食べられるものだけ食べましょう
極論、食べた結果を考慮しない場合、食べられないものなどこの世に存在しない。気体も液体や固体にしてしまえば摂取できる。当然、そこまでして体内に取り入れる必要などない。それが有毒なものであればなおのことである。
季節の変わり目は面白い。一足早く春を楽しみたい人、去っていく夏を惜しむ人、食欲の秋を待ちきれない人、寒さ厳しい冬に備える人。みんながみんな、思い思いの料理を楽しんでいる。何でも手に入るのをいいことに、季節感を全力で無視する人もいる。それもまた人間らしいというか、何とも言えない面白さがある。
「仕方ねぇ話だが、お前は変わり映えしねぇもんな。」
「せいぜいジュースかゼリーくらいの違いしかないですね。」
トマトゼリーという存在を知ってからというもの、気が向いたときに作って冷蔵庫にストックしている。季節感のなかった私の食卓に現れた、夏を思わせる救世主だ。果肉はあまりゼリー向けの食感じゃなかったけど、ジュースを固めたものならそこそこいける。お客さんにはイマイチ受けがよくないのは、ゼリーにしては甘くないせいかな。
「意外と酸味も残ってて食いにくいぞ。」
「デザート感覚で食べられそうな気がしたんですがねぇ。」
「トマトはデザートにゃ向いてねぇんだよ。」
そもそもトマトが万人受けする食材じゃないような気がしてきた。ケチャップみたいな加工品なら大丈夫でも、生のトマトは苦手っていう人も結構いるみたいだし。
それはさておき、そろそろゼリーの清涼感を必要としない気温になってきた。涼を求めるデザートってわけじゃないとはいえ、涼しいと少しだけ需要が少なくなる。私もわざわざゼリーにする機会が減ってきた。私の場合、手間の問題も大きいけど。
「そこまで面倒でもねぇだろうよ。」
「でもやっぱりミキサーにかけるだけって楽ちんですよ。」
「そうそう、手間なんて少ないに越したことはないよ。」
「だからお前は音もなく入ってくるな。」
壁抜けでもしているんじゃないかってくらい静かにやってきた勇者さん。いつだったか爆弾と盾があればどこにでも侵入できるって話していたような。変態になればもっといろんな手段で壁や天井を突き抜けられるらしい。壁を抜ける時点で勇者でも変態でも一緒のような気がするけど・・・。
「壁抜けって言えばさ、ゴースト系のモンスターって当然の権利のように抜けるよね。あれができれば鍵なんて探さなくてもいいのに、世の中うまくいかないね。」
「お前1ヶ所でもダンジョン攻略したか?」
「してないね。」
うまくいく、いかない以前にダンジョンに行っていないんじゃあ、壁抜けできても意味がないような。
「そうだ、ゴーストって食べたらおいしいのかな?」
「そもそも食べられるんですか? 実体がないんですけど。」
「噂で聞いたけど、倒したモンスターを肉にできる包丁がどこかにあるらしいんだよね。」
「実体がねぇのにどうやって斬るんだよ。つーか肉体ねぇのに肉になるのか?」
「ははっ、所詮は噂話さ。」
植物系でも無機物系でも何でもお肉になるっていうんだから驚きだ。そして、その包丁でできたお肉を食べたら、倒したモンスターに変身できるんだって。任意で元の姿に戻れる、アフターサービスも万全なすごい包丁みたい。さすらいの料理人が持っているって噂らしいんだけど、どこから出てきた話なんだろう。
「噂の真偽はどうでもいいや。とりあえず何でもいいから、ゴースト料理、期待してるよ。」
「まさか本気で言ってたんですか?」
「そうだよ? 食べ物関係でジョークを言っても面白くないからね。」
「呆れて物も言えねぇな。」
アンデッドは浄化すれば辛うじて食べられるらしいけど、ゴーストはどうなんだろう。それ以前に、どうやって捕まえよう・・・。
ゴーストをバスターじゃなくてゲットしに来たのは、やっぱりお墓。いつ出てきてもおかしくない雰囲気が漂っている。でも本当にどうやって捕まえればいいんだろう。吸い込める機械とか投げつけたら捕獲できる壺とかボールとかもないんだけど。
「適当に袋に入れて口縛っときゃいいんじゃねぇの?」
「虫じゃないんですから逃げちゃいますよ。」
どうにかして実体化させれば、それこそ袋でも何でも閉じ込められそうなんだけどなぁ。近頃のゴーストときたら、光を当てたってそんなに効き目がない。暗いところが好きってだけで、明るいところでも平然と活動しているから困ったものだ。
「ていうか出てきませんね。」
「その方がじっくり考える暇あっていいじゃねぇか。」
「だからってお墓に腰かけるのはどうかと思いますよ?」
「この方が出てくる気になるんじゃねぇか?」
「まぁ、出てきてくれないといろいろ試せませんし・・・。」
気は進まないけど隣の墓石に座り込む。意外と座り心地がいい。落ち着いてものを考えるのに向いているような気がしてくる。
「清めの塩ってどうなんです? なかなか効果があったと思うんですけど。」
「あれは退治したり追っ払ったりするときに使うもんだ。今回は出番ねぇだろうな。」
「塩はピリピリするからキライ。」
「なかなか難しいですねぇ・・・。」
「仮の肉体とかあったら勝手に入るんじゃねぇか?」
「お化け好みなものって言ったらぬいぐるみとかでしょうか。」
「可愛いのがいいな。」
「人形もいいぞ。」
「ちくわ大明神。」
「髪が伸びるいわくつきのもあるからな。」
「誰ですか今の。」
変な声が聞こえたかと思ったら、近くの空間がぼやけたように揺らめいている。ようやくお出ましみたいだ。まだ方向性が決まっていないけど、どうしよう。
「わたしは食べられないお化けだからやめといた方がいいよ。」
「幽霊に食用も何もねぇと思うんだが。」
「んー。正確には食べても何ともないかもしれないお化けと、確実にヤバいお化けがいて、わたしはヤバい方だよ。」
「やっぱり食べない方がいいんじゃないでしょうか。」
かもしれない。なんて不穏な言葉。こういうときって大抵当たってほしくない方に当たるのが私。勇者さんの明日はどっちだろう。
「食べられるのは意思の疎通ができない代わりに、物理攻撃が効くからね。がんばってねー。」
近くのお墓に入っていった。有益な情報をもらえたのはよかった。
「いちいち話しかけんのも面倒だな。攻撃して効いたやつをとっ捕まえるぞ。」
「さすがに横暴すぎません?」
「不意打ちでおどかして遊ぶような連中だぞ。やられる側に回ったくらいで文句言わねぇだろ。」
面倒事だって判断してからのケンさんって、かなり喧嘩っ早いんだよなぁ。おかげで解決するのも早いから何も言えない。
そういうことでお化けに効き目のありそうな、退魔の剣を象った武器を作る。私の血だから大丈夫だと思うけど、一応自分を斬ったりしないように気をつけよう。ケンさんは相も変わらず万能包丁。本当に文字通りの意味で万能な包丁だなぁ。
目についたもやもやするところを順番に斬りつけてみる。まるで手応えが感じられないのは、効いていないのか霊体だからなのか。たぶん効果がないんだろうとは思う。
「わー、やーらーれーたー。なんちゃって。」
「きゃー、ぼうりょくはんたーい。」
「ユーキャンヒッミー。」
「きゃははー! やれやれー、もっとやれー!」
なんだか途中で変態が混じっていたような気がするけど、みんな何かのイベントみたいに楽しんでいる。お化け界には娯楽が少ないのかなぁ。
楽しそうなお化けたちの笑い声に囲まれていると、どこからか冷たい視線を感じる。気配のする方を探してみると、顔のついた人魂みたいなお化けがこっちを見ている。私が言うのもあれだけど、陰気な空気を纏っていて、負のオーラがすごい。
「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙・・・。」
「あいつがそうみてぇだな。」
「食べられそうにないですよね・・・。」
「とりあえずやっとこうぜ。」
あのお化けが言っていたとおり、私たちの攻撃がしっかり当たる。・・・のはいいんだけど、攻撃を受けた瞬間に消えてしまった。あとには何も残っていない。
「どうしましょうね。」
「当たりがいるかもしれねぇ、手当たり次第やってみようぜ。」
目についたものから順に倒していく。
「ア゙ル゙ガード!!」
「ジュストー!!」
何で変態と縁のありそうな叫び声ばかりあげるんだろう。こんなのを捕まえて食べたらどうなっちゃうことやら。
「そうしてぇ!」
「親玉みたいなのが出てきましたね。」
「あいつで終わりか? さっさと終わらそうぜ。」
変な掛け声とともに現れた謎の魔物と戦闘開始。・・・と思ったらケンさんに瞬殺されていた。ケンさんが分身していたように見えたのは、きっと疲れているから。
「ヴォー!」
「変な玉が出てきたな。」
「食べ物には見えませんけど・・・。」
「もうこれでいいんじゃねぇの? どうにかすりゃ食えるだろ。」
謎の玉と、ついでに何かの魂みたいなのがふわふわしていたから瓶に詰めて持ち帰る。これで何を作れというんだろう・・・。
ケンさんと2人で頭を悩ませた結果、魂を実体化させる方向に決まった。その方法というのが、細かく砕いた玉と聖水を混ぜたあと、人魂と一緒に凍らせてみるという力技。教会のいう聖水なんて、何の効果もない祝福をした、ただの水なんだけどね。
「おうおう、なかなかいい仕上がりじゃねぇの。」
「こんな禍々しい氷は初めてですね。」
意外ときれいに、人魂っぽい形に凍ってくれた。恨みつらみが滲んでいるかのような、顔みたいな模様が浮かんでいる。こんなの、頼まれたって食べたくない。今回ばかりは味見も毒見も全部勇者さんに任せちゃおう。
見た目が食べ物じゃないということで、削ってかき氷にしてみた。味がしなかった、なんてことにならないように、ラムネ風のシロップをかけて出来上がり。季節外れの肝試しから生まれた、これまた季節外れの一品だ。
「・・・という感じに仕上げてみました。」
「ふぅん。ゴーストには冷気系の攻撃って効き目が薄い気がしてたけど、意外と効くんだね。」
「溶けたらどうなるかわからん、早く食ってくれ。」
「そうだね。それじゃあ早速。」
勇者に怖いものはないって、いつだったか話していたけど、こんな得体のしれないものでもためらわずに口に運べるのは感心する。勇気と無謀は違うって、昔から散々言われてきていることには目を瞑ることにして問題なかったことにしよう。
「なるほどね。普通の人は食べちゃダメ・・・」
「ゆ、勇者さん!?」
「確かにダメみてぇだな。」
何か言いかけのまま姿が消えてしまった。食べちゃダメって言い残せただけ上出来な何かがあったことは間違いない。やっぱり私の嫌な予感が当たってしまった。かもしれない飲食なんてするものじゃない。
「これ、どうしましょうね・・・。」
「処分の仕方も分からねぇしな。とりあえず冷凍保存だな。」
「その心配には及ばないよ。」
声の主は、いつの間にか帰ってきた勇者さん。何事もなかったかのような澄ました顔でやってきた。
「勇者さん!? 消えたんじゃなかったんですか!?」
「正確には死んだんだ。結構きれいに死ねるものだね。おかげで復活にも手間取らなくてよかったよ。」
「お前以外に死に芸する奴いるとはな。」
「私は殺されたらちゃんと死にますよ。なかなか死なないだけです。」
「どっちでも似たようなもんだろ。」
死ぬ前提の勇者さんと一緒にされるのは癪だけど、きっぱりと反論もできない。
「さて、それじゃあそのかき氷を片付けるとするよ。」
「何でスプーンを持つんです?」
「そんなの決まってるじゃないか、なくなるまで食べるからさ。」
「ここまで馬鹿だとは思わなかったな。」
何度も死んだり生き返ったりを繰り返し、かき氷を完食して帰っていった。『味は悪くなかった』なんて言っていたけど、このレシピだけはお蔵入りになりそうだ。私ですら食べたらどうなるのか想像もつかないものを普通の人間に出すわけにはいかない。
「いつかこんにゃくみてぇに調理法を編み出す奴が出るかもな。」
「食べられないものを食べようとするなんて、どうかしてますよ。」
「人間の食欲にゃ敵わねぇよ。」
「だから食べられないんですって。」