風の向くまま気の向くまま
明日は明日の風が吹く。未来のことをあれこれと憂うくらいなら、全て投げ出して成り行きに任せてみるのも1つの手といえる。行き詰まって進むべき道を見失ったときは、闇雲に探し回るより1度リセットするくらいで丁度いい。それを逃げと言われても気にする必要はない。逃げるにもその方向を向かねばならない。進めずに立ち止まっているよりも、振り返って全力で走っている方が健全だろう。
ここ最近、ずっと晴れた日が続いている。天気がいいと人の往来も活発になって、忙しくなるのが普通なんだけど、今はちょっと事情が違う。太陽は出ているんだけど、同時にものすごく強い風が吹いている。窓ガラスがカタカタと音を立てて震えるくらいだ。
ここまで強くなっちゃうと、用事もないのに出歩くなんて危ないことをする人はいなくなる。いくら変な人ばかりが集まるお店だとしても、さすがに人の出入りはほとんどない。変なことをするのに命をかける人たちだけど、命がけで変なことはしない。常識があるんだかないんだかよく分からなくなってくる。
「こんなときだからこそ来るやつが1人いるんだよなぁ。」
「あぁ、あの人なら来そうですね・・・。」
「うん、思ったとおり、暇そうだね。」
「やっぱり来たな、ああああ。」
お店がいつの間にかワープ用のポータルに設定されていたらしく、天気とか時間とか関係なしにやってくるのが勇者さん。自宅とお店くらいしか行き来していないようだけど、各地に勝手に設置したポータルがあるらしい。本当は非合法だけど、勇者特権でお咎めなしみたい。ただの職権濫用だよね。
「本当は店の中に直接ワープしたいんだけどね、屋外にしか設置できないっていうのはどうにかならないかな。」
「お前みたいに不法侵入するやつがいるからだろ。」
「違法ではないが不適切なワープと言ってほしいところだね。一応は勇者だから問題ないのさ。」
「そこは自信持って勇者って言い切りましょうよ・・・。」
そういえば、勇者でも変態になるとワープの座標をずらしたり、本来なら発動できない場所からワープしたりとやりたい放題なのもいるんだっけ。まだ勇者さんの変態機動については話に聞いている程度だけど、もしかしたら変態だから一応なのかもしれない。
「僕の移動については機会があれば見せてあげるよ。」
「そんなもん知りたくもねぇよ。そんで、今日は何を食いに来たんだ?」
「そうそう、今日はよく転がりそうなものを食べたいんだよ。」
「どうしましょう、何言ってるか理解できません。」
「安心しろ、俺にも分からん。」
聞くところによると、勇者さんの村に大量のタンブルウィードが転がり込んできて迷惑しているらしい。そういう面倒事は全部勇者さんに丸投げされるみたいで、早めに処分したいから転がってきそうなものでイメージトレーニングをするつもりだとか。
「最初は魔法で焼いてたんだけどさ、延焼しそうだって使わせてくれないんだよ。そんなことあるわけないのに、頭の固い人たちだよ。」
「火炎系は派手だから気持ちは分からんでもないがな。」
お店の周りも気がついたらゴミが溜まっているときがあるんだよなぁ。私たちにも使えそうな何かをひらめいてくれることを願って、採集に出かけよう。
よく転がるものといえば、勇者さんの村に絶賛襲来中のタンブルウィード。あれがよく似合う、荒野にやってきた。でもあの草って種をばら撒くだけだしほとんど枯れているし、食べられそうにない。こんな乾燥地帯で食べられそうなものといえばサボテンの実くらいだけど、あれって転がりやすいのかなぁ?
「手間はかかるがサソリも食えるぞ。探せば転がりそうなやつも見つかるだろ。」
「その動くものはとりあえず食べられるようにしようって考え、どうにかならないんですか?」
「無理だな。食欲の前にゃ、どんな毒もあってないようなもんだ。」
遠い未来にはどんな毒も無毒化する方法とか編み出して、食べられないものがなくなっていそうだ。人間の食への探究心は恐ろしい。
さて、全然気が進まないけど、とりあえずの目標としてサソリを探してみよう。アルマジロとかセンザンコウとか、もっと丸くて転がりやすそうなのがいると思うんだけどなぁ。ケンさんの考えはときどき分からない。奇抜な創作料理とかを作っているわけでもないから感性は普通なはずなんだけど・・・。
岩の隙間にいることが多いサソリを探すのは少し骨が折れる。刺されても私に毒は効かないけれど、やっぱり刺されたくはない。子どもがダンゴムシを探すような感じで岩を持ち上げていこう。どうか変な虫が出てきませんように。
いくつか岩をひっくり返してみたけれど、小さな虫たちが出てきたくらい。それにしたって、どうして虫って人の方に突撃するんだろう。何度バランスを崩して下敷きになりかけたことか。
「ケンさん、やっぱりサソリは無理がありますって。」
「そうは言うがなぁ。デカい生き物が見つからねぇし、しゃあねぇだろ。」
「もうタンブルウィードで妥協しましょうよ。あれだって、食べようと思えば食べられますよ。」
「確かにその辺を転がってるが・・・、ん? おい、あいつ見てみろよ。」
「1つだけ青々としてますね。」
枯れ草の茶色の中に、鮮やかな緑色が紛れ込んでいる。ちょっといびつな形だけど、なかなかよく転がりそうだ。風に飛ばされる前に確保してしまおう。
「あれって何でしょうね?」
「キャベツじゃねぇか? 近づきゃ分かるだろ。」
「キャベツかぁ。転がるには重たいですよね。」
「丸に近いだけ白菜よりはマシだろ。」
1番転がりそうなのはレタスなんだけどなぁ、なんて考えながら向かっていく。レタスならふんわりしているし、風を受けて飛んでいきそう。・・・じゃあ、あれって飛ばされないんじゃ? どうやってここまできたの?
「勝手に転がり始めたな。」
「転がるというか、独楽みたいですね。」
独楽っていうのもあまり正確じゃない。転がりながら円運動をしている。植物だと勝手に思い込んでいたけれど、動物みたいだ。どういう目的で回っているのかは全然分からないけど、あんまり迂闊に近づくのはやめておいた方がいいかもしれない。
どこか遠くへ行くわけじゃないようだし、しばらく観察してみる。ずっとその場で回りながら、ちょっとずつスピードを上げている。トラだったらそのうちバターになりそうな勢いだ。つむじ風が起こって、辺りを転がっていたタンブルウィードたちが巻き込まれるようになってきた。
「隠れた方がよさそうだな。」
「ですね。」
飛ばされないように岩の隙間に避難して観察を続ける。舞い上がったタンブルウィードが風圧で1つの大きな塊になったところで回転をやめて、それを食べ始めた。種をばら撒いてから食べるつもりだったのかなぁ? 農業と言うには乱暴だけど、自分の食料をしっかり確保するとは、なかなか賢い生き物だ。
「飯食ってる今のうちに捕まえるぞ。」
「了解です。」
こっそり近づくにも隠れる場所がないから、岩を押しながらじりじりと接近。段ボールがあればもっと楽に近づけるんだけど、ないものねだりしてもしょうがない。さっきの回転から考えると初速は大したことがないから、逃げるのはそんなにうまくないはず。ある程度近づいたら食べ終わる前に飛び出して捕獲しよう。
「ここらでいいだろう。いくぞ。」
「はい!」
飛び出した私たちに気づいているはずなのに、何のアクションも起こさない。何かを企んでいるのか、ちょっと気味が悪い。そんなことを思っていたら・・・。
「おぶっ!!」
私のみぞおちに一直線で飛んできた。あんなにゆったりした動き出しで竜巻を作っていたとは思えない加速だ。青いハリネズミにも引けを取らない。
「ただのタックルにしか見えねぇな。」
「少しは心配してくれたってよくないです・・・?」
「お前その程度じゃ死なねぇだろ。」
「だいぶ私の扱い雑になりましたね・・・。ていうか、死ぬときは死にますよ? そうそう死なないだけで。」
この程度だったらまだ内臓破裂はしないけど、十分すぎる威力は出ている。心臓近くに当たると吸血種でも危険な領域だ。
丸い見た目に反して尖った性格で、かなり好戦的みたいだ。空転して力を溜めている。このまま威力が上がり続けたら私でも受け切れないんじゃないかなぁ。でも、速いけど目で追えないこともない。それなら・・・。
私たちから少し離れるように助走をつけている。また転がって体当りしてくるつもりみたいだ。いつでも迎撃できるように準備する時間をくれるのはありがたい。さぁ、どこからでも突っ込んでくればいい。
「ケンさん!」
「任せろ!」
突進してきたところをバレーボールのレシーブの要領で受け止める。明後日の方向に飛んでいったけれど、どんな状況にも対応できるケンさんがいるなら何も問題ない。地面に落ちる前にしっかりとすくい上げてくれる。あとはスパイクしたくなる気持ちを抑えて、がっちりとキャッチ。暴れ出す前にとどめを刺してしまおう。
「お前、意外とスポーツできるんだな。」
「ボールはともだちで、ともだちは殴ったり蹴ったりするのが魔界の常識ですからね。『お前ボールな』ってならないように必死で練習しました。」
「苦労してんだな・・・。」
思えば、そのおかげで今まで命の危機から逃げ延びてこられたような気がする。そして、今ではよく分からない食材の確保に役立っている。どう転ぶか分からないなぁ、なんて考えながら荒野を後にした。
よく転がりそうな料理って話だけど、この見た目だと何を作るのかは決まっているようなもの。変な食材でもメニューに悩まなくていいのはとても助かる。
まずは外側の葉っぱを丁寧に切り離す。土埃がついているし、固くて食べられそうにない。内側にある葉っぱは外側と比べたら柔らかい。これを洗って下茹でをして、茹で上がったら水で冷やしておく。
「中身は何なんでしょう? お肉みたいですけど。」
「少し焼いてみるか。」
何者か分からないけど、焼いたら牛肉みたいな感じで、味も似たようなもの。毒もないし、そのまま使えそうだ。
お肉をミンチにしたら、炒めてから冷ました玉ねぎ、牛乳に浸したパン粉、卵を加えて、塩こしょうを振ってよく混ぜ合わせる。肉団子みたいに丸めて、キャベツみたいな葉っぱで包んだら、塩こしょうで味を調えたコンソメスープで煮込んでいく。あえて転がりそうに仕上げた、ロールキャベツの出来上がり。
「なんかさ、丸いとお皿の中で転がしたくなるよね。マナー違反なのは分かってるんだけど、人の性というか、抗えない何かがあるよね。」
「ここに来るやつらにマナーなんか求めてねぇから気にすんな。」
「最低限は気にしましょうよ・・・。」
自分のお皿の中で完結しているし、そこまで迷惑じゃないからとは思うけど・・・。まぁ、対面に誰かがいるわけでもないし、そこまで気にすることでもないのかなぁ?
「こうやってコロコロしてたら、いい案が浮かんできたよ。」
「ほう?」
「あんな人たちのために苦労するのが間違ってたんだ。何も気にせずに、全部焼き払ってくるよ。」
「えぇ・・・。それやって怒られたんじゃないんですか・・・?」
「風に流されて暮らすなんてゴメンだからね。それに、批判なんか怖がってたら勇者はやってられないよ。」
決心してからの勇者さんは早かった。手早く食事を済ませて村に戻ると、村の人たちが何か言う前に全部魔法で焼いてしまったらしい。そして、やいのやいのというみんなを無視して、解決した報酬を奪い取るように回収、またお店にやってきて派手に飲み食いして帰っていった。
「波風立たせないために来たんじゃなかったんでしたっけ・・・?」
「こうなるとは思ってたさ。非難なんざどこ吹く風なやつだからな。」