う。

 しばらく進んだところで、目の前が急に開けた。地上にあったのと同じ松明があちこちに置いてあって地下とは思えないほど明るい。ここは・・・畑?

 どういう原理で栽培を可能にしたのかさっぱり理解できないけれど、大規模な小麦畑が広がっている。奥の方ではまた別の作物を育てているみたいだけど、ここからじゃはっきりとは見えない。

 「これ、ケンさんが管理してるんですか?」

 「いいや、ここの住人の畑だ。」

ここ、お墓の下だよね・・・。じゃあ、住人ってことはつまり・・・。

 「ヒッヒヒ・・・。旦那、また来たんだね。」

 「ぴゃあぁぁあぁぁぁぁ! 出たあぁぁぁぁ!!」

何の前触れもなく目の前に現れたから、びっくりしすぎて心臓が止まるかと思った。物理的なダメージじゃないならすぐ動き出すんだけど、それでもこういうドッキリはやめてほしい。

 見た目は普通の人間のおばあさんなんだけど、腐敗臭がひどいことから少なくとも生きた人間じゃないことは確実だ。お墓の下に普通の人間がいたらそれはそれで驚くけど。

 「何だいこの小娘は。今日はこいつと引き換えかい?」

 「そいつは荷物持ちだ。」

何だか取引材料にされそうになったんだけど・・・。仕入先ってことでいいのかな? でもお米や小麦は業者さんからまとめて仕入れていたはず。目の前の小麦に用事がないなら、奥にある、よく見えない何かが目当てのものかな。

 「旦那、アレが欲しいなら・・・分かっているね?」

 「ああ、いくら欲しいんだ?」

会話の内容が完全に危ない何かの取引現場だ。

 「そうさねぇ・・・100グラムあたり500ミリってところかね。」

 「足元見やがって・・・。いい死に方しねぇぞ。まぁいい、200グラムくれ。」

いい死に方も何も、もう死んでいるような気がする。それよりも、一体何を交換するんだろう。ミリってことは液体だよね。

 「ちょっと待ってください、それ・・・。」

 「ん? 冷蔵庫にあったトマトジュースだが?」

 「ダメですー! 今回のは今までにないおいしさのトマトだったんです!」

私の作り置きのトマトジュースを持ってきただけじゃなく、あろうことか物々交換に使おうなんて。何と引き換えるのか知らないけどレートもおかしい。仕事のためでも私の大事なごはんを使うことは断じて容認できない。

 「そもそも何でトマトジュースなんですか!?」

 「代用品だよ。」

 「本当なら血をもらうんだがねぇ。旦那が首を縦に振ってくれないのさ。」

それで仕方なく、血と似ているトマトジュースと交換しているのかぁ。私も同じようなことしてるし、トマトジュース万能すぎない?

 「ジュースはあげませんけど、私の血ならあげますよ?」

 「ほぅ。旦那と違って気前のいい娘だねぇ。」

 「出血くらいじゃ死なねぇからそう言えるんだ。生身の人間と一緒にすんな。」

 血を抜くからと、おばあさんに付いていった先は、入り口から遠くに見えていた、別の畑だった。見た目はマメ科の植物のようだけど、明らかに何かがおかしい。葉っぱの形が口みたいになっていて、縁にはハエトリグサみたいに歯のような突起、もとい突起のような歯が並んでいる。

 「あのー、これは何て名前の植物ですか・・・?」

 「ヒッヒヒ・・・。あたしゃ吸血小豆って呼んでるよ。」

とても分かりやすい名前で助かる。この後の流れは、あの葉っぱに噛みつかれて血を吸われるってことだよね。心構えさえしっかりしておけば、ただ血を取られるだけなんて大した痛みじゃない。

 葉っぱに腕を差し出したら、甘噛みくらいの力で歯を食い込ませてきた。よく見ると何か液体を出しているみたい。蚊も血が固まらないように唾液を出すっていうよね。後でかゆくなったりしないか、ちょっとだけ心配になってきた。

 噛まれている感覚がだんだんと弱くなってきたころに、本格的に噛みついて血を吸い始めた。結構こぼしてるんだけど・・・。こぼれた分も根っこから吸収できるのかもしれないけれど、行儀のよくない植物だなぁ。

 採血のときに血が出ていくのをじーっと眺める人もいるらしいけど、今の私はその状態だ。じっとしてるしかないし、退屈だからついつい動きのあるところに目が行ってしまう。なかなかいい飲みっぷりだ。

 「ヒッヒヒ・・・。もういいくらいだね。」

おばあさんが葉っぱの口を強引にこじ開けることで私の腕は解放された。全然痛くなかったし噛み跡もすっかり再生して元通り。

 「さて、もらうもんもらったからには、返してやらないとね。」

最初に見たときは緑色をしていたサヤが茶色く変わっていた。私の血を吸って成熟したんだろうか。おばあさんが慣れた手つきで小豆の収穫をして、渡してくれた。

 「あんたの血のおかげでできた小豆だ。大事に使うとええ。」

 「ありがとうございます。」

登場のし方には驚いたけれど、意外といい人だ。生きてても意地悪な人もいるっていうのに、死んでも性格のいい人がいるなんて。人は第一印象だけで判断しちゃいけない。

 ところでケンさんは何をしているんだろう。全く姿を見ていない。

 「意外と早かったな。」

 「何で小麦を刈ってるんです?」

 「血を流せない代わりに、汗を流してもらってるのさ。」

私は大事なごはんを守れた、おばあさんは小豆と小麦の収穫ができた、ケンさんは他の人の役に立てた、三方よし。いい取引ができた。

 「俺は疲れただけなんだが?」

 「魔物の相手より楽じゃないですか。」

 「物分かりのいい娘だねぇ。旦那にゃもったいないよ。」

また来ます、とおばあさんに告げて帰路に着いた。地上の雰囲気以外は悪いところじゃないと思った。

 「来るたびに小麦刈らされる俺にゃ悪いところ以外の何物(なにもん)でもねぇよ。」

ケンさんの捨て台詞を暗闇に残し、墓地を後にした。


 明るいところで改めて見てみると、小豆とは似つかない鮮やかな赤色をしている。血を吸った影響なんだとしたら、もしカブトガニの血で育てたら青くなるのかなぁ。ちょっとだけ実験してみたくなった。

 ある意味で私の分身とも言える小豆を水洗いして、たっぷりの水と一緒に鍋に入れ、沸騰するまで茹でる。鍋から出して、再度水洗いをして強火で茹でていく。沸騰したら火を弱めて差水をしながら茹で、柔らかくなったらザルにあげて煮汁を切る。ボウルとこし器を用意して、小豆をこしていく。こし器を水を張ったボウルに入れて残っている小豆を回収したら皮を取り除く。上澄みを捨ててもう1度こし器に流し込んだら、ザルに濡れ布巾をかぶせて流し込み水気を切り、水をかけながらもみ洗いしてしっかりと絞る。

 「つぶあんも嫌いじゃないですけど、こしあんの方が好きですね。」

 「俺は物によるな。団子はこしあんがいいが、どら焼きなんかはつぶあんのが好みだ。」

きのたけ戦争と同様、絶えず争いが続き、和解の道が見出だせないものの1つなのは間違いない。

 閑話休題、作業を再開しよう。鍋に移し替えて砂糖と水を加えたら、強火で焦がさないように混ぜながら、ぼてっとするまで練る。塩を少々加えたら冷まして出来上がり。

 あんこを冷ましている間に、ケンさんが生地を作っていた。水に砂糖を溶かし、そこに小麦粉とベーキングパウダーを合わせたものをふるい入れたら、切るようにさくっと混ぜる。粉っぽさがなくなったくらいでラップをかけて冷蔵庫で寝かせておく。ここまでの作業を済ませてある。

 あんこが冷めたところで生地も十分寝かせられた頃合いだ。料理を続けよう。手粉を打った作業台に生地を移し、手にも粉を付けたら全面に粉をまぶしながら生地を伸ばす。生地を均等に分割したら手のひらで丸く伸ばしてあんこを包む。このとき手のひら側の生地が厚めに、生地を閉じる側が薄めになるように意識する。霧吹きで軽く水を掛け、初めは強火で、後から中火に落として蒸し上げればふかふかのおまんじゅうの完成だ。早速お供えしてこよう。

 おまんじゅうをカウンターに置いた途端、おにぎりのジャグリングが止まった。あっさりといなくなってしまったみたいだ。それはいいんだけど、おにぎりを床に落として去っていくなんて、最初から最後まで食べ物を粗末にする悪いモンスターだ。次に出会ったら改心するまでケンさんの清めの塩でじっくりと漬け込んであげよう。

 「中身はこしあんなんだね。マスター分かってるじゃないか。やっぱりあんこはこしあんに限るよ。」

勇者さんが争いの火種を振り撒こうとしている。幸いにも聞いてたのが私くらいだったから何事もなかったけれど、つぶあんの狂信者が聞いていたら宗教戦争にまで発展しかねない。

 「ところでもう食べちゃってますけど、モンスターたちが戻ってくることはないんですか?」

 「もう大丈夫だと思うよ。供物がまんじゅうだったからね。」

おまんじゅうだとどうして大丈夫と言い切れるんだろう。ケンさんなら何か知っているかも。

 「まんじゅうは怖いもんだからな。追い打ちで熱い茶も淹れといた。」

おまんじゅうが怖い・・・? 喉に詰まるとか、カロリーが高いとか、そういうことかなぁ。だったらもっと、おまんじゅうよりも効きそうなものがあるような。お餅なんか、詰まりやすさもカロリーも圧倒的だと思う。

 「古典芸能の演目の1つにあるんだよ。まんじゅうこわいってね。」

 「怖いもの談義してる連中の1人が、布団被ってまんじゅうが怖いって言いながらひたすら食ってて、本当は何が怖いんだって聞かれて、今は熱い茶が怖いっていうオチの話だ。」

なるほど、それでお茶も淹れてあるんだ。食事マナーは最低だけど芸能に明るい辺り、文化レベルは高いモンスターなのかも。・・・話を聞く限りだと、逆効果のような気がするんだけどなぁ。

 「いなくなったんだから何だっていいじゃねぇか。」

 「それよりも、2人にも怖いものってあるのかい? 物怖じしなさそうだけど。」

勇者さんは特に怖いものはないらしい。曲がりなりにも勇者を名乗るからには必要な素質だとか何とか。

 「俺はイカだな。フライも天ぷらも、どんなに気ぃつけたって油が跳ねるからな。」

 「さすがマスター、料理人らしい意見だよ。」

 「私は人間が1番怖いです。正体を知ったらほとんどみんな敵意を向けてきますから。」

目の前の2人は例外中の例外だ。正体を知った上で友好的な人間は貴重な存在だ。

 「好意を向けてくる人間でも、お前の天敵がいるだろ。」

 「何を言っているんですか。そんな人間いるわけが・・・。」

 「モ・ル・モー・ちゃん。会いに来ましたよ。」

この声には聞き覚えがある。優しい声質とは裏腹に肉食獣よりも危険な視線が、貴族令嬢のような出で立ちでありながら実家周辺の異形たちに劣らぬ邪悪なオーラが、その主が私の背後に立っている。振り向いたらおしまいだけど、振り向かないわけにもいかない。

 「ジュリエットさん・・・。」

 「覚えていてくれたんですね。嬉しいです。」

どうしよう。こんなに早く2度目の遭遇になるとは思っていなかったから対策を考えていなかった。

 「あらあら、モルモーちゃんの柔肌みたいでおいしそうなおまんじゅうですね。今日はこちらをいただきますね。」

採集という逃げ道まで塞がれた。もうおしまいだ。

 前回は難を逃れたけれど、今日は膝の上に抱えられる形で捕まってしまった。されるがままにほっぺたをプニプニされたり、手ずからおまんじゅうを食べさせてもらったり、傍から見れば微笑ましい光景でも私にとっては拷問みたいな時間が続いた。もちろんおまんじゅうの味なんて分からなかった。

 目に見えないいたずらモンスターよりも見えてる魔界の怪物よりも、笑顔でやってくる人間が1番怖い。改めてそう思い知らされた日となった。

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