取っていいのは、取られる覚悟がある人だけ
気心の知れた仲間内であっても、『1つちょうだい』などと軽々に言うものではない。人の食べ物を狙うときは、どんな結果が待っていようとも自己責任で行うこと。
1年で2番目に嫌いな日がやってきた。1番は言うまでもなく『聖人の日』、そして2番目は『魔人の日』だ。明らかに魔の側の吸血種にとってはむしろいい日のようだけど、そんなことはない。
この日は悪魔とか魔人に体を乗っ取られて悪さをする人間で溢れるなんて伝承があるらしくて、魔に対する風当たりが一段と強くなる。各地で祓魔師が目を光らせているせいで、ただでさえ狭い肩身が余計に狭くなる。そして、悪魔のせいにして悪行に及ぶ人が実際にいるわけで・・・。
「痛い目見たくなけりゃ、金を出しな!」「出しても痛い目見るんだけどなァ!」
「また強盗ですか・・・。」
「そろそろ縄がなくなりそうだぜ。」
街道沿いにぽつんとあるせいで、やたらと悪い人たちから目を付けられる。いちいち憲兵詰所まで連行するのも大変だから、縛り付けたら適当なところに隔離して、次の日に引き渡すことにしている。
お客さんがいなくてよかった。みんな面白がって向かっていって、強盗で遊ぶ様子がありありと浮かんでくる。
「ちゃんとしたお客さんに来てほしいですね・・・。」
「言うほどちゃんとしてる奴がいねぇ気がするんだがな。」
「そんなことは・・・。」
「ごきげんよう~。」
「な? ちゃんとしてねぇのが来ただろ?」
ケンさん基準ではちゃんとしていない人、ジュリエットさんご来店。身なりはきちんと整えているし礼儀正しいし、ちゃんとしていると思うんだけどなぁ、いきなり抱きついてこなければ。
「今日の私は悪魔に取り憑かれてますから、モルモーちゃんにイタズラしちゃいますよ。」
「よし、こいつも縛り上げるぞ。」
「冗談です。本気にしないでください。」
「ならボタンにかけてる手をどけるんだな。」
「えっ?」
「私じゃないです、右手が勝手に・・・。」
ただいつもみたいに抱きついているだけだと思っていた。油断も隙もあったものじゃない。
「この手を鎮めるには、あれをいただくしかありませんね。」
「今更中二病か? 1000年前に卒業しとけ・・・うおっ、危ねぇ!」
「今度余計なことを言うと口を縫い合わせますよ?」
今のはケンさんが悪い。無闇に年齢の話を口にしちゃいけない、特に私やジュリエットさんみたいな長命の種族には。
「・・・で、あれって何だよ。」
「魔を打ち破るものといえば豆ですよね。それから、モルモーちゃんの愛がたっぷりと詰まったチョコレート。その2つが組み合わさればきっと祓えるはずです。」
「私、何か勝手に巻き込まれてます!?」
「不幸体質は今に始まったことじゃねぇだろ、諦めろ。」
どこからどう見ても取り憑かれている気配なんて感じないけど、とりあえず用意しないと身の安全は確保できそうもない。用意したところで安全になる保障もどこにもないのがなぁ・・・。
チョコレートは在庫が潤沢だったから豆の採集にやってきた。周りを見渡してみたところ、どうやら廃村みたいだ。こんなところに食材なんてあるのかなぁ?
「荒れ地になってるが、畑だったところもあるな。その辺中心に探してみるか。」
「そうですね。もしかしたら何かあるかもしれないですね。」
雑草だらけになってしまった元耕作地で捜索開始。だけどやっぱり期待できそうにないなぁ。どこを見ても雑草しか生えていない。もしかしたら野生に帰化してたくましく育っているかもと思ったけど、そんな様子はなさそうだ。
「ダメだな。食えそうなもんが見当たらん。」
「こっちもです。・・・あれ、あっちで何か動きませんでした?」
「どこだ?」
「あそこです、前は倉庫だったっぽい建物の陰ですね。」
廃村で生活している人なんているわけがない。もしいるとしたら、この辺りを根城にしている山賊くらいなものだ。まともな人の可能性は限りなく0に近いけど、見てしまった以上放っておくわけにもいかない。警戒レベルを引き上げつつ見に行こう。
「・・・貴様ら、こんなところに何用だ。」
「あ、えっと、怪しいけど悪い者じゃないですよ?」
「豆探しにきたんだが、何か知らねぇか?」
壊れた壁の隙間から声をかけてきた。こちらに背を向けていて、顔や姿ははっきりとは確認できないけど、かなり背が高い。そして、完全に私たちに敵意むき出しの声だ。
「貴様らも豆を欲するか・・・。」
おもむろに振り返ったその姿は、赤い顔で角の生えた鬼だった。この村を滅ぼしたのかと思ったけれど、集団ならともかく単独行動する鬼が村を襲ったなんて話は聞いたことがない。
「ならば悪党らしく、奪ってみせよ・・・この魔滅撒鬼から!」
「やっぱりそういう流れですかぁぁあぁぁぁ!」
「仕方ねぇ、鬼退治だ。」
問答無用で悪党扱いされてしまった今、戦闘を回避するのは不可能だ。こうなったら一旦制圧して、落ち着かせるしかない。
鬼は頑丈だから生半可な攻撃じゃ怯みもしない。手を抜く余裕なんてない、最初から全力でいこう。早速武器を作りたいんだけど、鬼に強い武器って何だろう?
「来ないのならばこちらから行くぞ!」
「この野郎、金棒は飾りかよ!」
「痛っ、この豆、ただの豆じゃないです!?」
金棒を投げ捨ててまで武器にしたのは大豆みたいな豆。ただひたすら私たちに向かって投げつけてくる。そして、何か魔法でもかかっているのか、やたら痛い。
「豆とはすなわち魔を滅するもの。貴様らのような悪人にこそふさわしい武器なり。」
「だから痛っ、悪い者じゃないって痛っ、言ってるじゃないですか!」
「悪い奴は自分で悪いって言わねぇだろ。」
「ケンさんはどっちの味方なんです!?」
いつでも冷静で頼りになるけど、その冷静さがときどき腹立たしい。とにかく一旦物陰に隠れて態勢を立て直そう。
「痛たたた・・・。何で豆ぶつけられただけで血が出るんでしょう?」
「俺はなんともねぇぞ。あいつの言う通り魔性特攻とかあるんじゃねぇか?」
どさくさ紛れにいくらか回収に成功した豆をもて遊びながら調べてみる。うーん・・・、何の変哲もない大豆にしか見えない。何故か炒ってあるみたいだから、お腹は壊さないだろうし・・・。
「ケンさん、食べてみてください。」
「俺かよ!?」
「だって本当に魔に有効な成分とか含まれてたら危ないじゃないですか。」
「仕方ねぇな・・・。」
普段は毒見は私の仕事だから、こうやって他の人が食べているのを見るのは新鮮だなぁ。
「なるほど、ただの大豆だ。」
「それだけですか?」
「おう。その辺で売ってるのと大差ねぇレベルだ。」
ただの大豆で私はダメージを受けていたってこと? 吸血種が大豆に弱いなんて話は聞いたことがない。
「つまり、奴はただ豆撒きしてるだけってこった。」
「豆撒きって何です?」
「この辺りじゃ知らねぇのも無理ねぇだろうが、文字通り豆撒いて鬼を追い払うんだよ。」
ケンさんの国の習わしの1つで節分といって、とある地域にセッツブーンっていう間違った名前で広まっている行事らしい。追い出されるはずの鬼が撒いているのが解せない。
「だからよ、この豆かき集めてぶつけてやりゃいいんじゃねぇか?」
「理屈の上ではそうかもしれませんね。」
「そんで、追撃用にお前に用意してもらいてぇもんがある。」
「何を作ればいいんです?」
こういうこともあろうかと、さっき豆で受けた傷を1か所だけ治さずに残しておいて正解だった。
「えぇ・・・。そんなものが効き目あるんですか・・・? ていうか、聞く限りだと設置型の罠ですよね?」
「細けぇことは気にすんな。言い伝えってのは根拠なんざ関係ねぇんだよ。」
言われるがまま作って戦闘準備完了。ケンさんが豆撒きを始めてから、隙を見て私が攻撃に移る手筈になっている。
「ようやく姿を見せたな・・・。1人足らぬが些末なことよ。順番に仕留めてくれる。」
「その余裕もここまでだ。」
どうやら始まったみたいだ。しばらくは落ちている豆の回収で忙しいだろうから、この間にいい感じの奇襲ポイントを探して潜伏しよう。
「こんだけありゃ十分だな、くらいやがれ!」
「ぬぅ・・・! 貴様、この魔滅撒鬼の秘密に気づいたというのか・・・!」
何度見てもよく分からない光景だけど、確かに豆でダメージを与えられている。もう少し体勢が崩れるまで待っていよう。というか、豆の飛び交う中に割り込む勇気がない。
「まだだ、まだ倒れるわけにはいかぬ・・・!」
堪りかねて鬼が退却を始めた。さっきの私たちみたいに、どこかで回復を図るつもりなんだろうけど、そうはさせない。
「今です!」
不意をついて鬼に攻撃をしかける。ケンさんの指示通り作った謎の武器、ヒイラギの枝にイワシの頭を刺したもの・・・を大きくして棍棒みたいにしたもの。逃げていく鬼の背中に全力で振り下ろす。
「ぐぬっ・・・! ・・・儂の敗け、か。青鬼よ、許してくれ・・・。」
何か事情があってこんなことをしていたんだろうか、ちょっと悪いことをしちゃったような気になってきた。
「あぁ、そういう悲しい過去とか聞くつもりねぇから。少し豆くれりゃこれ以上何もしねぇって。」
「この空気でそんなことよく言えますね・・・?」
「敗者は従うのみ。持っていけ。あの小屋に保管してある。」
「・・・あなたも意外とドライですね。」
まぁ、当事者がいいんならそれでいいけど。鬼の気が変わらないうちに、豆をもらって帰ることにしよう。
「その前に散らばった豆、片付けねぇとな。」
「何でです?」
「豆ってのは魔の芽とも書くんだよ。だから撒いた豆は残らず集めるんだ。」
だったらもう少し遠慮がちに撒いてほしかったなぁ・・・。
時間はかかったけど大豆の回収も完了、目当ての豆と引き換えよう。
「ピーナッツですね。」
「そういや北の方じゃ、大豆の代わりに撒くとこもあるって聞いたことがあったな。」
もう豆なら何でもいいような気がしてきた。帰ったらお店の周りにも撒いておこうかなぁ。
厄払いも兼ねて、料理に使う前にピーナッツ撒きの時間。殻つきで中身が汚れる心配をしなくてもいいっていうのはありがたい。効果があるかは分からないけど気持ちの問題だってケンさんも言っていたし、何となく清々しい気分で料理ができそうだ。
まずはピーナッツを殻から取り出して、フライパンで炒る。粗熱が取れたら薄皮をむいて粗めに砕く。チョコレートを湯煎にかけて溶かしたら、砕いたピーナッツと一緒に型に入れて固める。型から外せば出来上がり。
「とてもおいしいです。控えめで奥ゆかしい甘さ、この形、モルモーちゃんの愛を感じます。あぁ、幸せです。」
「な、ハート型にしといてよかったろ?」
「そうですね。」
恋は盲目というか、私のことになるとジュリエットさんの判断力と合格ラインが大幅に下がっている。1つ食べただけで呆けてしまって、すごく心配になってくる。
「持ち帰ってじっくりと味わいたい、でもモルモーちゃんの顔を見ながらいただきたい、あぁ、なんて贅沢な悩みなんでしょう。」
「だ、大丈夫なんでしょうか、目が危ない感じです・・・。」
「ほっとけ、日が暮れる前には正気に戻るだろ。」
「いや、今日はいろいろ物騒ですし・・・。」
「ヒャッハー、金の匂いがするぜぇ!」「ついでにうまそうなチョコの匂いもな!」
言ったそばからこれ。もう何度目かも分からない強盗襲撃イベントが始まった。お客さんのいなかった今までなら何とも思わなかったけど、心ここにあらずなジュリエットさんがいるこの状況はよろしくない。
「何だこの女、チョコ食って固まってんぜ!」「そんなにうめぇのかよ、金の前にこっちをいただくとするか!」
お皿に並んでいるチョコレートをかっさらって口に運ぶ強盗たち。ぱっと見じゃ弱そうな人しかいないからって、随分と余裕だなぁ。
「あいつら、終わったな。」
「え?」
「ゲハァ!?」
強盗の片割れが視界の外へと飛んでいった。何が起こったのかはすぐに分かった、ジュリエットさんの強烈なボディブローが決まっていたんだと。
ついさっきまでトリップしていたとは思えない眼光だ。いつもの微笑みも消えてしまって、獲物を追い詰める狩人の顔をしている。
「どうしました? 奪わないのですか?」
「ヒ、ヒイィィィ!」
「それとも気づきましたか? 奪っていいのは奪われる覚悟がある方だけだと。」
無慈悲な一撃が強盗を襲う。1人に一撃ずつ、あっという間に制圧してしまった。
「・・・あら、私としたことが。」
「ケンさんケンさん、もしかしなくても、私より強いんじゃないですか?」
「お前絡みのときだけな。」
ケンさんの軽口へのはさみ投げなんて可愛いものだった。何があってもジュリエットさんは怒らせない方がいい。
「食べ物の恨みは恐ろしいですね・・・。」
「違う気もするが、そういうことにしとくか。」




