4月の君は馬鹿
エイプリルフールだからといって、張り切って嘘をつく必要はない。特に、普段から嘘を言わない者が急に茶目っ気を出してみたら皆信じてしまう危険性もある。そうならないためにも、馬鹿は休み休み言うようにしておきたい。
陽気な気候は人の心も陽気にしてくれる。このお店にやってくる常連さんたちも、いつも以上にテンションが高く、ちょっとおかしくなっていると言っても過言じゃない。
「春って言ったらやっぱ桜だよな。」「何で桜なんだろうな。」「春だから桜なんだよ。」「なるほど、お前頭いいな!」
「俺は花見は嫌いじゃないが、頭ん中が花畑な奴を見る趣味はねぇぞ。」
「さすがにこの会話は理解できそうにないですね・・・。」
桜がどうのって言っているけれど、お店の周りに桜なんかないし、何なら街道を王都まで行っても見当たらない。サクランボができるから旅人の食料にはなるんだけど、虫食いもひどくて街路樹には向いていない。何より実をつけるタイプの桜の木は、観賞に向いているとは到底言えない。
「でも何で桜なんでしょう? 他の木じゃダメだったんでしょうか?」
「その辺の事情はよく分からん。騒げりゃ何でもいいんじゃねぇか?」
どうして人間は何かとお祭りにしたがるんだろう。とにかく理由を作って、それに託けてお酒を飲みたいだけのような気がしてならない。
「そういえばケンさんはお酒飲みませんね。」
「どうにも酒には弱くてな。それに、わざわざ飲みてぇと思うほどうまいもんでもねぇしな。」
「そうそう、酔って迷惑かけるくらいなら、飲まないのが賢い選択だよ。」
いつの間にか勇者さんがしれっと会話に紛れ込むのも当たり前の光景になってきたなぁ。
「酔った人に何か変なことでもされたんですか?」
「この時季は僕の村でも桜がきれいでね、暇があれば宴会ばかりさ。あんまりうるさいから、家にいても全然休まらなくて、こうやって逃げてきたってわけさ。」
「休むほど疲れることもしてねぇだろ。」
「休んで英気を養うのも仕事だよ。」
勇者さんの労働事情はさておき、家の近くでお祭り騒ぎされると休まらないのはその通りだと思う。お酒のせいで気も声も大きくなりがちで、関係ない人にはいい迷惑だ。
「まぁ、それはそれとして、あの騒ぎの中心にいたいとは思わないけど、気分だけでも春は味わいたいんだ。だから何か春らしいものでも頼みたいんだ。」
「どんなもんがいいとか、希望はあるのか?」
「これといって思いつかないから2人に任せるよ。」
「それじゃあ、ある程度採集して、そこからよさそうなものでも考えますか?」
「そうだな。何か面白いもんでもあるといいな。」
春らしいものかぁ。せっかくだから、お花見しながら食べられるものがいいよね。
春らしいものといえばやっぱり桜。辺り一面に咲き誇るピンクの花は見ていてなかなか壮観だ。人間たちがこの花を愛してやまないのも頷けるんだけど・・・。
「ちょっと多すぎません?」
「ああ。物事にゃ限度があるって思い知らされるぜ。」
空を淡い桃色が覆っていて、更に足元にも散った花びらが敷き詰められている。どこを見ても桜色に染め上げられた風景。はっきり言って気持ち悪い。
「ところで、これだけあるわけですけど、桜って何か使い道あるんですか?」
「なくはないな。一応、葉っぱと花びらをいくらか集めるとするか。」
ケンさんでも持て余しそうな感じが漂っている。とりあえず、大きさとか色のいいものを選んで回収しておこうかな。そう思った矢先だった。
「何だ? 遠くの桜が倒れ始めてるぞ。」
「ど、どんどんこっちに来てます!」
一体何事だろう。ドミノみたいにバタバタと倒れていく。ここにいたら私たちも巻き込まれそうだ。急いで離れないと・・・!
「環境破壊は気持ちいいZOY!」
「え、ペンギン・・・ですか?」
「分からん。ただ1つ言えるのは馬鹿だってことだけだ。」
何でも『桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿』って言葉があるらしい。まぁそんな言葉とは関係なく、頭は悪そうだった。
バタバタと桜の木をなぎ倒し、1本残らず伐採してどこかへ行ってしまった。
「ひどい有様ですね・・・。」
「こうなっちまったら使えねぇな。」
桜たちは切り倒されてすぐに茶色く変色してしまった。可愛らしい花の色も、青々と茂っていた葉っぱたちも、今や見る影もない。
別に桜を使って作ろうって決めたわけでもないんだけど、ここに来たときの衝撃がすさまじかったせいで、他のものを探す気にはどうしてもなれない。ちょっと遠出して、無事な桜がどこかに残っていないか探してみよう。
「ダメそうですね。」
「そうだな。出直した方がいいかもしれん。」
桜どころか木が1本も見つからなかった。あのペンギン(?)が全部切っちゃたのかもしれない。どうしようか考えようと、スタート地点まで戻ってきてみると・・・。
「何でゴルフ場が・・・?」
「あの野郎、これ作るために伐採してたのか。やっぱりとんでもねぇ馬鹿じゃねぇか。」
やっぱりアイアンじゃなくハンマーとか言いそうな雰囲気なのに、ゴルフ場なんか作ってどうするつもりなんだろう。どこかのピンク玉でもショットするんだろうか。
「そうだ、いいこと思いついたぜ。」
「何です?」
ケンさんがものすごく悪い顔をしている。正直、嫌な予感しかしない。
「桜の木の下には死体が埋まってるって言うからな。あいつ埋めてやったらまた木が生えるんじゃねぇか?」
「ケンさんまで春の陽気でおかしくなっちゃいました?」
「割といい線いってると思うんだがなぁ。」
「どこがですか?」
「なら、お前の血でもいいから試してみようぜ。桜の花の色は吸い上げた血の色だって話もあるからな。」
今日のケンさんは一体どうしちゃったんだろう。いつもの冷静さが全く感じられない。そんな与太話を真に受ける人じゃないはずなのに。
「はぁ・・・、ちょっとだけですよ?」
仕方がないから指先を少し深めに切って何滴か落としてみよう。こんなことしたって何か起こるとは思えないんだけどなぁ。
「芽が出たな。」
「出ちゃいましたね。」
「もう少しいってみようぜ。」
「自分は痛い思いしないからって気楽ですね。まぁいいですけど。」
今度は腕をざっくりと切って、多めに血をかけてみよう。何度も切るより、一気にやっちゃった方が気が楽だ。
「立派な桜になったもんだな。」
「でもちょっと不気味な色合いですよ?」
「そのうち色褪せて、ちょうどいい色に落ち着くだろ。」
「今日は随分と適当ですね。」
「そういう日もあるってもんだ。」
赤黒くて気味の悪い花びらで、見ていて不安になってくる。花びらは使い物にならなさそうだけど、葉っぱはきれいな緑色だ。私の第六感が警告を発し続けているし、厄介事に巻き込まれる前に葉っぱを頂戴して退散しよう。
「よし、帰るか。」
「帰りましょう。何か嫌な予感がするんです。」
「例えば何だ?」
こそこそと桜の様子を伺いながら逃げ帰る途中に、そんな話をしていたまさにそのとき、伸びてきた根っこがペンギン顔の人からハンマーを奪って、フルスイングしていた。
「そんなバンカーな・・・。」
「あんなことになるんで、早く帰りましょう。」
「ふざける余裕はあるんだな。」
悪ふざけならケンさんも大概だったと思うけど・・・。厨房に戻ったらいつもの調子が返ってくると信じておこう。
桜の葉っぱを取ってきたわけだけど、野菜でもないのに何に使えばいいんだろう。少なくとも、王都とその周りの街では扱っているところを見たことがない。これについては桜に限った話じゃないけど。ケンさんなら使いこなせるんだろうから、私は言う通りに調理を進めよう。
持ち帰る前に塩漬けにしていた葉っぱを水にさらして、塩気を取り除く。その間に鍋に水と砂糖を入れてひと煮立ちさせたら、食用の色素を加えてピンク色にする。そこにドーミョージ粉っていう、もち米みたいなものを入れて、焦がさないように炊き上げる。火を止めて蓋をして蒸らしたら、こしあんを包んで丸めて、さらに桜の葉っぱで巻いたら出来上がり。
春っぽい色合いで可愛らしい食べ物だけど、葉っぱも食べるのかなぁ? 食べられないことはないと思うけど、やっぱりなんだか抵抗感がある。勇者さんもそこは同じみたいだ
「薬草ならかじったこともあるけど、桜の葉は経験がないね。食べても大丈夫なのかい?」
「ああ、そのまま食えるぞ。苦手なら剥がして餅だけ食ってもいい。」
桜の風味がお餅に移ってなかなか面白い。塩漬けの葉っぱも、甘いあんこと一緒に食べれば飽きがこないで食べ続けられていい感じ。
「うんうん、これなら手軽で、花を見ながら食べるのにちょうどいいね。持ち帰って、部屋から花見を楽しむとするよ。」
「外には出ないんです?」
「そりゃそうさ。こんなおいしいものを外で食べてたら、たかられるのが目に見えてるからね。みんなにはこの塩漬けの葉の1枚ですらあげるつもりはないよ。」
僕が買ったものは僕だけのものだ、とは勇者さんの弁。確かにあの村の人たちに何かをしてあげようって気持ちにはならないけど、一応は勇者って肩書もあるんだし、少しくらいの施しはあってもいいんじゃないかなぁ。
「ははは、冗談きついよ。勇者には選択の権利があるのさ。手を差し伸べるのも、無視するのも自由さ。」
それこそ何かの冗談だと思いたい言葉を残して、勇者さんは帰っていった。あの人のことだから、無視しかしていないどころか、追い打ちすらしていそうな気がする。
「冗談と言えば、まさか本当に桜が生えるとは思わなかったな。」
「え、あれ全部デタラメだったんですか?」
「おう、何だかんだで本当になっちまったがな。嘘から出たまことってやつだ。」
「今度はもうちょっと分かりやすいのでお願いします・・・。」




