犬だって食べ物を選ぶ権利はある
プレゼントは心がこもっていれば何を貰っても嬉しいものだ。贈る側にも、何を贈るのがいいか、何が喜ばれるか考える楽しみがある。お祝い事で必要なことがほとんどだけれど、時には喜ばしくない場面もある。他にも、下心が見え隠れする贈り物もあったりなかったり・・・。
「オレより強い奴に会いに来た! オヤジ、小娘、まとめてかかってこい!」
「店開けたそばからお前かよ、怒羅金。今日はツイてねぇ。」
「いらっしゃいませ、ドラゴンさん。」
何だかつい最近来たばっかりなような気がする。具体的には1つ前の話で。
「貴様らの店では、確かテイクアウトもやっていたな?」
「一応な。」
お店が街道の途中にあるためか、旅の途中で食料の補給ができるとあって人気がある。特に保存の効く塩漬けの肉や魚は看板商品と言っても過言ではない。
「ならば何か気の利いたものを持ってこい!」
「何ですか、そのふわっとした注文。」
「おまけに上から目線で腹が立つな。」
落ち着いて話を聞いてみた結果、ケンカした奥さんに渡すお菓子が欲しいということが分かった。こんなストレートにご機嫌取りに行く人、絶滅危惧種なのでは? そして、この手口はそう何度も通用しない。場合によっては1回目でも逆効果になるかもしれない。何度も使ってそうだけど、大丈夫かな・・・?
「頼まれた以上作るけどよぉ、その『何か甘いもんやれば機嫌直る』って考え、そろそろやめとけ。」
「ならば辛いものにするべきか?」
「ものに頼らないでちゃんと謝ったらどうですか?」
うーん、単純な人だと思っていたけど、何も考えてないだけのように思えてきた。きっと、なんとかの1つ覚えって感じで、困ったら甘いものでごまかしてきたんだろうなぁ。
「まぁ馬鹿の考え休むに似たりってな。変なことしてこじらすよりかマシかもしれねぇなぁ。」
あぁ、せっかくぼかしたのに言っちゃったよ。
「そうだ! 余計なことなど考えず、直球勝負が最も勝率が高いのだ!」
こっちはこっちで気づいていない。この幸せ回路だけは見習ったほうがいいかも。
「高いっつっても2割もねぇだろが。」
「0ではない、というだけで十分だ! 御託はいいからとっとと作業に取りかかれ!」
「へいへい・・・。」
ケンさんのやる気が目に見えて減っていく。私も気乗りしない案件だなぁ。それにしてもドラゴンさん、人にものを頼む態度じゃないよね・・・。
テンションがどん底に落ち込んだ私達は、大きな森に程近い平野にやってきた。あまり開けたところにいい思い出はないなぁ、いつかのスライムを思い出してしまう。
「はぁ~、とにかくやる気出ねぇ。何だって面倒くせぇ話ばっかり持ってくるんだあの筋肉バカ。」
「や、やるからには元気出していきましょう!」
そういう私の声にも全く力が入っていない、空元気もいいところだ。こんなときはパパっと見つけて、ちゃちゃっと作って、ささっと帰ってもらうのがいい。
「そうもいかん。今回は何を取ればいいか、俺にも分からん。」
「まぁそういうときもありますよね・・・って、どうするんです!?」
「まずは犬を探す。犬型の魔物なら何でもいい。」
今までも理解できない話がいくつもあったけど、今日は特に意味が分からない。
「何をするのか分かりませんが、犬なら探さなくても大丈夫です。」
「お、犬っぽい使い魔でも居るんだな?」
「はい! よーし、出ておいで!」
呼びかけに応じて、使い魔が私の影から姿を現した。
「私の数少ない使い魔の1匹、フェンリルのリル君です!」
「ワン!」
「・・・どう見てもハスキー犬にしか見えん。」
「誰が何と言おうと魔狼フェンリルです。突然変異で大きくなれなかっただけです。」
それにこの子はとても賢い。細かい指示は私のものしか聞いてくれないけれど、お手・おすわり・伏せ・待ては誰のでも聞くし、危害を加えようとしなければ噛み付くこともない。何より可愛い。他の吸血種たちは強ければ何でもいいと言うけれど、私としてはムカデとかコウモリとか、そういうのは遠慮したい。
「芸まで仕込んで、使い魔をペットか何かと勘違いしてねぇか?」
「人間だってペットのことを家族って言うじゃないですか、似たようなものですよ。」
表に出てくることはほとんどないため、いつもテンション高めでモフりを要求してくる。きれいでフワフワな毛並を堪能しつつ、今後の展開を聞いておこう。
「じゃれながらでいいから聞いてくれ。この周辺のもんは大抵食える。が、今回は人が食っても問題ねぇが、イヌ科にとっちゃ毒になるもんが欲しい。」
「玉ねぎとかですね。」
「・・・まぁ玉ねぎもそうだけどよぉ、モルモー、お前仲直りに玉ねぎの菓子贈るか?」
「ないですね。」
モフモフが気持ちよくて頭が働かなくなってきた。
「話を戻すぞ。そこで、そいつに食いたくねぇもんを探させるんだ。例えばだが、玉ねぎっぽく見えてそうじゃねぇもんも転がってて俺にも見分けがつかねぇんだ。」
「だって、リル君。」
「ワン!」
「・・・フェンリルには人をダメにする魔力でもあんのか?」
ひとしきりモフモフしたところで正気に戻った。あんまり話が入ってきていないけれど、たぶん大丈夫。
「じゃあリル君、食べられないものを探しに行こー!」
「ワオォーン!」
「先行き不安で仕方ねぇ・・・。」
まずは平原の探索から始めよう。視界を遮るものもなくて探しやすい。空からやってくる鳥型の魔物にだけは注意しないと。リル君が骨ごと食べちゃったら危ないからね。
平原を一通り巡ってみて分かったんだけど、ケンさんが言っていた通りここの食べ物たちは見た目と特徴が一致しない。たまに魔物が擬態したのも混じってるし。人参だと思ったらゴボウだったり、とうもろこしのような大豆が散弾銃みたいに種を飛ばしてきたり。キャベツそっくりなほうれん草を親の仇のように貪っていたリル君を見たときは血の気が引いた。犬じゃないけど結石ができちゃうかもしれない。犬じゃないけど。
「平原はハズレですねぇ。」
「クゥ~ン・・・。」
「視覚からの情報が当てにならねぇと、こんなもんだ。」
『かき氷 目隠ししたら 同じ味』 去年の夏にお店を訪れた、俳人かぶれのお客さんが詠んだらしい。目から入る情報にどれだけ依存しているかが分かる名句なんだとか。でも目は見えてるし今の状況とはちょっと違う気がする。
「あとは森ですね。」
よく分からないかき氷の話題から露骨に話を逸らすことにした。
「そうだな。あれだけ深けりゃ何かあるだろ。」
森の中は光を遮るように木々が生い茂り、昼間だというのに薄暗い。そのため背の低い植物はほとんどなくて歩きやすいけど、食べられるものも限られてくる。この薄暗さとジメジメとした空気から、キノコ類が数多く自生している。キノコはそもそも見分けがつかないなぁ。素人が採っちゃいけないものランキングがあったら、間違いなく1位になるだろう。
「触るだけでも危ないキノコもあるから、近寄ったらダメだよ。」
「ワンワン!」
「襲ってこねぇとも限らねぇしな。」
世界には催眠作用のある胞子をばら撒き、自身のダミーを矢面に立たせて安全圏から攻め立てる恐ろしいキノコが存在するとかしないとかいう都市伝説もある。食べても危険、触っても危険、更に戦っても危険、とにかくキノコは怖いものだ。
キノコを避けつつ森の探索を進めるも、何の成果も得られず時間だけが過ぎてゆく。木の実の1つでもあるかと思って見上げても、青々とした葉が太陽を覆い隠すのみだった。
「こんなにも見つからないものだとは思いませんでした。」
「っかしいなぁ、何もねぇってことはあり得ねぇんだがなぁ。」
ケンさんも困惑している。ずっと無視し続けてきたキノコにも手を出すべきか考え始めたころ、リル君が突然吠え出した。
「ワン、ワンワンワン!」
「どうしたんだ、急に。何て言ってんだ?」
「えっとですね、『この木から昔食べて死にかけたお菓子と同じ匂いがする』って言ってます。」
でも何を食べて瀕死になったのか思い出せない。レーズン入りのパウンドケーキだったような気もするし、チョコレートだったような気もする。とにかく何でも口に入れようとする癖を直すのに苦労した記憶はあるんだけどなぁ。
まぁ、それは今は重要なことじゃない。リル君が反応した木を調べてみよう。ほんのり甘い香りがする以外はどこにでもありそうなカエデっぽい木だ。魔物が化けているわけでもなさそう。
「なるほどな、わかったぜ。」
ケンさんが包丁で木の表面に傷をつけている。ようやく私にもわかった、樹液を集めてるんだ。
「うわぁ・・・、樹液とは思えない勢いで垂れてきてますよ。」
「何かは見たまんまだろうけど、一応確認しとくか。」
指先に茶色い樹液を取って舐めてみた。苦い。泥水を凝縮したような味がする。とてもじゃないけど、人の食べるものとは思えない。
「何ですかこれ・・・。」
「チョコレートだな。甘いのは匂いだけか。帰ったら砂糖入れねぇとダメだな。」
一説によると、チョコレートの元々の意味は『苦い水』らしく、用途も薬としてだったとか。
ケンさんがどこからか取り出した魔法瓶に樹液チョコを集めつつ、この木に名前を付けることにした。今までの食材も、実はケンさんが勝手に名前を付けていたらしい。
「詐欺の木がいいです。」
甘い匂いに騙された恨みを木にぶつける。
「キャン、クゥーン・・・。(センス無いよモルモーちゃん・・・。)」
視線が痛い。リル君、そんなアホの子を見る目でこっちを見ないで。
「チョコレートメイプルってのはどうだ?」
「ワンワン、ワン。」
「気に入ったみたいです。」
新しい食材の名前も決まったところで収集も終わり、帰路につくことにした。
厨房に戻ってきてからは気が乗らない作業が待っていた。そうだった、ドラゴンさんの短絡的な考えのせいで甘味を求めていたんだった。現実に引き戻され、元気がなくなってきたようにも思える。それでも仕事は仕事、手は抜かずにキッチリやります。ちなみにレストランで動物は衛生的によくないからリル君の出番はここまで。
ケンさんがチョコに砂糖を加えて味を調整している間に、私は卵の卵白を使ってメレンゲを作っている。角が立つまで混ぜている間に、ケンさんの方の準備もできたようだ。チョコ、生クリーム、卵黄を混ぜ合わせ、薄力粉を篩にかけながら加えて混ぜ合わせたら、メレンゲを数回に分けて投入。型に流し込んでから型ごと軽く叩きつけて空気を抜き、オーブンで焼き上げる。冷蔵庫で冷ました後に粉砂糖を振りかけたら、ガトーショコラの完成だ。
「ほらよ、持ってけ。」
ケンさんが投げやりにドラゴンさんにケーキを手渡した。
「うむ、しかと受け取った!」
随分と満足気だけれど、これで奥さんの機嫌が直るのかなぁ? 『食あたり以外の苦情は一切受け付けません』って注意喚起しておこうかな・・・。
「目的は果たした、今日のところは引き上げるとしよう。また来るぞ、オヤジ、小娘!」
「できれば二度と来んな。」
「普通に食事目的で来てくださいね~。」
謎の高笑いと共に店を後にしたが、そんな余裕がどこから出てきてるのか不思議でならない。なぜか高圧的な態度でケーキを贈って、事態が悪化する未来が浮かんできた。
「まぁ一悶着あるだろうけど、何だかんだ丸く収まるんだろうな。」
「それならいいんですが・・・。」
「『夫婦喧嘩は犬も食わない』って言うからな。」
とにかく、面倒事はもう持ち込まないでほしいかな。・・・ん? 今何て言いました? 『夫婦喧嘩は犬も食わない』だっけ?
「まさか、その言葉に引っ掛けるためだけに犬が必要だったんですか?」
「なぁに、験を担ぐのも大事なことさ。」
結構親父ギャグ好きだよなぁ・・・。おかげで要らない苦労したけれど、今回は新しい材料も見つかったし、まぁいいか。
後日、ドラゴンさんが夫婦揃って来店するのだけれど、それはまた別のお話。