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不健康な健康食品

 誰しも健やかに暮らしたいと願う。そのために食べ物にも気を遣うのだ。しかし、健康に良いからと無理に口に合わないものを摂取し、ストレスで体調を崩すようでは意味がない。健康は無理なく続けてこそである。


 新商品ができると、あの手この手で宣伝して、買ってもらおうと努力する。飲食店ともなると、試行錯誤の末に産まれた商品の営業が後を絶たない。

 「・・・ということで、いかがです? うちの商品置いてみませんか?」

 「サンプルとかねぇのかよ、聞いただけで判断できるわけねぇだろ。」

ケンさんの反応はもっともだけど、私はするまでもないと思うけどなぁ。なにせ、今日の飛び込み営業の人が勧めてきたのは青汁だ。そんなものを求めてレストランにやってくる人なんているわけがない。さっきから、いかに優れた飲み物であるかとか、上品で飲みやすいとか、栄養価が高いとか、必死に売り込んではいるけれど、明らかに売り込む相手を間違えている。

 「ではこちらをどうぞ。」

待ってましたと言わんばかりに、試飲用の小さなパックを2人分取り出した。こうやって出されちゃうと断るわけにもいかない。

 「何というか・・・、変わった風味ですね・・・。」

 「そうです! 青臭さを克服するため、バラから抽出した成分を配合し、フローラルに仕上げたのが特徴です!」

 「本気で売れると思ってんのか?」

言うまでもなく、おいしくない。石鹸を飲めるようにしましたって言われたら信じちゃいそうだ。これなら普通の青汁の方が、味とにおいの釣り合いが取れている分まだいいような気がしてくる。こういう奇を衒った商品って、最初は目を引くからそれなりに売れるけど、結局のところ話題性だけの一発屋で、いつの間にか消えているイメージしかない。

 「こんなもん置けるか、帰ってくれ。」

 「自信作でしたが仕方ありませんね。いつかリベンジに参ります。」

これが自信作だっていうなら、次も期待できそうにないなぁ。できればもう来ないでほしい。

 「まともな会議して作ってんのか、怪しいもんだな。」

 「たぶん、作ってる本人たちは真面目にやってるんだと思いますよ。」

何か他とは違う面を出そうとして、いろいろやっているうちに本筋を見失っているだけだと思う。そう思わないと『誰かが指摘するからヨシッ!』っていう何もよくない会議をしていることになっちゃう。

 「オヤジ、小娘、聞いてくれ! たった今石鹸を飲ませる営業に会ったぞ!」

 「ドラゴンさんも捕まったんですね・・・。」

 「お前みたいな脳筋でも味の善し悪しは判別できるんだな。」

ドラゴンさんって味についての感想を言わないから、筋肉にいいか悪いかだけで判断しているんだと思っていた。味覚が正常だと分かっただけでも、あの青汁には存在意義があったと言える。

 「うまいものは筋肉にいい、まずいものは筋肉に悪い、それだけだ! うまい肉だけでは体は作れん、うまい野菜があってこそだ! あんな青汁では筋肉が喜ばん!」

 「やっぱ分かってなさそうだな。」

 「本能で理解してるんですよ、たぶん。」

でもよく考えたら、ドラゴンさんの注文はメインにお肉がくるけど、野菜中心の副菜だったりサラダだったりも頼むことが多くて、お肉ばかりってわけでもない。あまり深く考えているとは思えないけど、偶然にしてはバランスがよすぎる。

 「小娘には難しいかもしれんが、体が求めるものが分かるのだ!」

 「そ、そうですか・・・。」

 「で、今日は何を求めてんだ?」

 「あんなまずいものを飲まされたからな、まともな野菜を摂ってリセットせねばならん。野菜ジュースがいいだろう。」

レストランでそんなものを頼む人は、後にも先にもドラゴンさんだけじゃないかなぁ。普通の飲食店じゃ取り扱っていないというのは禁句な気がしてならないけど。

 「何を混ぜて作るかは貴様らに任せる。センスのよいものを作るのだ!」

 「何でこんなに上から目線なのかは一生分かんねぇままだろうな。」

 「もうドラゴンさんだからでいいんじゃないでしょうか。」

野菜はたくさんストックがあるけれど、センスのいいジュースという難題を解決できそうなものを探しに行こう。何を混ぜたってバラの香り漂うジュースよりセンスが悪くなることなんてないだろうけど。


 いい感じの野菜を求めてきたわけだけど、早速帰りたくなってきた。土砂降りの平原に放り出されるとは思ってもみなかった。ときどき雷鳴も轟いている。レインコートがその役目を果たせていない。いくら健康にいい野菜が取れても、こんなところで探していたら見つける前に体がダメになりそうだ。

 「こんなとこで何が見つかるってんだ?」

 「何でもいいからそれっぽいもの見つけて、早く帰りましょう。」

とは言ったものの、どこに何があるのか見当もつかない。この豪雨のせいで土が流されてしまって、とてもじゃないけど植物が根付くような環境ではない。そんな中でも樹木は生きているのだけれど、食べられそうな実はなさそうだ。

 「掘ってみたって何か出てきたりしないですよね。」

 「出たところで根腐れしてるだろうな。使いもんにならん。」

どうしたものかと途方に暮れている間に、天気はますます悪くなっていく。雨こそ小降りになってきたけれど、あちこちで落雷が発生し始めた。せっかく雨足も弱くなったというのに、雨が止むまで木陰で休憩もできそうにない。

 「森の中も探したかったが、そうもいかねぇな。」

 「先に行けばよかったですねぇぇぇえぇぇ!?」

平原の真ん中だというのに私めがけて雷が落ちてきた。ケンさんに落ちなくてよかった。吸血種(わたし)は黒焦げになるだけで済むけど、人間はそうはいかない。

 「直撃か、不幸体質も大概だな。」

 「はぁ・・・、何だってこんなところでぇぇえぇぇぇ!?」

この短時間で2回目の落雷。狙い澄ましたように私の頭上に落ちてくる。

 「どうしてケンさんに影響ないんです? この距離で何もないわけないじゃないですか!」

 「単体攻撃魔法みてぇなもんなんだろ。」

 「納得いかないですぅぅぅうぅぅ!?」

 「どんだけ降ってくんだよ。」

このままじゃ探索どころじゃなくなりそうだ。天気を相手に言ってもしょうがないけど、何か手を打たないと・・・。

 「雷魔法の避け方でいいなら教えるぞ?」

 「はい? 魔法ってそうそう避けられませんよね?」

 「そうでもねぇよ。魔法の発動の気配を察知したら、フェイント入れてみろ。案外うまくいくもんだぜ。」

何を言い出すかと思ったら、魔法の気配とかいう読めたら苦労しないものの話だった。全くもって現実的じゃない。

 「しゃあねぇな、手本見せてやるよ。」

そう言って、わざわざ鉄棒を掲げ始めた。何かあってからじゃ手遅れだし、止めたほうがいいんだろうか・・・。

 「よっと。まぁ、ざっとこんなもんよ。」

 「はい、全く参考になりません。」

一応は目で追えたけど、雷が落ちるちょっと前くらいに鉄棒を手放してバックステップで距離を取るなんて芸当はできる気がしない。まず落ちてくる気配が読めない時点で実行不可能というもの。

 できもしないことをやっている場合じゃない。こんな危ない世界から抜け出すためにも、早く何か見つけないと。

 「そんじゃ捜索再開すっか。」

 「使ったものは片付けましょうよ。・・・あれ、何か生えてますよ?」

無視されそうな鉄棒を拾おうと屈んだら、ちょうど雷が落ちた辺りから植物の葉っぱが出ていた。さっきまではなかったはず。

 「人参か何かみてぇだな。」

 「野菜ジュースにはちょうどいいですね。」

何だかよく分からないけどラッキー。収穫して・・・

 「あばばばばばば!!」

 「どこまでツイてねぇんだよ。」

 「何でこんな目に・・・。」

 「おまけに人参もどっか行ったぞ。」

散々雷に打たれてようやく見つけたと思ったのに・・・。それでも、何となく人参の出てくる条件は察しがついた。問題はどこまでやれるかだけど。

 「避けたら出てくるんだな。」

 「多分そうですね。」

 「で、お前避けれるのか?」

 「できないに決まってるじゃないですか。」

避けられなくてもダメージがなければいいのかもしれない。ちょっと思いついたことがあるから試してみよう。

 血で作った私の身代わり人形の頭に、さっきの鉄棒を突き刺してみる。

 「見てください、うまくいきましたよ!」

 「そんなんでいいんだな。それより、壊れねぇのか?」

 「吸血種の体力なんて無限にあるようなものですからね、雷なんていくら当たっても壊れませんよ。」

様子がおかしいことに気がついたのか、さっき出てきた人参っぽい葉っぱがまた顔を出した。この段階で収穫に取りかかってもいいのかなぁ? 天気が悪いから急ぎたいけど、あんまり焦って失敗するのも嫌だしなぁ・・・。

 「もう少し様子見ようぜ。何度も逃げられんのは勘弁だ。」

 「あ、出てきましたよ。」

1本足でぴょこぴょこ飛び跳ねながら身代わり人形に近づいていく人参。攻撃は激しいのに、ファンシーな動きでちょっと可愛いと思ってしまった。

 本体(わたし)から切り離されて、感覚は共有していないけれど、動かすことはできる。目の前で動きを止めた今が捕獲のチャンスだ。

 「やった! 捕まえましたよ!」

 「でかした、葉っぱを切り落としてくれ。」

魔法を使う植物は、大抵葉っぱが魔力操作の役割をしている。切り落とせば、もう雷に怯える心配はしなくてもよくなるはずだ。人形の右手を刃物状に変形してスッパリいっちゃおう。

 「よし、そんじゃ帰るか。」

 「そうしましょうぅぅぅうぅぅ!?」

 「今のは魔法じゃねぇな。ある意味大当たりじゃねぇか。」

 「もう嫌ぁ・・・。」

もう大丈夫だと思って身代わり状態を解除したのが間違いだった。帰るまでが採集、改めて身代わりを作って帰路についた。


 調理を始める前に黒焦げになった服を着替えてきた。雷を操っていただけあって、人参は何事もなかったかのように鮮やかなオレンジ色をしている。人参以下だと思うと、何だか泣けてくる。

 それはそれとして、何と混ぜて野菜ジュースにしようか。野菜のストックは何があったかな。

 「とりあえず、こんなもんだろ。」

 「おいしいものを作ろうって気がまるで感じられないラインナップですね。」

 「あんまり使わんもんをこの機会に整理しようって思ってよ。」

ケンさんが用意したのは、モロヘイヤ、ケール、パセリ、セロリ、大葉、クレソン、そしてさっき収穫した轟雷人参。健康にいいのかもしれないけれど、間違ってもおいしくはならないだろう野菜の組み合わせだ。

 「仕方ねぇな、こいつはサービスだ。」

ミキサーに野菜たちを投入して、そこに申し訳程度の飲みやすさ要素、牛乳を追加。こうして出来上がった野菜オレの味見をしてみたわけだけど・・・。

 「・・・ケンさん。」

 「思った以上にまずいな。」

苦味と青臭さの中に混じる、体がしびれるような刺激。謎の原理で人参が持っていた電気が混入したみたいだ。下手に牛乳を入れない方が、開き直った味になった分まだよかったかもしれない。本来なら、とてもじゃないけど他人に出せるものじゃない。

 「作っといて言うのもあれなんですけど、止めた方がいいと思いますよ・・・。」

 「どんな料理であろうと、人に作らせておいて口に入れぬなど、許されることではない! それに、オレは貴様らとは鍛え方が違うからな、野菜ジュースごときでやられはせん!」

 「最初はいいこと言ってんなぁって思ったが、脳筋は脳筋だったな。」

何のためらいもなく緑色の液体を流し込んでいくドラゴンさん。大丈夫かなぁ・・・?

 「うむ、まずい!!」

 「でしょうね。」

 「もう1杯!」

 「ついに頭がおかしくなったか?」

 「まずいはまずいが、筋肉が求めておる!」

筋肉理論の前には味は関係ないみたいだ。まずいまずいと言いながら、相当な量の野菜オレを飲んでいる。笑いながら飲んでいるせいで、実はおいしいんじゃないかっていう錯覚さえ覚える。

 「閃きました!」

 「わっ!? いきなり何ですか!?」

 「お前さっきの青汁営業か。何でまた来てんだよ。」

あの変な商品の売り込みをしていた人のひらめきなんて、まともじゃない気がしてならないんだけど。

 「そこのマッチョさん、ぜひともわが社の商品PRに協力してください!」

 「ふむ、軟弱者にしては目の付け所がよいな! 引き受けてやろう!」

 「いや、ちょっとは話聞いてからの方が・・・。」

 「では早速広告の作成をしましょう。会社までご案内いたします。」

行っちゃった・・・。宣伝の問題じゃないって分かっているはずなのに・・・。味をどうにかしないと根本的な解決にならないと思うんだけどなぁ。

 しばらくして、ドラゴンさんが全面に押し出された広告が届けられた。どうやら例の青汁会社みたいだけど・・・。

 「こんな宣伝ってどうなんでしょう・・・?」

 「正直でいいんじゃねぇの? 買うか買わねぇかは自由だしな。」

満面の笑みで青汁を飲むドラゴンさんとともにキャッチコピーが載っている。『まずい、もう1杯。』と、開き直った売り文句だ。怖いもの見たさと栄養面から、しばらくは好調な売上だったらしいけど、やっぱりおいしくないというのが致命的で、いつの間にか販売中止になっていたらしい。

 「病は気からってな。まずいもんじゃ健康にはなれねぇよ。」

 「無理にでもおいしいって言う理由がよく分かりますね。」

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