手が届かないからきれいなんです
美しいものは手元においておきたくなるのが人間というもの。それが人であれ、ものであれ。
いざ手に入れてみると、最初はよくてもいつかは飽きがくる。手垢で汚れてしまうくらいなら、いっそ遠くから眺めるだけというのも、存外賢い選択かもしれない。
王都がにわかに活気づいてきたって、常連さんたちが話していた。そろそろ星夜祭が近づいてきたから、その準備で忙しいみたい。星夜祭は遅くまでお店を開けていたり広場に人が集まったりして夜でも明るくて、隠れる場所がないせいでいい思い出がない。だいたい、星を見るお祭りのはずなのに何で煌々と明かりを灯しているのか、全く理解できない。
「今はその方がありがてぇんじゃねぇか?」
「ものすごく助かってます。」
王都が明るい代わりに、中央から離れれば離れるほど暗くなっていく。ここ『飯屋 山猫』の周りはお祭りの賑わいとは無縁で、私にはすごく都合がいい。昔は嫌いなお祭りだったけど、今では平和を噛み締められる存在となっている。
「毎年気になってはいたんですけど、何でこの時期にやるんです? 他の国は1ヶ月早かったと思うんですけど。」
「何かあるんだろうが、その辺の事情はさっぱりだな。客の取り合いにならねぇからとか、案外くだらねぇ理由かもな。」
カラカラと笑うケンさん。うちのお客さんも結構取られているはずなんだけどなぁ。まぁ、あの人たちは普通のお店じゃ満足できずに帰ってくるから気にする必要もないのかもしれない。
そして星夜祭当日、案の定私たちのお店では閑古鳥が鳴いている。静かで気が落ち着く。何もない夜って、平和を実感できるから好きだ。明日から忙しくなる。その前にこのひとときの平穏をたっぷりと味わっておこう。
「ご機嫌よう、私の一番星!」
いつの時代も、平和っていうものは唐突に崩れ去る。今日のジュリエットさんはいつになくハイテンションだ。なかなか嫌な予感がする。
「聞くまでもねぇとは思うが、一番星ってのは?」
「もちろんモルモーちゃんのことです! はあ、今日もため息が出るほど可愛いですね。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
興奮状態なのはこの際だからおいておくとして、いつもと違ってスキンシップがない。その代わりに視線が熱い。一体どうしちゃったんだろう。
「あの、どこか調子悪かったりします?」
「いいえ、モルモーちゃんに会いに来れるくらい元気ですよ。」
「その割にゃ大人しいじゃねぇか。かえって不気味だぜ。」
「今日は星を眺めるお祭りですよね。なのでノータッチを貫きます。」
それで今日は熱視線だけが続いているわけだ。他にお客さんがいないと、見られていることをどうしても意識しちゃって全然落ち着かない。
「星を見るついでだ、例のパイでも食ってくか?」
「あれは遠慮しておきます。」
「何であんなのが伝統料理になっちゃったんでしょうね・・・。」
例のパイっていうのは、ニシンの頭が突き刺さっているパイのこと。なんでも、突き出た頭が星を見ているようだってことで、このお祭りの名物になっている。ちゃんとしたところで食べたら悪くない味なんだけど、見た目が強烈過ぎて敬遠されがちなんだよね。それでもなぜか観光客には大ウケらしい。
「ああいうのはウケてるんじゃなくて、バカにされてるんだ。」
「星をモチーフにした料理とかお菓子があればいいんですけど・・・。」
「とりあえず星型クッキーでも焼いてきましょうか?」
「クッキーもいいんですが、もっと星って感じのものはありませんか?」
「あるぞ。」
「あるんですか!?」
星みたいなものって形が特殊で珍しいのに、そんな簡単に手に入るのかなぁ。スターフルーツはそれっぽいけど、せいぜい断面が星っぽい程度だし。
「マスターさん、そういう大事なことは先に仰ってください。」
「そう言われてもな。やることは単純なんだが面倒でよ、お前1人分ならいいが大量にゃ作りたくねぇんだよ。」
1人分なら作ってくれるあたり、何だかんだと人情家な面が見え隠れしている。
「まぁ、今はこいつもいるし、どうにかなるだろ。」
「何をするかは分かりませんけど、任せてください!」
「妙に気合入ってんな。そんじゃ行くか。」
ずっと見つめられてソワソワするより、少しくらいきつくても採集に出掛けている方が気持ちが楽になる。食べ物で少しでもジュリエットさんの気をそらさないと。
星みたいな食べ物の材料を集めにやってきたのは、満天の星空の平原。人の手が入っていないから真っ暗。おかげで星がきれいに見える。代わりに足元は全然見えない。もう少し星を堪能していたいところだけど仕事にならないから、名残惜しいけど松明に明かりを灯す。
「ここでは何を探せばいいんです?」
「ああ、適当に空でも眺めといてくれ。」
「はい?」
「松明はすぐ動けるように用意しといただけだ。」
どうやら探し回る必要のないものみたい。何をするのかもよく分かっていないし、言われたとおりに夜空でも眺めておこう。星が落ちてきそうなんてよく言うけれど、本当にそのとおりだなぁ。月が落ちてきたら一大事だけど。オカリナでもあれば落ちてくる前に戻ったり、変な巨人に助けてもらったりできるらしいけど、そんな事態にならないのが1番だよね。
そんなとりとめのないことを考えていたら、流れ星だ。3回願い事を言えれば叶うとかって迷信もあるらしいけど・・・って、流れ星には大きすぎる。
「お、ようやく来たな。よし、移動するぞ。」
のんびりと星を眺めていたのは隕石待ちだったのかぁ。何が採れるのかはさっぱりだけど、落ちてきたところまで行ってみよう。
落下地点まで近づいてきたら、何だか妙に甘い香りが漂ってきた。原因はもちろん隕石。見た目は岩っていうより、焦げた砂糖の塊だ。
「よし、始めるか。」
「何でツルハシ持ってるんです?」
「表面の焦げは要らねぇからな。まずはぶっ壊す。」
ケンさんに倣って焦げた部分を割っていく。確かにこれは使いものにならないなぁ。カラメルにもならなさそう。
かなり内側まで焦げちゃっているみたい。残ったのは直径30センチほど。最後の焦げを取り除いてみたら・・・驚きの白さだ。この白い部分をハケで容器に採集していく。ものすごく地味だ。化石とか遺跡とか、そういうものを発掘する人たちの忍耐力ってすごいんだなぁ。
何かの発掘作業ってわけでもないのにと思っていたけれど、中からいくつか小さな粒が出てくるときがある。何なんだろう。
「周りのもだが、そいつが大事なんだ。より分けといてくれ。」
「はーい。」
どう使うのかは分からなくても、大事なものみたい。松明の明かりじゃはっきりとは見えないけど、薄く色がついている。それも1色だけじゃない。何色もの砂粒みたいなものと、真っ白な粉。結構きれいなんだけど、この地道な作業に見合った美しさかと言われたら決してそんなことはない。最初にケンさんが渋ったのも頷ける。
なんとも地味な作業を終えて帰路に着く。こんなものが本当に星になるのかなぁ?
持ち帰った白い砂糖っぽい何かとカラフルな粒。今回は他の素材は使わないらしい。準備らしい準備も必要ないみたいだ。早速始めよう。
まずは白い粉を水に溶かす。隕石から削り出した割にはよく溶ける。それを煮詰めて糖蜜を作る。小さな粒をフライパンに投入して、弱火にかけながら糖蜜をかけていく。軽くゆすり続けながら糖蜜をかけてはかき混ぜて・・・を繰り返す。地味とかそういう次元じゃない。何と言っても目に見える変化がなさすぎる。
ケンさんと交代しながらこの地味な作業を繰り返していると、トゲトゲした見た目になってきた。核になった粒の色が浮かんできてなかなかきれいだ。
「よし、こんなもんだろ。」
「やっと終わりですか・・・。」
出来上がったのは小さな砂糖のかたまり。それに満遍なくトゲみたいなものがついていて、確かにどこか星のような見た目をしている。白いものだけじゃなく、水色や黄色、薄い赤や緑で見ていて楽しい。
「あらあら、コロコロとしていて可愛らしいお星さまですね。食べるのがもったいないくらい。」
「見た目がよくてもただの砂糖だぞ。食えねぇわけじゃねぇが、そのまま食うのは勧められねぇな。」
「紅茶を淹れてきましたよ。これに使ってみませんか?」
「ありがとうございます。皆でいただきましょう。」
せっかくの星夜祭だし、外にテーブルと椅子を持ち出して星を見ることにした。
「たまにはこういう日があっても悪くはねぇな。」
「普段はこの時間も働いてますからね。」
夜になって涼しくなってきた。紅茶で温まりながら眺める星空っていうのもいいものだ。
「女の子は星の数ほどいるけど、星には手が届かないなんて仰る方もいるようですね。ですが、手が届かなくたって美しいものは美しい。そうは思いませんか?」
「そうだな。手に取れるもんだけがいいもんじゃねぇからな。」
なんだかいい話をしているようだけど、私を見つめながら言うのはどうにかならないかなぁ。私は別に手が届かない存在でもないんだから、いっそのこと手を伸ばしてみてくれた方が精神衛生的には助かるような、そうでもないような。
「私にとって女の子たちは眺めるものなんです。みんな私より早く星になってしまいますから。」
「急に重い話をぶち込むな、反応に困る。」
「で・す・が! モルモーちゃんだけは別です。私と同じくらい生きますから。今は手が届かなくたって、いつかこの手で掴みます。覚悟していてくださいね。」
「え? あっ、はい。」
しんみりしかけたところに不意打ちで迫ってくるから、つい勢いに任せて返事をしちゃった。寒気がするのは、きっと夜のせいだけじゃない。紅茶でごまかす。
「夜更かしは肌に悪いですからね。そろそろお暇いたします。」
本当に今日はノータッチを貫いていった。明日以降の反動が怖い。
「あんな話してたが、手が届かんと嘆くようなやつじゃねぇ。」
「どういうことです?」
「届くとか届かんとか関係ねぇ、一切無視して自分から乗り込むタイプだ。」
「でも、星を掴む人ってそれくらいの覚悟がある人だけですよね。」




