正しい言葉、正しい料理
若者の言葉遣いについてあれこれと物申す者が多い。現代に限った話でなく、数100年遡って確認されている。言葉は時代とともに変わってゆくものだ。料理にも同じことが言える。変わらぬものを大事にしながら、変わってゆくものを受け入れる器の大きさを持ちたいものだ。
王都から離れて暮らしていると、若い人たちの言葉についていけないということが頻繁に起こる。お店に置いておく雑誌なんかを眺めていても、全然知らない言葉が混ざっている。
「俺は間違いなくおっさんだが、お前は人間に置き換えたらまだ若いだろうが。」
「王都からの情報が少ないと、おじさんも若い子も同じですよ。」
「そりゃそうか。ここに来る奴らも若いとは言えねぇし、仕方ねぇか。」
若い人と言えば、勇者さんは若いかな。自分の村に引きこもっているから、流行り廃りには明るくないみたいだけど。
「見た目だけなら若いのはいるんだがな、」
「もしかして、ジュリエットさんのことですか?」
「おう。人間で言や20前半なんだがな、確か2300くらいだったはずだ。」
今ここに本人がいたら、間違いなくはさみが飛んできている会話。長寿な種族でも気になるものは気になる。
「あとは年齢不詳なのが・・・。」
「ケン様、また会いに来てしまいましたわ!」
「こいつだ。」
見た目は20代後半っぽいサーシャさん。だけどいまいち実態が掴めない。怪しげな魔術の心得があるみたいだし、見た目通りとはいかない可能性が大いにある。
「何の話で盛り上がっていたのかしら?」
「王都の若い奴らの話にゃついていけねぇって話だ。」
「流行りの言葉が分からないことが多いなぁって思ってたところです。」
「わたくしは最近の言葉よりも、古い言葉の方が詳しいですわ。研究に必須ですから。」
魔術書の類は古代の言葉で記されているものが多い。サーシャさんには現代の若者言葉に手を出している余裕はないのかもしれない。
「そうですわ。貴女に少しばかり用があるのですわ。」
「実験台ならお断りですよ。」
「それはまた別の機会にお願いいたしますわ。こちらを読んでいただきたいのです。」
サーシャさんが取り出したのはかなり年季の入った本の一部。古びているけれど、日焼けしていたり、触るだけでボロボロになったりはしないみたいだ。
「わたくしには解読できなかったのですが、貴女ほど長生きなら、見たことくらいはありませんの?」
「これ、私が学生だった頃でも古典扱いされるほど古い時代のですよ。何とか読めそうです。」
こんなところで座学の成果が出るなんて思わなかった。だけどところどころ消えかかっていて読みにくい。なになに・・・。
「どうやら誰かの日記の一部みたいですね。えっと、『一体いつからだろうか。若者たちがポテトのことをポティトゥと呼ぶようになったのは。トマトをトメィトゥ、タマゴをタメィゴゥと言う者まで現れ始めている。こんなにも言葉が乱れるとは、嘆かわしい限りだ。』ですって。」
「いつの時代にも若者言葉というものは存在したのですね。」
「何か違うの混じってねぇか?」
「私もタメィゴゥだけはおかしい気がします。」
他の2つはどこかそれっぽい感じが漂っているんだけど、タメィゴゥは語呂が悪いというか、発音しづらいというか、何か変な感じがする。
「卵といえば、親子丼という料理がありますわよね?」
「おう、それがどうした?」
「厳密には親子ではないのではありませんの? 採卵したニワトリをすぐに食肉にするなんて、普通はあり得ませんもの。」
「そりゃそうだが、そこまできっちりする必要あるか?」
「ウグイスパンにだってウグイス入ってませんよ?」
「わざわざ他人丼などという料理まで作るのでしたら、はっきりさせて然るべきですわ。義理の親子丼とするのが妥当ですわ。」
食卓にそんな複雑な家庭事情を持ち込んでほしくはないなぁ・・・。そんな豊かさも救いもなさそうな名前の料理を出されたら、アームロックをされても文句を言えない。
「ふと思ったのですが、別に鶏肉と鶏卵である必要はどこにもないですわよね? 変わり種の親子丼を味わってみたいですわ。もちろん、血縁関係にある、真の親子丼ですわ。」
「なんつー言葉だよ、真の親子丼って。」
普通の親子丼だって偽物ってわけじゃないんだけど・・・。言葉狩りともちょっと違うけど、サーシャさんの思いつき1つで大変なことになってきちゃったなぁ・・・。
真の親子丼というパワーワードをどうにかするわけだけど、要するに卵と一緒に親も捕まえて捌かなきゃいけないんだよね。つがいで子育てする種類じゃないと両方ともは難しいし、そうなるとやっぱりメスの方を捕まえることになるのかな。
ざっと辺りを見回したところ、森の中にいるみたいだ。といっても、そんなに木が密集しているわけでもなく、視界は悪くない。これなら鳥の巣も見つけやすいかな。
「あんまり言いたくねぇけどよ、鳥なんかいねぇと思うんだよ。」
「そんなわけ・・・、静かすぎますね。」
少しくらいさえずりとか聞こえてもよさそうだけれども、物音が全然しない。こうやって歩き回っていたら、警戒して飛び去りそうなものだけど、それもない。急に雲行きが怪しくなってきた。
大型の草食動物の姿があちこちに見えるけど、卵を産みそうもない。とにかく、まずは何か手がかりを見つけないと。
「人よりデカい動物がいるってのは、いい状況とは言えねぇなぁ。」
「どうしてです?」
「そこまでデカくなりゃ食われねぇで済むか、それとも・・・。」
「グギャアァァァアアアァァァ!」
「もっとデカい捕食者がいるってことだ。」
ちょうど木陰にいたおかげで私たちには気づかなかったみたい。近くを歩いていたキリンっぽい魔物が空中に連れ去られていった。できれば見なかったことにしたい。
「トカゲって空も飛べるんですね。」
「現実を見ろ。翼竜だ。」
「そんなわけないじゃないですか。翼が生えて鋭い鉤爪と牙のある大きなトカゲですよ。」
「世間じゃそれを翼竜と呼ぶんだがな。」
あんな獰猛な竜を倒してお肉と卵を頂戴するなんて、考えたくもない。グイッと飲んでガッツポーズを決めれば回復できる緑の薬があっても願い下げだ。最新の薬だとポーズは必要ないんだっけ? 何でもいいけど、一筋縄ではいかないだろうなぁ。
飛んで行った方角に目を向けてみる。木々の間からちらりと見えている岩山に向かったようだ。崖とか洞窟みたいなところに巣を作っているのかなぁ。できれば洞窟であってほしい。崖だと私たちだけが足場を気にしないといけなくなる。
後を追いかけて岩山に到着。人1人なら通れそうなくらいの大きさで岩壁が崩落していて、中の様子を窺える。中は空洞で、天井部分も穴が空いていてそこから出入りできるみたいだ。翼竜の姿が確認できる。
「お食事中ですね。」
「さっきのキリンだな。」
あの牙で噛みつかれたら、腕や首どころか上半身が下半身とお別れしそうだ。
「お、卵もあるな。」
「翼竜サイズだと大きいですねぇ。」
両手で抱えないと持ち運べそうにない。卵だけこっそりと回収して、その後にお肉を求めて戦うというのは難しそうだ。
「飯食ってる今がチャンスだな。できるだけ弱らせちまおう。」
「じゃあ不意打ちで機動力から奪っていきましょう。」
こういうときは私の出番。バリスタを作って翼を狙っていこう。即席の攻城兵器なんて、人間には真似できない芸当だ。
「いっきますよぉ~、とりゃあぁぁあぁぁぁ!」
左の翼にヒット、貫通していった。混乱している今のうちに次弾装填、右の翼も射抜いてしまおう。これで飛べなくなるとまではいかなくても、長時間の飛行や滞空はできないはずだ。
「よし、一気に片付けるぞ!」
「はい!」
飛ばした矢は使い捨てだけど、バリスタ本体の血は再利用。万能包丁でのインファイトが得意なケンさんのサポート用に、取り回しやすい小型の弓矢に作り変える。
私たちに向き直った翼竜が攻撃態勢に移る。首をもたげてブレスの構えだ。そうはさせない。
炎を吐く直前、首が下がりきる前に下顎に矢をプレゼント。明後日の方向に炎が飛んでいく。時間稼ぎには十分かな。
「いい一撃だ。」
回避の必要がなくなったケンさんが一気に距離を詰めて懐に潜り込む。硬い鱗に覆われていてもお腹や喉元はその限りじゃない。急所を晒すのを嫌って空に逃げるつもりだ。
「狙い通りだな。モルモー!」
「任せてください!」
最初に与えた翼への攻撃が効いている。一息に離脱するほどの力が出せていない。そう、私の射程圏から逃れるには足りない。弱った翼目がけて追撃。バランスを崩した翼竜が地に落ちる。
「上出来だぜ。」
落下した衝撃で動けなくなったところにケンさんがとどめを刺す。お肉へのダメージが少ないやり方を知っているケンさんだからこその仕事。落下の衝撃がお肉に与える影響はないってことにしておこう。摩擦とか空気抵抗もないことにされているし、大丈夫。
ここからは解体の時間。協力して可食部とそれ以外に切り分けていく。体の大きさの割に、食べられそうなところは少ない。
「脚と胴体、それから首くらいなもんか。」
「内臓取っちゃったらあんまり残んないですね。」
翼は手羽っぽくて食べられそうなんだけど、大きすぎて手に余る。尻尾もテールスープにできそうな気がしたけど、毒の棘とそこにつながる毒腺がびっしり。不意打ちのおかげでそんなに苦労しなかったからまだいいけど、真っ向から戦ってこれだったら割に合わない。
持ち運びやすくカットしたお肉と卵を回収して帰ることに。卵も重心がおかしくて転がりやすいし、できればもう相手をしたくないなぁ。
翼竜のお肉と卵で親子丼を作るのはいいんだけど、味の想像が全然つかない。1個でニワトリの卵いくつ分あるか分からない大きさで、味見用に余分に用意するには十分すぎる。お肉だって巨体の割に食べられるところが少ないってだけで、若鶏とは比べものにならない量がある。とりあえず普通の親子丼と同じように作ってみよう。
お肉を一口大に切って、出汁、みりん、お醤油と砂糖で味を調えた割下で玉ねぎと一緒に煮る。
「ハンマーで卵を割るなんて想像しなかったです。」
「ダチョウの卵でも使うんだ、翼竜なら尚更だ。」
卵の尖っている方をハンマーで割って、殻を取り除いたら容器に移して溶いておく。お肉に火が通ったら卵を回し入れて、縁の方が固まり始めたらやさしく中央に寄せていく。追加で卵を少しだけ入れたら火を止めて蓋をして、余熱で仕上げ。ご飯の上に乗せて、三つ葉を添えたら完成。早速味見をしてみよう。
「しっかり煮ねぇと肉はかなり淡白だな。あんまりうまいもんじゃねぇ。」
「それに卵がしょっぱいですね。」
「ニワトリと同じに作ったら醤油に負けるな。少し減らしてみるか。」
お醤油を少なくして作るといい塩梅に仕上がった。究極でも至高でもないけど、真の親子丼のできあがり。
「ふむ・・・。なるほど・・・。」
「で、どうなんだ? 真の親子丼とやらの感想は。」
「翼竜はニワトリほどうま味があるわけではないのですね。それでいて肉は固めですわね。卵もおそらく、栄養の面で鶏卵に劣りますわ。」
「ニワトリってすごかったんですね。」
思いがけずニワトリの評価が上がっていくことになった。市場では牛や豚と比べて安価なのに、料理のバリエーションも負けていない。むしろ多いくらい?
「これからはそんなニワトリに敬意を表し、鶏卵をタメィゴゥと呼ぶようにしますわ。」
「どこに敬意があるんだ。」
「卵と呼ぶよりも気品を感じませんこと?」
「卵に気品は求めてませんよ。」
庶民から貴族まで幅広く愛されているものに気品も何もないと思うんだけどなぁ。親しみやすさが1番大事な気がしてならない。
このあとしばらく、変なものが大好きな常連さんの間でタメィゴゥブームが巻き起こった。呼びにくさがクセになるとか言っていたけど、それが仇となって、あっという間に廃れちゃった。もちろん、親子丼も義理とか真とか、そういうものは定着することはなかった。
「お前もトメィトゥ流行らせりゃよかったんじゃねぇの?」
「流行らないから今でもトマトなんですよ。」