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発酵と腐敗、イカサマと計略、どちらも人の都合次第

 発酵食品を最初に食べた人間は何を考えていたんだろう。一歩間違えれば腐った食べ物で命を落とすことだってあるというのに、人間の食への執念は恐ろしい。今では製造方法も確立され、健康にもいいということで人気が高い。私もフレッシュトマトとチーズがたっぷりのピザは好きだ。そんな話をしながらピザを作っていたらケンさんにツッコまれた。

 「何だモルモー、お前トマト以外も食えるんか。」

 「人間の血以外なら食べられますよ。トマトしか栄養にならないだけです。」

 「ならトマトジュース以外も作りゃいいじゃねぇか。」

 「何を言うんです、トマトジュースほど完璧なトマト料理はないですよ!」

 「料理っていうほどのもんかねぇ・・・。」

ケンさんは呆れ気味だけど、トマトを無駄なく摂取するには丸かじりかジュースが一番だ。私は皮の食感が苦手なので、よくジュースにしている。

 「それはそうとして、今日はチーズを使う注文が多いですね。」

開店と同時にいろんな人がやってきては、ピザやグラタン、果てはチーズフォンデュまで、とにかくチーズ関係ばかり注文が舞い込んでくる。おかげで牛系の魔物の相手ばかりしている。大人しいタイプなら干し草片手にこっそりとミルクを頂戴すればいいのだけど大体凶暴で、追いかけ回されて大変だった。

 「今日は近くの街でチーズ祭りの日だからな。」

 「チーズのお祭りですか。」

 「ああ。なかなかバイオレンスでな、硬ぇチーズをぶつけ合うんだ。流血沙汰は当たり前、病院送りもよくある。そんで最後まで立ってた奴が栄冠を手にする祭りだ。」

 「それで皆さん、青アザがあったり包帯を巻いてたりするんですね・・・。」

優勝賞品は特になく、痛みに耐える忍耐強さと丈夫さ、そして相手を打ち倒す力強さを証明できる栄誉が報酬らしい。お祭りのために遠方から足を運ぶ人も多いんだとか。狩猟民族じゃないんだから、痛い目に遭ってまでそんなことしなくてもいいんじゃないかな・・・?

 焼き上がったピザを客席に運んでいたら、また1人お祭りの参加者と思しき人がやってきた。私の太ももよりも太い腕をした大男だ。何を食べてどういう鍛え方をしたらそこまで筋肉が肥大化するんだろう。

 「オレより強い奴に会いに来た! 出てこいオヤジ!」

入ってくるなりどこかで聞いたことがあるフレーズを叫んでいる。当然、お客さんの注目の的になる。

 「あいつは怒羅金(ドラゴン)!」「知っているのかライディーン。」「うむ。怒羅金は男性200センチ、髪はない、筋肉モリモリマッチョマンの紛うことなき変態だ。(官暗書房刊『口だけは達者なトーシロ全集』より)」

もうやめて、あれこれと混ざりすぎだしそろそろ怒られそうだから。

 どうにも収拾がつかなくなってきたところでケンさんがやってきた。

 「また来やがったな。無駄だってのに、毎年ご苦労なこった。」

 「何を言うか! 今年こそ貴様に勝ち、チーズ祭り優勝者の実力を世に知らしめてくれる!」

急に腕相撲大会が始まった。どうやら毎年の恒例行事のようだ。お客さんもこれを楽しみに来ているように見えなくもない。

 「怒羅金に1000ゴールド。」「マスターに2000だ。」

レストランから賭博場になってしまった。とりあえず巻き込まれないように下がって・・・

 「そうだ、モルモー。今年はお前が相手してやれ。」

 「何でですかあぁぁぁぁぁ!?」

首根っこを掴まれては逃げようがない。人間相手の力加減はよく分かんないんだけどなぁ・・・。賭け金も着々と集まっている。もうどうにでもな~れ。

 「お待たせいたしました。これより怒羅金公開処け・・・失礼しました。腕相撲ナンバーワン決定戦を開始します!」「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」」」

 お客さんが司会まで始めた。すごくテンションが高い。しかもドラゴンさんだっけ? 負ける前提でいるよね。

 「こんな小娘に負けるわけがなかろうが、愚か者どもめ!」

 「そういうことは勝ってから言ってくださいね。レディー・・・ゴー!」

 「ぬん! んんんん!? う、動かん!」

 「ごごごごめんなさい、骨折はしない程度にしておきますから!」

速すぎず遅すぎず、怪我させないように一定のペースで少しずつ倒していく。だいたい10秒ほどで勝負はついた。

 「勝負あり! 勝者、不幸な雇われウエイトレス、モルモー!」

不幸なのは認めますけど、何ですかその二つ名。

 「たんまりと稼がせてもらったぜ。ほれ、ボーナス代わりに1つ持ってけ。」

ケンさんが満面の笑顔でやってきた。この人、自分も賭けに参加したくて私を使ったんだ。大量の金貨の袋を抱えてる。私の素性を知ってる以上、イカサマ以外の何物でもない。それは置いといて、ボーナスはありがたくいただきます。

 「おい怒羅金、いつまで呆けてんだ。さっさと注文を決めろ。」

 「呆けてなどおらぬ! 少し魂が抜けていただけだ!」

それを呆けていたと言うんじゃないのかな。見た目だけなら貧相な女の子に負けたんだから、しょうがないとは思うけど。

 「そうだな。今年はチーズケーキを貰おう。」

 「チーズケーキ? 構わねぇけど鏡見ろよ、ケーキってツラじゃねぇよ。」

 「やかましいわ!」

そういえばまだデザートの注文は入ってなかったっけ。他のお客さんもそろそろメインを食べ終わる頃だろうし丁度いいタイミイングじゃないかな。

 「ケーキの材料は・・・あぁ、あれはまだ取ってきてねぇな。在庫も残ってねぇ。」

何だろう、少し面倒くさそうに見える。確かに牛との鬼ごっこは大変だけど・・・。

 「それがなぁ・・・。チーズと戦うハメになるんだよ。やたら強ぇのと。」


 チーズケーキの材料を取りにやってきたのは、なんと古城だった。戦いの痕があちこちに残っていて、壁は崩れているし、床や天井は所々抜け落ちている。こんなところで一体何を取るんだろう。

 「さて、今回の獲物なんだが、首なし騎士(デュラハン)だ。」

 「ケーキ以前に、食品とまるで関連性がないような気がするんですけど。」

 「俺も最初はそう思ったさ。」

常識は投げ捨てるもの、というアドバイス(?)をもらったところで首なし騎士について詳しく教えてもらうことにした。

 「それで、首なし騎士がどうしてチーズケーキの材料になるんですか?」

 「この城に残った念みてぇなもんが集まって鎧が動き出してな。」

いわくつきの土地にはよくある話だ。特にこういった戦争の跡地なんかはその手の話が尽きない。

 「その念が長い年月の間に発酵してなぁ、武器や鎧が超硬質チーズになっちまったんだ。」

 「ちょっと話が飛びすぎじゃないですか!?」

念が発酵するの意味が全く分からないし、金属がチーズになるなんて、錬金術師(アルケミスト)たちが聞いたら卒倒するんじゃないかな。

 「恨みを晴らせねぇで腐ってきた念とベルトの牛革とでなんやかんやあったんだろ、多分。」

 「もうそういうことでいいです・・・。」

理解しようとしてはいけないことだけは分かった。

 気を取り直して周囲に目をやる。朽ちた鎧はたくさん転がっているけれど動き出す気配はない。しかし、耳を澄ますとどこかで重装兵の足音が聞こえる。こちらに向かってきているのか、音はどんどん大きくなってくる。

 程なくして、私達の前に音の主が姿を見せた。頭部のない白銀の鎧が長槍を構えてこちらの様子を窺っている。一触即発の状況なんだけど、漂う乳製品の匂いのせいで緊張感がまるでない。

 「これだから嫌なんだよ、こいつの相手はよぉ。」

 「あの・・・、やたら強いって、もしかして・・・。」

 「匂いの話だよ。どうも戦う気分にならねぇんだよなぁ。」

ちなみに戦闘は単調で大して強くなく、槍で突くか薙ぎ払うか、2つに1つ。怨念になった時点で生前の戦闘技術を失ったのが原因だとか。

 「それでも硬さだけは一級品だぞ。」

ケンさんがいつもの包丁を取り出した。さすがに素手は厳しそうだ、私も武装しよう。

 「ケンさん、包丁貸してください。」

 「いいけど、何すんだ?」

借りた包丁を思いっきりお腹に突き刺した。

 「何やってんだ!?」

さすがのケンさんも素頓狂な声を上げた。

 吸血種(ブラッドサッカー)の能力の1つに、自分の血を操るというものがある。それを応用することで、血であらゆるものを作り出せる。こうやって大量出血しないといけないのが問題だけど。傷はすぐに再生するけど死ぬほど痛いから好きじゃない能力なんだよね。

 「痛たたた・・・。でもこれで準備完了です!」

血染めの槍(ブラッドスピア)を構え、おいしそうな匂いのする騎士と対峙する。・・・痛い思いをしたのに、チーズの匂いのせいで何だかやる気がなくなっていく。

 「やる気出ねぇけど、やるしかねぇんだよなぁ。」

 ケンさんが1歩踏み込んだ。その動きに反応して、騎士は刺突を繰り出してくる。なるほど、確かに単調だ。あっさりとフェイントに引っかかった騎士に素早く近づき、包丁で斬りつけてすぐに距離を取るケンさん。でも全然効いてない。

 「こんな感じで、釣って一撃入れての繰り返しだ。動かなくなるまで続けるぞ。」

ケンさんに倣ってフェイントをかけて攻撃を誘って、その隙に攻撃・・・

 「硬ぁぁぁぁぁい!」

鎧の継ぎ目を狙って突いたはずなのに、全く穂先が刺さらない。手がしびれる。この感じだといくら攻撃しても倒れそうにない。よしんば倒せても食べられる気がしない。

 「泣き言言いたくなんのもわかるが、手ぇ動かせ。」

 「動かしてます! もう、早く倒れてくださいよ~。」

 突いては跳ね返されてを何度も繰り返し嫌になってきた。何でちまちまと槍で削っていかなきゃいけないんだろう。そもそも何で槍なんだろう。大体あの串刺し公のせいだ。槍なんて重装兵に効果あるわけないじゃない。鎧には打撃って相場が決まってる。・・・打撃?

 手に持っていた槍の形状を変えていく。かつて、夜闇よりも暗い鎧を纏った身の程をわきまえない騎士に下された鉄槌を模した武器、平たく言えばハンマーだ。

 「これならきっといけます!」

先程までと同じようにフェイントをかける。相変わらず簡単に引っかかってくれる。空振りでできた隙をついて、渾身の力を込めてハンマーを振り下ろした。

 「や、やりましたぁ~!」

 「見事なもんだ、一発でダウンだ。」

 金属がひしゃげる音と共に、ケンさんの業物でもほとんど傷がつかなかった鎧には大きなヒビが入った。首なし騎士はその一撃で活動を停止したようだ。思っていたよりも高威力、高破壊力。壊しすぎて材料にならないってことがないといいんだけど。

 「それじゃ、回収して帰りましょうか。」

鎧に手を伸ばそうとしたところで制止された。

 「鎧は要らねぇんだ、必要なのはこっちの方だ。」

ケンさんは騎士の手に握られていた長物を拾い上げた。

 「パルチザンチーズって名前で、硬い・強い・うまいの三拍子揃った逸品だ。」

乾いた笑いしか出てこないけど笑うしかない。あんなに苦労したのに、まさか親父ギャグで持っていかれるとは思わなかった。


 帰ってきてからも苦労は続いていた。私は今、必死に槍を削って粉チーズを作っている。硬い。ものすごく硬い。そして長いせいで削りにくい。

 「何で、機械とか、ないん、ですか・・・?」

 「高価(たけ)ぇからに決まってんだろ。そのおろし金程度でも小さな家くらいなら建つぞ。」

息も絶え絶えな私を横目に、ケンさんはケーキの生地を作っている。常温に戻したクリームチーズにグラニュー糖を混ぜ、卵、生クリーム、レモン汁を入れてはかき混ぜていく。そこに粉チーズを加えてよく混ぜ合わせる。これがあるとないとではコクが全然違うと言うけれど、私の苦労の結晶(粉)があっという間に生地の中へ消えてゆくのは何だか物哀しい。

 冷蔵庫から予め焼いておいたタルトを出してきて、そこに生地を流し込んでいく。180℃に設定したオーブンで焼き上げ、冷蔵庫で冷やせば完成だ。

 すごく時間がかかっているようだけど、どれだけ時間をかけて調理しても客席では3分しか経っていない。食材ワールドだけじゃなく厨房の時間の流れもおかしいけど、ケンさん曰く「カップ麺だって3分でできるんだから何もおかしくねぇ。」だそうだ。いや、そのりくつはおかしい。

 出来上がったケーキをドラゴンさんに届けたら、ものの30秒ほどで1ホールを食べ切ってしまった。いつだって食べる人は作る人の苦労を知らない。もっと味わって食べてほしい。

 「早食いは体に毒ですよ?」

 「コイツは本当に毒食っても死にそうにねぇよ。」

 「フハハハハハ、よく分かっているではないか!」

駄目だこの人、皮肉が通じていない。「こういうやつなんだ」みたいなアイコンタクトをケンさんが送ってくる。

 「貴様ら、何をボサッとしておる! 早く次を持ってくるのだ!」

 「えっ。」

 「チートデイとかいうらしいぜ。もう出来てるから持ってきてくれ。」

厨房に戻り冷蔵庫の中を見ると、ぎっしりとケーキが詰まっていた。物事には限度ってあると思うんだけど。

 結局、ドラゴンさん1人で業務用冷蔵庫を圧迫していたケーキの全てを食べ尽くしてしまった。もうしばらくチーズケーキは見たくない。そんな気がする1日だった。


 その日の夜、お店を閉めてから私達も晩ごはんを摂っていた。私は相変わらずトマトジュース、ケンさんはチーズリゾットだ。

 「あれだけチーズを見た後に、よくチーズ食べられますね。」

 「残ってるもんを使ってるだけだからな。仕方ねぇことさ。」

残り物で手際よく作れるんだから、さすがとしか言いようがない。

 「そういや昼のアレ、トマトジュースでできねぇのか?」

 「あれって、血を使って武器作るやつですか?」

 「そう、それだ。見てるこっちが痛くて敵わねぇ。」

そういえば試したことはなかったっけ。いやいや、いくら血の代わりに飲んでると言っても、まさかトマトジュースを操れるわけは・・・

 「・・・できちゃいました。」

コップの中に、今日使った槍とハンマーのミニチュアが並んでいる。触ってみたところ、武器として申し分ない強度を備えている。

 「よし、明日からジュース持ち歩け!」

 「食べ物を粗末にするなんて、本当に料理人ですか!?」

 「使ったあと元に戻せばまた飲める。問題ねぇ。」

 「いーやーでーすー! 魔物の体液とか混ざるじゃないですかー! それなら痛い方がマシです!」

 「お前がよくても俺がよくねぇんだよ!」

こればかりは私にも譲れない。どんなにおいしいトマトジュースでも、泥水が1滴でも混ざればそれはもう泥水と同じこと。ましてやよく分からない魔物の体液なんて絶対に嫌だ。

 「こうなったら仕方ねぇ、腕相撲で決めようじゃねぇか。」

 「望むところです!」

貧弱な方とはいえ私も吸血種の端くれ、純粋な力勝負で人間に負けはしない。はずだった。

 「負けたぁぁぁぁぁ! 何でぇぇぇぇぇ!?」

 「決まりだなぁ! 明日からお前の武器はジュースだ!」

ありえない。人間に力で負けるなんて。ショックでテーブルに突っ伏して泣いていたら、何か白い粉末が散らばっているのが目に入った。きれいにしておいたはずなのに、おかしいなぁ。触っていたら何だか力が抜けていく。これは・・・塩?

 「ケンさん、この塩は一体何ですか・・・? ただの塩じゃないですよね。ケンさんの国に伝わる、清めの塩ってやつじゃないですか?」

 「ナンノハナシカ、サッパリワカラネェナァ。」

 「何ですかその棒読みは! イカサマですー! さっきのは無効です!」

 「負けは負けだ、諦めろ!」

猛抗議の末に、何とかトマトジュースの戦闘への使用は回避できた。ケンさんには悪いけど、大量出血に付き合ってもらおう。それもこれも私の食の安全のため。

 それにしても、私に気づかれないうちにイカサマするなんて、油断ならない人だなぁ。

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